目撃者 






約一ヶ月ぶりに、船は港に着いた。
小さな島だったが、活気に溢れた賑やかな街だった。
船の交通の要衝になっていて、小さなカジノもあるそうだ。
ナミはさっそく瞳にベリーを輝かせながら揚々と船を降りていった。
ルフィも「焼肉〜」と叫びながら転がるように船を降り、サンジは「ナ・ン・パ〜」と踊りながら駆けて行く。
ロビンは、ただ黙って歩いて行くゾロの背中に「迷わないでね。剣士さん」と釘を刺すのを忘れない。
チョッパーもこの街にはなじみの薬屋が来てるとうきうきしながら出かけて行った。
久しぶりの上陸だから、皆嬉しいんだな。



かく言う俺様だって、島に降りたらやりたいことは山ほどある。
火薬は仕入れたいし、新しい武器とか、細工物とか、激辛唐辛子だって仕入れたい。
サンジに唐辛子をくれというと、食い物を粗末にするから嫌だという。
サンジの言うことにも一理ある。
俺様の使用目的はあくまで攻撃だからな。
食材とは一線を画しておかなければ。
だが今夜の船番は、このGM号陰の船長、ウソップ様だ。
明日はサンジが交代してくれるが、今宵一晩この船は俺様が守るのだ。
いくら賑やかな島とは言え、こっちまで浮かれてちゃいけない。
とりあえずできることは今のうちにしておこう。
甲板がかなり傷んでたし、舵も点検しとかないといけないし・・・船番だって忙しいんだ。



俺様が船大工よろしく夢中になって修理しているうちに、あっという間に陽は落ちてきた。
デッキに落ちる自分の影が長く伸びて、船縁が朱に染まる。
「今日はいー天気だったからなあ・・・」
つぶやいてみても、誰も返さない。
夕焼けは綺麗だけど、こんな時はちょっとセンチになっちまう。
いつも賑やかなGM号に、今は俺一人だ。






「キャプテンウソップ、只今任務完了しました!」
俺は金槌を放り投げて、立ち上がった。
時間は早いがサンジの用意してくれた夕食を食べて、早めに休もう。
皆この島の名物料理なんか食べてるんだろうが、サンジの飯だってそりゃうまいんだ。
毎日食ってても全然飽きない。
腕のいいコックってのは、ほんとすごいと思う。
毎日のことなのに、一切手を抜かず当たり前のように俺達の腹を満たしてくれる。
プロの仕事ってのは、こういうものなんだろう。
口が悪くて足癖も悪くて、類いない女好きの軽い奴だが、俺様は密かにサンジを尊敬している。



物思いにふけっていて、ふと気が付いた。
この島は、中央に向かってこんもりとした山状になっていて、街の中心部まで緩やかな
坂道が続いている。
今ちょうど俺がいる船着場から、街の全景がまるで鳥瞰図のように見渡せるのだ。
―――おもしれー
俺様は早速望遠鏡を取り出して、街の様子を覗いて見る。
夕焼けに染まった街を、いろんな表情をした人たちが行き交う様が手に取るように見える。
あ、あそこの家、まだ洗濯物干しっぱなしだ。
湿るぞおい。
わーあそこんち、子だくさんだな。ひいふうみい・・・6人兄弟かよ。
全部同じ顔だ。
俺様は夢中になった。
人の生活を覗き見するのは気が引けるけど、退屈しのぎにはちょうどいい。
あちこち見てて気が付いた。
どの部屋もきっちりカーテンがつけてある。
街の人たちは、海から自分達の生活が丸見えだってことに気づいてるんだろう。

誰か見えると面白れーのに・・・と考えてた途端、黄色い頭が目についた。
間違いない。
見まごうことなきひよこ頭。
サンジだ。あいつの頭はそりゃあ目立つ。
こんな風に天気の良い日はなおさらだ。
夕焼けを吸い込んで、いつもより色濃い金色が輝いてる。
その頭がぴょこぴょことせわしなく動いている。
この位置からは後頭部しか見えねえが、ありゃあ間違いなくサンジだ。
その頭は、こっち行ったかと思ったら、またあっちへと動き、くるりとターンしたかと思うとジャンプしている。
やっぱ、あいつっておかしい。
きっとナンパしてるに違いない。
常々おかしな奴だと思ってはいたが、こうして客観的に見ると怪しいことこの上ない。
側で一緒に歩いてたら、絶対他人のふりをする。

ふと、ここにゾロがいたら怒るだろうなと思ってしまった。
ゾロはサンジが女にほうけていると、かならず「けっ」とか「あほか!」とか悪態をつく。
俺達はもう、あれは病気なんだから・・・と割り切っているのに、ゾロはなかなか慣れない。
いつも生真面目に突っ込みを入れて、サンジの反撃を買っている。

・・・って、肝心のゾロも側にいるじゃねえか。
金髪からちょっと離れたところに緑頭が見える。
サンジの金髪は目立つが珍しいものじゃねえ。けど、ゾロの緑頭は本当に珍しい。
見間違えることもない。
あれはゾロだ。
側にいるんなら、また喧嘩するんじゃないのか。

俺は不思議な気がした。
毎日毎日に飽きもせず喧嘩を繰り返している二人。
口喧嘩だったり取っ組み合いだったり凶器が出たり、ナミに言わせればストレス解消のスキンシップってことだが、
俺達にははた迷惑以外の何ものでもない。
そうやって常にいがみ合っているはずの二人が、陸に上がってまでなんだって一緒にいるんだ。
ゾロが迷子になりそうで、サンジを見つけたのか。

この位置からだと死角になってて、頭の部分しか見えない。
サンジの金髪がくるりと円を描いてゾロの緑頭の近くに戻る。
また、ふいっと動いたかと思うと、くるりとまわってゾロの元に戻る。
なんだありゃ。
鵜飼いの鵜みたいだ。
ふらふらさ迷いそうなのを、ゾロに繋がれて引き戻されてるみたいだ。

そのとき、二人の姿が広間に出た。
日が暮れるのは早い。
夕闇が迫るとともに、灯りがともり始め、街は別の色を見せ始める。

逢魔が時。

昼と夜の隙間。

あやふやな色彩の中で、人はよく魔物を見る。
いや、見間違いか。

―――が、ぽーん―――。










見た。

俺様は見てしまった。

鵜飼いの鵜の如く、ゾロに繋がれて引き戻されるサンジ。
繋がれて・・・
繋いでいるのは、手だ。
俺様は衝撃のあまり望遠鏡を取り落としそうになった。
手を・・・手を・・・
よりによって手を繋いでいる。
思考力の停止。
そしてパニック。






なんだっ!

なんだっっ!

あのゾロとサンジが仲良く手を繋いでる???

ナミの考えた新手の罰ゲームか?
不慮の事故で瞬間接着剤がくっついたのか?
通りすがりの魔女に魔法でも掛けられて、離れられなくなったのか!






あれこれ言い訳を考える俺様をあざ笑うかのように、手を繋いだゾロとサンジはゆっくりと
歩いている。



あのゾロがっ! 
海賊狩りのゾロが!
三刀流のゾロが!
魔獣ゾロがあああアアア!

あのサンジがっ!
女好きのサンジが!
暴力コックのサンジが!
Mrプリンスサンジがああああ・・・





なんか訳があるに違いない。
どう考えたって信じられない。
天地がひっくり返ったってあり得ない。
俺は幻覚きのこにでも当たったのか!
動転しまくる俺を尻目に街には次々と灯りがともり、二人の表情がはっきりと見えるようになってしまった。
もうサンジはきょろきょろしなくなった。
真っ直ぐにゾロを見て、話し掛け、笑っている。
ゾロは時々サンジに振り向き、笑みを浮かべて、浮かべて・・・浮かべて・・・
なんて顔だゾロ!
なんでそんな顔して笑ってるんだ。
お前らそれじゃまるで・・・まるで仲良しラブラブカップルみたいじゃないか〜!
ばんばんと船縁を叩きながらも、俺は望遠鏡を手放せない。
つっこみを入れたいのに突っ込めないもどかしさ。


ゾロは宿屋の前に通りかかると、ぱっとサンジの手を放した。
畜生、そんな仕種すら既に恥ずかしいじゃねえか。
見てられねえほどこっ恥ずかしい。
っていうか・・・手、離れるんだな。
瞬間接着剤じゃなかったんだな。
無理矢理繋げる羽目になったわけじゃなかったんだな!
無意味に涙を流しながらあえぐ俺の視界から、二人は消えていった。
どゆこと?
どゆこと?
二人で仲良くご宿泊?
いや待てよ。
サンジはともかくゾロはナミに借金まみれの一文無しだから、宿賃もなくて転がり込んだのか。
サンジもああ見えて面倒見いいから、仕方なくって・・・って、それじゃさっきの手はなんなんだ。


自問自答を繰り返していると、宿の一番上の部屋の灯りがついた。
見なきゃいい、見なきゃいいのに・・・・
怖いもの見たさだ。
目が勝手にそっちへ行っちまう。
窓辺にサンジが立っている。
それに寄り添うように背後にゾロが・・・立つなよ。
なあに仲良く立ってんだよ。
しかも「あーこっからGM号がよく見える」とか言ってんじゃないだろうな。
GM号が見えるってことはこっちからもお前らの姿がよく見えるってことだ!
それぐらい気づけっっ
二人で並んで見るんならともかく、ゾロはサンジの後ろから腕をのばして窓枠に手を下ろしている。
そのままゾロの頭が少し下にずれた。
サンジの首筋に唇を落とし―――
落とすなっ!
・・・もういいもうしてもいいから、頼むからカーテンを閉めろ!
もうこうなったら何やったっていいからっ!
頼むから隠れてくれ。
こっちから丸見えってのはあ、俺だけじゃなく絶対誰かも見てる。
船着場から丸見えだって。
カーテンってもんがあるだろうが
気づけよおいっ!





俺は七転八倒して悶えた。
火薬玉は遠すぎて届かねえ。
いっそ大砲をあの部屋に向かって打ち込むか。
俺の腕ならあの部屋だけ狙って打ち込むのも不可能じゃない。
そこまでマジで考えた。
ふと部屋の灯りが揺れた。
サンジがカーテンの端を掴んでいる。
いいぞ、そのままひけ!
今ならまだ許してやる。
逢魔が時の見間違いだ。
魔物を見たのだ、俺は。
そう思い込もうとしていたのに・・・
サンジの手が止まった。
ゾロの右手はサンジの腰を抱えるように回され、もう片方の手がカーテンを閉めようとするサンジの手を引き寄せる。
サンジの顔がゆっくりとゾロの方に向き。
ゾロが少し顔を傾けて近づいてくる。
俺は固まった。
もう瞬きすらできない。
石と化した俺の目の前で重なる二つの影。
ゾロの手が伸ばされて、シャっとカーテンが閉められた。




俺はただ、退屈だっただけなんだ。
退屈しのぎに町を見たら、楽しかったんだ。
ただそれだけだったのに。
今じゃ俺はただの覗き屋かよ。
ピーピングトムかよ。
情けない。
すっかり力の抜けた俺は甲板に膝をつき、呆然とへたり込んだ。




いつの間にか空には満天の星。
明るい島灯りを背にして、水平線に目をやると、はるか宇宙まで見渡せるほどの星々の群れが続く。
俺は夕飯を食うのも忘れて、腑抜けたように空を眺めていた。
















昨日の見事な夕焼けが約束したように、今日も朝から快晴だ。
穏やかな波の上をウミネコ達がにゃあにゃあ鳴きながら、沖へと飛び立っていく。
俺は甲板の拭き掃除をしながら、輝く水面に目をやった。

昨夜はあれから、いろんなことを考えた。
この目で見てしまった事実に衝撃を受けたし、あれこれ怖い方向へ想像は膨らんだ。
知り合い同士ってのはどうにも生々しく、正直これからどう接したらいいのかも
わからなかった。
あくまでこちらの一方的な認識なのだから、あいつらに気づかれちゃいけねえ。
今までうまくやってきたんだから、そっとしといてやりてえ。
ゾロもサンジも大切な仲間だから、失いたくねえし。
自分では割とリベラルな方だと思っていたが、いざ目の当たりにするとうろたえるもんだな。
自分の器の小ささを再認識させられた気がする。
自己嫌悪に陥ったり、望遠鏡を持ち出した自分の浅はかさを呪ったり、そりゃあいろいろ考えた挙句、俺の心は今、
悟りを開いた坊さんのように澄み切っている。
別にどうも変わらなえ。
俺は俺で、あいつらはあいつらだ。
ただし、いつかたがが外れて俺たちの前でもいちゃいちゃするようになったら、それから考えよう。
今は何も見なかったことにして、なるだけ普通に接する努力をしよう。
うまくいかないかもしれないけど、これが俺にできる精一杯のことだ。
なによりあいつらのあの顔を見てたら、ささやかな幸せぐらい祈ってしまいたくなるってもんだ。
妙なカタルシスを得た気分で、俺は甲板掃除にいそしんでいた。



昼前にサンジは姿を見せた。
その後ろには山のように酒ビンを抱えたゾロも一緒だ。
そう来たか。
「おかえり、サンジ」
俺は勤めて冷静に、声をかけた。
「おう、ウソップご苦労さん。いやー、賑やかな街だぜ」
いいながら振り返り、
「買出しは最終日にって思ってたんだけどよ、ついつい足が市場のほうに向いちまって、そしたらちょうどゾロがいるじゃねえか。
 ちょうどいいから荷物持ちに使おうってんで、まずは腐らねえ缶詰とか酒類を買い込んで来て、ついでに運ばせたってわけだ」

聞いてねえ。
誰もそんなこと聞いてねえ。
何でゾロがいるとか、ようゾロ、とか俺が声かけた訳じゃねえのにべらべら喋んなよ。
それじゃあ俺じゃなくても感づかれるぜ。
この調子じゃもうナミにはばれてるかもしれねーな。
俺はつい、慈愛に満ちた目でサンジを見てしまった。
「あー綺麗に掃除してくれたんだな。傷んでたところも修理してあるし。やっぱりお前の腕は最高だな」
サンジはいつにもまして饒舌だ。
「そうだ、キャナルストリートってとこの入り口に、お前の好きそうな店が並んでたぜ、行ってみろよ」
はいはい、俺はさっさと退散させてもらいます。
「後のは全部倉庫に方に運んどけよ。奥から順番にだぞ」
「うっせえな、文句言うなら自分でやりやがれ」
さも面白くなさそうにしぶしぶ従うゾロ。
いつもどおりの二人だ。

ゾロから缶詰を受け取って、まだ喋るサンジと一緒に荷物を取りに中へ入る。
先にキッチンに入ったサンジから、非難めいた声が届いた。
「ウソップ、てめえ昨夜のシチュー殆ど手つけてねえじゃねえか」
しまった。
そう言えば、昨夜はショックが強すぎて殆ど食えなかったんだ。
「まずかったか?」
サンジはなんともいえない表情をして俺をみる。
俺は慌てて両手を振って訂正した。
「ち、違うんだ。なんか俺昨夜ちょっと熱っぽくてな。あんま手つけられなかった。
 もちろんうまかったぜ。あたりまえだろ。」
多少むきになりすぎたてらいはあるが、あんな顔見るとなんだか可哀想になってしまう。
普段傍若無人なくせに頼りなげなところがあるんだよな、こいつ。
ゾロもそれにやられたか。
「大丈夫か?」
「いやーもう大丈夫だ。寝たら治った。知恵熱だったんだろ」
俺は荷物を持って慌てて外に出る。
これ以上いるとなんかやばい。
「それに・・・どうせ今夜ゾロもいるんだろうから、二人で食べたらいいじゃないか」
――――しまった
口がすべるとはこのことだ。
サンジの顔が怪訝そうに曇る。
「・・・なんでゾロがいるんだよ」
やばい、非常にやばい!
足の先が小刻みに震え始めたが、何とかこの場を切り抜けなければ。
「あ・・・だって、そこでもう寝てっじゃねえか。ゾロ」
幸い目の前に豪快に寝そべる男がいた。
「あの調子じゃ夕方まで起きないぜ。飯食わせてからでもいいんじゃねえか」
よし、よく言った、俺。
下半身はかくかくしているが、ともかく顔色だけでも変えちゃいけねえ。
「・・・まあ、そうだけどよ」
サンジはしぶしぶといった感じで引き下がってくれた。
目のふちがほんのり赤い。
よかった――――
心底ホッとする。
確かに俺はウソップだが、俺のつく嘘はホラであって詐欺じゃねえ。
もう一言だって余計なことは言えねえ。
三十六計逃げるに如かずだ。
「じゃあな」
俺は急いで縄梯子を降りる。

これからどこかで昼飯を食おう。
それから、サンジが教えてくれたなんとかストリートを見に行こう。
久しぶりの上陸だ。
思う存分楽しもう。
だが、待てよ。
万が一、今日もゾロがここに泊まったら、明日いつ来るか分からない交代要員がいきなりやって来て、驚くんじゃないか。
そん時サンジはどう言い訳するんだろう。
明日の当番って誰だっけ・・・。
思い出して、俺はため息をつく。
明日の当番は――――ゾロだよ

まあ、よろしくやってくれ。
脱力したまま、とぼとぼと歩く俺の頭上で、ウミネコがにゃあと鳴いた。





                        END