体質ってのは、身体症状だけとは限らないらしい。
例えば、酔っ払ってもいないのに道を歩いてると一度は溝に足を突っ込むとか、誰よりも先に部屋の隅に
潜むゴキブリを見つけてしまうとか、出歩くと必ず他人に道を聞かれるとか、そういった類のもの。
なんてことないけど、そういやなんか集中してるよな、とかなんで俺ばっかりとか・・・釈然としないながらも
受け入れる偶然の産物みたいなものに、今俺は猛烈に悩まされている。

・・・そう、多分偶然なんだろうけど遭遇度合いが極端に高いのだ。
なにとって?
ホモとの遭遇だよ。











GM号に乗って仲間が増えて、その内サンジが実はゾロに惚れてたと知らされて、ついでにゾロもサンジの
ことを憎からず思ってたと気付いて晴れて二人が両思いになったのは、半年ほど前のこと。
最初から最後まで、うっかり見届けてしまった俺としては思いは複雑だがまあ、当人同士が幸せなのなら
別に他人がとやかく言うこともないと生暖かい目で見守っていくつもりだった。
ヒトの恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて当然とも思うし、ホモの恋路にわざわざ首を突っ込みたくもない。
だから見て見ぬ振りを続けてやっているのに、当人たちの傍若無人さにはほとほと参ってしまった。

俺が夜中にトイレに行こうとすると隣のシャワー室で励んでるし、人が不寝番してる夜には甲板で
いちゃつきやがる。
真っ昼間でも、格納庫や倉庫に道具を取りに行けば中からアンアン声が聞こえて入れないし、
少しでも早起きするとラウンジにも入れやしねえ。
さっきも廊下でキスしてる場面に遭遇したばかりだ。
なんつーか、これって俺の体質か?
俺はホモのまぐわい現場に遭遇しやすい体質なのか?
それともあいつらの頻度が高すぎるのか?!

しかし、他のクルーたちを見ている限り、二人の関係に気付いている様子はない。
そういう場面にも出会ってないのかもしれない。
ってことは、俺限定の偶然なんだろうか。
俺のアンテナは勝手にホモの乳繰り合いをキャッチしては、無意識に足が向かってしまってるんだろうか。
そこまで考えて、俺はぶるると身震いした。

冗談じゃねえ。
嫌だ嫌だ。
断じて認めたくねえぞ。
いちゃつく男同士なんてキショいし、それが知り合い同士っつうか仲間同士だなんて生々しすぎて勘弁だ。
しかも、6千万ベリーの賞金首と暴力コックだぞ。
そんな二人が音立ててキスし合ってるなんて、見たくねえ。
聞きたくもねえし想像だってしたくねえ。
それなのに現実は、否が応でもいちゃつく二人を見せ付けられて、そして決まって目ざとく気付いたゾロに
射殺されんばかりに睨み付けられるんだ。
偶然なんだよ。
俺だって見たくねえんだよ。
わかってくれよ!
必死で言い訳したいがそんなことできるはずもなく、俺はすごすごと後ずさりしてその場から立ち去るんだ。
まるで逃げるみたいに。

元はといえば、場所も時間も憚らず動物みてえに盛るてめえらが悪いんじゃねえか。
何で俺ばっかこんな気苦労しなきゃなんねえんだよ。
切々と訴えてみたいが当然そんなこと叶うわけもなくて、今日も俺は一人で溜め息つくしかできない。




なんとか・・・あの現場を回避できるようにならないか。
ホモキャッチみたいなアンテナ作って、やばそうなとこは近付かないようにできればいいんだけど・・・
そもそも、なんであの二人なんだろう。
サンジはまあ、仕方ねえ。
元からあいつの恋心に付き合わされて、二人の関係を知っちまった俺だ。
あいつがゾロにベタ惚れだってのは、もう病気みたいなもんで仕方ねえと思ってる。
そう馬鹿につける薬がないように、恋の病に効く薬なんてねえ。
だからサンジは置いといて・・・
問題なのはゾロだろう。

ゾロはなんだってサンジに手出したりしたんだろうか。
あんな強さがすべてみたいな生き方をしてきて、色恋沙汰どころか遊びもしねえような堅物に見えて、
実は暇さえあればサンジといちゃついてやがる。
はっきり言って失望した。
幻滅だ。
ゾロが、あんな奴だとは思わなかった。

そもそも二人がホモだとは思わなかった。
サンジは女に対してあの調子だから当然女好きだと思ってたんだけど、カモフラージュだったってことか?
そいでもって、ゾロも内面はサンジに負けず劣らずフェミニストの癖に何を好き好んで相性最悪っぽいサンジを
選んだんだろう。
その辺りがまったく解せない。
男に欲情すること自体、理解できない。
男と女、どっちにときめくかなんて生理学的にも生物学的にも異性相手に決まっているだろう。
どう見ても、あの二人が元々同性愛者だったとは考えにくいし・・・
これが恋ってもんなんだろうか。
いいや違うな。
結局狭い船の中で四六時中顔をつき合わせている間に、適当な相手だとお互い認定しただけなんだ。
ナミやロビンなんて見た目だけは一流の女がいても、中身を知り尽くしてちゃそうおいそれと手を出す
気にもなれないだろう。
そういう意味で、サンジは手軽な相手なのかもしれない。

・・・それでも俺にしちゃあ、ゾロの気が知れないけどな。
いくら金髪で色が白くても、あんな凶悪な顔で凄んだり口が悪かったり足癖はもっと悪かったりする、
どうひっくり返しても可愛い気のかけらもない男に欲情できる神経がわからない。
サンジの心理はまあ、理解できる。
元々サービス精神が旺盛だし、求められたら結局断りきれない部分が確かにある。
それになんのかんの言ってゾロのことを気にかけていたのは見ててわかったし、惹かれるのも無理はないかとも思う。
男の俺から見ても、ゾロはカッコいいからな。
あんなストイックな面して思いもかけず手出ししてきたら、サンジみたいなタイプは単純だから簡単に
コロッといっちまったんだろう。
だが問題はゾロだ。
男同士なんて勃たなきゃできないんだから、サンジを見て勃つんだろうな。
もしかして、ゾロってホンモノなのか?
そうでなきゃ、普通男相手に勃たないだろう。

確かに以前うっかり垣間見た、ゾロの下で組み敷かれたサンジはそこはかとなく色っぽかった。
まあ酔いが回ってたせいもあるだろうけど。
その後も何回か遭遇した濡れ場から漏れ聞こえる声も・・・なんとも言えない響きがあった。
男にしてはいけるかもしれない。
しれないが、やはり認めたくはねえ。
同じ男として、海を渡る仲間として野郎同士でいちゃこらラブラブするのが当たり前になるのは、断じて反対だ。

なんとか今の内に、せめてどちらか一方だけでも真っ当な性癖に修正できないものだろうか。
―――やるんなら、ゾロだな
サンジは多分、もう無理だ。
ゾロといちゃこらしてる場面を俺に見られた時点で、あいつはもう開き直っている。
それどころか自ら率先して俺に惚気る馬鹿っぷりだ。
あれはもう病気の一つだと置いておいて、まずはゾロの矯正から計画するしかない。
ゾロがその気にさえならなければ、サンジといちゃつくこともないだろう。
サンジからゾロに襲い掛かったってうまくいきそうにねえし、サンジを元の女好きに戻してもゾロに襲われたら
きっと元の木阿弥だ。
そうだ、まずはゾロに女の魅力を再認識させてサンジへの興味をなくさせて、ついでに二人に恋人でもできたら
今までの行いは若気の至りだったと気付くに違いない。
サンジには可愛そうだが、二人の将来と俺の平穏な海賊ライフを守るためにはこれしかねえ。
ウソップはそう固く心に誓い、ホモ撲滅大作戦を練り始めた。











女の魅力っつってもなあ・・・
食卓の席で、頬杖をついたままウソップはぼうっと考える。
斜め前と正面で食事するナミやロビンを見る限り、見目麗しく仕種も優しげだ。
手の動きや顔の表情、座る身体の姿勢まで粗野な男のそれとは違う、柔らかな雰囲気を醸し出している。
それに比べて―――
ちらりと横目でサンジを見れば、なるほど給仕する手つきはしなやかだが、手も足もでかいし長い。
身長はロビンのがはるかに高いから、並んでみるとサンジのが華奢に見えそうにもなるが、やはり線の細さは
女性のそれとは比べ物にならない。
肩幅はがっしりとしているし全体に骨張っていてお世辞にも抱き心地がよさそうには見えない。
なにがいいんかね。

男同士であれこれするってのは想像しがたいし想像したくもないが、するんなら突っ込むだけだろう。
そうすっとあっちの具合か。
確かにサンジは並外れて足腰が強そうだし、細身の身体に似合わない強靭なバネや俊敏さを持っている。
ゾロが多少乱暴に扱ったって壊れない丈夫さも持ち合わせているから、SEXの相性はばっちりなのかも
しれない。
それはそれで、いいんだけどよ。
けどやっぱりあんまり見えるところでいちゃついて貰いたくないし、これ以上生々しい証言も聞きたくはない。
たまに処理だけでするんなら目を瞑らないでもないが、今の状態は新婚ばりの馬鹿っプルぶりだ。
やっぱ今のうちに引き剥がしておかねえと…

「どうしたの、ウソップ」
不意にナミの声が耳に届いて我に返った。
「なによ、さっきから聞いてるのに無視して!」
気がつけば少々お冠だった。
ええと、なんの話だったんだ。

「あああ、すまねえ、考え事してた」
「もう、次の島にもうすぐ着くのよ。船番なんだけどログがたまるのが2日半だから、サンジ君が初日で
 翌日ウソップでいいかしら」
「ああ、それは構わねえぞ」
そうか、もう次の島に着くのか。
まあ、サンジは買出しがあるから最終日に当たることはまずねえんだけど、そうすっとまた俺が交代に
来たときに、船でいちゃついてる二人を見る羽目になるんじゃねえだろうなあ・・・

最近は船の中のみならず、上陸してもべったり引っ付いてる二人だ。
どちらかが船番のときはもう片方も付き合っていちゃつくという図式も、すっかり出来上がっている。
それに気付いてるのも俺だけなんだろうか。
畜生、てめえら鈍すぎるぜまったく。

「それじゃ決まりね。多分夕方には着くわ」
「どんな島だ、ナミ」
「ええとね、結構大きな島みたいよ。カモメ新聞の広告に、繁華街の割引券がついてたりしてv」
ぴらんと指でつまみあげたピンクのチラシを見て、俺はなにやら閃いた。
蛇の道は蛇。
ゾロがナミやロビンに靡くぐらいなら最初からサンジなんて相手にしないだろうから、今度の島でプロの
お姉さんの指南していただこう。








ありがちな酒場の前で、俺はふと足を止めた。
お天道さまはまだ高い。
ゾロと違って酒豪でもない俺は、夜一人で酒場に来ることなんてめったにないが、これも社会勉強の
一つかもしれない。
そうっと扉を開けると、薄暗い室内からタバコの煙と酒の匂いと、香水や汗が混ざり合ったような濃厚な
空気が漂って来た。
それっぽくムーディな音楽が流れ、昼間だというのに結構人が入り浸っている。

ざっと見渡したが、一目見てそれとわかるような物騒な客はいないし、俺みたいな一見さんっぽいのもいない。
地元御用達の店なんだろうか。
「やあ兄さん、見かけない顔だね」
人当たりのよさそうな主人がカウンターの中から招いてくれた。
そうしてくれると、慣れない俺でも入りやすいな。
俺はついきょろきょろしながら、薦められるままカウンターに腰掛けた。
「昼間から兄さんみたいな旅の人が来るのは珍しいよ。この時間帯は地元のもんばっかりだからね」
ああ、やっぱりな。

とりあえずビールを注文すると、2階に続く階段から、けたたましい足音と女の怒鳴り声が聞こえた。
「つけ上がるんじゃないよ!一度寝たくらいで亭主面されてたまるもんですか!あんたみたいな下手くそは
 こっちから願い下げだ、とっとと帰っておくれ!」
「あああ、そんなことを言わないでおくれ。シンシア、俺は本気なんだ」
「それがうざいって言うの、あたしは誰の女でもない。けれどこの世の男はすべて私のものよ。
 勿論あなたもねガルト」
さっきまで凄い剣幕で怒鳴っていたかと思うと、不意に媚びた笑みで男の顎先を軽く撫でた。
途端に男は脂下がっている。
「だからわかって、あんたのものにはなれないの。諦めて帰りなさい」
「あああシンシア。お願いだからもう一晩」
「しつっこいわね、あたしを怒らせたらみんな黙っちゃいないのよ」
気がつけば、店にいた男たちが数人女の背後に立って加勢するように睨み付けている。
さすがにこれには男も怯んだらしい。
「シンシア、またいつか会ってくれるかい?」
「勿論よ、気が向けばね」
また艶やかに笑って軽く唇を鳴らすと、女は他の男に肩を抱かれてウソップの隣のテーブルに腰掛けた。

すごすごと肩を落として店を去る男の後ろ姿には目もくれないで、他の男たちと楽しげに会話している。
男が行ってしまってから、主人はウソップにビールを出しながら、女に向かって話しかけた。
「シンシア、あんまり男心を無下にするもんじゃないよ。いつか痛い目に遭うかもしれない」
「あーら、私は最初から言ってるのよ。誰も本気にならないで、私は誰にも本気じゃないからって。なのに
 勝手に熱を上げて入れ込む男が悪いのよ」
とんでもない言い草だが、その台詞に似合うだけの美女ではある。
豊かなブロンドは緩いカーブを描いて瀬を覆っているし、色は白く唇は艶やかに紅い。
大きな瞳はくっきりと濡れたようなブルーで、開いたドレスの胸元には、豊かに盛り上がったバストと
深い谷間がちらちら見えた。
無意識にごくりと唾を飲み込んでしまう。
金髪碧眼のグラマー美女。
おまけに度胸があって口も悪いときてる。
ゾロの好みにぴったりなんじゃねえのか。

「男ってのは馬鹿ばっかだよなあ。見た目だけのノータリンだってわかってても、こんな女に惚れちまうんだ」
「おやおや、見た目だけのノータリン女に貢いで身代潰しかけた馬鹿はどこのどいつだったっけか」
「馬鹿言ってんじゃねえ、シンシアは女神だぞ。俺の妖精だ、天使そのものだ!!」
常連客たちのマドンナなのだろう、皆気軽に冗談を交わしながらも暖かいまなざしで彼女を見ている。
それだけ魅力的な女だってことか。
「男なんて馬鹿ばっかり。それは私の台詞よ。まあ、私で堕ちない男ってのも一度見てみたいわねえ」
思わずぷっと笑ってしまった。
その場にいた客たちが一斉にこっちを振り返る。
内心ぎょっとして冷や汗が流れたが、ウソップは努めて冷静に、平然とそれらを見返した。
「・・・いんや失礼。あんまり凄い自信だから感心しただけさあ」
「なんだなんだ兄ちゃん。こんな店に一人で来るたあいい度胸じゃねえか。ガキは家帰ってママのミルクでも
 飲んでな」
「こらこら、一見さんのお子ちゃまを脅すもんじゃねえぜ」
「へへ、ガキだってシンシアの魅力くらいわかるだろう。これがわかんなきゃ、立派なガキだってことだよな」
がははと笑う男たちの前で、ウソップは足先だけがたがたと震えさせながらも高笑いして見せた。
「まあなあ、俺はそのレディ今まで見た中でも3本の指に入るくらいいい女だとは思うぜ。俺はな。
 けどグランドラインは広いから、男がどれもそうとは限らねえだろ」
シンシアの形のいい眉がほんの少し顰められた。
「例えば、俺の仲間は若いがいっぱしの腕を持ってる堅物の剣士だ。見てくれも悪くねえしなかなかの
 男っぷりだが、なんせ女に興味がねえ。あの男を落とすのは、いくらあんたでもまあ無理だと思うぜ」
「なあにそれ、そいつホモ?」
ぎくっ・・・
いきなり核心を突いてくるたあ、さすが百戦錬磨の女だけはある。
「さ、さあなあ。仲間内の野郎と仲がいいっちゃあ、いいが」
「ホモって訳じゃあないの?」
「ああ、前に娼館に出入りしてるの見たことあるし、女にはモテルタイプだとは思う」
これは本当だ。
サンジとそうなる前は、上陸する度女を買っていたはずだ。

「ふうん」
シンシアは顎に手を当てて少し考える仕種をした。
綺麗に塗られた爪の先が薄暗闇で怪しく光る。
「そいつ、ここに連れて来て見なさいよ。ただし、私の好みのタイプかどうかによるけれど」
「お、またシンシアの悪い癖が出たな」
「兄さん、この女は真性のホモ野郎でも虜にしちまった実績もあるんだぜ。いいのかお仲間が
 骨抜きにされても」
「船の仲間なんだろう。もうこの島から出ねえって言われたら困るだろうから、やめておけ」
客たちがからかい半分に止めてかかるのに、ウソップはきっぱりと首を振った。
「いいや、ぜひ試して貰おう。俺も堅物のあいつが女に溺れる様をぜひ見てみてえと思ってたんだ。
 まあ、無理だろうけどな」
わざと挑発してやれば、女はますますその気になったようだ。
「冗談言うんじゃないよ。今からすぐ連れておいで!逃げるんじゃないよ」
そう来なくっちゃ。
ウソップはそのまま一目散に船へと戻った。










赤い夕日に照らされて、入り江に浮かぶGM号はゆらりゆらりと揺れている。
甲板に降り立っても船番のはずのサンジは姿を見せない。
当然一緒にいるだろうゾロの姿もないから、こんな時間から二人してどこかにシケこんでいるのは明白だ。
うっかり現場に踏み込まないように気を使いながら、ウソップはわざと大きな足音を立てて声を張り上げた。

「うお〜い、サンジい!どこだあ〜っ!!」
ゆっくりと歩いて船内をぐるりと回る。
たっぷり時間を設けてから、本命と見られるラウンジの扉を開いた。
案の定、二人が微妙な距離で不自然に佇んでいた。
張り付いたような笑みを浮かべて、サンジがおうと声を返した。

「どうしたウソップ。なんか忘れもんか」
対してゾロは、口をへの字に曲げてウソップを睨み付けている。
悪かったなあ、お邪魔虫で。
「ああ、いやあ丁度よかった。ゾロを探してたんだ。ちょっと、いいか」
そう言ってゾロだけ手招いてラウンジから出た。



「なんの用だ」
不機嫌を絵に描いたような顔つきだ。
「ちょっと助っ人頼まれてくれねえか。なあにたいしたことじゃねえ飲み比べだ」
「助っ人」と「飲み比べ」に反応したようだ。
ほんっとわかりやすいよこいつも。
「さっきふらっと立寄った酒場でよお。女に酒薦められて困っちまったんだよ。強い奴連れて
 くるからって逃げてきたんだ。女に勝ったらただらしいから、な、頼む!行ってくれ」
酒に心を動かされたらしい。
ちらりと目線だけラウンジに寄越して考えている。
「なあに、夜までにここに帰ってくりゃあいいじゃねえか。そう時間は取らせねえよ」
俺の口車に乗せられて、ゾロはしぶしぶ頷いた。










ゾロを伴ってさっきの店へと帰ると、扉を開けた途端店内の視線が一斉にこっちに集中した。
気のせいか人が増えてる気もする。
内心怖気づきながらも、後ろにいるゾロを頼りに店内に踏み込む。
奥のカウンターで足を組んで座るシンシアの瞳が、きらりと光ったのがわかった。
「・・・やあ、約束どおり連れてきたぜ」
「へえー、まだ若えじゃねえか」
ギャラリーが軽口を叩くのを、シンシアは目で牽制した。
ゾロを頭の先から爪先まで、計るようにじろじろと眺める。
「ふうん、あんたが堅物のお連れさん?」
対してゾロも、きつい眼差しで見返している。
女相手にガンつけるんじゃねえっての、まったく。

「まあ座れよ。こいつはゾロ。酒がかなりイける口なんだ」
「あらまあ、私もよ。それじゃお近づきのしるしに一杯いかが?」
飲み比べにしちゃあ雰囲気が違うと察したのかゾロはこっちを見て目の光を強くしたが、
俺は気付かない振りして酒を勧めた。
なによりおっかないのが連れのゾロってのは、シャレにならねえ。
「おお、まあ乾杯しようぜ。折角の島だ。いい酒を呼んでくれよ」
そうして3人でグラスを合わせた。







なるほど、シンシアがイカス女だってのは、俺にはよくわかった。
飲むばかりの野暮天ゾロからうまく話を引き出しては会話を成立させている。
ナイスバディだからって色気だけを売り物にしてる訳じゃねえんだな。
相槌のタイミングや話の引き出し方が上手い。
メインがゾロの筈なのに、隣の俺までいつの間にかぼうっとシンシアの顔を凝視してしまっていた。

いかんいかん、俺のカヤ。
お前だけが俺の天使だ。

出された酒は俺には強くて、ほんの少しグラスを舐めただけでかなり酔いがまわったらしい。
足に来る前に退散した方がいいかもしれない。
俺はそっと椅子から降りた。
だがゾロは気付かない。
ずっとシンシアの方を見て、珍しくぽつりぽつりと話しているようだ。
シンシアの白い手がゾロの二の腕に乗せられていて、さっきより身体も随分近付いている。
ゾロが見ず知らずの他人をここまで近付けることなんて、はじめてなんじゃないだろうか。
俺はこの先の展開に興味津々だったが、次の作戦のために一先ず船に帰らなければならない。
店の主人に軽く会釈して、俺はそっと外に出た。







また船へと走って戻る。
急激に酔いが回ってふらふらになりながらもなんとかGM号に辿り着いた。

静かなラウンジで、サンジは一人タバコをふかしていた。
テーブルの上には二人分の皿が並べられ、いつでも暖められるように準備されている。
「あんだ、ウソップかよ」
明らかに落胆の色をして、サンジは顔を伏せた。
待ってるんだな、ゾロをずっと。
俺は少し胸が痛んだが、ここで情けをかけちゃあすべて台無しだ。
ここは一つ心を鬼にして計画を遂行しよう。

「サンジ、ゾロは帰って来ねえ」
え?と白い顔を上げる。
そうした仕種は、なんか妙に幼くてあどけない。
「飲み比べのつもりで酒場に連れてったんだが、そこで女と意気投合しちまって・・・まだ仲良く飲んでんだ。
 すげー美人だぜ。てめえなんか一目見たらメロメロになっちまうくらい」
「・・・・・・」
サンジの反応が鈍い。
美女と聞いて飛びつくかゾロに対して怒るかのどちらかだと思ったが、なんだか目を見開いて
ぼうっとしている。
「あのゾロがよ、珍しく自分からよく喋ってんの。酒も進んでるみてえだし、邪魔するのも悪いんで
 俺だけ帰って来た」
そう言って、俺は勝手にテーブルに着いた。
「ああもう、酒飲むばっかで腹減っちまった。飯、あんだろ。食わしてくれよ」
そう言えば、サンジは絶対食わせてくれる。
俺はそれを見込んでそこに付け込んだ。
案の定、サンジは条件反射みたいに鍋を火にかけて準備を始めたが、その動きはのろのろとして
精彩を欠いている。

「そのレディ、そんなに美人なのか?」
「ああ、俺はあんな美女にお目にかかったことはねえな。まあナミやロビンも美人だけど、それと
 また違って色気が溢れてるってのか。もう胸なんてばーーんとここまで出っ張ってるし、ウエストは
 細いし、髪はお前みたいな金髪がくるくる回って長く伸びてて、腕も白くて華奢でなあ。それでもって
 気風がいいんだ。気持ちのいい女だぜ」
「へえ・・・俺も、お目に掛かりてえ・・・かな」
「行ってこいよ」
俺の言葉に、驚いたように大げさに振り向く。
「俺、船番しててやるよ。なあに、ここで飯食ってるから見てきていいぜ」
きっとサンジがその店に着くころには、あの二人はかなりできあがってるに違いない。
ゾロだって所詮男だ。
あんな美女といい雰囲気になって、すごすごと一人で帰ってくるなんて馬鹿な真似はしないだろう。
「そうか、そうか?」
サンジはそう言いながら、急いで俺の食事の準備を始めた。

自分は一口も食ってないだろうに、俺の食卓だけ整えるといそいそとエプロンを外す。
「・・・んじゃ、ちょっと見てきていいかな」
「おお、ちょっとと言わずゆっくりして来い。お前も惚れる、いい女だぜ」
俺の声に背中を押されるように、サンジは船を飛び降りて街へ続く闇の中へと消えた。


―――ちいと、可哀想だったかな
良心が痛まないでもないが、仕方がない。
ゾロと女が懇ろになってるのは事実だし、それをサンジが目撃したのだって俺のせいじゃない。
俺はサンジに頼まれたから代わりに船番してるってえ、それだけのことだ。
それでも、いつもより味気なく感じる食事を取って俺は一人ラウンジで時を過ごした。




飛び出して30分も立たないうちに、サンジは帰ってきた。
端から見ても一目でわかるほど意気消沈していて、眉毛も情けなく下がって見えた。
「・・・どうした。すんげえ美人だっただろうが」
俺は無邪気に残酷に、サンジにそう声をかけた。
サンジは少し悲しげに笑って、それでも俺の前に腰掛けてタバコを取り出す。
「まあな、後ろからちらりと見ただけだけど、確かにすんげえ美女だった。ナイスバディだった。
 お尻なんかこーんなに丸っこくて・・・」
両手を翳して形を作り、へへっと笑う。
「やーらかそうで、いい匂いがしてそうだった」
「なんだ、近くで声掛けなかったのかよ」
「ぜひそうしたかったよな。けどマリモにぺったりしなだれ掛かってんだもん。邪魔はできねえや」
そうか!そこまでいってたか。
「あんの汗臭いクソ野郎、あんなレディに胸押し付けられてなにぼやぼやしてやがんだ。まあ、満更でも
 ねえんだろうけどよ、あそこまでレディを接近させるなんていつものあいつらしくもねえし」
そこで一旦言葉を切って、灰皿にタバコを押し潰す。
「元々あいつはノーマルだしよ。まあ俺もノーマルだぜ。あんなレディ見たら、俺のがおっ勃つっての。
 間違いねえ。だけどよ、今夜は涙を呑んで俺が腹巻に譲ってやろうってんだ。こんなチャンスは滅多に
 ねえし、あんなレディにはそうそう巡り会えるもんでもねえ。一夜のアヴァンチュールは楽しむもんさ」
あの女に掛かったら、それが一夜で済まないって噂だった。
ゾロはあのまんま、骨抜きにされるんだろうか。
サンジのことも、俺たち仲間も、自分の夢さえも忘れて入れ込むだろうか。
そんな筈はないと確信しながら、それでもサンジの胸に穴を開けることができたのは、成功と言えるだろう。
ちょっと可哀想だけど。

「なあサンジ。ゾロだって男だ。女を抱きたいと思うのは自然の摂理だし、そりゃあ俺はお前らの仲を
 知ってるけどな、男と女じゃないんだから、浮気だとか裏切りだとか、そんな風には思わねえだろ」
俺の言葉に、サンジは素直に頷いた。
笑顔を湛えたままなのに、口元がかすかに歪んでいる。
「所詮男同士なんて処理目的でしかねえだろ。なあにゾロとはこれっきりじゃねえ。これからも同じ船で
 旅を続ける限り、またてめえとも関係を続けるかもしれねえ。けど、それはあくまで生理的な衝動だ。
 俺の言ってること、間違ってるかな」
サンジは黙って首を振った。
睫毛がほんの少し濡れて、光って見える。
「だからよ、ゾロが帰ってきても責めちゃなんねえぞ。それにこれからそう頻繁に船でするもんじゃねえ。
 男同士のあれって、結構いいんだろ。もしそれでゾロに妙な癖でもついてみろ。上陸する度にてめえが
 いないときは他の男買うこともあり得るかもしれねえ」
俺の言葉に、サンジは弾かれたように顔を上げた。
見る見るうちにその顔が蒼褪める。
そんな可能性も、これっぽっちも考えていなかったんだろう。
「なあ、それに比べたら女の方がまっとうじゃねえか。これを機会にしばらくゾロと距離を置いてみたらどうだ」
サンジは虚ろな瞳で視線を斜めに流して、かくんと頭を垂れた。
肩先が小さく震えている。
「・・・おい、サンジ?泣くなよ」
「・・・泣くか、馬鹿野郎・・・」
言いながらも、声が揺れている。
俺はなんとも言えない気分になった。
普段口さがなくて乱暴で尊大なサンジが、こんな風に落胆する姿はあんまり見たくない。
自分で計画しておきながら、慰めたい衝動に駆られる。

「あのよ・・・きっと一晩のことだけだって。ゾロ、ちゃんと帰ってくるから」
「うん」
「今夜は俺もここに泊まるから、元気出せ、な?」
「うん」
サンジが、あのサンジが人の言うことに反論もしないで、素直に頷いて相槌打つしかしないなんて・・・
俺はますます困惑した。
しょげ返るこいつって、なんて可愛いんだ。

「お先にご馳走様でした。今度はサンジが食べろよ、まだなんだろ」
席を立って少し冷めたおかずを皿に盛ってやる。
目の前に置いてやっても緩く首を振るばかりで手を付けようとはしない。
「駄目だってちゃんと食わねえと。そうでなくてもお前は食が細いんだから」
無理にでも食わせてやろうと俺は椅子を寄せてサンジの隣に寄り添うように座った。
スプーンですくってサンジの口元へと運ぶ。
サンジは目を瞬かせて、困ったようにこっちをちらりと見たが、諦めたのかおずおずと口を開いた。
そこにスプーンを当ててやる。
普段ならサンジに飯を食わせるなんて到底できる行為じゃないが、なんとなく今は捨てられた雛鳥に
餌をやってるような気分だ。

こくんと飲み込む拍子に、口端からスープが垂れた。
俺は苦笑してナプキンを持ち、サンジの肩を抱いてその口元を軽く拭った。
「こらこらガキじゃねえん・・・」



ぴしっと一瞬でその場の空気が凍りつく。
凄まじい殺気を本能で察知して全身の鳥肌がざあっと立った。

―――なんだ
その目線に気付くより先に身体が反応した。
足ががくがくと震え、上手く振り向くことさえできねえ。

「・・・ゾロ?」
俺より先に顔を上げたサンジが呆然と呟いて、漸くこの事態に気付く。

「ゾロ、なんで・・・」
「そりゃあこっちの台詞だ。ウソップ、てめえ何してる」
ラウンジの扉を開けて、ゾロが凍りつくような視線のままそこに立っていた。








「なんでてめえ・・・レディはどうした。」
「ああ?」
脅すように声を張り上げて、どかどかと大股で近付いてきた。
俺はすっかり固まってしまって、逃げることすらできずサンジの後ろに隠れるように張り付いた。
「な、ななななんだゾロ!お前酒場で飲んでんじゃなかったのかよっ」
「ああ?飲んできたよ・・・」
「おいマリモ、あのレディは…」
「なんでお前が女のこと知ってんだ。ありゃあ酔い潰れちまったよ」
はあ?
「酔い潰れって・・・」
「飲み比べだったろうが。俺が勝ったんだ」



はああああ?

いや確かに俺はそう言った。
そうは言ったが、それでほんとに酔い潰して帰ってきたのかこの男は!!!

「何言ってんだ、あんなすげえ美女といい雰囲気になってたじゃねえか!」
俺の気持ちをサンジが代弁する。
いいぞ、言ってやれ。
「ああ?いい雰囲気だあ?確かに面白い女ではあったが、口ほどにもねえな。酔っ払うのは早かったぞ」
いやだから、問題はそこじゃねえし。
「大体なんでてめえがここにいる」
まともに睨み付けられて、足が竦んでしまった。
ゾロの本気モードは気迫だけで心臓に悪い。
「それにてめえも、なんで女のことを知ってんだ」
「それはウソップが・・・」
「あああ?」

あああああ!
やばい、やばいい!!

「ウソップ、どういうことだ」
「いやあわわ・・・俺は、俺はなんにも・・・」
「あの酒場はてめえに言われて俺が行ったところだよな。女と飲んでることもてめえは知ってた筈だ。
 それをわざとコックに言いやがったのか」
ひいい、やばいっ、やばすぎる!
「それでてめえもわざわざ店まで来たってのか?」
振り向いてそう問われたサンジは素直に頷いた。
なんだよ、なんでそんなに素直なんだよ今日のサンジは!
「それで、俺が女といちゃついてると思ったんだな」
またこっくりとサンジが頷く。
なんでもいいが、可愛すぎるぞその仕種!

「それで、すごすご帰ってきたてめえをウソップが待ち受けてたって訳か・・・」
――――あれ?
なんか、話が違う方向に・・・

ゾロとサンジが、ゆっくりとこっちに振り向く。
ゾロはもう悪鬼の形相で。
サンジはなんだか頬を染めて困ったみたいに眉を寄せて。

「・・・ウソップ、気持ちは嬉しいけどな」
いや違う!
なんだ、何の話だ!!!
「俺にはもうゾロがいるし、つうか、こんな手段使うってのは、ちょっと姑息だと思うぞ」
そんなやんわり人を諭すな!
基本的に誤解だ誤解!!

「いい度胸だなてめえ・・・」
何か光ったと思ったら、ゾロが雪走を抜いていた。
ちょっと待て!
素人相手に刃物振り翳すなお前!!!

「嘘だ!誤解だ!アクシデントだ!!!」
「問答無用、そこに直れ!」

「うっぎゃーーーーーーーーーっ」











翌朝、成敗されかけて瀕死の状態のウソップが、GM号の真横で波間に浮いていたなんて、
可哀想でとても語れないお話でした。






    END










マリモ観察日記 〜ウソップのホモ撲滅大作戦〜