ひらりひらりと舞い散る桜の花びらを掌で受けて、サンジはうっとりと目を細めた。
ここはまさに桃源郷。
大振りの枝に咲き誇る桜は、今真っ盛り。
時折舞い散る花びらも、陽の光を弾いて瑞々しいピンク色に輝いている。
そんな桜の大木の前、花よりも尚華やかな、圧倒的美女の群れ。
その光景を前にして、サンジは喜びと興奮で幾度も倒れそうになっていた。


「バレンタインの報告会を兼ねて、今度はお花見をしましょう」と提案されたのは事実だったが、まさか
そんな夢企画が、こんな形で実現するとは思わなかった。
お花見と言えば場所取りも難しい期間限定人気スポットであるのに、どこから話を聞きつけたのか、エースが
ポンとプライベートガーデンを開放してくれたのだ。
「そんなに広くはないけど、樹齢100年の一本桜が見事だよ」
そう謙遜していたが中々どうして、広々とした日本庭園の中に一際目立つ大樹はピンクの衣を纏い、荘厳とも
言える佇まいで素晴らしい景観を形作っていた。

「素敵ねえ」
「ほーんと、こんな優雅なお花見は初めて」
「サンジ先生のお知り合いって、凄いですね」
口々に誉めそやされて、サンジはいやあと言葉を濁しながら頭を掻いた。
実際、サンジのためだけじゃなくて可愛い弟の彼女・ナミが一枚噛んでいるからここまで親切にしてくれた
のだと思っている。
エースも本来はこの花見に同席したかったようだが、急な仕事が入って泣く泣くキャンセルとなった。
“美人に囲まれてお花見サイコー!”と直前まで楽しみにしていたから、実に気の毒だ。

「天気もいいし桜は満開だし、絶好のお花見日和ね」
いそいそと敷物を準備して、持ってきたお重を並べながら、サンジは眩しそうにナミを見上げた。
「ナミさんは、この庭に何度も来たことあるんだよね」
「うん。でもお花見シーズンに来たことなかったのよ。すごく綺麗」
それから、にこっと邪気のない笑顔を返した。
「サンジ君のお陰ね。エースを誑かしてくれてv」
「た、誑かすなんてそんなっ」
あまりの言葉にサンジは絶句し、それからブンブンと首を振った。
「ナミさんが企画してくれたことだから、エースも快く了承してくれたんだよ。なんせ可愛い弟の彼女なんだから」
「そうかなあ」
なんとなく含み笑いのような顔を見せたが、ナミはそれ以上何も言わず、サンジが運んできた大量の重箱の
風呂敷包みを解いた。
「きゃあ、素敵」
「わあ、美味しそう」
「みんな〜、サンジさんのご馳走よ!」
桜の樹をバックに記念撮影に励んでいた美女達が、わらわらと駆け寄ってくる。
「きゃー美味しそう!」
「素敵ねえ、こーんな綺麗な桜の樹の下で美味しいお花見弁当なんて」
「ううん最高v」
そんなことより、ボカぁ今の状態の方が天国だよ。
そう叫びたいのに嬉しさが高じすぎて言葉にすらならず、サンジは内心で喜びに咽び泣きながらせっせと
取り皿やカップを並べた。



バレンタインを目前にしたあの日、レンタルルームの一室に集った美女達が、今日もまた今度は晴れた
青空の下、再び集結した。
「バレンタイン成果報告会」と銘打たれているが、美女に囲まれるならサンジはどんな用事だろうと喜んで
馳せ参じる。
料理を担当するという名目で参加しているつもりだが、まさか肴にされるために呼びつけられているとは
露ほどにも気付いてはいない。

「今日は、サンジさんの彼氏もお二人お呼びしてるんじゃなかったんですか?」
目にも鮮やかな花見弁当を眼前に並べ、まずは乾杯と杯を開けたところで、ケイミーがまったく邪気のない
口調でいきなり爆弾を投下した。
「か、彼氏って?」
思わず咽かけたサンジの隣で、ナミがまあまあと掌をひらめかした。
「一人は、本当は今日同席するはずだったのよ。急に仕事が入っちゃって」
「あ、あの教室のオーナーさん?」
「私知ってる〜vエースさんでしょ?」
いきなり具体名を挙げられて、サンジの咳が止まらなくなった。
「やり手のオーナーさんで、この庭もプライベートかあ。すっごいお金持ちよねー」
「てか、もう決まりじゃない?もう一人の・・・誰だったっけ?」
「知らないけどお花やってる人よね。ギャップ萌えはあるかもしれないけど、実物見てないからピンと来ないわ」
「実物見たら相当笑えるわよ」
3人寄るだけで姦しい女性が10数人も揃ったら、それはもう賑やかなんてものではない。
その中で、サンジは一人赤い顔をして喉を押さえた。
こほんと軽く咳払いをして、口を開く。
「それはいいとして、皆さんはどうだったんですか?」
一瞬場は静まったが、すぐにその反動のように幾つもの笑い声が立った。
「やだもー」
「そんな急に・・・ねえ」
「いきなり振るなんて酷いわあ」
何よりも先に、いきなり振ってきたのは皆さんの方なんですが・・・

「ええとね、お陰で素敵なバレンタインを過ごすことができました」
唯一既婚者のビビが、ちょこんと畏まって正座しサンジに頭を下げた。
「ホワイトデーには、二人で買い物にでかけて洋服を買ってもらったの」
いいわねーと誰ともなく、溜息が漏れる。

「ビビちゃんちは安泰だもんね。うん、うちも喜んでたよ」
いつもの開けっぴろげさは影を潜め、ちょっと照れたみたいに口を尖らせながらバレンタインがグラスを開けている。
「きっちり三倍返しねって言ったから、値段も量も三倍以上のケーキが返ってきたわ」
きゃはは〜と一人で笑い、手を叩いた。

「うちも、甘すぎない味が気に入ったみたい」
ポーラは横を向いて、煙管からぷかりと煙を吐き出し肩を竦めた。
「ホワイトデーなんて柄じゃないけど、一緒に朝までお酒を飲んだわ」
「・・・それって、いつもと変わらないんじゃあ・・・」
バレンタインの突っ込みに、ポーラはまあねと片目を瞑って見せる。

「ええと私はですね。差し上げたら一口で全部食べちゃってビックリしました」
メガネの奥の目を丸くして、たしぎが生真面目に報告する。
「ホワイトデーには、男性職員からとしてケーキをいただきましたけど、私のだけハンカチがオマケについて
 たんです。これって、脈アリだと思います?」
ずいっと覗き込まれて、ビビが仰け反りながらも首を縦に振る。
「多分、そうだと思います。とても真面目な方なんですね」
「勤務態度は不真面目なんですが」
難しい顔をして考え込むたしぎの肩を、ナミは笑いながら軽く叩いた。

「うちもそうよ、一口で終わり。作った甲斐がないっての。でも美味かったって言ってくれたし、お返しなんか
 特別なかったけどそれはそれで私は満足だわ」
えええっとその場にいた全員が飛び上がらんばかりに驚いた。
「い、いいのナミさん?お返しなくていいの?」
「誰よりも見返りを求めるタイプなのに・・・」
「なんで?どうしたの?カード抑えてたらそれでいいの?」
「・・・みんな、あんまりだよ・・・」
見かねてサンジがフォローに入るが、ナミはけろりとしたものだ。
「ルフィは本命だから別にいいの。他にも餌撒いてるのはそれぞれきっちり回収してるし。海老で鯛を釣るって、
 面白いわよね」
あっけらかんと言い放つナミに、全員が安堵のような溜め息をつく。

「私はお返しに食事に誘っていただきました。あくまで義理でのお返しですが」
真面目な顔つきのままそう強調するカリファだが、耳朶がほんのりと赤いことには、誰も気付かないふりを
してくれている。

「ホワイトでーにはコニス達と一緒に居酒屋に行ったの。ロマンティックって言うより、楽しかったわね」
「はい、二人きりだと緊張するので、ああいった形の方が私も嬉しいです」
ラキとコニスが顔を見合わせ、思い出し笑いをしている。

「ウソップさんは凄く喜んでくれたのに、勿体ないって言ってなかなか食べてくれないので困りました。ホワイト
 デーには手料理をご馳走してくれたので、食べる前にちょっと焦らしたら私の気持ちがわかってくれたみたい」
「カヤちゃんやるう」
「男って、変なところで気遣うくせに肝心な部分で無神経なのよね。それぐらいいい薬よ」
女心の機微を脳内メモに書きとめつつ、サンジもウンウンと頷く。
「作り手にとって、美味しく食べてもらえるのが何よりの喜びだから。滅多に作ったことのない野郎には、
 理解できねえのかもしれねえなあ」
ふと頭の中に緑色の物体が浮かんだが、すぐに打ち消した。

「はっちん、美味しいって食べてくれたよ。今度たこ焼きにチョコ入れようかなあって言い出して、今研究中」
「・・・それは、止めた方がいいかも」
たしぎの控え目な意見に、ケイミーはきょとんとした顔で小首を傾げた。
「でもはっちんの作るたこ焼きはすごく美味しいから。チョコたこ焼きが完成したら私に一番に食べさせて
 くれるって」
とても幸せそうに笑うから、誰も突っ込めなくて曖昧に笑みを返した。

「私、ホワイトデーでプロポーズされたわ」
最後にロビンが爆弾発言をして、その場が一気に盛り上がる。
「え、マジ?嘘!」
「どうしたの、受けたの?」
「タイミング的にはばっちりじゃない。すごくロマンティックなシチュエーションで?」
矢継ぎ早に質問を浴びせられるも、ロビンは余裕の笑みを浮べたままだ。
「夜景を眺めながら、ホテルでディナーをご馳走になって。最後にデザートと一緒に指輪を贈られたわ。
 事前にレストランに依頼していたみたい」
「いやん、素敵〜v」
バレンタインは大袈裟に身をくねらせ、その場で転がりだしそうな勢いだ。
「あのフランキーがねえ・・・」
ナミは一瞬夢見る目付きになったが、はっとして振り返る。
「その時、どんな格好をしていたの?」
「私はイブニングドレス、彼はブレザーに海パンよ」

「「「は?」」」」
ナミ以外の全員が、何か聞き間違えたかと顎を突き出した。
「彼は季節を問わず、下半身はいつでも海パン一丁なの。それがステータスみたい」
「―――なんで?」
先ほどまでの盛り上がりは何処へやら、押し黙ってしまったみんなを代表するかのように、たしぎがおずおずと
尋ねてきた。
「変態だからじゃないかしら」
「・・・・・・」
静まり返った春の庭に、桜の花びらだけがヒラヒラと舞い落ちている。

「それで、プロポーズはお受けしたのかしら?」
ナミだけが冷静に言葉を繋いだ。
「まだ保留してるの、少し考えさせてと言って」
女性陣は揃って首を縦に振った。
無論、サンジも同様だ。



「ところで、サンジさんはどうだったんですか?」
思いっきり自然な流れで最後にそう聞かれ、サンジはえ?と素で聞き返した。
「どうって、なにが?」
「やあだあもう、とぼけちゃってえ!」
きゃはは〜とけたたましく笑いながら、バレンタインがバシンと背中を叩く。
「お二人にチョコレートを渡したんでしょう?それぞれの成果はどうだったの?」
カリファにまで真顔で問われ、サンジは途端しどろもどろになった。
「成果も何も・・・あくまで義理って言うか成行きと言うか、別に下心があったわけじゃないですし」
「でも、何かお返しがあったんでしょう?」
なければ許さないと、気迫のようなものまで感じられる口調で、たしぎはメガネの奥で瞳を煌めかせた。

「お、返しと言うかなんと言うか・・・」
サンジの脳裡に即座に浮かんだのは、エースとの試食会だ。
だがあれはサンジの誕生日だったから・・・じゃなくて、いつも世話になってるお礼とか何とかで、確か試食会が
あるついでだったからで―――
「サンジ君、心の中で色々言い訳してない?先ずは口に出してからにしてよ」
鋭いナミの突っ込みに、慌てながら首を振った。
「いやいや、だからあれは試食会・・・でしたよね?」
いきなり話を返されて、ナミは訝しげな表情でサンジを見返した。
「あのほら、グランドラインホテルのエターナル・ポースでホワイトデーの試食会。ナミさんも行ったでしょ?」
エターナル・ポース?と色めき立つ美女達の前で、ナミはゆっくりと首を巡らした。

「う〜ん、それっていつのことだったかしら?」
「3月2日の夜です」
「あら、サンジ君の誕生日?」
ほうと一斉に溜め息が漏れたが、誰も口を挟まない。
「偶然ですかね、その日に試食会があるからって親戚が集まったって聞いてますよ。ナミさんもルフィと別室に
 いた・・・んで・・・しょ?」
ナミの表情をじっと見ながら話しているうちに、サンジの声はどんどん尻すぼみになっていった。
なんというか、いつの間にか妙な雰囲気に包まれている気がする。
背後に並ぶ美女達の視線もやけにギラギラしていて、なんだか怖い。

「試食会・・・ふうん、誕生日にねえ」
ナミは無表情だが、取り巻くように輪になっていた美女達は口元を押さえ、或いはわざとらしく空を見上げたりして
口元をほころばしている。
「ふーんそうなんだ。へー」
「え、ちょっと待ってナミさん。ナミさんその日、いなかったの?」
ナミはそれには応えず、うんうんと腕を組んで一人頷いた。
「そうかあ、エースったらホワイトデーのお返しまで待たずに、サンジ君の誕生日に奮発したんだ」
「え、でもホワイトデーのお返しはまた貰いましたよ」
またしても美女ギャラリーから熱い吐息のような溜め息が漏れた。

「わーもう、いいなあ。誕生日に高級レストランで二人っきりのディナー」
「しかも、ホワイトデーはホワイトデーできちんとお返し」
「なんて、なんていい男なの!」
「え、ちょっと待って、え?」
なんとなく嵌められた感がひしひしと伝わって、サンジは一人背中に汗を掻いていた。
「それじゃなに?エースは最初から、俺の誕生日知ってたってこと?試食会ってほんとはなかったの?」
「さあ」
縋るように聞いてくるサンジに対して、ナミはあくまで冷淡だ。
「そんなこと私は知らないわ。今度エースに聞いてみたら」
あっさりと返されて、サンジは途方に暮れた。
そんなこと、なんだか怖くて聞けないじゃないか!

サンジの焦りなどどこ吹く風で、ケイミー達は夢見る目付きで手を合わせた。
「エターナルポースでディナー・・・いいなあいいなあ、夜景綺麗でした?」
「お料理美味しかった?」
「どんな服装で行かれたんですかあ」
矢継ぎ早に聞かれても、もはやサンジに答える言葉など残されていない。
あーだのうーだの意味不明なうめきを出すのが精一杯で、身体はどんどん桜の根元へと退いている。

「お食事しただけ?他にサプライズはなかったの?」
ここに来て、ロビンがさらりと素朴な疑問を口にした。
皆あっと口を開けたが、サンジはそれよりも速くさっと顔色を変えてしまった。
サプライズ・・・サプライズって!

「あーそうですね、ロビンさんの時はプロポーズがあったもの」
「うん、それに指輪も!」
「サンジさん・・・は?」
邪気なく振り向いたコニスが、そのままの表情で固まる。
桜の花影に隠れたサンジの、金髪の下にあるいつもは白い顔が、発熱でもしたかのように真っ赤だったからだ。
コニスの視線に誘われるようにして、美女達の目が一斉にサンジへと注がれた。
眼差しの集中砲火を浴びて、サンジはさらにずるずると背中を崩れさせる。
「いや、あの・・・そのっ」
「・・・こういう時、色が白いって損よね」
「ほんとに、なんていうか哀れなほどにモロわかり」
「なんかあったのね、そうなのね」
したり顔で頷かれ、サンジはあーと両手で頭を抱え膝に顔を埋めてしまった。

「まあ・・・それじゃ本命はエースで決まりということで」
勝手に手を打とうとするナミに、ポーラが待ったをかける。
「そうとは限らないわよ、もう一人のお花やってる人はどうなの?」
「そうですよ、その人も何かお返しされたんでしょ?」
「でもねえ、高級ディナーにサプライズ、改めてホワイトデーのお返しじゃあ、正直勝ち目ないわね」
口々に勝手なことを言っているが、ナミは大げさに肩を竦めてみせた。
「悪いけど、ゾロにはお返しなんて芸当は到底無理よ。変に義理堅いところはあるけど、基本マメさがまったく
 ないもの。来る者拒まず去る者追わず、自分からアクションかけるタイプじゃないわ」
「んま、なんて俺様」
「それでもやってける程度にイケメンってことですね」
「そんなんじゃこの先サンジさんが苦労するだけですよ、やっぱりエースさんでいいです」

だからなんで、皆さん勝手にお決めになったりするんでしょうか。
つか、対象がその二人じゃないといけないんですか。
いつから限定?
なんで限定?

サンジの心の叫びなどあっさり無視して、美女達は勝手に盛り上がる。
「ほんとにサンジさん、ゾロさんからは何のお返しもなかったの?」
ビビが、真剣な顔でサンジの前にしゃがみこんだ。
ちなみに彼女はゾロ贔屓だ。
「お返しって言うかその・・・」
ゾロが店に花を飾ってくれたのは、依頼されたホワイトデーのお返しのお返しだから、サンジのためのお返しじゃない。
ならその後に貰った花は?
あれは、なんだったのだろう。

サンジは一瞬呆けた表情になった後、ふわんと目元を赤らめた。
その変化に目敏く気付くも、皆声には出さずじっと堪え、気付かぬふりを装っている。
妙にリアクションを起こしては、サンジが動転することがわかっているからだ。
もはや、扱いは小動物並み。

「なにか、いただいたのですね」
さしずめ優しい飼い主といった風情で、ビビが控えめに尋ねてくる。
大丈夫、怖くない。
そんな感じで。
「なにかっていうか、別にお返しってわけじゃなかったみたいで。どっちかというとついででして・・・」
どうして言い訳口調になるんだろう。
というか、なんで美女達に気圧されて桜の根元に抱き付いているんだろう、俺。

「花を、貰っただけです。しかも3本、それだけ」
「お花を?」
「ああ、お花やってる方らしいですね」
うんうんと頷くのはゾロ贔屓。
反してエース贔屓は明らかに馬鹿にした笑みを浮べた。
「年の数だけ薔薇の花束とか、そうじゃないとねえ」
「3本って、花束にもならないんじゃないの?」
サンジはカクカクと、ぎこちない動作で頷く。
「そうなんですほんとに、余った花って感じでほんとにちょっとだけで・・・だからついでなんです。あくまで、ついで」
深い意味はないんですよーと言うと、ナミがぽんと手を叩いた。
「はい、やっぱりこれでエースに決まり!」
「だからなんでナミが決めるのー」
話の矛先がナミに向いた時点で、サンジはさささと四つん這いのまま敷物の端に移動した。

「みなさん、ケーキも持ってきたんですよ。食後のデザートには早いですけど、どうですか?」
「わあい食べるぅ」
はいはーいと子どものように手を上げる姿を見ながら、サンジはなんとか本来のペースを取り戻し取り皿を
用意し始めた。

―――あー焦った
額に滲んだ汗を何度も拭いながら、サンジはせっせと給仕に専念する。
美女に囲まれた状況はめまいがするほど嬉しいのに、何故か毎回話の展開が違う方向に流れる気がして
気が休まらない。
というか、油断できない。
なんで?
でも美女に追い詰められるのも、スリリングでいいなあv
なーんて一人鼻の下を伸ばしながら、サンジは笑いさざめく美女達に目を細めた。




あの、エースと二人で過ごした夢のようなディナー。
星空を見下ろすような、夜景を眺めながら攫われたkiss。
あれもまた、夢だったんじゃないかと今でも疑ってしまう。
だってエースはあの後も以前と変わらず、おちゃらけて楽しくて優しいままだ。
あの夜のキスのことなんて、なんとも思ってないみたいに。
自分ひとりだけ、思い出しては顔を赤らめてるなんて、なんか意識しすぎてるみたいでみっともない。
そう思って平気なふりはしてるけど、実際エースはどう思ってるんだろう。
試食会なんて、ただの口実だったんだろうか。
聞きたいけど聞けない。
確かめたいけど、確かめたくない。
気付かないで、何も知らないで、今のままでずっと過ごしていけたらいいのに。


サンジは小さく息をついて、雲ひとつない空を見上げた。
透き通るような青をバックに、薄いピンクの花弁がキラキラと輝きながら風に揺れている。
ふと、ゾロがくれたあの白い花と重なって見えた。

青い小花に縁取られたあの清冽な白い花は、いつまでも瑞々しくサンジの部屋を彩ってくれている。
花屋の余りものを貰ってきたから、寿命は短いといっていたのに。
店に飾られた花々も、ゾロの予想よりは長く持ったけど月末にはすべて枯れてしまったのに。
あの花だけは、今もサンジの部屋で変わることなく可憐に咲き誇ったままだ。
なんでだろう。
どうしてだろう。
小さな花の寿命にさえ、意味を問いかけてしまう自分が一番滑稽だと、わかっているのに考えずにはいられない。

賑やかな美女の輪の中で、一人物思いに耽るサンジの周りを、花びらがくるりと円を描くように舞い上がり
薄紅色に染まる頬を撫でて行った。











Angel cake