愛する人と二人きり。
なんて甘い地獄。




【一日目】
打ち上げられたのは、白い砂浜だった。
どこまでもどこまでも、青い海に寄り添うように砂浜が続く島。
流木と一緒に汚い生ゴミが波に洗われてると思ったら、遭難マリモだった。
どうやら一緒にこの島に流れ着いたようだ。

俺は海水を含んで重くなったスーツを脱いで、申し訳程度に絞って枯れ木に引っ掛けた。
そこそこに日差しはきつい。
日当たりのいいところに一日干して置けばすぐに乾くだろう。
同じくぐしょ濡れのシャツの裾を絞りながら身体を点検する。
細かい擦り傷は至る所についているが、関節は曲がるし痛みもない。
両手足ぶらぶら、首もこきこき回して、無事であることを確認した。
遭難して無傷。
ラッキ〜。

改めて海を眺めた。
記憶的にはついさっきまでの大嵐が嘘のように凪いでいる。
風は穏やか。
日差しはそよそよ。
なんとも長閑な風景だ。
はるか遠くまで見渡せる水平線に、間抜けな羊頭の影はない。
自分がどれだけ気を失っていたかも、定かではない。
一体どこまで流されてしまったんだろう。

額に手で庇を作って目を凝らしていたら、のそのそと潮くさい気配が近付いて来た。
遭難マリモも気が付いたらしい。

「どこだあ、ここあ」
ゴキゴキと首を鳴らしながら、巻き舌で聞いてきやがった。
さくっと無視して今度は両手を翳す。
陸から眺める海は、なぜだか一段と眩しく見える。

「素敵眉毛、シカトすんなコラ」
「俺に聞くな筋肉ダルマ。ここがどこかだなんて、知るかボケ」
俺の言葉にふんふんと頷かれると、それはそれで癪だ。
「確かにな。まあちょーっと南に来たんじゃねえか」
なんてことを言うからびっくりした。
「なんでわかる?」
「あったけえじゃねえか」
ゾロは太陽を指差した。
どっからどう突っ込んでいいか、蹴りを出すタイミングも計りかねて、結局俺は無視を決め込んだ。
こんなところで気力と体力を削がれている場合ではない。

「ともかく、長期戦でナミさん達が見つけてくれんのを待つか」
俺は前を向いたままそう呟いて、両手をブルンと振り回した。
ゾロは隣にならんでまたふんと鼻を鳴らしてやがる。
ともかく、この島を調べなければ。





打ち上げられた浜辺の反対側は切り立った崖だった。
太陽が真上から斜めに沈むくらいの間に、ぐるりを一周できるほどの小さな島だ。
木は豊富に生い茂っている。
中心地に泉があって、雨水も溜まっていた。
ありがたい。

虫なんかもいるが、動物は爬虫類かネズミくらいだ。
獣の肉は期待できそうにない。
結局ゾロと、ほぼ無言で島を一周して元の砂浜に戻った。
いい具合に木がせり出してるところがある。
そこにスーツをテント代わりに張って、寝床に決めた。
水と寝床はOK。
食糧は海から採れるといい。
あれこれと脳内で算段していたら、いい具合に木を折り曲げていたゾロが手をはたきながらやってきた。

「次はなにをするといい?」
驚いた。
これがマリモの言葉かとも疑った。
いつもなんだかんだと人の言うことに逆らってばかり来た学習能力のない水生集合体が、俺に指示を仰ぐなんて・・・
「聞いて何が悪い。こう言う状況はてめえのが慣れてるだろう。」
ゾロは悪びれもせずそう言った。
まともに言われて、俺は頷かざるを得ない。

なんせ俺はサバイバル経験者だ。
さらに生き延びた後も、次にまた同じ目に遭ったらと今後を想定してさらに勉強した自主性もある。
その辺適当に迷子してたのを放浪と言い換えてのらりくらり生きて来た剣士バカとは訳が違う。

「しょうがねえ、手伝わせてやる。」
俺は腕を組んで顎をしゃくってみせた。
ゾロはちょっとむっとした感じに口を尖らせたが、特に文句は言わなかった。







【二日目】
今日は朝からいい天気だ。
相変わらず海は凪いでいる。
昨夜は寝床を整えただけで日暮れとともに眠ってしまったから、今日は一日食糧確保に励もう。
裏手の岩場に潜れば、雲丹やらサザエやらが簡単に取れてゾロと二人で大喜びした。
森の中も、木に登る生き物がいないせいか木の実が豊富になっている。
見たこともない実でも、特に舌が痺れるようなものはなかった。
天敵がいないから、植物も毒を持つ必要がないんだろうか。

腰につけていたサバイバルナイフが無事だったので、それで調理をする。
ゾロはまるで遊んでるように楽しそうに海に潜っては、いろんなものを採って来てくれた。
小型の鮫も素手で掴んで獲って来る。
いつでも食糧が手に入ると過信してはいけないが、この調子なら食う物には困らないだろう。

「あ〜タバコ吸いてえ〜」
雲丹を叩き割りながら、つい呟いてしまった。
俺に指示されて枝の間に海草を干していたゾロが、背中でくくっと笑う。
「仕方ねえからこれでも齧ってろ。」
硬い根っこを差し出されて、こんにゃろうと足で叩き落す。
「ニコチン切れでイラついてんだ。ケンカ売んなコラ」
「上等だ。こっちも酒が切れてイラついてんだよ」
ぼきりと指の関節を鳴らしながら、ゾロが海草を放り出して近付いてくる。
俺は中指を立てて、にやりと笑った。

昨夜は良く寝た。
今日は腹いっぱい食べた。
こうなりゃ後は、適度な運動だ。
ゾロの拳を紙一重で避けながら砂に足を取られつつ蹴りを繰り出す。
綺麗にヒットしないのはつまらないが、バランスを崩して砂だらけになって転がるゾロを見るのは愉快だ。
馬鹿笑いしてやったら足を捕まれてひっくり返された。

ガキ同士みたいに縺れ合ってゴロゴロ転がる。
端から見たら寒いくらいに恥ずかしいじゃれ合いだが、案外身体を動かすのは楽しかった。
船の上でやり合ってた険悪なケンカとはまた違う、お互い距離を測り力を抑えつつの取っ組み合い。
小さな擦り傷と打撲をこさえた程度で、二人で並んで砂浜に転がった。

もう少し太陽が上に昇れば、熱くて寝っ転がってなんかいられなくなる。
見上げれば雲ひとつない青い空。
耳には絶えることない波の音。
視界の端に放射熱を伴った筋肉の塊。
全体的に暑苦しい。

「あああ〜なーんでてめえと、なんだろなあ。もしもナミさんvやロビンちゃんvvだったら、
 南の島の青い珊瑚礁になるのに・・・」
「訳わかんねーぞ」
「いんやもしかすっと、俺もちょっぴり野生に目覚めちゃうかも〜v」
一人でぶつぶつ呟いてる俺に呆れたように、ゾロは勢い良く身体を起こすと立ち上がった。
ばらばら砂が舞って大迷惑だ。

「あんまり日が照って水が干上がると厄介だな。」
ゾロの言葉にぎょっとして、それから俺も真顔で起き上がった。
「てめえが邪魔すっからうっかりしてたんじゃねえか。見てくるよ」
いらぬ言い訳をしながら森の中に入った。



泉は、雨水が溜まっただけではないらしい。
酷く透明で綺麗な水だ。
たいした量ではないがコンコンと湧き出ているのかもしれない。
別の場所で柔らかな砂地を手で軽く掘ってみた。
底の方からじんわりと水が湧き出てくる。
この島自体の保湿力がいいのか。
なんにしてもありがてえ。

確認してから浜辺に戻れば、もうお天道さんは真上に上がってゾロはちゃっかり木陰で昼寝をしていた。
無駄な体力を使うこともないし、こいつには夜間の見張りを任せよう。
そう思って、自分のスーツの下に腰を下ろし輝く海面をずっと眺める。

GM号じゃなくても、この際海賊船でもいい。
どこか、誰かが通りかからないだろうか。










【三日目】
「お前、夜の部、見張り」と言ったら、ゾロは素直にそれに従った。
故に今、夜明けとともに寝くたれてやがる。
寝るのはいいが、砂浜に大の字に寝転がって高鼾だ。
こいつは時間とともに太陽は移動するって知らないんだろうか。

じりじりと日差しが照りつけるのに、大口開けてがあがあ寝たきりだから、仕方なくツギハギだらけの
足を持って木陰まで引き摺ってやった。
焦げマリモはあんまり見てても楽しくない。

今日は一日どんよりとした日だ。
新たに採って来た木の実をどう調理すれば美味いか、あれこれ試作する。
硬い木の実を削って簡易の鍋も作った。
昆布はいい具合に乾燥している。
もう少し魚の干物を増やしておこうか。

午後になって、寝ぼけ腹巻が起きて来た。
ちょうど竃を作るのに四苦八苦していたら手を貸してくれる。
お前の馬鹿力はこんな時にしか役立たないんだから、せいぜい励めよと肩を叩いたらやはりむっとした顔を
したが、別に文句は返ってこなかった。
昨日の調子でケンカに縺れ込めるかと思ったのに、肩透かしをくらった気分だ。


夕暮れになって、急に風が強くなった。
空に暗雲が立ち込め、遠くから雷鳴が響いてくる。
「嵐かよ」
簡単な塒じゃ吹き飛ばされそうで、とりあえず森の中に身を潜めた。
「本当は洞窟なんかあった方がいいんだろうな」
ゾロの言葉に頷いたが、ないものは仕方がない。
それにずっと雨ざらしでも、人間なんとかなるもんだ。

あの、何にもないつるっとした地面の上で、膝を抱えたままで生きてこれたんだ俺たちは。
そのことを思い出して、そうして空を見上げたら、不意になんとも言えない気持ちになった。

目の前にはどこまでも続く海。
白い飛沫を撒き散らしながら、狂ったように荒れている。
黒く墨を刷いたような空は時折稲妻が光って、不気味な陰を落として揺れる。
風に煽られた樹々はざわめき、ぬかるんだ足元はスコールのような雨で濁流になっている。
大丈夫。
大丈夫だ。
雨が降れば、水が溜まる。
飲み水の心配はなくなる。
どんなに荒れたってこの島が沈む訳じゃない。
この森も、何度もこんな嵐を経験して乗り越えて、ここまで繁って来たんだ。
たった一晩耐えたなら、また南国のリゾート地みたいに青々と風に揺れるんだろう。

不思議な気分だった。
遭難したのに、無人島に打ち上げられたのに。
自分でも呆れるくらい落ち着いている。
サバイバルを経験した自信から来るもんじゃない。
飲み水にも食い物にも心配のいらない、恵まれた島にいるからだけじゃない。
俺はでかい葉の下に頭を隠しながら、そっと隣を伺い見た。
木の根元に腰を下ろして、腕を組んだままゾロはじっと辺りに目を配っている。
今俺たちが襲われてるのは嵐であって、他に敵なんていねえよと窘めたくなるくらい、
真剣な眼差しで海を睨んでいる。

――― 一人じゃねえからか。
あの時も、本当はそうだった。
ジジイに助けられて、二人きりで島にいたのにずっと敵同士みたいに背を向け続けて、口も利かなかった。
ジジイの傍らにあった大袋が食いもできねえ宝の山だったって知ってから、ジジイがてめえの足食ったって
気付いてしまってから、ようやく側にいたけれど。
もうその頃からの記憶はあんまりはっきりしねえ。
もっと早くに気付いていれば、お互い励ましあってもうちょい元気にいられたんだろうか。
それとも意地で張り詰めてジジイを憎む執念があったからこそ、あそこまで生き延びてられたんだろうか。

あの時と、あまりにも状況は違う。
ここはちゃんと緑も生えてる、水も確保できる島だ。
俺は一人じゃなくて、気に食わないとは言え一応仲間の馬鹿力野郎が側にいる。
そのことが、こんなにも頼もしいだなんて―――

そこまで考えて、俺はうがあと叫んで頭を椰子の木に叩きつけたくなった。
今、何考えた?
頼もしいだって?
何がだ誰がだ。
こんな、人の言うことしかできねえような、腐れ迷子ぐうたら腹巻が、頼もしいだなんて・・・
熱さで脳味噌やられたのか俺――!

つい手で顔を覆って呻いた俺の肩を、何も知らない三白眼ががしっと乱暴に掴む。
「どうした、具合悪いのか」
なにがどうしただ。
何が具合悪いだ。
似合わねえことほざくんじゃねえよ。
「うっせ、馬鹿!」
俺は腹立ち紛れに、心配そうに覗き込んできたゾロのでこっぱちめがけて頭突きをしてやった。
ちょっと狙いが逸れて、鼻まで打ったらしい。
両手で顔全面を押さえて悶絶してる。
ざまあみろ。

「・・・何しやがんだ〜クソコック〜〜〜」
「うっせ、ケンカは明日だ明日」
なんだかどうにも馬鹿馬鹿しくなって、俺は雨に打たれるのも構わずその場で不貞寝した。









【四日目】
昨夜の嵐が嘘のように、からっと晴れた青い空だ。
けれど島の樹々は無残にもあちこち折れて、飛ばされたり形が崩れたりしている。
泉の水も濁っていたが、別の場所を掘ってみれば、透明な真水が湧いて出てくれた。
本当にありがたい。
ゾロは昨夜の八つ当たりを根に持っているのか、朝からブスッとして愛想がない。
しつこい男は嫌われんだぞ。
俺の言葉にますます口元をへの字に曲げたが、やはり文句は言ってこなかった。
なんとも調子が狂う。

浜辺には流木やらゴミやらが散乱して、嵐の後に打ち上げられるのが俺たちだけじゃないことを教えてくれた。
何よりゾロが喜んだのが、酒だ。
どこかで船が難破でもしたのだろうか。
中途半端に呑み残されたワインなんかを拾っては、舌なめずりでもしそうなほど表情を崩している。
これでご機嫌も直ったんだろうな。

すっかり破壊され、屋根代わりのスーツも飛んでしまった元寝床で、貝や魚を焼いて食べた。
ゾロはちびちびと酒を飲んでいる。
「そんなもんが流れ着いて来るんなら、鍋なんかもあるといいのにな」
「裏手まで探してみりゃいいじゃねえか。結構でかい流木も流れ着いてるし」
乾かして薪にでもするつもりか、ゾロは木ばかり一塊にして集めていた。
それにロープの切れ端なんかも。

「嵐も役に立つもんだな。俺たちも運んでくれたしよ」
「まったくだ」
不気味さのあまり、俺は食事する手を止めて、まじまじとゾロの横顔を見つめた。
ゾロも、何事かと言った風に首を竦めて俺を振り返る。

「・・・お前、腹でも痛いのか?」
「はあ?」
「だってよ、あんまり素直じゃねえ?ここん来てから、ずっと」
「・・・そうか、いつもと変わんねえぞ」
いや、そうやって会話成り立つ時点で変なんだっての。
「とにかく、俺の言うことを聞くてめえが気色悪いんだよ」
ゾロはなんとなくバツの悪そうな顔をした。
そのことにイラっと来る。

「あんだてめえ、言いたいことあんならはっきり言いやがれ」
「別にねえ」
「嘘つけ、なんかてめえ・・・」
言いかけてはっとした。
そうか、と唐突に閃いた。
「てめえ、俺に気遣ってやがんな」
ゾロの目が左右に揺れた。
「なんだってんだ、らしくねえ。なんで気遣う」
「遣ってねえ」
「うっせー不自然なんだよ。俺の言うこと素直に聞いてみたり、余計な口叩かずに言いなりになってみたり・・・」
「そらしょうがねえだろ。お前のが慣れてる」
またはっきりと言われた。
それは、その通りだ。
ゾロはワインの口に慎重にコルクを詰めて傍らに置いた。
胡坐を掻いた膝に手を置いて、肩を揺らして背筋を伸ばす。

「てめえがガキの頃、えらい長い時間飲まず食わずで生き延びたことは話に聞いてる。それにいつも
 食に携わってて食い繋ぐことはプロだし、他にも俺が知らねえことをいっぱい知ってるじゃねえか。
 現に、この島に着いてから、俺はなんの心配も不安も感じなかった。だからてめえの言うことに
 従ってたんだ。それの何が悪い」
はっきりきっぱりとそう言われ、ふんぞり返って開き直られて、俺はなんとも反応を返せなかった。
え?
えええええ?
なんか、もしかして・・・
それって―――

「気を遣わなかったと言えば嘘になる。昨夜の嵐に、何よりも俺はてめえの反応を見てた。てめえが
 動揺したならと案じてた。取り越し苦労だったがな。そのことについては、すまん」
そしてあっさり、ゾロは俺に向かって頭を下げた。
もはやプチパニックだ。
待て待て待て
もっかい頭から整理。

この島に着てから心配も不安もなかったって、俺は何でも知ってるって、俺の言うことに従うって―――
かああっと、耳元が熱くなった。
ゾロは「お」と間抜けな声を出して俺のシャツを引っ張る。
「てめえ、日陰からだいぶはみ出てんぞ。真っ黒っつうより真っ赤になってんじゃねえか」
言われて慌てて木陰に飛び込んだ。
けど、これは絶対日焼けじゃねえ。
ゾロに、褒められたっつか、認められた。
いや、認められてた。

ゾロのが、俺のことを頼りになるって思ってたんだ。
サバイバルではリーダーだって認めてたんだ。
何の意地もプライドもなく、至極自然に・・・
なんか急に気恥ずかしくなって、俺はもそもそと食事を再開した。

ゾロは名残惜しそうにワインの瓶をくるりとひっくり返して、葉陰に仕舞っている。
また後で飲む気なんだろう。
そんな仕種もなにやら可愛げに見えて、俺自身酷く戸惑った。
胸の中がぽわぽわとしてる。
俺が頼りになるなんて当たり前のことなのに、ゾロに言われるのがこんなに嬉しいだなんて・・・
俺って、ほんとこいつを意識してたんだなあ。

タメ年の、名の知れた海賊狩り。
賞金もついて腕も確かで、どこか一歩先を行かれてた気がしてた。
だから余計、その言葉に浮かれちまってる自分がいる。
いかんいかん。
当たり前のことなんだ。
喜ぶな、俺。








【五日目】
晴れ時々通り雨の穏やかな一日だ。
ゾロは流木を集めてなにやらせっせと作っている。
こんなときウソップがいればもっと形になる何かができるんだろうが、端から見ててもさっぱりわからない。

「てめえ、見張りもしねえで何してやがんだ。」
「筏だ」
「はあ?」
「い・か・だ」
こいつ、馬鹿か?
「このただっ広い海に、そんな切れ端で漕ぎ出そうってのか?」
「ああ」
「馬鹿か?」
「ああ」
「・・・マリモちゃん・・・水分不足?」
「まあな」
相手にしてくれない。

俺はなんか情けなくなってゾロの横に膝を着いた。
「あのなあ、結わえてあるロープも、カビ生えててボロボロじゃねえか。こんなモンで大海原漕ぎ出そう
 なんて・・・海を舐めんのも大概にしろよ」
「じゃあ、なにか?」
ゾロは手を止めて俺を振り返った。
久しぶりに見る、力の強い睨み付けるような目だ。
「てめえ、何日も何ヶ月も、ここで来るかどうかわからない助けを待てってのか?嵐が来て、モノが流れ
 着くのはわかった。だが届くばかりだ。誰も来やしねえ」
「・・・だからって海へ出てどうする。木っ端微塵で藻屑になんのがオチだろうがよ!」
俺は怒鳴り返した。
「てめえは藻類だから藻屑でも大丈夫だろうが、俺はゴメンだね。これだから素人は困る。遭難した時は
 じっとして体力温存してんのが一番早道だ」
「そうしてじっと待って、次の船が通りかかんのが何年先でもか?」
ゾロが噛み付くように反論して来た。
「水もある食い物もある、どっちかってえと楽園みてえなこの島で、老いぼれるまで待ってるつもりか。
 は!気の長い話だ」
「極論ばっか言うな」
「だが、誰かが来る保障はねえ」
ゾロらしくない悲観論に絶句しながら、俺は何とか言葉を繋いだ。

「ナミさんを信用できねえか。あの人は世界一の航海士だ。俺らが波に飲まれた地点から、この島までの
 航路も絶対計算してくれる。風向き、潮の流れ、俺らにはわからねえ何もかもをナミさんはちゃんと
 把握してんだ。信じて待て」
ゾロは、俺に従うと昨夜言ったばかりだ。
だから俺はあくまで強気で出る。

ゾロは苦虫でも噛み潰したように顔を歪めて、低く唸った。
「俺あ、てめえほど気が長くねえんだよ」
カッとして、気が付いたら簡易鍋で頭を殴りつけていた。
硬い実がぱっかりと割れてしまった。
ああ、また作り直さないと・・・

「不安なのは、てめえだけじゃねんだよ!行きたきゃ一人で行け阿呆!!」
バラバラになった鍋を砂浜に叩き付けて、俺は大股で森の中に入って行った。









別になんの目的もある訳じゃなかったが、これ以上ゾロの顔を見てると情けなくて何を言い出すか
自分でもわからなかったからだ。

ゾロが、俺と比較して言ったのはわかっていた。
そこでなんとなく線を引かれた気がして、何よりゾロがそんな弱音を吐くことも腹立たしかった。
あいつはもっとふてぶてしくて無神経で、風が来たって嵐が来たって寝くたれて過ごす単細胞
馬鹿じゃねえとダメなのに―――

滾々と湧き出る泉を眺めながら、俺は膝を抱えてぼんやりと日が暮れるのを待った。





落ち着いて見れば、こんだけ俺が腹を立てるほどのことじゃねえ。
ゾロは馬鹿だし、思ってたより小心者で、浅はかなんだ。
なに幻滅してんだ、俺。
頼りになる俺としては、ここでもうちょい冷静になって、きちんと阿呆のすることを宥めなければ。

なんとなくそう思って、俺は手近な実を幾つか摘んで砂浜へと戻った。
大量に収穫して来たぞなんて口実は作れそうにないが、別に俺が気にすることじゃねえ。



浜辺に帰ってみれば、ゾロは盛大に焚き火をたいて、ずっと海を眺めていた。
筏は、諦めたようだ。

「おいおい。んなに勢いよく燃やすんなら、さっさと言えよ」
俺が不機嫌さ丸出しの低い声で話しかけると、ゾロは振り返りもしないで「ふん」とだけ応える。
「燻製とか、作ったりしてえなあ〜。あ、今度鍋作ったら出汁もとるぞ。」
ゾロは振り返り、頭を掻いた。
夕暮れの赤い光より、炎に照らされた赤黒く見える。

「別に諦めた訳じゃねえが、もう少してめえに付き合ってやる」
「あんだそりゃあ」
俺は呆れて息をついた。
「まあ、俺もここの暮らしが何年も続いたら考えてやらないでもねえぜ。マリモ藻屑作戦」
「ほんとに気の長い野郎だ」
「減らず口叩いてないで、しっかり見張りしろよ。見逃してたらシャレになんねえからな」
やはりゾロは素直に頷いて、また海を眺めた。









【六日目】
少し風は強いが、快晴。

ぽつりぽつりと、俺たちは色んな話をするようになった。
大体はガキの頃の話だ。
ゾロは猫を追いかけて縁の下に潜り込んだとか、女の子のままごとに付き合わされて泥団子をほんとに
食ったとか。
俺は物心ついた時から船の上だったからカエルは食用しか知らなかったとか、犬や猫も実は未だに
触ったことがないんだとか、そんなとりとめもないことばかりだ。

多少話は前後するけど、大抵幼い頃のことばかりで。
なんとなく、二人とも話を小出しにしているのはわかっていた。
こうしてお互いに会話するのが、この先いつまで続くのか検討もつかないからだ。
話のネタがなくなって、お互いだんまりで気まずくなるのも嫌なんだろう。
他愛無いことで、話題を引き伸ばしている。

こんな風に、どうしようもない状況で同じような思惑で、ゾロとコミュニケーションを図ることに
なるとは、想像だにしていなかった。
最後に二人だけしか生き残らなくてもうっかり死闘を繰り広げちまうだろう相性の悪さだったのに、
今は何故だか誰よりも近しく感じる。


「お前って、案外普通だったんだなあ」
つい口をついて出た言葉に、それでもゾロは怒らずに笑みを返した。
「なんだそりゃ」
「だってよう、いっつも我が道を行くって感じで、誰が何してようと気にするタイプじゃなかったじゃねえか」
「今でもそうだぜ」
「・・・そうか?」

二人並んで砂浜に腰を下ろして、降るような星を眺めながら言葉を交わす。
はっきり言って相当寒い図だけど、誰が見てるわけでもない。
「こうして、どうでもいいことてめえと話せるなんてって思っただけだ」
「ああ、俺もだ」
「だから、その素直さが不気味なんだよ」
「なんだお前、失敬だな」
いきなりルフィの真似をしたから噴き出した。
素直な上に案外お茶目だ。
身体を揺らした拍子に肩がぶつかる。
剥き出しの腕は日に焼けて、余計に筋肉が盛り上がって見える。
しかも妙に暖かい。

「てめえ、鼻の頭の皮が剥けてっぞ」
ささくれた指先で、ちょんと鼻を突かれた。
かーっと顔に血が昇る。
絶句した俺から目を逸らして、ゾロはまた何も映さない黒い水平線に向かって意識を逸らしてしまったようだ。








【七日目】
夜明けから雨が降り出した。
葉を叩く雨音をBGMに、繁みで囲んだ簡易の塒で二人身体を寄せ合って海を眺めた。
飛沫がかかる腕や爪先を、ゾロの手が撫でる。
庇うように水滴を払って、冷えた肌を包み込んだ。

・・・なんか、やっぱり気遣われてる気がする。
体勢的に見て、どうもゾロに抱かれている感じなのだ。
肩から腕を回して、ゾロの腹の辺りに俺の腰があって。
まあ、狭い場所だから仕方ないんだけど。
この状況でも「気色悪い」と振り払う気がしない、俺の気持ちの方が問題だろう。

ゾロの昔語りは、まだ5歳くらいだ。
いくつもいくつも、しょうもない思い出が出てくる。
人間って案外色々と覚えてるもんだな。
そういう俺も、初めて捌いた魚の内臓の位置から、丁寧に解説してるんだけどもよ。


日に灼けて赤く染まった手の甲に、ゾロが掌を乗せた。
火照ってるのはゾロなのか俺なのかわからない。
これからどれだけ長い間、こいつとこうして過ごすんだろう。

早く迎えに来て欲しいのに。
来て欲しいはずなのに。
俺もゾロも、海を眺めてはいなかった。
二人とも重ねた掌をじっと見てて―――
それから俺はおずおずと自分の手を動かした。

ゾロの手の中で円を描くようにして、ひっくり返す。
掌同士が触れ合った。
親指の間に親指を、そうして順番に指を絡めて、俺はゾロと手を繋いだ。
女の子とだってこんなにしっかり繋いだことないだろうに。
しっかりと、ぎゅっと握り締めて。
俺とゾロは黙って手を繋いだまま、二人して海へと視線を移す。
そうして、昼だか夜だか時間の流れすらよくわからない沈黙の時を、存外居心地よくすごしてしまった。







【八日目】
陽射しのきつい、ピーカンだ。
海がキラキラと光って、俺たちはガキみたいにはしゃぎながら泳ぎまくった。
透明な浅瀬を潜れば、恐れを知らない小魚たちは寄り添うように群れ集まり、ぱっと散るを繰り返す。
海亀を見つけて二人我先に獲ろうと争った。
結局逃がしてしまったけれど。

「こんな風に、穏やかな日は・・・」
俺は上半身裸のまま、砂浜に座り込んで空を仰いだ。
「てめえみたいに馬鹿やって、筏で海に漕ぎ出したくなるよなあ」
どこまでだって、行けるような気がするじゃねえか。
「ああ、俺あ馬鹿だが・・・」
ゾロは相変わらず素直に相槌を打つ。
「考えなしじゃねえぞ。俺だって一人なら、筏作ろうなんて思わなかったかもしれねえ」
意外な言葉にえ?と返す。
「てめえが一緒ならな。別に平気な気がしたんだ」
ああまたこいつは、とんでもない時にさらっと爆弾発言を落としてくれる。

「てめえは体力あるしな、知恵もある。それに、絶対へこたれねえ・・・」
にかりと、真っ黒に日焼けした顔で笑ってくれた。
俺の心臓はまるで真ん中打ち抜かれたみたいにド派手に跳ねた。

「てめえとなら、平気な気がするんだよ」
まだ言うか!!
俺は照れ隠しにゾロの鼻と口を一緒に押さえて海に沈めたくなってしまった。
なんとか必死でその衝動を耐える。


ざざーんざざーんと繰り返す波の音を暫く聞いて、ゾロは独り言みたいに呟いた。
「もしも、もしもまた船に乗って…帰ったらよ」
「もしもじゃねえよ。ちゃんと帰るんだ」
俺の突っ込みにまた笑って肯く。
「そしたら、確かめてえことがあるな」
前を向いたまま、ゾロは夢見るみたいにそう呟いた。
何をだと当然聞くべきなのだが、俺は隣で思わず肯いてしまっていた。

「そうだよな。俺も、確かめてえ・・・」
「そうか」
「ああ」
お互い何をとは聞かないまま、また二人並んで海を眺めてしまった。
なんかこの、妙な「間」に身体ごと慣れてきてしまったような・・・



「ん?」
ゾロの声音がちょっと変わった。
眩しい水平線に目を凝らしながら、俺も「んんん?」と声のオクターブを上げる。

なにか、何かがいる。
白い点みたいで、単なる光みたいで、でもそれはどんどん大きく形を成してきて――――


「んっ!!ナミっすわああああああああん!!!」

俺は思わず絶叫しながら飛び上がった。
多分、俺たちが遭難して八日目のことだった。




















そうして今、俺は鏡の前で入念にスキンケアを施している。
日焼けて潮にまぶれてぼろぼろになった皮膚もだいぶ落ち着いてきた。
鼻の頭のそばかすも、ちょっとは色が薄くなってきたようだ。
別にレディじゃないから全然気にしないんだけど、何故だかナミさんとロビンちゃんは
それぞれお勧めの化粧水を分けてくれた。
それをパチパチと頬にはたいて、さて!と気合を入れる。

別に約束した訳じゃねえが、こうして無事救助され仲間たちから歓迎の洗礼を受けて落ち着いて、
ようやく普通の島に停泊できたんだ。
人が一杯住んでるにぎやかな街の外れの安宿で、それなりに柔らかなベッドに眠れる夜なんだ。
ここまで来たなら確かめなければ。

洗面所のドアの向こうでは、ゾロがベッドで酒を食らいながらもそれなりに気合を入れている気配がしている。
なんつーか、お互い意識しまくり。
けど後には引けない意地もある。

とにかく確かめるのだ。
俺たちがあの島に二人だけだったから沸きあがった感情なのか。
素面で明るい場所でお互い面と向かい合ってマジに対峙しても、この感情は薄れないものなのか。


「うし!」
またしても俺は鏡の向こうの自分に気合を入れて、バスローブ一枚で洗面所から出る。
負けてらんねえ。







ゾロは洗面所から出てきた俺に視線を寄越したまま、酒をぐびりと呷った。
その音がやけに大きく響いて、なんとも気まずい空気が流れる。
口元を腕で拭いてサイドテーブルに乱暴に瓶を置くと、ゾロはベッドの上に座り直して傍らのシーツの上を
ポンポンと叩いた。

「・・・何の真似だ、そりゃ」
どこの親父だよ。
俺は膝から下をブラブラと揺らしながら、うらぶれた足取りでそれでもゾロの傍に近付く。
ゾロは腕を伸ばして俺の肘を掴み、強引に座らせてしまった。

「・・・ちゃんと口で言えよ」
「言わせてえか」
なんとなく、ゾロの顔が酒焼けしている。
妙な台詞を聞きたくもないから、俺はまあいいやと口の中で呟いた。

俺の手を取って、熱い掌を重ねてきた。
どくんと大げさに心臓が跳ねる。
これはあれだ、あの島での世迷いごとの再現だ。
どこの馬鹿っぷるかと見まごうような、お手々繋いで見詰め合う・・・
熱々にして寒いあの夜を再現して・・・
それで―――

「違うな」
ゾロが、唐突に呟いた。
俺の胸はまたどくんと鳴る。
なんだか鉛を飲み込んだような、重い冷たい響き。

ゾロは指を絡ませたまま俺の腕を引いた。
気落ちすることなんてないはずなのに、自分でも驚くくらいがっくり来ている。
ゾロが、違うと言ったことを。
やっぱりこれは、南の島の錯覚で―――

ふわりと、目の前に影が差した。
唇を塞がれ、吐息が頬にかかる。
状況を把握できないままぱちくりと瞬きだけして、焦点が合わないくらい近くにまで寄った、
ゾロの鋭利な眉毛を凝視した。

――――?
ぷつりと、唇を合わせて離した。
ぼやけていたゾロの顔が認識できるくらいには距離ができる。
えらく生真面目な顔で、ゾロはこっちを睨んでいる。
合わせた掌は、じっとりと汗が湧くくらい力強く握られたままだ。

「違うな。やっぱり」
だから何が違うんだと、明確に問い質す前にぐるんと視界がひっくり返る。
シーツに押し付けられて肩を掴まれたまま、ゾロがまた覆い被さってくる。
角度を変えて口付けて、今度はちゃんと味わうように、舌でなぞって歯で軽く噛んで・・・

「ん・・・」
抗議しようにも口が開かなくて、漏れた吐息は鼻から妙な音を出した。
違うと言いながらこうも濃厚なキスを繰り出してくるのはどういう訳だ。
言いたいのに、うまく言葉にならない。

きつく吸われ過ぎて舌が痺れてくる。
ムカついてゾロの後頭部を掴んだまま、自分から舌を突っ込んで奴の唇に噛み付いた。
レディが相手の時はあくまでソフトに蕩けるようにが信条なのに、俺のが蕩けてどうするよ。
セルフ突っ込みしつつ、なんとか反撃を試みた。
こんな、油断したら食い尽くされるようなキスなんて生まれて初めてで興奮する。
ゾロはガブガブあちこち噛み付いてきて、首筋にまで犬歯を立てると手早くローブを肌蹴させて
俺のあちこちを撫で回し始めた。
なんかもう、性急っつか余裕ねえぜ。

「こら・・・なにが、違うってんだっ」
俺は息が上がるのを誤魔化しながら、ひたすらゾロの背中に手を回して中途半端な体勢を支える。
「あん時と、なんか勝手が違う。手繋いで満足できねえ。喰うぞ」
そっちかよ!
反論する前にもう一度キスされて、裸の胸に抱きこまれた。





天下のロロノア・ゾロとって言うより、生け好かねえ淡色マリモにいいようにされてるってのに、
俺は異常にテンパっていた。
ムスコは勝手に勃ち上がってビンビンになってるし、ぐいぐい押し付けてくる奴の凶器は半端じゃないしで、
なんか下半身でチャンバラでもしてるような滑稽さだ。

野郎同士なんて不条理で気色悪いもんだろうに、なんだこの力強さは。
ゾロの熱い息も容赦ない力も無遠慮な押し込み方も、どれをとってもロマンティックからは程遠いのに、
酷く興奮して気持ちよかった。

野郎にケツ穿られるなんて想像しただけで切腹モノの屈辱だが、実際にはなんかもう快感中枢直結してるって
自覚しちまうくらいのダイレクトさで反応しちまった。
ああもう、なんかイイ。
野郎だしとか、マリモだしとか、そんなのもうどうでもいいくらい、イイ。
一種のスポーツだってくらい、いい汗掻いてイっちまった。

ゾロは俺ん中にぐいぐい押し入っては「う」とか「お」とか間抜けな声を出している。
額からダラダラ汗を垂らしながら、ついでに涎でも垂らしそうに表情崩して笑ってやがる。
そんなにイイかこの野郎、と足を絡めて背中を抱き込めばえい畜生と低く唸ってまた噛み付いてきた。
調子に乗って、何度もズンズン突かれて揺すられて、最初は殺していた声も途中からどうでも良くなって
わあわあ喚いて・・・
終いには、「死ぬ」とか口走っちゃったかもしれない。
とにかく、記憶が飛んじまうほどやっちまった。
酒が入ってた訳でもねえのによ。




んでもって、気がつけば愛しい男の腕の中だ。
ついこの前までの俺なら吐血モンの寒シチュエーションだが、うっかりまったりぶっとい腕に囲まれて
目を閉じてしまった。
まあいい、誰も見てやしねえ。
突っ込む輩もいないから。


指一本動かすの億劫なほど疲弊して、それでも俺はなんとか腕を伸ばして、タバコを取った。
マッチを擦る動きも緩慢だ。
無駄に筋肉が盛り上がってる二の腕にふうと煙を吹き付ければ、ゾロは頬をくっ付けたまま顔を
顰めてやがる。

「んで、どうだったよ?」
問いかける声が掠れていて、我ながら情けないと思う。
散々啼かされたと、自分から言ってるようなもんだ。

「てめえは、どうだった?」
質問に質問で返すなよ。
そう言いたかったが、面倒臭かった。
俺はタバコを咥えたまま口元を歪めて吐き捨てる。

「違ったみたいだ」
ゾロの眉がぴくりと動く。
「あの島で、一瞬でも思ったことは、気の迷いじゃなかったってことだ」
じっと見られて、ゾロの方に向けなくなった。
「このままずっと二人きりでも別にいいかな〜って思ったって、ことだよ」



ほんとに、未だに信じられない心境だったけれど、あの島で確かに俺は、このままでもいいかなんて
思ったりしちまったんだ。
ああ、確かに。

俺を抱きしめる腕に力を込めて、ゾロは歪めたままの口元からタバコを掠め取った。
横から覗き込むように口付けてにやりと笑う。

「俺も、わかったぜ」
GM号に戻って、仲間たちと再会して、島について多くの人の中、色んな女がいる街の中で世界の中で――――

「それでも、これから先ずっと傍に置いときてえのは、てめえだけだ」

ゾロの囁きに俺は口の中で悪態を吐いて、ますます顔を背ける。
恐らくは真っ赤に染まっているだろう耳朶を噛みながら、ゾロはこっち向けと笑いを交えた声で
何度も囁いた。

ああ、めでたくホモ馬鹿っぷるの誕生だ。
















今日も青い空の下、威勢良く怒声が響く。
主に怒鳴ってんのは俺の声だ。
たまにナミさんの悲鳴も響く。
時折びよんとゴムが伸び、小さな爆発が起きて、軽い蹄が駆けずり回る。

「何べん言ったらわかんだ苔マリモ!こんなとこに錘を置きっぱなしにすんなっ!」
「人の道具足蹴にすんじゃねえっ、てめえ足も口も頭も悪すぎっぞ」
「頭は余計だ、てめえこそ頭振るとカラカラ鳴ってんじゃねえか」
「お前気付いてるか?油断してるとその眉毛、勝手に回ってる時があるぞ」
「んだとおおおお」
「やるかコラ」

広い広いこの世界。
退屈だけが敵じゃない、花も嵐も踏み越えてこの先どんなエキサイティングな航海が待っていようとも
俺たちはいがみ合い、どつき合いながら、それらしくラブって行こう。





そうして時々、誰も見てない空の下で手を繋いで

今度は6歳からの話を聞かせてくれよ。






    END


はに〜♪
誕生日おめでとう!


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えへへv描いちゃったvvだーりんありがとうぅうvv