about you

春島海域に差し掛かったせいか、時折強い風が吹く。
手元を吹きぬけた風に煽られて転がる部品を、ウソップははしっと受け止めた。

「風が入るのは気持ちいいけど、作業には不向きだな。」
窓を開けようと立ち上がったら、後方でばさりと音がした。
珍しくテーブルの上に出しっぱなしにされていたサンジのレシピブックが、メモを散らばらせて落ちている。
「さっき慌てて出てったからなあ。」
ウソップはしゃがんで散らばったメモを拾い集めた。
ナミのひと声でおやつを持って文字通り飛んで行ったサンジは、今ごろ女達の前でくねくね踊りをしてるんだろう。
少し癖のある走り書きが目に止まって、ついメモに見入ってしまった。

――――ホワイトソース6口・梅醤、シソ巻き2口

「・・・なんだこりゃ?」
挟まっていたらしいページを見ると、なにやらびっしりと書いてある。
「なになに、9月12日、トマトソース:ニョッキ5口:豆腐サラダ2口:コンソメスープひと息:
 パンナコッタ2口:テーブルパン2個、バゲット半分:ぺペロンチーノ7口:(胡麻ドレッシング)?
 9月12日 アサリの味噌汁6口:白飯茶碗1杯につき6口:3杯おかわり:カレイの干物3枚:
 1枚につき所要時間2分、3口:冷奴4口:だし巻き卵6口:梨3口。咀嚼数最多。・・・んで、花丸?」

背中に妙な気配を感じて、慌ててノートを閉じた。
が、時既に遅くウソップの真後ろで額に青筋を浮かべたサンジが威圧的に見下ろしている。

「――――なにを、見ている・・・」
「ひえええ〜・・・ち、違うんだ!風が、春一番が吹いてだなあ!」
サンジにノートをおしつけて、尻餅をついたままわたわたと後退りした。
個人のノートを無断で盗み見たと思われたくはない。
実際見ちゃったんだが。

「なーんも、見てねえぞ。見たってわかんねえからな。なん口だとか何分だとか・・・」
サンジのぐる眉がぴくりと動いて、あたふたと口を噤む。
「見〜た〜な〜・・・」
「ひいいいい・・・見てねえっ!なにも見てねえええっ」

蹴られるっと両手で頭をブロックして身を伏せたが、いつまでたっても衝撃が来ない。
恐る恐る顔を上げれば、サンジはウソップの向かいに腰を下ろして煙草を吹かしていた。
「まあ見ちまったもんは仕方ねえ。俺の話も聞けやコラ。」
怯えつつもウソップもイスに座り直す。









サンジ曰く、巨大レストランからこの船に移ってこっち、しばらくは調理のペースが崩れていたらしい。
なんせレストランでは時間との勝負で何人前ものあらゆる料理を、定められたメニューに添って作っていた。
だがこのちっぽけな海賊船の専用コックになってから、一人当たりの食事量は半端ではないが頭数は
知れている。
そこで、一人一人の好みを調べ出した。

好き嫌いのある奴にはいかに工夫して騙してでも食わせるか。
この傾向さえ掴めば食欲のない時でも箸が進むとか、食材の少ない時でも美味しく乗り切れる方法だとか。
こいつはシェフの鑑だな、とウソップは感心した。
口が悪くて凶暴で、女にだらしないが腕は一流だし何より気持ちが篭っている。
サンジの料理をより美味しくしているのは、多分これなんだろう。
そう思って口に出して言ったら、馬鹿言ってろとそっぽを向かれた。
けど耳は赤いし口元が緩んでいる。
チョッパーほどではないが、サンジもかなり表情がわかりやすい。

「そいじゃ、あのノートのメモは、誰が何をどんくらい食ったかとか、そう言うデータなのか?」
ウソップの質問にサンジは眉を顰めた。
「・・・本来なら、てめえらみてえにアレが美味いとかコレが好きだとか、はっきり言ってくれる奴らばかり
 だったら、俺もわかりやすいんだよ。けど、一人何にも言わねえ奴がいる。」
ああ、とウソップも思い当たった。
ゾロだ。
文句を言わない代わりになんにも残さない。
だが美味いとも美味そうにも食べないから好みが掴みにくいんだろう。

「例えばルフィでも、ありゃあ肉が好きだからって肉ならなんでもいいかっつうとそうでもない。
 歯応えのある方がいいみたいだ。だからヒレみたいな食感の柔らかいものは優先してレディに回している。
 そん代わりルフィには筋も脂身もわりとアバウトに出したって差し支えねえ。」
そんなものかと益々ウソップは感心した。
「てめえだって、きのこをソテーにしても嫌がりやがるがカレーに入れりゃ食うだろが。しめじのみそ汁
 だって食わねえくせに、から揚げにすると食うじゃねえか。」
そういやそうだ。
「ところがクソマリモはそれがさっぱりわからねえ。別に奴が何を好きだろうが嫌いだろうが俺の知った
 こっちゃねえが、コックとして自分の作った料理をどう思って食ってるのかは、非常に気になる。」
そりゃ、もっともだ。
「そこで俺は考えた。注意を払ってよく見てりゃなにかヒントがあるんじゃねえかと思ってな。すると
 面白いことがわかった。」
ふむふむとウソップが身を乗り出す。
「奴はどうやら、自分の好きなものはゆっくり食う傾向にある。」
サンジが勝ち誇ったような顔で人差指を立てる。
「もちろん大皿で皆で取る場合は別だが、一人一人の皿をあてがった場合、奴はまずそう好きではない
 ものから箸をつける。そして好みじゃないものほど咬む時間が少なくて飲み込むのが早い。」
はあ・・・とウソップは声を漏らした。
「反対に、好きなものは一口分も少なめだし味わって噛んでいる。それらのデータで統計を取った結果、
 俺は奴の好みを粗方知り尽くした。」
ほお、と大げさに感心して見せた。
サンジは益々得意げに笑う。
「まず奴は醤油ベースのソースが好きだ。生クリームや小麦を使ったホワイトソースはあんまり好まねえ。
 味付けも薄めの方がいいみたいだし、カツオと昆布で取っただしが好きだ。じゃこだしはそう好きでも
 ねえらしい。」
ぺらぺらと話しだしたサンジの口が止まらない。
「味噌汁もあまり具が多いのは好きじゃねえら。豆腐とワカメとか大根と油揚げだとか、シンプルなのを
 喜んでんだが味噌仕立ての豚汁やら薩摩汁になると、具がたっぷりなのがいいんだな。魚は焼くより
 煮付けがいい。穀類が好きで、芋もよく食う。甘いもんはダメかと思ったら小豆みてえな豆類なら
 ちゃんと食う。バターやヨーグルトみたいな乳製品は根本的に好かねえみたいだが、漬物を食うから
 乳酸菌はそっちでOKだろ。」
ウソップはいちいちふーんとかはーんとか相槌を打った。
と言うか、それしかできなかった。
まるで立て板に水の如く、サンジが喋り捲る。
「パンは仕方ねえ食ってるかってえとそうでもねえ。バゲットみてえな固いもんが好きだ。それに全粒粉を
 使ったハード系、でも意外なことに干しぶどうは好きみてえだ。トーストを焼く時はキツネ色よりやや
 濃い目にこんがりと。バターもつけずにそのまま食べる。ゆで卵の殻はぜってー額で割るんだぜ。」

サンジの話の内容よりも、その活き活きとした表情に目を奪われた。
なんて楽しそうに話すんだろう。
「奴の好きなメニューを出す時は一旦席に座ると片足を組んで2、3度貧乏揺すりしやがる。
 待ち切れねえんだな。そんなときはわざと一番最後に給仕してやるんだが、眉ひとつ動かさねえで
 お預けくらった犬みてえに待ってんだ。そん代わり置いた途端、両手で皿をまず持つからな。誰も
 取るなって意思表示かありゃ?」
「よく見てんだなー、お前。」
ようやく口を挟めた。
サンジは少し目を見開いて、また眇める。
「別に好きで見てる訳じゃねーぞ。元はといえば俺様の料理にロクな感想も言わねえ奴が悪いんだ。
 優しい俺様は仕方なくボギャブラリーのねえ哀れな男の気持ちを意識して汲み取ってやってるんじゃねえか。」
そう口を尖らせて、ムキになって反論されても困る。
「まあそんな訳で、そのノートにゃてめえにはなんの得にもならねえことしか書いてねえよ。
 だから気にすんな。」
「ああわかった。よくわかったぜサンジ。俺は今モーレツに感動している。」
ウソップはがしっとサンジの両肩に手をかけた。
「やっぱりすげえ、お前ってすげえよ。一流の料理人ってこうなもんかなあ。なんでもねえことにとことん
 拘って観察して、さり気なく気配ってんだな。お前のその心の篭った食事を俺たちは毎日食べてるからこそ、
 ここまでグランドラインを乗り越えて来れたんだ。」
感動のあまり目に涙まで浮かべて力説してしまった。
対するサンジの目も心なしか潤んでいる。
「ちっ、バカなことほざいてんじゃねえよ、クソ野郎。」
「いいや、お前こそ海のコックだ!俺は心底尊敬してるぜ!!」

―――――とそこへ、無遠慮にドアが開いた。
上半身裸のゾロが、タオルで汗を拭きながら顔を出す。
何故か足を止めて立ちすくんだ。

「バカ野郎、汗だらけのままキッチンに入ってくんじゃねえよ。」 
悪態をつきながらも、飲み物を用意するために離れたサンジの耳はまだ赤い。
浮いてしまった両手を所在無さ気に下ろして、ウソップもイスに座り直した。
散らばった部品を再び扱い始めるが、どうにも落ち着かない。
っつうか、視線を感じる。

「ほら、ちゃんと汗を拭ってからこれを飲め。氷が溶ける前に飲むんだぞ。」
あーともうんとも言わないで、黙ってゾロが後ろに腰を下ろした。
言われたとおりに汗を拭っている気配がする。
いつもと変わらない午後の日常の筈なのに、なんでだかゾロに睨まれてる気がするのは・・・なんでだろう。








「おい見ろよウソップ、脱衣カゴの隅にクソマリモの汗まみれのシャツが、えらい長いこと放置されてた
 みたいだぞ。」
「うげー…見せるなそんなモン!」

あれからサンジは何かとウソップに報告に来るようになった。
その大半がゾロに関することで、昨日は苦手なレアチーズを苦虫でも噛み潰してるみたいな面で全部食った
とか、錘に内緒で500gの硬貨を貼り付けといてやったら手に持っただけですぐに気づいたとか、
今日は雨だから格納庫で腕立て伏せされると汗沁みが床について困るだとか…そんなことだ。

「そいでな、試しに俺のシャツに使ってる柔軟剤を奴の汗拭きタオルに使ってやったんだよ。そしたら、
 あの分厚い皮膚でもさすがにわかんのかねー。怪訝な顔して拭くのを止めて、どうしたと思う?」
サンジの目は爛々と輝いている。
ウソップは答えに困って「さー?」と首を傾げて見せた。
「自分の頬にすりすりってしてな、匂い嗅ぎやがった!あんまりらしくねーから笑いを堪えるのに苦労したぜ。」
「へー・・・」

ずっとこの調子だ。
サンジにしてみればずっと一人で観察していたゾロの生態を誰かに話せるのが嬉しくて溜まらないらしい。
最近では「マリモ観察日記」なるものまでつけて、ウソップに無理やり見せる。
あくまで自分独りのマイブームだったものを他人に話せるのは楽しいって気持ちはわからないでもないが、
ウソップにしてみれば、正直もう勘弁してください、だ。
別にゾロが何を食べてどんな顔してよーがどーでもいい。
今日の鍛錬で汗を吸い取ったタオルが何gだろーが、ジジシャツ以外の服を着てよーが、本当にどーでもいいのだ。
ただあんまりにもゾロについて語るサンジの顔が嬉々としているので、無碍にもできない。
耳だけ貸すなら無害だろうとなるだけ適当に相槌を打って聞いてやっている。
だから今夜も、なぜかキッチンに入り浸って差し向かいで酒を摘まみながら語り合ったりしているのだ。
主にサンジが一方的に。







部品を弄繰り回していつものように適当にほーとかふーんとか言っていると、重い靴音がして扉が開いた。
途端、ウソップの肩越しに顔を近づけていたサンジがパッっと身体を引く。
「なんだなんだクソサボテン。今夜はてめーが不寝番だろうが。夜食は持ってってやるから、サボってん
 じゃねーぞ。」
火がついてない煙草を噛みながら殊更ゆっくりとした動作で席を立ち、キッチンに向かう。
なんかわざとらしよなーとその後ろ姿を見送ってゾロを見たら、目が合ってしまった。
目が合うと言うより、もしかして、睨んで、る?

「なんだよ、ゾロ。」
「・・・別に。」
全然別にじゃねー。
声が低い。
ウソップは心当たりもないまま本能で恐怖を感じていた。
もしかしてゾロ、機嫌悪い?
っつーか怒ってる?

なんでだ。
大体明らかに挙動不審なサンジを無視してなんで俺に注目してんだよ。

疑問に思いながらも聞くに聞けず、気づかないふりをしてウソップはいそいそと片付けはじめた。
三十六計逃げるにしかずだ。
「んじゃサンジ、俺そろそろ寝るわ。」
「おうウソップ、また明日な。」
また明日って・・・うんざりしながら手を上げれば、横からビームみたいに突き刺さるゾロの視線が痛い。
なんだってんだ、まったく。
ウソップは
ゾロにも愛想笑いで手を振ってキッチンを後にした。













数日前にナミが予測したとおり、島影が見えてきた。
割と大きな街だ。
久しぶりの上陸ではしゃぐクルー達を尻目に、ウソップは倉庫整理に狩り出されていた。
「悪いなあ。ちいと多めに買出しときたいからよ。ナミさんがおっしゃるにはこの島出てからは
 当分寄港しそうにねえらしいし。」
「そりゃ構わねえぜ。俺も仕入れしたいし、楽しみだよな。」
サンジはよいしょと箱を持ち上げた手を止めて、だよなーとしゃがむウソップを見下ろした。
「普通楽しみだよな。皆いろいろすることあるしよ。けど、ゾロはいっつもどうしてんのかな。」
またゾロだよ。
ウソップは内心辟易しているが表には出さない。
大概船番をかって出てくれるから、助かってはいる。

「まあ刀の手入れ用の小物買ったり、結構買い物はしてんじゃねーの。」
「そいでたいした用もないのに迷子になって集合時間に遅れたりすんだよな。今度発信機つけてくれよ。」
それは必要かもなーとウソップも思う。
サンジはきょろりと首だけ傾けて戸口を見ると、ウソップの横にくっつくようにしゃがみ込んだ。

「なあ、実際どう思うよ。やっぱあいつもお姉さまのお世話になってんのかな。」
「いきなり何言い出すんだお前。」
ウソップはすっかり脱力してしまった。
別にゾロが色街行ってよーがどーでもいい。
「だってよう、気になんねえか。あのクソ剣士がどんな風にSEXすんのか。魔獣モード全開で想像通りの
 暴れん棒か、案外マジメくさって丁寧なのか・・・」
「おいおいおいおい」
ウソップは心底呆れてじとっとサンジの顔を見た。
「お前ね、コックとしてクルーの好みを知りたいってえ気持ちであれこれ観察すんのはわかるぜ。けど
 なんか段々範疇をこえてるぞ。そんなの思いっきりプライベートな領域じゃねえか。」
「だってよー。」
口を尖らせて反論する様はとても自分より年上とは思えない。
「考えても見ろよ、四六時中鍛錬するか寝るかで潤いのひとっ欠片もねえ生活パターンだぜ。そりゃあ俺も
 多少は協力してトレーニングの直後は意識的にアミノ酸や蛋白質を取らせるようにしてるしビタミンや
 ミネラルもたっぷり取れるようにしとかねえと筋肉を組み立てる酵素が働かねえと話になんねえし・・・」
トレーナーかよ、お前は。
「まあそうやって気を遣ってやっている以上、ある程度俺の好奇心も満足させて貰わなきゃな。だって
 想像できっか?あのじじシャツ腹巻がレディの前で鼻の下延ばしてる図。」
伸ばさねーと思うぞ、お前じゃねえし。
「だからよ、この島で二人であいつの後つけねえ?」
「なんでだよ!」
思わず声に出して突っ込んでしまった。
「興味あんなら独りで行きゃあいいだろうがっ」
「ええ〜、おかしーじゃねえか。何で俺がマリモの後つけなきゃなんねえんだよ。」
「お前がつけたいと言っただろーが・・・」
頭が、頭が痛い。
「いーじゃねえか、結構長居するみたいだし、買い物の時間は充分あるぜ。ちょっと付き合ってくれよう。」
ウソップはサンジの額にでこをくっつけて反論した。
「冗談じゃねえぞ、大体てめえはこないだから・・・」

「―――――おい。」

地獄の底から響くような低い声が流れた。
びくりと身体を震わせて、ウソップが硬直する。
「上陸準備するんだとよ。早くしろ。」
ぞっとするような冷たい声だ。
ウソップはなんだか怖くて振り向けないのに、サンジはウソップを押し退けて立ち上がった。
「ったく急に来んなクソハゲ。すぐ行くよ。」
床に置いたままの箱を元に戻して手を払った。
「じゃあウソップ助かったぜ、さんきゅな。それから、また頼む。」
頼むなよ。
何を頼むんだよ。
もう頼んでくれるなよ。
ウソップは冷や汗をダラダラ流しながら腕を組んだままじっと立っているゾロの前をぎこちなく横切った。
なんだか視線が、とっても痛いんですけど・・・。
怖くてとても振り向けない。








「それじゃ、船番はロビンとチョッパー、よろしくね。」

上陸して早々に解散となった。
忍び足で立ち去ろうとするウソップの首根っこを捕まえて、サンジが人差指を立てる。
「付き合えよ。約束だぜ。」
してねーよ。
力いっぱい否定したいのに、有無を言わさず連れ去れた。





三本の刀を挿して真っ直ぐ歩く剣士の後ろ姿を、時折物陰に見を潜ませながらさりげなく窺う。
端から見たら怪しいことこの上ないが、当のサンジは尾行みたいだと嬉しそうだ。
「みたいじゃなくて尾行なんだよ。ったく、仲間の後つけて、何が楽しいんだか。」
「楽しいぜ。ほら見ろよ。」
促されてゾロを見ると、早足をぴたりと止めて、じっと花売りの屋台を眺めている。
数えるように僅かに首を揺らして街灯と看板、それに向かいの店を眺めた。
「あーやって来た道を覚えてるつもりなんだよ。けどな、あいつ最初に屋台みただろ。屋台は移動するん
 だってえの、ほんとバカだよな。」
心底楽しそうにきしきし笑っている。
ウソップがうんざりしながらもサンジのマニアックな報告に付き合っているのは、こんな楽しそうな様子を
見てるのも悪くないと思ったからだ。
楽しんでいる人を見てるのも結構楽しい。

「お、また動き出したぞ。あ、もう宿に入んのか。早えーなあ。」
宿屋の外で暫く張ったが一向に出てくる気配がない。
「もしかしたらあいつのことだから、もう部屋に篭って腕立て伏せでもやってやがんのか。それとも
 寝たかな。放っとくとロクに飯も食いやがらねえから・・・」
ゴミ箱の影に隠れて煙草を吹かしながらブツブツ言ってる様は立派におかしな人だ。
できるだけ他人のふりをしていたい。

「お、出てきやがった・・・と思ったら食堂かよ。とっとと飯食って寝る気か?」
少し身を浮かせてからまたしゃがむ。
「長い航海だったから溜まってんじゃねーのかなあ。俺の予想ではいの一番で娼館に飛び込むと踏んだんだが。
 なあお前、どう思う?」
「だから俺に聞くなって。」
「ち、お子ちゃまめ。いいか、男ってえのはどうにもこうにも止まらねえことってのがあってだな・・・」
―――――お子ちゃまはてめえだよ。
喉元まで出掛かった突っ込みを辛うじて押さえる。
もうほんとに勘弁して欲しい。
「あのよ、俺もそろそろ宿探したいからこの辺で・・・」
「ああ?宿なら目の前にあるじゃねえか。奴の泊まってる宿なら動向を把握しやすいだろ。」
別に把握したくないんですったら。
「相部屋なら安くつくじゃねーか。その分買い物に回せるぜ。」
そのことに不服はないが、もしかして一晩中ゾロの話を聞かされるかも知れない。
それだけは、もう勘弁して欲しい。
「よし、そうと決まったらこっちの店で飯食っちまおうぜ。奢るよ。」
スキップでもしかねない軽い足取りのサンジの後ろを思い枷でも付けたかのごとき足取りでウソップが続く。

そうして夜は更けて行った。







「おい、まだ終わらねーのかよ。」
「今23人抜きだ。あ、一人つぶれた。これで24人か。」
宿の隣の酒場でゾロが飲み比べを初めて、かれこれ1時間は経っている。
「あれで飲み代浮かせるつもりだぜ。せっけーなあおい。」
「思ったより行動範囲が狭いよな。学習能力あるんだなあ。」
付き合っているつもりはないが、酒場でグラス1杯で粘ることも出来ないので、そこそこ二人して飲んでいる。
お互い強い方ではないから、かなり酔いが廻ってきた。
「お、また一人つぶれたぞ。残るはあの大男だけか。」
「あんだけ飲んで、勃つのかよ。」
ゾロの背中に、肩も露なドレスを着た美女が豊な胸を押し付けるようにしてべったり貼り付いていた。
涼しい顔で次々と杯を開けるゾロ横顔に熱い視線を送っている。
「っきしょ〜・・・今夜はあのお姉さまがお相手かあ?く〜〜〜・・・」
かなり酔っ払ってとろんとしたサンジの目は、心なしかゾロにくっ付いている女の目とよく似ていて熱い。
ウソップはやれやれと首を振るつもりでぐわんぐわん揺れてしまった。

「もーいーだろが。今夜はゾロはあの人と過ごす。そんで満足だろ。もう部屋戻ろうぜ。」
「いんや、せめてあのレディをどうエスコートして部屋に戻んのか見てえ。あの酔っ払い、脂下がった顔で
 レディの腰持ったりするんじゃねえだろうな。」
サンジは赤い顔をして爪を噛み始めた。
一体なんなんだ、こいつは。
「畜生、あーんなおっきいおっぱいvいいなあ。やっぱおっぱいがいいんだろうなあ。レディはやーらかくて
 いいよなあ。」
呂律の廻らない舌で呟き続けている。
その目が泣きそうに眇められているのが、不自然だ。

「サンジ、泣き上戸か?」
「うっせー、羨ましーだけだ。」
ぐすんとサンジは鼻を鳴らした。






いきなりどおんと鈍い音を立てて、大男が床に倒れる。
やんやの歓声とともにゾロの勝利が宣言され、女が嬌声を上げてゾロの首に抱きついてキスをした。
サンジは何も言わない。
拗ねた子供みたいな顔で、ただじっと見ている。

「それじゃ、俺の飲み分はそのおっさんにツケといてくれ。」
ほくほく顔の店主に言って、よろめきもせずに立ち上がる。
女を押し退けて、まっすぐ隅に座っているウソップを目指して大股で歩いてきた。

「高みの見物か?」
「よ、よお・・・ゾロ・・・」
サンジはだらしなくイスに座って憮然とした顔で睨み上げた。
「ったく、うわばみ野郎め。レディを邪険にしてんじゃねーよ。」
女達が笑いながら駆け寄ってきた。
「いや〜ん、お友達?」
「一緒に飲みましょうよ。」
へにょんとたれ下がるサンジの顔を遮るように、ゾロはきつい目で振り返った。

「失せろ。」

ぴりっとその場の空気が凍りついた。
一声だけで制するような威圧感だ。
「この唐変木!レディになんて口ききやがる!てめーはあっち行け、お姉さんはこっちい〜んv」
へらへらとハートを飛ばすのに、女達は怯えて向こうに行ってしまった。
サンジだけが状況を把握できずにでろーんとしている。
「ゾロ、サンジは酔っ払ってんだよ。悪いけど部屋運ぶの手伝ってくれ。」
「部屋、だと?」
またしてもぴきりと空気が凍った。
なんだってんだ、一体。
「お、おおおお俺たちもこの宿に部屋取ってんだよ。偶然だな。はは・・・」
「バカマリモはもうどっか行け。俺あウソップと一緒に寝んだ。てめーはお姉さまお持ち帰りでも
 してろってんだ。」
刹那、その場に張り詰めたのは紛れもない殺気。
しかも、狙われてるのは・・・
「俺かよ!」
ウソップは思わず声に出して絶叫した。

明らかに殺意を持ってゾロが睨んでいる。
なんでなんでなんで―――――
なんでココで俺が殺られなきゃならないんだっ

蛇に睨まれた蛙のごとく、硬直したままだらだら脂汗を流すウソップを視線だけで半殺しにして、
ゾロは気を逸らせた。
無言でサンジの首根っこを猫みたいに引っ掴んで持ち上げる。

「コラ、バカ侍、オロすぞオラ!」
声だけは威勢良く引きずられていく。
何事かと見守る周囲に愛想笑いさえ残して、ウソップは怯えながらも後に続いた。








先回りして奥の部屋の鍵を開ける。
二つ並んだベッドの片方に乱暴に投げ込むと、長い手足を跳ねさせながら「気持ち悪い〜」とうめいた。
「あ、ありがとよ。」
だからもう出てってくれ・・・と暗に促してもゾロは腕組みをしたまま仁王立ちして動こうとしない。

「こないだから、てめえらいやにコソコソしてやがったが、一体いつから宿とって一緒に寝るほど
 仲良くなったんだ?」
口調が刺々しい。
声に険が含まれている。
額に青筋が浮いて、組んだ腕の筋肉も不必要に盛り上がっていた。


―――――怒ってる?
なんで、なんでだ。

ベッドに大の字で寝転がったままのサンジの横で、ウソップは否応なしに一つの可能性にたどり着いた。
つまり・・・そう言うことですか?

何故ゾロが怒っているのか。
何故サンジは泣きそうな顔になっていたのか。


―――――マジかよ。







答えないウソップに苛立ったようにゾロは一歩踏み出した。
ウソップは一歩下がる。
またゾロが進む。
「ま、待て待て待て待て・・・違うぞゾロ、誤解だ!」
「・・・なにがだ?」
壁際まで追い詰められて、もはや絶体絶命だ。
ウソップの命はまさに風前の灯。
「激しく誤解だ。俺とサンジはなんでもねえぞ。つうか、俺たちが話してたのは主にお前の・・・」
「ウソップ!」
サンジが声だけで割り込んできた。



「・・・ケリ殺すぞ。」

ひえええええ〜〜〜本気だ。
こっちも本気だ。
余計なことは言うなってか?
「言え、返答次第によっては、仲間でも斬る。」
ひいいいいいいいいい〜〜〜
どちらにしても、このままでは只では済まない。
ウソップは膝をかくかくさせながらも、ゾロに一歩近づいた。
「ならゾロ、サンジが暴れないように押さえてろ!」
了解とばかりに、素早くゾロが ベッドに飛び乗った。
膝を蹴り上げるより一瞬早く圧し掛かる。
「てめっ、きったねーぞ、ウソップ!!」
「バカ野郎、俺だって命がかかってんだ!それにそれに・・・」
ウソップはごくりと唾を飲み込んだ。
「もうこれ以上巻き込まれるのはごめんだぞ。ゾロ、サンジがやたらと俺に話し掛けてきたのは、お前の話だ。」
「なんだと?」
サンジの両手足を戒めて、全体重をかけながらゾロが振り向いた。
「明けてもくれてもてめえの話ばっかりだ。聞かされてるこっちの身にもなれってんだ。」
視線を泳がせて、戸惑った表情でゾロがサンジを見下ろす。
サンジは耳まで真っ赤に染めて、殺す、オロす、と呪いみたいに呟いている。

「ここに宿取ったのだって、お前の後をつけてたんだ。島に降りてからどう過ごしてるのか知りたいっつって・・・」
「覚えてろよ、畜生っ・・・」
サンジはすでに半泣きだ。
ゾロは口をあけたままウソップとサンジの顔を交互に見比べた。
「・・・なんで、こいつはそんなこと知りてえんだ。」
「それはサンジに直接聞け。それから、なんでてめえが俺を斬り殺してえほど怒ったのか、それもちゃんと
 お前からサンジに言え。」
ウソップはなけなしの勇気を振り絞ってそう言うと、二人に背を向けた。
端から見るとゾロがサンジを押し倒して押さえつけているようにしか見えないから、いかがわしいこと
この上ない。

「てめえ、このクソコック。俺の何が知りてえってんだよ。」
「けっ、いつもスカした面してやがっから、どーやってレディ口説くのか見てみてえって思っただけだ。」
サンジは開き直ったのかそれでもソッポを向いたまま正直に言い返す。
「そんなこと、知りてえのかよ。」
「おう、なんせ観察日記つけてっからな。てめえの生態を研究して論文書いてやる。昼寝の極意から夜の
 生態までだ!」
自棄を起してゾロの真正面を向いて吠えたら、がしっと両手で顔を挟まれた。

「なら、教えてやる。」







―――――?

突然会話が途切れて沈黙が流れた。
壁に向かってたそがれていたウソップは不審に思って思わず振り返る。




―――――見なきゃ、よかった。

ウソップ人生最大の後悔。
ほん数メートル離れただけのベッドの上で、熱い口付けが交わされていた。



がぼ――――――――ん









開いた顎を戻す術もなく、ウソップは飛び出た目玉もそのままに、固まるしかない。
何度も角度を変えて深まる口付けは湿った音を伴って濃厚なラブシーンへと変化していく。

すっかり抜けてしまった腰を引きずりながら、ウソップは自分の荷物を掴み後退り態勢でなんとか
部屋を抜け出した。


と、とととととんでもねえことだ。
ああ神様、慈悲深き神よ、どうか我らを救い給え・・・

居もしない神に祈り、滂沱の涙を流しながら静かに扉を閉める。
それでもドアノブに「起さないで下さい」のプレートを掛けてあげるあたり、自分でも嫌になるほど
気がつくな・・・と自嘲して―――――

人気のない廊下でしばし、さめざめと泣いた。















「ゾロはともかく、サンジ君が集合時間に遅れるなんて、珍しいわね。」
ナミが時計を見ながら苛々と足を鳴らした。
「買出しに時間取ってるんじゃないか?ゾロも荷物持ちで一緒かもな。」
チョッパーは見張り台から望遠鏡であちこち探している。
ウソップはげんなりと船縁に凭れながら何かと思い出深い街を眺めていた。

あれから5日経つが視覚から入ったショックが強すぎて、なかなか立ち直れそうにない。
あの二人がこの船に戻ってくるのも凄く怖い。
帰っていきなり殺人的キックをくらうかもしれない。
アバラの2、3本は覚悟しようと思っていたが、このところそれを上回る恐怖に苛まされている。

―――――もしも、もしもサンジのマリモ観察報告に、夜の生態が加わったら・・・
あれ以上に事細かに聞きたくもない、世にも恐ろしい話を延々聞かされるのかと思うと、心配で夜も眠れない。

深深と溜息をつくウソップにナミが声を掛けた。
「ウソップ、あんたこの島に降りる時サンジ君と一緒だったわね。何か聞いてる?」
「いんやーなにも・・・」
「ここ最近コックさんと仲が良かったものね。」
にこやかにロビンに指摘されて、アワアワと首を振った。
「じょ、冗談じゃねえ。別に仲がいいとか親しいとかじゃねえぞ。サンジが勝手に俺にあれこれ話し掛けてた
 だけだ。」
「へー、意外ね。サンジ君ってそんなタイプなの?」
ウソップは鼻息も荒く言い募った。
「意外も何も、あいつは見た目以上にガキっぽいんだぜ。ちょっとしたコックの拘りだかなんだかを話して
 わかる相手が見つかった途端、堰を切ったようにあーだこーだと話し始めたんだ。まあ本来コックなんて
 キッチンを根城にして孤独な職場ではあるし、常人には理解しがたい職人ならではの面もあるからな、
 そう言うのを話せる相手が出来て嬉しかっただけさ。俺に限ったことじゃねえんだぜ。ちょっとよく見て
 りゃ、サンジなんて実にわかりやすい表情してっから、ナミたちに褒められっと大げさなくらい喜ぶけど、
 俺ら男でも内心すげ―嬉しがってるし、そんなときに限って仏頂面になったり乱暴な口きいたりするけど、
 よく耳朶とか見てたらすぐ赤くなってんだよな。あと煙草に火つけてないときは他のことに気い取られてる
 ことが多いとか、レシピノート読んでるふりしてほんの数分爆睡してることがあるとか、洗濯物を干すとき
 はちゃんと生地を裏返して縫い目まで乾くように干してるとか、テーブルを拭く時は必ず時計回りに2度
 拭きするとか、食器をしまう順番は左からとか…お前らも気づいてるよな。」
ぺらぺらと喋り捲って、はたと気がついた。
クルー全員の目が自分に向いている。

「な、なんだよ。」
ナミが腕を組んで溜息みたいに息を吐いた。
「驚いたわ。ウソップがホラ話以外でこんなに喋るなんて・・・」
「しかもコックさんのこと、本当によく見てるのね。」
「すげーなあ、ウソップ。なんかすげーぞ。」
チョッパーまで何故か目をキラキラさせている。

「確かにすげえ。ウソップ、お前サンジが大好きなんだな。」
きっぱりとルフィに言い切られて、ウソップは慌てて首を振った。
「ち、ちちち違うぞルフィ!断じて俺は・・・」
「好きって言うより、マニアックよね。サンジマニア?」
「マニアだな。」
「マニアね。」
「何がマニアだ?」
気がつけばでかい麻袋をいくつも担いだゾロが船縁に上って来ていた。
後ろにはサンジのアヒル頭も見える。


「なんのマニアだ?」

ゾロの双眸が壮烈に眇められた。
ウソップは恐怖のあまり遠退きそうになる意識に必死にすがり付いて、気力を振り絞る。



「ち、違―――――――――――うっっ!!!」








断末魔の如き悲痛な叫びは、果たしてクルー達の胸に届いたかどうか・・・定かではない。




                               −END−




私達がゾロスキー夫婦になる過程を暖かくから見守って下さってた(笑)
ののさんからみうさんへのリクエスト「about you (マリモ観察日記シリーズ」
まーるへのリクエストは「その挿絵」でした(^▽^)
内容と少し違う絵ですが(倒)折角なので愛の巣収納になりました