Miracle baby

GM号の中で、ロビンに続いてミステリアスなのはゾロだ。
サンジにとって。

大体仲間達は総じて分かりやすい。
底が浅いのではなく単純明快だ。
複雑な生い立ちや過去を背負っていてもその生き様は爽快で目的がはっきりしている。
単純さで言えばゾロはルフィと対を張るほど単純なのだが、それでもミステリアスな部分がある。
私生活の面で。

サンジはいつの頃からか気になっていた。
ゾロはその天才的な方向音痴でしばしば仲間達の前から消える。
上陸する度に大きな島でも小さな街でも、それはそれで構わないのだが、例えば狭い島なら
丸一日うろつけば大抵誰かと鉢合わせしたり合流したりするのに、ゾロとはそれがない。
一旦解散すると、集合時間まで一度も顔をあわせることがない。
いくら方向音痴とはいえ、こんなことってあるだろうか。
奴はログが溜まるまでの時間を一体どこでどうして過ごしているのか、それが現在の
サンジの脳裏を占めている最大の謎だった。




久しぶりに大きな島に着いた。
街は賑やかで道行く人たちも活気に溢れている。
海軍や賞金稼ぎの出入りも多そうだから、船は目立たぬ入り江に着けてチョッパーが船番を買って出た。
「じゃなー明後日には交替すっからよ」
心細げに手を振るチョッパーに合図を返して、揚々と上陸した。


天気は快晴、大通りには人が溢れ可愛い女の子がいっぱいいる。
サンジは目をハートにして羽でも生えた勢いで飛び回った。
がしかし、連続10人のナンパに失敗した。
――なんでだ?
いくらなんでも外れすぎである。
今までのナンパ成功率から言っても、今回は格段に低い。

改めて街中を見るとおかしなことに気付いた。
道行くカップル、特に可愛い女の子をぶら下げて歩く男が揃いも揃ってマッチョなのだ。
でかい図体。筋肉むきむき。
刈り上げた襟足もがっちりと太く、笑う口元から覗く白い歯が眩しい。
―――こういう好み?
だとすれば、ここではサンジはあきらかに不利だ。
俺のスレンダーでナイスガイな魅力が通用しねえとは…
サンジは公園のベンチに腰掛けて、暗澹たる思いで空を見上げた。
いつの間にか日が暮れて、ぽつぽつと街の灯りがともりはじめている。
食事でも、すっかな。

店はどこも混んでいて、しかもグループや家族連れ、カップルばかりだ。
島の食材を味わうのもそこそこに食事を済ませる。
なんとなくつまらない気分で、宿を探すことにした。
みんな、どうしてんだろ。
ナミやロビンはマッチョな男にナンパされてんじゃないだろうか。
まああの二人はいいとして、ルフィやウソップも体型がああだから、相手にされてねえんだろうな。
そこまで考えて、いやあいつらガキだからナンパしねえじゃん、と一人突っ込みを入れる。
ゾロは―――
思い当たったら無性に腹が立ってきた。
この島でなら奴でもかなりモテる。
これみよがしにマッチョではないが、鍛え抜かれた筋肉やら太い首やらがっしりした腕やら見たら、
レディ達はイチコロだろう。
むかむかむか…
なんだか非常に腹立たしい。
怒りに任せてだかだか歩いていたら、やけに人気のない路地に出てしまった。
来た方を振り返るが、さっきまでの街の灯りもここからでは見えない。
ありゃ?迷子か。
俺あゾロかよ。
ここまで来てゾロの顔がちらつくのがまた癪で、サンジは壁に凭れてタバコに火をつけた。



「あんら子猫ちゃん!」
頓狂な声に、不覚にもびっくりする。
いつの間に寄ってきたのか、すぐ隣にでかいオカマがいた。
でかいオカマ…
そうとしか形容できない、見事な着飾りっぷりだ。

キンキンに染めた髪を大きく巻いて、ピンクのなんの羽だか毛皮だかわらかないものを纏っている。
瞬きできるのかすら怪しいほどの大げさな付け睫毛に濃いチーク。
唇は明太子をそのままくっつけてるみたいだ。
そしてでかい。
けばけばしい衣装の下から小麦色の筋肉が見え隠れしている。
髭の剃り跡も青々しく、いかつい顔立ちが異様さを強調していた。

「んまー、見るからに子猫ちゃんねあんた。ね、ねvおねーさんといいことしない?」
はい?
あまりのことに、咄嗟に反応できない。
「ふふ、あたしが男にしてあ・げ・るv」

ドカァ!
気がつけば蹴り上げていた。
サンジに寄り添おうと身を寄せたオカマは、体重があるせいか飛ばされずにその場で顔を押さえてうずくまる。
反撃がくるかと身構えたが、突然地鳴りのような声が響いた。

「うわああああああ〜〜〜」
オカマが泣いている。
身悶え、張り裂けんばかりの声を上げて、泣いている。
呆然とするサンジの周りには、いつの間にどこから沸いて出たのかたくさんの人が集まってきた。

「ジュリちゃん!大丈夫?」
「け、蹴られたっ、この子に蹴られたのよう!!」
「んまーなんてひどいことをっ」
えええっ
思わず逃げようとしたが、人に取り囲まれていて身動きが取れない。
さっきまで人気のない路地だったのに、いつの間にこんだけ集まったんだよ。

「可愛そうに、しっかりしてジュリちゃん!」
「そうよう、傷の手当しなきゃ綺麗な顔が台無しよう。」
うっうっと肩を震わせて顔を上げたジュリちゃんは涙でマスカラが黒い筋を作り、鼻からは鼻血が
垂れてこの世のものとは思えない形相になっている。
それでも集まってきたごついお仲間のお姉さんたちはレースのハンカチで押さえるように慎重な
手つきで拭いてやっていた。
「可愛そうになあ、ジュリちゃん」
「ひでえ野郎だ」
野次馬も非難がましい目でサンジを見るから、なんだか絶体絶命だった。





「なにやってんだ」
聞き慣れた声に飛びつく勢いで振り向いた。
ゾロが、呆れた顔でそこに立っている。

「この人がジュリちゃんを蹴ったのよ!」
オカマのキンキン声が響く。
ゾロは眉を片方だけ上げて、サンジと泣き崩れるジュリちゃんを見比べてからジュリちゃんの方に向かって歩いた。
斬り捨てんのか?
さすがにそれは気が引けて止めようとすると、ゾロはジュリちゃんの前で膝を折ってそのごつい肩に手をかけた。
「すまないな姉さん、この馬鹿は同じ船の連れなんだ。素人の癖にどうやら迷い込んじまったらしい。
 乱暴なことをして申し訳ない。俺に免じて許してやってくれ」
ジュリちゃんは至近距離でゾロの顔をぽ〜っと見ていたが、その内夜目にもわかるくらい真っ赤になった。
そんなジュリちゃんに、ゾロはほんの少し笑いかけて肩を2度ほど叩くと立ち上がる。

解決したと見たのか野次馬たちがぞろぞろと引き上げ始めた。
たくさんのお姉さんたちに抱えられて、ジュリちゃんは何度も振り返りながら夜の街に消えていく。
あっという間にその場は人気のない路地に逆戻りした。









「…なんだったんだ、あれ」
まだ呆然としているサンジに、ゾロはちっと舌打ちをして見せた。
「てめえこそなにしてんだ。とっとと街へ帰れ」
「言われなくても帰るっての、なんだよここは魑魅魍魎の巣窟かよ。」
サンジの言葉に、ゾロは不機嫌そうに眉を顰めた。
「てめえのが来ちゃなんねえ領域にずかずか入り込んでんだ。ああいう手合いは臆病で気が優しい。みだりに傷付けるな」

驚いた。
ゾロはさっきのオカマを庇っている。
「なにお前、ああいうの好み?」
ニヤニヤ笑ってからかうサンジに答えず、ゾロはまっすぐ通りを指差した。
「適当に歩いたらホンモノの女がうろついてる場所があるから、そっちへ帰れ」
「なんだよ、てめえはどうすんだ。」
上陸した場所でゾロと出会うなんてはじめてのことだ。
これを機会に一杯くらい付き合ってやってもいいと思ってたのに…
「俺は先約があるんでね」
ちらりと目線を後方にやるゾロにつられて見ると、街灯の影に細いシルエットが見える。
サンジと目が合うと軽く会釈した。
長めの黒髪の、線の細い少年。
「え…」
「じゃあな」
軽く手を上げて、ゾロはすたすたと少年の元へ向かう。
何事か言葉を交わしそのまま並んで歩いていった。

え、えええええっ
ゾロの右手が少年の片方の尻を掴んでいる。
少年の左手はゾロの腰に回され、ぴったりと寄り添うように歩きながら闇の中へ消えていった。


ええええええ―――!!

驚愕のあまりサンジは立ち去ることも追うこともできず、その場でしばし固まっていた。












どういう、こった?

ショックのあまりふらつきながらも、なんとか男女が行き交う街並みに戻った。
とりあえずチェックインして部屋のベッドに腰掛ける。
さっきまでいた路地があまりに異質で、夢だったみたいに現実感がない。
なによりそこに現れたゾロはなんとなく自分が知っているゾロじゃないようで。
―――だって、男連れだったもんよ

暗くてよくわからなかったが、そこそこ整った顔をしていた気がする。
べったりとゾロに張り付くように歩いていた。
ゾロもその仕種を嫌がる風じゃあなかった。
つうか、抱き寄せてたぞ。
これはもしかて、あれですか。
―――ホモ?

降って沸いたような未来の大剣豪ホモ疑惑。
サンジはすっかりそれに取り付かれてしまった。
ゾロがホモ…
そう考えても思い当たる節はない。
自分は奴に嫌われてるからいいとして、ルフィやウソップなんかにも普通に接してるし、
チョッパーは論外だと思いたいし、ナミさんとは仲がいいんじゃないかと邪推したくなるときが
あるし、ロビンちゃんとも怪しいし…
別にホモじゃねーんじゃねえの?
ではあれか。
バイセクシャルか。

この線はありそうだな。
細かいことは拘らない気がするし、レディが掴まらなかったからって、男で間に合わせようと
したんじゃないだろうか。
それにしちゃあ、なんかしっくり来てたよな。
今思えば、いかついお姉さんを筆頭に集まった野次馬まで全部男だった。
そこに現れたゾロは妙に場に馴染んでて、お姉さん方の扱いにも慣れてて、ちょっとたらしっぽくて―――

「うわああああ」
つい声に出して自分の考えを振り払おうとする。
ゾロがホモ?
ってえかそっち系の人?
そう言えば、島に着いてもバッティングしなかったのは、彷徨うテリトリーが違ったからか?
あのゾロが男相手に腰振ったり振られたりすんのかうわあ!
怖い想像をしてしまった。

凄く凄く嫌だった。
生理的嫌悪感というよりも、裏切られたというか、理想を砕かれたというか、そんな感じだ。
いや別に俺はゾロのことはどうとも思ってねえけどよ。
けれど一目置いていたのは事実で。
最初に出会ったときのインパクトが強すぎたせいかどうしても張り合う所作ばかりしてしまうけど、
本当はすげえ奴だと思っている。

自分がレストランにいたときから「イーストブルーの魔獣」として名を馳せたつわものだ。
その名を聞いて興味も持っていたし、実際出会って同い年だったことに愕然とした。
なんか凄く悔しかった。
それでも同じ船に乗る仲間として生活を共にして、喧嘩したりやり込めたり助けられたり、
そんな繰り返しの中でああタメ年ってのもいいなあなんて思ってたのに…

ゾロは自分のことをどう思っているか知らないが、サンジにとっては結構ゾロの存在はでかい。
ドンと構えて動じない姿勢はゼフにどこか通じていて、それを認めるのは癪だったが側にいると
安心できたのは事実だ。
なのに――――
ホモ、だったんですか?
しかも本物ですか?

ショックだ。
やっぱり大ショック。
サンジはその夜、どこにも出かけられないで、まんじりともできず過ごした。











翌朝、さわやかな日差しが目に沁みるなあとぼやきつつ市場をぶらつく。
ゾロのことをあれこれ考えていたわけではないが、それでも眠れなかったのはそのこと自体またショックだった。
ゾロごときの生態に動揺する自分が信じられない。
ほっときゃいいんだ、他人なんだから。
そう思うのに、なぜこんなに気になるんだろう。


心ここにあらずで、とりあえず呼び止められた果物市の前で見慣れない果実を手に取る。
試食するでなくぼうっとしていると後ろから声がかかった。
「買い出しか?」
ワンテンポ遅れてそれがゾロの声だと気づいて、飛び上がらんばかりに驚いた。
すぐ真後ろにゾロがいる。
「あ、お、あ…」
サンジはびっくりしたのがバレないか冷や冷やしながら、落ち着きなく視線を彷徨わせた。
ゾロは一人みたいだ。
後ろにも横にも何もくっついていない。
「んだ、連れなんていねえぞ」
それがさらに見破られて、益々慌てる。
「違げーよ、別に俺あ…」
「買い出しなんだろ」
「う、あ…下見」
まだ1泊するから生鮮品は明日にするつもりだ。
けど、腐らないものなら今買ってゾロに持って帰ってもらうのがいいのかもしれないけど…

サンジは躊躇ってしまった。
ここで頼んでみるものか?
「俺あ今晩船で休むつもりだから、なんか重いもの買うんなら持って帰ってやるぞ」
まるでサンジの心を見透かしたかのようにゾロが申し出る。
サンジは内心ありがたかったが、つい憎まれ口が出てしまった。
「なんだ、気持ち悪りいなてめえ」
そう言って、タバコを銜えて火をつける途中であれ?と気づいた。
気持ち悪いって、気持ち悪いのは親切なゾロってことで…
なんとなく気まずい。
ゾロは、今の自分の台詞をどう受け止めたんだろう。
「あ、あの…やっぱり頼もうかな。てめーが親切なのは、気持ち悪いんだけどよ、ついでだついで」
そう言って、乾物屋に足を向ける。
ゾロはその後ろをついて歩きながら、サンジにだけ聞こえるようにそっと声を落とした。

「気持ち悪い、か?」
どきんと心臓が跳ねる。
なんのことかと問い返すこともできなくて片目でゾロの顔を窺えば、いつもの無表情でまっすぐ前を見ている。
「別に、気持ち悪かねえ」
そう言って、ゾロを見ずにすたすた歩いた。







酒類やら缶詰やら粉類やら、ここぞとばかりに重いものばかりゾロに担がせて船に戻った。
思いがけず二人も戻ってきて、チョッパーはうれしそうだ。
「心細くなんかなかったぞコノヤロー」
なんて言いつつ、顔がニコニコと笑っている。
ゾロに倉庫まで品物を運び入れさせると、サンジは3人前の昼食を作り始めた。
せっかくだから暖かいものを食わせてやって、それからまた街に戻ろうと思って。
「でかい街か?」
「ああ、結構店も多かった。あ、どうせ行くんならお前でかくなって行った方がいいかもな」
ちょこまかと手伝ってくれるチョッパーをからかいながらサンジは支度をしてしまうと倉庫までゾロを呼びにいく。

「飯だぞー」
なんとなく甲板あたりで声を掛けたが反応がない。
また寝てるのか、それとも別の場所にいるのか。
いつもならずかずか乗り込むところだが、今のサンジは少々おっかなびっくりだ。
夕べの一件でゾロとかなり距離ができた気がする。



自他ともに認めるレディ好きなサンジはホモやゲイに否定的だ。
バラティエのコックにもおかしな奴はいたし、海の男の常として代用する話や対処法なんかは
耳にタコができるほど聞かされた。
実際、妙なお誘いは断る以前に問答無用で相手を床に沈めたし、力尽くで来るような輩は返り討ちにしてやった。
世の中には優しくて綺麗なレディがごまんといるのに、なにを好き好んで野郎なんかに欲情するのか理解できない。

なんてことを考えながらトイレのドアを開けたら、裸のゾロがいた。
うっかり悲鳴を上げそうになる。
ゾロの裸なんか見慣れてるのになんか生々しい。
「悪い・・・」
「シャワー浴びただけだ。飯か?」
言いながらくるっと後ろを向いたゾロの背中を見て、今度こそ声を上げてしまった。
「わ・・・」
「んだ?」
サンジの視線の先を辿り、腕をひねって指でなぞった。
「ちっ」
広い背中にくっきりと引っかき傷がついている。
普通ならお盛んだったなあと冷やかすところだが、相手を知っているだけにしゃれにならない。
「商売すんなら爪くらい切れっつうんだ、なあ」
いきなり同意を求められて無言で頷いた。

なんとなく不愉快だ。
ゾロの背中は本当に綺麗なのに。
サンジがぼうっとしている間にゾロは手早く服を着ると脇をすり抜けるように通ろうとして立ち止まった。
タバコを吸おうとポケットから出した手を不意に掴む。

「さすが料理人の手だな。綺麗に切り揃えられてる」
そう言ってすっと離し、そのままさっさと出ていってしまう。
うっかり怒るタイミングを外してしまってサンジは一人で慌てた。
文句を言おうにももうゾロはいないし、さっき掴まれた手はなんだか熱いし。

――――体温、高けー・・・
なんか関係ないことにまで意識が行って、サンジは腹立ち紛れにバケツを蹴り倒した。













昼食を食べさせて自分は街に戻るつもりだったが、ふと考えた。
このままゾロは船で休む気か?
ってえことは、チョッパーと二人きり?

―――やばいんだろうか
いくらトナカイといえどもチョッパーもオス。
まさかとは思うが、ゾロがオールマイティなら危険区域に入るんじゃないのか?
そう考えると益々心配になって、3人で食卓を囲みながらおずおずと申し出た。

「クソマリモ、今日は船で泊まるのか」
「そのつもりだ」
やっぱり。
「んじゃあ、船番2人もいらねえだろ。チョッパー、てめえ降りていいぞ」
「え、いいのか!」
ぱっとチョッパーの顔が明るくなる。
やはり上陸したくて仕方なかったらしい。
「なあてめえ船番一人で構わねえだろ」
「…問題ねえ」
ゾロは一瞬何か言いたそうだったが、素直に頷いた。
「俺と一緒に街に行った方がお前も行動しやすいだろうし、本屋とか付き合ってやるよ」
「ほんとか、ありがとサンジ、ゾロ」
無邪気に喜ぶチョッパーを促して、サンジは早々に船を降りた。







ちいとあからさまだったかな。
あれこれと目を輝かせて足早に歩くチョッパーの後を追いながら、サンジは少しばかり反省なんかしたりする。
チョッパーを連れ出したのは不自然だっただろうか。
あきらかにゾロを警戒したってことを勘付かれたかもしれない。
まあ、構わねえけどよ。

恋愛には寛大な方だと思ってはいたが、やはり偏見はあったらしい。
男女が愛し合うのが自然の摂理だと思うし、野郎同士なんておぞましくて想像すらしたくない。
幼い頃から人より多くちょっかいを出されていたトラウマもあるのかもしれないが。
それにしたって、なんでゾロなんだよ。
あのゾロが、と何度も思う。
果てしなく馬鹿だが一本筋の通った男だ。
見た目だってそう悪くはないし傍らに美女がいるのが似合うと思う。
一度に2、3人はべらしてたって絵になるだろう。
なのになんで…サンジの脳裏には、あの後ろ姿が焼きついていて離れなかった。
ゾロの手がしっかりと男の尻を掴んでいて、べったりと男はゾロの腰に手を回していて――――

ああ、嫌だ嫌だ。
やはりなんかムカつく。
目に悪いものを見せられた気分だ。
できれば綺麗なお姉さまか可愛いレディとデートして気分を一新したいところだが、この島では
相変わらずナンパが成功しそうにない。
今日もチョッパー連れだし、今回はあきらめるか。


本屋からなかなか出てこないチョッパーを待ちながら、サンジは新しいタバコの封を開けた。
サンジは女の子大好き恋愛推奨派だが、経験はそれほど多くはない。
元々淡白なのかプラトニックを大切にするせいか、ナンパしても大抵楽しくお茶もしくは食事する程度で終わっている。
プロのお姉さんにお世話になったことも実はない。
なんせ恋が一番だから、ときめきとか戸惑いとか、心臓がどきんどきんする時間がものすごく好きなのだ。
なのでぶっちゃけて言えばSEXなど二の次で、いかに可愛い子と楽しく過ごすかに重点が置かれている。
そんなサンジにとって、まず身体から入る男同士の恋愛って奴は理解不能だった。
気が向けば誰とでもとか、パートナーはとっかえひっかえとか言語道断だ。
そんなのは恋愛ではないし邪道だとも思っている。
身体を繋げるなら本当に好きな人とお互いが求め合ったときに。
少々乙女的考えながら、サンジはそれが信条だった。

だが身近にホモかバイがいるなら話は変わってくる。
特に、自分とゾロはあの船では年長だし(ロビンは換算されていない)、ここで自分がしっかり
ゾロを抑えておかないと、ほかの奴らがひどい目にあうんじゃないかと心配になってきた。
ナミやロビンに用心するだけじゃなくて、ルフィやウソップ達にも目を配らなきゃならないなんて・・・
ゾロが本物のホモなら見境なんてないだろうし、その気になったら馬鹿力を駆使してどうとでも
してしまうんじゃないだろうか。
その時あいつらを助けてやれるだろうか。
考えれば考えるほど、怖い想像になってしまう。
・・・案ずるより産むが易し・・・つうか、聞くしかねえな。
こうなったらストレートにゾロに聞いてみよう。
どの程度のホモさ加減なのか。
それが年長者の務めだと、サンジは心を決めた。









翌朝、同じく早起きな船医に一声掛けてから、サンジは先に宿を出た。
店が並び始めた市場をぶらつきつつ船に戻る。
夜会話を交わすのはなんとなく危険だと感じたので、朝一番に乗り込むつもりだ。
寝くたれてたら、蹴り起こせばいい。

案の定、ゾロは甲板に大の字になって寝ていた。
一人なんだから男部屋のソファを占領すればいいのにとか、なんのための船番だよとか言いたい
ことは山ほどあったが、とりあえず渾身の一撃をくらわす。

ぐ、と低く呻いて口から泡でも吹きそうなほど顔を歪めたゾロが目を開けた。
「・・・てんめえ・・・」
「おはよう、ハニー〜」
タバコを銜えたままニヤニヤ笑いつつ、サンジは軽いステップで後ずさる。
「朝飯ができてんぜ、一緒に食おうぜv」
ことさらハートマークを強調させたら、ゾロが嫌そうに顔を顰めた。



「はい、トーストにバター塗ってやろうか?」
「いらねえ、っつうかどういう遊びだこりゃ」
ピンクのエプロンもそのままに、サンジは甲斐甲斐しくゾロの世話を焼く振りをしている。
あくまで振りだ。
わざとやってるのが見え見えだから、ゾロの表情はいっそう不愉快っぽい。
「だってよ、てめえホモだろ。男に優しくされて嬉しくねえ?」
ズバリ直球を投げてみた。
「嬉しくねえ。そういうのは好みじゃねえ」
まともに打ち返された。
ホームランかよ。
「へえ、好みっつうかてめえマジでホモ?レディに興味ねえの」
「ねえ」
ゾロは大口にサラダを押し込みながら平然と答えた。
サンジはすっかり手を止めて、真正面から身を乗り出す。
「驚れえたな、そっちの趣味かよ。でもレディでもイけんだろ」
「できねえことはねえが気持ち悪い」

ええええええーーーーっ
口元に笑みを絶やさずなんでもない風に聞きながら、サンジの内心はすでにパニックだった。
お天気の話のついでみたいに聞きだしては見たが、気がつけば後戻りできない状態になっていて
ちょっと後悔する。
「へえ〜気持ち悪い、・・・なんでだよ!」
レディ至上主義のサンジとしては聞き捨てならない。
「ぶよぶよして軟弱だ。触っても楽しくねえ」
それじゃあれですか。
男のごついガタイとか骨ばったのとか筋肉バリバリとか触ってて楽しんですか。
「レディのおっぱいとか、きゅっとくびれた腰とか柔らかな桃みたいなお尻とかっ、そんな楽しみ方をてめえは
 しねえのかよっ」
相変わらず口元に笑みを貼り付けたままサンジは目を泳がしながら叫んだ。
混乱しすぎて表情のコントロールすらできていない。
「匂いも甘ったるくて気持ち悪い。大体いつでもずぶずぶめり込める場所に挿れたってよくねえじゃねえか」

――――っ!!!
うっかり目を開けたまま失神するところだった。
しっかり、しっかりしろ俺。












「ふーん…ホモってそういう道理なんだ…ふーん…」
それ以上二の句も告げなくて、ただ曖昧に笑って見せた。
食事中だが一服しよう。
タバコでも吸ってねえとやってらんねえ。
ってそうだ、これだけは押さえとかないと。

「お前が心底ホモだってえのはよーくわかった。が、問題はそこじゃねえ。てめえ、男に対して見境はねえのか?」
尋常でない会話を交わしつつ、すっぱり綺麗に平らげたゾロは空になった皿を脇に置いていきなり立ちあがった。
びくんとサンジの身体が跳ねる。
それを気にも留めずゾロはすたすたと歩いてワインラックから瓶を1本抜くと、サンジに掲げて見せた。

「あ、おう…仕方ねえ、特別だ」
その足でグラスを2個取ってテーブルへと戻ってくる。
どうやら二人で飲むつもりらしい。
思いっきり朝っぱらからだが、サンジとしても酒でも飲みたい気分だったから文句は言わなかった。
「あ、話の続きだな。男に見境がねえことはねえぞ。島に降りたら商売してる奴を買うくらいだ」
そうか、じゃああれは男娼って奴ですか。
なみなみと注がれた酒をじっと見つめて、サンジは質問を続ける。
「じゃあ、例えばだな。お前の話だとナミさんやロビンちゃんにはこれっぽっちも興味がねえ?んだな」
「ああ、仲間である以上の何者でもねえ。危ねえ時は助けるが、それは当たり前のことだろ」
そうか、そうだな。
「それじゃあな、ルフィだ…お前、ルフィに対して不埒なこととか考える…か?」
怖い、こんなこと聞くのは凄く怖い。
「考えねえ。タイプじゃねえ」
即答された。よかった。
「それじゃウソップとかチョッパーとか」
「どれも俺の好みじゃねえ。何より俺は仲間に手を出さん。安心しろ」
きっぱりと言い切られてほっとする。
こいつがそう言うなら、きっと大丈夫なんだろう。

「あああ、ならいいんだ。いや俺も別に、人の性癖をとやかく言うつもりはねえんだが…やっぱ
 同じ船に乗りあった仲間だしよ。色々そっち方面のトラブルはやべえだろ。だから…」
「てめえの心配はわかる」
そう言って、ゾロはふと笑った。
見たこともない穏やかな笑みだったから不覚にもどきんとする。
そう言えば、こうして二人で酒を酌み交わすなんてこともめったにないことだ。
こんな機会でもなきゃもっとよかっただろうに。
ふとそう思ってすぐになんでだよ、と打ち消した。

「俺は村を出てから一人で旅を続けてきたから、仲間ってもんを得たのはこの船が初めてだ。
 だから最初は戸惑いもしたが、男とか女とか関係なく大事なもんだって自覚はある。だから
 俺は敢えて仲間には手を出さねえ」
まっすぐに目を見て答えられて、なんとなく視線を外してしまった。
なにかが負けた気がする。
「そうか、んならいいんだ。妙な警戒して悪かったな」
うっかり素直に謝ってしまったりして、横を向いて舌打ちする。
どうもこの手の話になってからいつもの調子が出ない。

拗ねたみたいに口を突き出して、サンジはそっぽを向きながら呟いた。
「ホモって、…突っ込んだり突っ込まれたりすんだろ」
「俺は突っ込むだけだ。野郎の身体を弄くるのが好きなんでな」
サンジはそっと息をつく。
これでゾロが男の下であんあん喘いでたりしたら、人間不信に陥って立ち直れそうにない。
それにしても―――

「野郎の身体触って、なにが楽しいもんかね」
サンジは独り言みたいにぶつぶつ言って、袖を捲り上げた自分の腕を擦ってみた。
「硬くて筋張ってて、色気もなんもねえだろうによ」
そんな言葉に、ゾロは口端を上げて見せるだけで何も言わない。
「大体てめえの好みたあなんだよ。ホモのくせに生意気だな」
サンジは酔いが廻ってきたのも手伝って、口が滑らかになってきた。
今更ゾロに対して遠慮なんてしたって仕方ないし、ホモの生態も詳しくは知らないから参考までに教えてもらおうと思う。
「ルフィやウソップ達は好みの対象から外れてんだろ?でもこないだの奴も同じくらいの年じゃなかったか?」
「ああ、俺は色気のある奴がいいな」
色気?
「男に色気かあ?でもオカマに興味はねえんだろ」
ゾロはくいっと杯を空けて手酌で注ぎ足した。
「女臭え色気って奴じゃねえ。口じゃうまく言えねえけどな、そういうのってあるんだ。男
 臭かったりがさつだったりガラが悪かったりしてもな、ちょっとしたとこで色気のある奴ってのは」
そう言うもんかね。
「お前って見た目も重視するタイプか?面食いとか」
「そうだな、ある程度は整ってた方がいいが綺麗過ぎてもつまらねえ。ちょっとヘンテコな
 部分があるとか、そう言うのがいい」
なんだそりゃ。
「ヘンテコねえ。まあそこそこって奴かな。でも一番は身体が目当てなんだろ」
「確かにそれはある。俺の好みの話をすりゃあ、細身なタイプがいい。手も足もすんなり長くて、
 細いがきちんと筋肉がついていてしなやかで、首なんか片手で掴めるくらいがそそるな」
「へえ…」
サンジは半分酔っ払いながらグラスをちろりと舌で舐めた。
好みの話と言いつつ、なんかやけに具体的なのはなんでだろう。

「外見はそんなに拘らねえとか言ってたけど、髪の色とかもなんでもいいんだろうな」
ちなみにサンジは好きになったレディの髪の色が好きだ。
どんな色だってその子が魅力的なら美しいと思う。
「まあな、昔はそうだったが今はちょっと好みが絞られてきてるな。こないだの奴は黒髪しか
 気に入ったのがいなかったからあれだったんだが、金髪碧眼でいいのがいたら、すぐに決めてたのにな」
ふうん、金髪が好みか。
ゾロも結構俗っぽい男だったんだな。

朝っぱらから酔った頭でそう思って、サンジはん?と首を傾げた。
今まで話したゾロの言葉を総合的に繋げて考える必要性があるような気がする。
が、考えたくない気もする。


「おいその辺で止めて置け。今日は午後から出航だろ。その前に買出しを済ませなきゃな」
普段、こんなことをゾロに指図されることはないはずだ。
なのに、今は何故かサンジはぐなんぐなんになっていて、ゾロに世話を焼かれている。

「ちょっと横になってろ、その内酔いが醒める」
おかしいのは多分ゾロの方だろう。
いつも憎まれ口ばかり叩いて人をからかうだけなのに。
こんな風に優しい筈はないのに。
「やっぱてめえ気持ち悪い」
サンジはふらつく足取りで立ち上がってシンクに向かった。
冷たい水を一気に飲んで一息つく。

「まあ、俺は人の好みをどうとか…言わねえからよ。ホモだってことも、黙っといてやる」
「誰かに言ったって構わねえぞ。最初から隠してるつもりはねえ」
やけに飄々として見えるのは、ゾロに後ろめたさがないからだろう。
いっそ清々しくて、サンジはしょうがねえなと苦笑した。
「買出し行く時は声掛けろ。また運ぶの手伝ってやる」
殊勝な申し出までしてくるから、つい声を立てて笑ってしまった。
「手伝わせてくださいだろ、ったく仕方ねえ奴だ」
酔いに任せて馬鹿笑いしているサンジに怒るでもなく、ゾロは空いた皿をシンクに運んで
ラウンジから出て行こうとした。
ふと戸口で立ち止まって振り向く。

「そうだ、言い忘れたがな。外見も身体つきもさっきの話に越したこたあねえが、一番外せねえ
 のは料理の腕だぜ」
そう言って、にかっと笑うとそのまま扉を閉めた。

サンジは半笑いの顔のまま固まって、閉じた扉を馬鹿みたいに見つめていた。



―――今、ゾロはなんと言った?
ってえか、さっきからずっと一体何の話をしてたんだ?

思い出せば出すほど、サンジの顔は湯気が出そうなほど熱くなっていく。
まさか、そんな…ウソだろ?



ゾロの最後の台詞ですっかり酔いは醒めてしまったはずなのに、サンジの顔は相変わらず
茹蛸みたいに真っ赤なままだった。