kiss of blessing

 



 月の綺麗な、凪の夜。
 ゾロはいつものようにキッチンで一人、グラスを傾けている―――はずだった。
 
 なんでだ?

 通常ならまるで戦場のような怒涛の夕食が終わった後、片付けと翌日の仕込みを
 するサンジは置いといて、他のメンバーは雑談ののち、それぞれ部屋に戻り眠り
 に就く・・・はずだった。

 なぜだ?
 疑問を抱きつつ、黙って視線だけを部屋全体に巡らせる。

 いつもは美容に悪いとかなんとかほざいてさっさと引き上げるナミやロビンが、
 ずっとくっちゃべっている。
 ウソップはテーブルに部品をバラして手入れに余念がなく、さっきまでうたた寝
 していたチョッパーも目を覚ましてその手元を見つめている。

 なぜだ?
 もう、夜更けだ。
 本来ならサンジの背中を肴に一人で一杯やってる時間だ。

 サンジはと言えば、片付けも仕込みも終わり、所在無さ気に手を拭いている。
 「あの・・・ナミさん、ロビンちゃん。何かお飲み物でも・・・」
 「あ、結構よ。10時過ぎたら何もいらないわ。」
 「そう・・・ですね。」
 へらりと笑って、見張り用の夜食をトレイに載せ始めた。

 バタンと勢い良く扉が開く。
 「サンジ!腹減ったあ!!」
 ルフィまで降りて来やがった。
 「おう、今持って行くとこだったぜ。」
 サンドイッチを見せると、飛びついてやがる。

 夜中なのになんでこんなに人口密度が高いんだ。
 もう、日付越えるぜ。
 ガツガツ喰いまくるルフィの隣に座り、サンジはウソップとチョッパーの分も
 サンドイッチを用意していた。
 どこまでもマメな奴だと、どこか腹立たしい感情が沸く。
 
 サンジの職業がコックである以上、キッチンに人がいる限りサンジの仕事は終わ
 らない。
 夜は早めに部屋に引き上げることは、サンジへの気遣いだと思っていた。
 その中で、ゾロ一人が気遣われることもなくキッチンに留まれるのは、自分だけの
 特権だとも思っている、訳で――――

 面白くねえ。

 勢い、酒を瓶ごとラッパ呑みする。
 「こら!クソマリモ、グラスがあるじゃねえか!!」
 目敏く見咎めて声が飛んでくる。

 「うは、ご馳走さん!!」
 パンパンとルフィが手を打った。
 それを合図のように、時計が12時の鐘を打つ。
 「お、鳴ったな。」
 ルフィが唐突に腕を伸ばして、サンジの身体をイスごとくるくると絡め取った。
 「な、何しやがるっ!ルフィ!」
 驚いて足だけじたばたさせるサンジに抱きついたまま、にししと笑って、右頬に
 唇を押し付けた。

 「サンジ、誕生日おめでとさん。」

 思いもかけぬことに固まったサンジの左頬に、長い鼻を手で抑えて、ウソップの
 唇が一瞬触れる。
 「おめでと。サンジ。」
 途端に、サンジの顔が真っ赤になった。
 「あ、アホか手前ら!!気色悪いことしてんじゃね・・・!!!」
 わめくサンジの顎に、青い鼻面がちょんと押し付けられた。
 「おめでとう、サンジ。」
 愛らしいチョッパーのキスに、毒気を抜かれる。
 
 静かに近づいたロビンが前髪をよけてその額に唇を落とす。
 「おめでとう、コックさん。」
 「ロ、ロビンちゅわん・・・」
 途端にへにゃへにゃと相好が崩れた。
 でれっとした顔を両手で包んで、ナミはサンジの鼻の頭にちゅっとキスした。
 「お誕生日おめでとう。サンジ君。」
 満面の笑みでにっこりと笑いかける。
 「ナ・・・ナミすわん・・・」
 もはやメロメロである。

 「誕生パーティって言っても、準備するのはサンジ君だし、自分のパーティに力
  入れるタイプでもないしね。驚かせるにはこれが一番だって皆で相談したの。」

 皆でって―――
 ゾロはまだ固まっている。

 俺は聞いてねえぞ!


 「そいじゃ俺、見張りに戻るぞ。」
 いつの間にか腕を解いて、ルフィはキッチンを出て行った。
 「そうね、もう休みましょうか。おやすみなさい。」
 「お休みなさい、コックさん。」
 「んじゃ、チョッパー行くぞ。お休みサンジ。」
 「サンジ、お休みー。」

 まだ呆然としているサンジを置いて、それぞれ部屋を出て行く。
 「え・・・と、アー・・・」
 サンジはと言えば、真っ赤な顔に手を当てて、目を泳がせている。
 多分嬉しくてたまらないのに、なんて言っていいのかわからない、そんな感じだ。
 「お休み、みんな・・・」
 それでも精一杯、思いを込めて言葉を返す。
 ゾロの脇をすり抜ける間際、ナミがそっと耳打ちした。
 「ちゃんと置いといたげたわよ。」
 軽くウインクして扉を閉めた。




 一人残ったゾロと目が合って、サンジはますます顔を赤らめた。
 「てめ・・・知ってやがったのか?」
 「・・・知らねえよ。」
 妙な沈黙が流れる。
 サンジは椅子に座ったままそわそわと落ち着かない。
 事前に何も知らされず、計画にノせられるのは少々癪だが、仕方がない。
 軽く息を吐いて腰を上げたら、サンジもつられて腰を浮かしている。
 「座ってろ。」
 睨みつけると、何か言いたそうに口をパクパクさせて、それでも大人しく腰を
 下ろした。
 
 「ったく、ベタベタ触りやがって―――」
 ぐいと白い頬を掴んで、乱暴に指の腹で擦った。
 「お、おでこと鼻はダメだぞ!せっかくのロビンちゃんとナミさんのキスなん
  だから!」
 アホかこいつは。

 両手で顔を挟んで上向かせる。
 サンジは唇を真一文字に結んで、挑むような目つきになった。
 ごくりと唾を飲み込む音がして、喉仏が上下している。
 
 恐る恐るといった感じで、唇を近づける。
 目を閉じたら負けだと思っているのか、サンジは瞬きもしない。
 ゾロは少し首を傾けて、啄ばむように口付けた。
 いつもの噛み付くようなそれとは違って、酷く新鮮に感じる。

 一瞬で離れて真正面から見据えた。

 「てめえが、」

 少し声が掠れてる。


 「生まれてきて、ありがてえ。」









 「――――なんだよ・・・それ。」




 サンジは声を立てて笑おうとして、失敗した。

 びっくりしたのか、可笑しいのかわからない。
 口元に笑みを貼り付けたまま、細めた視界がぼやけて見える。

 ゾロは黙ってサンジの身体を抱え込んだ。
 「重てえよ、畜生・・・」
 ゾロの背に腕を回して白いシャツに顔を埋めた。

 「泣かすんじゃねえ、クソ野郎。」
 ほんとに嬉しいときは涙が出るもんなんだと、初めて知った。






 ありがとう。

 ありがとう。


 俺を産んでくれた誰かに
 俺を育ててくれた誰かに
 俺を助けてくれた誰かに



 そして
  今抱きしめてくれるてめえに――――





 祝福のキスを返そう。







   END