■謹賀新年■



新しい年明けを祝って一晩中繰り広げられた宴は、やがて健やかな寝息と共に幕を下ろした。
いつも以上のテンションでハイペースだったことと、前の島で調達した地酒が口当たりの良い割りにかなり
度数が高かったことにも原因があるらしい。
降るような星空の下、ほぼ素面に近い状態を保っているのは給仕や後片付けに専念していたサンジと、
うわばみのゾロだけだ。
さすがのナミもロビンも今は芝生の上に横たわり、肩まで毛布をかけられてすやすやと眠っている。
その隣で死屍累々たる状態なのは男共。
腹を含まらせたまま盛大ないびきを掻くルフィに、蹲った状態で事切れるように倒れているウソップ。
転がったチョッパーと髪が爆発したみたいに弾けて白目を剥いているフランキー。

ゾロは散らかった酒瓶を拾い集めて、残りのあるものを確保している。
朝食の仕込みを終えてラウンジから出てきたサンジは、酒瓶に囲まれるようにして座っているゾロに呆れて
片眉を上げて見せた。
「おうおう、酒漬けマリモはつまみにもなんねえぜ」
「なんだてめえ、飲み足りねえのか」
ちゃぷんと音を立てて残り少ない瓶を差し出すのに、サンジは掌を押し出して辞退した。
「ここで俺が飲み潰れたら、夜明けに起こしてやる奴がいなくなるだろが」
「俺がいるだろ?」
「お前が夜明けに気付く頃にはお天道様が昇っちまってるよ。日の出の方向もわからねえくせに」
ゾロはむっとしたが、敢えて反論してこなかった。

胡坐を掻いて残りの酒を呷るゾロの隣に立ち、サンジは煙草に火を点ける。
東の空はまだ暗く、薄い光の広がりも見せていない。
だが満天の星空だから、今日の朝日は見事だろう。

「朝なんて、毎日来るのにな」
サンジは独り言のように呟いた。
1年の始まりの日の朝が特別だなんて、どうして思うのだろう。
夜空より深い闇を湛える水面が、星明りを映しながらゆっくりと揺れている。
この波は、海がある限り飽くことなく絶えることなく繰り返されるのだ。
永遠に。

まだ暗い水平線に目を凝らすサンジの横顔を、ゾロはちらりと横目で見上げた。
「お前は、海が嫌いなんじゃないのか」
唐突なその言葉もまるで独り言のようで、サンジは一拍遅れてから「あ?」と振り返った。
ゾロは今の台詞がまるでなかったかのように、知らん顔をして海を眺めている。

「・・・嫌いじゃ、ねえよ」
サンジの夢は、幻の海オール・ブルーを見つけること。
物心ついた時からずっと海の上で育ってきたサンジにとっても、側に海があることは当たり前の環境でしかない。
「嫌いじゃねえ」
自分自身に言い聞かせるかのように、サンジはもう一度呟いた。
「確かに海は綺麗なだけじゃねえ、過酷な面を幾つも持ってるがな」

誰が死のうが生き延びようが、海は変わらずそこにある。
朝が来て夜が更けて、太陽が昇れば眩しいほどに光り輝き、雨が降るなら水面は激しく踊るだけだ。
腹が減っても寂しくても、海はただそこにある。

「美味い魚ってえ恵みももたらすけど普段は容赦なく厳しくてよ。何もかも突き放してるみたいで、けど海は
 ただそこにあるだけだ」
そのさざ波に美しさを見出すのもその雄大さに温かさを感じるのも、人の捉え方それだけ。
ならば自分は、海に救いを求めているのだろうか。
いつか、愛しい人たちとともにその冷たい水底で眠りたいと願っているのだろうか。

柄にもなく感傷的になって、サンジは煙草を吸いきるとゾロを振り返った。
「てめえこそどうだ。ようやく海に馴染んで来たんじゃねえのか」
実際ゾロはイーストの山奥育ちで、旅に出て海を渡ってもちゃんとした航海術は何一つ知らなかった。
ルフィも同じことで、ナミが仲間にならなければ相当危うい状態になっていただろう。

ゾロは酒瓶を呷ると、背後に手を着いて身体を傾けた。
「そうだな、俺にはよくわからねえ」
「海が好きかか?」
「アホか、海そのものがだ」
まだ中身の残っている瓶を探し、手に取る。
「穏やかかと思うと急に荒れたり、キラキラ光ってると思ったら闇より深くて暗かったり、掴みどころがなくてよくわからん」
「・・・それは天候の問題じゃねえの?」
「全部ひっくるめて海は海だろ」
最後の一滴まで飲んでしまって、ゾロはごろんと瓶を転がした。
「まあ嫌いじゃねえな、そういう気まぐれなところも面白れえ。山ん中にいるより退屈しねえ」
「海を舐めてっと痛い目に遭うぞ」
サンジは嫌味の一つも言うつもりだったが、意に反して笑顔が零れてしまった。
ゾロとこんな風に、たわいもないことを話すのは初めてだ。
野郎二人で海を眺めるなんざ鳥肌ものだが、この雰囲気は悪くない。

ゾロは片手で瓶を転がしたまま、しばし動きを止めて珍しい物でも見るようにサンジを見ている。
「どうした?」
煙草を挟む手を止めて首を傾げるのに、ゾロは「いや」と曖昧な言葉を残して前を向く。


「お、白くなってきたぞ」
ゾロの声に改めて目を細め、サンジは煙草を手に持った灰皿に押しつぶす。
「そろそろだな、起こすか」
折角の初日の出を野郎二人で迎えるなんて、勿体無い。
「お前はガキ共起こせ、俺はナミさん達を優しく起こして差し上げるのだ〜〜v」
台詞の前半はドスの効いた声で、後半はとろけそうな猫なで声で言い放つと、サンジは身をくねらせて甲板へと飛んでいく。
そのおどけた後ろ姿を眺めながら、ゾロは転がした酒瓶をもう一度手に取った。

水平線にかかる雲が光を弾き、鮮やかな朝焼けが広がろうとしている。
この空の下、どこまでも続く海を行くのだ。
大切な仲間と、揺るぎない信念を抱いて。

「朝なんざ、毎日来るのにな」
目の前に広がる海も、いつもただそこにある。

穏やかかと思うと急に荒れたり、キラキラ光ってると思ったら闇より深くて暗かったり―――
「掴みどころがなくてよくわからねえが・・・」
ゾロは薄青の空瓶を光に透かせ、笑った。
「嫌いじゃねえな」



「こらマリモ!手伝え!」
背後から、仲間たちが起きる賑やかな声が聞こえてくる。