住み慣れた街を、サンジを案内して歩く。
なんでもないことに一々感心したりして、サンジの反応は面白い。
時々「ウソップが喜ぶな」とか、「ああ、あれはナミさんに似合うv」とか意味不明なことを口走っている。
「で、ゾロは俺と幼馴染ってことは、ガキの頃から一緒なのか」
「ああ」
「ずっと?」
「ずっと」
「その・・・親友って奴、か?」
何故だか「親友」と言うときだけ、微妙なアクセントになっている。
顔を見ればやはりそっぽを向いていて、頬がほのかに赤い。
照れているのだろうか。
「親友、だな。お前はよく俺にそう言っていた」
「なんだよそれ」
ゾロの言い方になにか気付いたらしい。
心持ち口を尖らせて話すのは、不満に思っている証拠だ。
「お前は、俺のことを親友だと思ってたってことだ」
「お前はって、てめえは違うのかよ」
やや喧嘩腰で喋る。
このサンジは、なんにでもどこか突っかかった物言いをする癖があるようだ。
だからゾロも、普段サンジには気付かせない本音の部分が、ほろりと零れ落ちてしまった。
「そうだな、俺にとってお前は、親友とはちょっと違う」
サンジの目が、ほんの少し伏せられた。
悲しそうと言うか寂しそうと言うか―――
そう、落胆にも似ている。
なぜ落胆するのだろう。
「俺にとっててめえは、・・・いや、サンジは。親友って言葉で表せねえくらい、大事なんだ」
目の前にいるのがサンジじゃないから、ゾロは自分でも信じられないくらい素直に言葉を吐いた。
当のサンジは、驚きで目が丸くなっている。
「・・・けど、サンジはなんせ鈍いから、全然わかっちゃいねえけどな」
そう言って黙ったゾロの顔を、今度はサンジが繁々と見た。
驚いたり笑ったり、馬鹿にしたりするかと思ったが、意外にもそんな反応は見せなかった。
ただ珍しそうに眺めて、なにか言いたそうにして、それでも押し黙る。
間が取れなくなったのか、ポケットを探って煙草を取り出した。
ゾロはその手をやんわりと押し留める。
「あのよ、てめえには関係ねえかもしれねえけど、その身体はサンジのなんだから、なるべくなら煙草は控えて
くれねえか。身体に悪いんだ」
「あ・・・?あ、そうか。・・・うん」
これまた素直にポケットに仕舞う。
それでも手持ち無沙汰なのか、両手を組んできょろきょろと辺りを見回した。
それからまた目が合って、にへら、と笑った。
このサンジも、悪い奴ではなさそうだ。
「なーあの、綺麗なマダムは俺の母親なのか?」
歩道を並んで歩きながら、サンジはポツリと呟いた。
おばさんのことらしい。
「そうだぜ、そっくりだろ」
ゾロの言葉に、サンジは俯いたまま「そっかー」と小さく呟く。
やはりなにか、照れているみたいだ。
「あのよ、じゃあ・・・写真で見たおっさんは・・・オヤジ?」
「ああ、おじさんは単身赴任だから、お前まだ一度も会ってねえだろ」
「そいでもって、実に可愛いリトルレディは・・・」
「妹の杏奈ちゃんだ。お前、猫可愛がりだもんな」
杏奈はまだ小学生だ。
突然の兄の変貌に戸惑いながらも、何かと気にしてくれているらしい。
「お兄ちゃん、大丈夫?とか言ってくんだぜ。お兄ちゃん・・・俺が!かーったまんね〜〜〜っ」
歩きながら両手で自分の身体を抱えて身悶えている。
やっぱり変な奴だ。
「なんだ、お前には親とか兄弟とか、いねえのか」
「ああいねえ。顔も知らねえ。だから家族なんざ、初めてだ」
なるほど、海賊が横行するようなファンタジーな世界は、割と物騒なのかもしれない。
車道を車が通る度に、サンジは珍しそうにうほっとか呟いてじっと見ている。
「俺もさ一応、テレビって奴で勉強はしたんだぜ。なんかすげーよな、便利な世界」
慣れてきたのか、サンジはよく喋る。
喋りながら手も振り上げたり下ろしたり、足もステップを踏んだりする。
すべてにオーバーアクションで身が軽い。
そしてすれ違う女全てに声を掛ける。
ゾロと話しながら声を掛けて、そのままの流れでまた会話に戻ってくるから、実に器用な男だ。
だが一緒に歩いているゾロにしたら恥ずかしいことこの上ないから、早々に家に帰って来た。
「ああ、お帰りサンジ。ゾロちゃん、ありがとう」
「ゾロちゃん?ゾロちゃん?ゾロちゃ・・・」
隣で聞いていたサンジが、笑いの発作を起こしたかのように悶え始めた。
腹を抱えて苦しむサンジの首根っこを掴まえて、ゾロは「もう一度お邪魔します」と断って部屋に上がる。
その姿を見送って、母親は安堵の息を吐いた
「やっぱりゾロちゃんのお陰だわ。サンジがあんなに楽しそうにして」
そっと涙を拭って、おやつを用意し始める。
「ひゃ〜ゾロちゃん、うは〜ぞろちゃん・・・ひ〜」
「うっせーな、しつけーぞてめえ」
憮然とした表情でゾロはベッドに転がると、適当に雑誌を眺め始めた。
隣で笑い転げていたサンジは息を整えながら、改めて身体を起こして部屋の中を見渡した。
「あーなんか全部新鮮。自分の部屋ってのも、普通に寝転がって本読んでるゾロの姿も、たくさんの人間が
のほほんと暮らしてる街ってのも」
言いながら、ふと手を伸ばす。
ゾロの緑がかった硬い毛先に触れた。
「ちょっと色が濃いな。染めてんのか」
「学校がうるせえからな」
ごわごわした手触りを楽しむみたいに、サンジの手はがさつな動きで撫で繰り回した。
「俺は、染めなくていいのか」
「てめえはクオーターだろ、地毛だしいいんだよ」
「てめえだって、地毛じゃねえか」
「俺のは色味が変わってっからな。前に後輩が俺の髪色真似して染めたりしたから、俺だけは特別なんだ」
ゾロはサンジに髪を弄くられることにも頓着せず、雑誌から視線を上げなかった。
サンジがため息ともつかぬ息を吐く。
「こんなことしても怒らねえなんて、やっぱりてめえはゾロじゃねえんだなあ」
「んあ?」
その口調に引っかかるものを感じて、ゾロは目線を上げた。
サンジの顔は困っているのか笑っているのか、判別つかないような微妙な表情だ。
「俺が触っても、嫌がらねえのかよ」
「・・・なんでだ?てめえはいっつもそうやって俺を弄くり倒すぞ」
ふうんと気の抜けた声を出して、サンジはゾロの隣に座る。
両手を使って本格的にわしゃわしゃし出した。
「あんだよ、てめえんとこの俺は怒るのか」
「怒る・・・つうか、触らせねえ。なんせ剣士だし、迂闊に近寄っと斬られるから」
「斬られる?」
「でかい刀を三本も持っててな、ばっさりだ」
ゾロは興味を持ったのか、雑誌を放り投げてサンジの膝に手を掛けた。
「斬るって・・・マジで斬るのか。怪我するじゃねえか」
「怪我どころか、死ぬぜ。てめえは元々賞金稼ぎの海賊狩りでな。お尋ね者の首を持って金受け取ってた奴だ」
「・・・」
さすがに驚いたのか、ゾロは黙ったまま口を開けた。
サンジも、こっちで目覚めてそろそろ5日経つ。
いい加減こっちの生活もわかってきたから、人殺しがご法度だと言うのも理解している。
なんせ、信じられないくらい平和な世界なのだ、ここは。
「俺が、人を殺すのか」
「てめえだけじゃねえぜ、俺もだ。必要なら・・・な。海賊稼業をしてんだから、身奇麗じゃいられねえよ」
ゾロは少し眉根を寄せて、黙り込んだ。
何かを考えているのかもしれないし、何も考えていないのかもしれない。
ただじっと黙ってから、唐突に口を開いた。
「・・・そんな世界なんだから、それもありなんだろうな」
口に出して、納得したようだ。
それでも、側に投げ出されていたサンジの手を取って、自分の前に引っ張ってくる。
これにはサンジが驚いた。
じっと、ゾロのするように任せてみる。
「・・・この手で、てめえも人を、殺したのか」
口調に哀れみみたいなものを感じて、サンジは手を引いた。
「違えよ、俺はコックだから戦いに手は使わねえ。蹴りだ」
「蹴り?」
「ああ、蹴りコロス。俺の脚力は、半端な壁なんかぶち空けるくらい威力あるぜ」
「へえ・・・」
普通に聞いていれば荒唐無稽な話だろうに、ゾロは割と真面目に受け止めて聞き入るようだ。
元来、固い性格なのだろう。
「お前、本当にゾロか?」
サンジはまじまじとゾロの顔を覗き込んだ。
「固い割に考え方は柔軟なのな。俺の話をそのまま鵜呑みにすんの?サンジが頭おかしくなったって思わねえの?」
熱を測るみたいに額に当てた手を、ゾロはやんわりと引き剥がした。
「俺はゾロだ。てめえんとこのゾロがどうだろうと関係ねえ。俺がそうかと思ったんならそうなんだ。考え方まで
てめえに指図される言われはねえよ」
敵意みたいなものを剥き出しにして睨む。
サンジの目が満足気に眇められた。
「へえ・・・いっちょ前にやっぱゾロなんだ」
「俺は俺だ。他の誰かと比べんな」
手を握り合ったままベッドの上で至近距離で睨み合うなんて、傍から見ればおかしな状況で緊張が走った。
と、不意にノックの音が響く。
「ゾロちゃん、サンジ。おやつ持ってきたわよ」
「はい!」
サンジより先にゾロが返事して、すばやくベッドから降りた。
ワンテンポ遅れたサンジが身動きする前に、母親が入ってくる。
いまいちぎこちない息子の動きに、目を細めた。
「サンジ、ゾロちゃんのことは覚えていたの?」
「え、あ・・・ああ〜・・・なんとなく」
また笑いの発作が起こりそうなのを、腹筋を使って必死で耐えている。
ゾロはサンジの前に割り込んで、母親からグラスの乗った盆を受け取った。
「まだよくわかってねえみたいです。でも全然わからない訳でもなさそうだし・・・いい感じっすよ」
「まあそう、ああよかった」
それじゃお邪魔しちゃ悪いわね。とそそくさと部屋を出て行った。
その後ろ姿を、どこか呆けたみたいな目でサンジは眺めている。
「んな目で見てんな、母親だぞ」
ひやりと冷たいグラスを頬につけられ、ひゃあと我に返る。
「なにすんだ、クソ緑!」
「自分の母親に見惚れてる阿呆がどこにいる。なんだったら甘えて来いよ」
サンジはゾロからアイスティーのグラスを引っ手繰ると、脚で軽く蹴り返した。
「やっぱてめーは嫌な奴だ。クソゾロ、クソ剣士!」
「言ってろ、俺あ帰るぞ」
かぱりと氷ごと一気飲みして、ゾロは立ち上がった。
サンジも腰を浮かしかけて、また座る。
「てめえの様子は粗方わかったから、また明日来る」
「来なくていいよ、うぜえ」
口では悪態を吐いているのに、その顔にはあからさまにホッとした表情が浮かんで見えた。
ゾロは部屋を出て行く間際にもう一度振り返って「あんまり煙草を吸うなよ」と釘を刺した。
不満そうに口を尖らせるサンジを置いて、ドアを閉める。
階段を下りると、キッチンに顔を出して母親に声だけ掛けた。
「俺、とりあえず帰ります。また明日来ていいっすか?」
「あらゾロちゃん、もう帰っちゃうの?お夕飯一緒にと思ったのに・・・」
「いや、また来ます。あいつのことは、俺に任せてもらえますか」
母親はエプロンで手を拭くと、胸の前で組んで擦り合わせた。
「ありがとう。ゾロちゃんがいてくれて助かったわ。あの子、うちにいてもなんだか顔を強張らせて緊張してるのが
わかるの。なのにゾロちゃんが来てくれたら、なんだか生き生きして・・・ちゃんとわかってはいないんでしょう?」
ゾロは黙って頷く。
「それでも、あんなにリラックスしてるんですもの。いつ元に戻るかわからないけど、側にいてくれるのね」
「ええ、もうすぐ夏休みも終わるし、それまでに大体のこと教えとこうと思います」
「ありがとう、ゾロちゃんにはほんとに小さい頃からずっとサンジの面倒見てもらってて、感謝してるのよ。あの子は
わかってないみたいだけど」
そう言って、母親はふふ、と笑った。
「あの子のこと、よろしくお願いします」
改めて深々と頭を下げられ、ゾロもつられて一礼した。
窓の外が薄暗くなっている。
そろそろ部屋の明かりをつけた方がいいのだろうが、サンジは立ち上がる気にはなれなかった。
ベッドに凭れてぼんやりと煙草を吹かす。
短くなった吸殻を今日買って来た(正確にはゾロに買って貰った)灰皿に押し潰して、新しい煙草を取り出した。
火を点けようとして手を止める。
身体に悪いからあまり吸うなと、ゾロが言った。
ゾロとおんなじ顔をして、同じ声で。
まるで心配するような顔付きで。
サンジは一人笑いを漏らし、火を点けた。
あんなのはゾロじゃねえ。
俺のことを真っ直ぐに見て、親友より大事だと言いやがった。
惚れてんのか、このサンジに。
病院で目が覚めてからこっち、鏡や風呂場で何度も点検した。
自分より随分と貧弱な、それでも同じ髪、同じ目、同じ顔をした男。
違うところは両目が揃っているくらいか。
焦点の合う物の見え方ってのは、結構便利なものなんだな。
ルフィはどうしているだろう。
ナミさんやロビンちゃんは無事だろうか。
ウソップやチョッパーは?
突然の嵐に襲われて、気がついたら病院にいた。
周りは知らない顔ばかりで、パニックを起こさないよう平静を装うのが精一杯だった。
突如現れた家族。
まったく違う、穏やかな世界。
当然のように守られている、未成年の自分。
まるでぬるま湯のような薄っぺらな環境の中で、自分が何もしなくても周囲が何かと手を差し伸べてくれる。
ひどく不安定で落ち着かない、居心地の悪さ。
白い箱のような病院から出られても、次に押し込められたのは知らない部屋だ。
ここがお前の家だと言われたって、実感が湧かない。
第一ここには海がない。
乾いた埃っぽい風だけが吹くような、灰色の箱に囲まれた街なんて自分の居場所はどこにもない。
もう限界だった。
なにか叫びながら、どこかに逃げてしまいたかった。
海に還りたい。
あの海に。
共に夢を追う仲間達に。
煌く太陽と荒れ狂う波が恋しくて堪らなかった。
こんな世界には存在するはずのない、オールブルー。
夢さえ追えないのかと絶望の淵に立たされていたとき、ゾロが現れたのだ。
ゾロ。
なんでゾロなんだよ。
この世界で唯一知ってる顔をした男が、なぜゾロだったんだ。
サンジは歪めた口元を隠すように、自分の腕に顔を埋めた。
穏やかな世界。
暖かな家族。
美しい母親。
そして、友人のゾロ。
まるで、自分が胸の奥底で望んでいた通りの世界じゃないか。
こうだったらいいのにと、ちらっとでも胸を過ぎった吐き気を催すくらい甘ったるい幻想が、そのまま現実になった
ようで腹立たしくて仕方がない。
サンジは声を立てて笑った。
自分が望んでいたって?
ゾロと友人だって?
しかもゾロは、自分に友人以上の想いを抱いているなんて。
それが願望ならお笑いだ。
自分の女々しさに反吐が出る。
グランドラインじゃあ、何が起こるかわからない。
これも多分、一過性の幻惑か、不思議島の現象だろう。
その内ひょっこりルフィが現れて、なにもかもぶっ飛ばして解決させてしまうに違いない。
だからそれまで・・・
それまでは、しばしこの現状に甘んじてみようか。
どうせすぐに消える、一時の幻ならば―――
サンジは新しい煙草に火を点けて、すぐに消した。
すっかり暗闇と化した部屋の中で、ベッドサイドに置きっぱなしの小さい機械がぺこぺこ光って震えている。
あれもなんなのか、明日ゾロに尋ねてみよう。
ゾロにモノを教えてもらうなんざ、初めてのことだろうが。
サンジは暗い部屋で膝を抱えて、くすくすと笑いを漏らし続けた。
