ぞろぞろさんぴー -5-



「…っ!?」 

 視界がくらむような眩暈を感じて頭を振ると、もうそこに隻眼の男はいなかった。夢でないのは明瞭で、ラウンジは3人の男が放った白濁によって饐えたような匂いを放っているし、視覚的にもかなりドロドロになっている。コックなどは何度も意識を飛ばしながら、出すモノもなくなるほど絞られていたから、しまいには透明な液が滴るだけの状態にされてしまった。
 相当嬌声をあげたから、喉も枯れ果てていることだろう。
「ち…っ。後片づけを全部押しつけて消えやがったな?」
 こんなことならもっと色々と聞いておけば良かったなとも思うが、逆に聞かなくて良かったかなとも思う。隻眼ゾロの言い回しを聞いていると、彼が現在のゾロの延長上にいるのは確かなようだったが、今のゾロが2年の時を閲したからと言って、全く同じ人生ルートを通るとは限らない気がする。下手に知ると混乱しそうだ。
 隻眼ゾロには《19歳の時、コックとの初体験を21歳のゾロとやった》という記憶がないようだ。未来に戻ることで記憶が上書きされる可能性もあるが、そうでないのなら、21歳のゾロが2年前の世界にやってくることで、あのゾロは今のゾロの完全な未来にはなり得なくなった。
『前にナミの奴が読んでた小説に、パラレルワールドとかいうのがあったか』
 幾層にも重なる平行世界の中の一つが、ほんのひとときこの世界と交わったのかも知れない。
『できりゃあ、21歳のコックも見てみたかったな』
 あの不貞不貞しさ増量中の21歳のゾロをして、《堪らなく色っぽい》と言わしめるコックだ。相当なタマだろう。
「んゥ〜…」
 腕の中で呻き声だか喘ぎ声だかよく分からない音を出して、コックが身を捩っている。疲れ果ててはいるが、どこか幸せそうな表情を眺めていると、やはりこのコックが少しずつ成長する姿を見ていく方が良いかなという気がしてくる。
『そういえばあいつ、この年のコックとは一度しかしてねーって言ってたっけ…』
 21歳になってからの数ヶ月は毎日のようにセックス三昧のようだが、それまでの2年に何があったのだろう?気にはなるが、知ったからといって回避出来ることではないのかも知れない。
『まあ良いさ。何が来たって、乗り越えられるってこったろ』
 自分に言い聞かせるようにちいさく頷くと、ゾロは眠り続けるコックにキスをしてから、そのドロドロの身体を抱え上げた。もしかすると早起きで運の悪いクルーが、無茶苦茶になったラウンジに入ってきてしまう可能性もあるが、今は船の清掃よりコックの洗浄が先だろう。
 そんなことを思っていたら、欠伸をしながらウソップが入ってきた。
 気の毒だが、どうもこの長っ鼻はいらんモノを見てしまう運命にあるらしい。
「あ〜ふ…。あーもー…何か昨日バタバタしてると思ったら、てめェらまた喧嘩したのかァ?扉壊しやがって…」
 呆れたような声を出していたウソップが、ほぼ全裸に近いコックを見て硬直した。全身を白濁に染められて、至る所に吸い痕やら歯形やらが刻まれているのだから、何が起こったのかなど一目瞭然だろう。
 やはり色々と悟ったらしいウソップは、見る間に蒼白になって《ガボーン》と顎を外してしまう。
「ぞぞぞ…ぞろっ!お、おめェ…幾ら仲違いしてるからって、やって良いことと悪いことがだなァ…っ!」
「合意の上だ」
「ああ、そうなの?…て、えーーーーーーっ!?」
 サクっと一言で解決してやると一瞬納得しかけたが、それはノリ突っ込みだったらしい。あっという間にパニックに陥って悶絶していた。
「おい、悪ィがこの辺掃除しといてくれ。俺らのザーメンでどろどろにしちまった。あと、コックが他の奴に知られんの嫌がるだろうから、絶対言うな」
「ハイ。死んでも言いません」
 睨みを利かせたのが変に怖かったのか、ウソップは無我の境地に入ったような顔をして黙々と床掃除を始めた。
「頼んだぞ〜」
「お、おお…」
 ぐったりとしたコックを横抱きにしてラウンジを出ると、白み始めた空から曙光がさして白い面と金色の髪を照らした。あどけないような表情が妙に可愛かったのでキスをしてみたら、丁度振り返ったウソップがモップを取り落とした。
 《ガターン…っ!カランカラン……》という乾いた音が、ウソップの心境風景をそのまま顕しているようだ。
「………てめェは今、何も見てねェ」
「見てない見てない見てない」
 こくこくこくと機械的に頷き続けるウソップを置いて、ゾロは出来たてほかほかの恋人を抱いて風呂に向かった。



*  *  *



 《フゥン…》圧縮された空気が移動するような音と共に、眩暈がしてからまた正常に戻る。ほんの一瞬の違和感を残して、ゾロはTS号の甲板に戻っていた。
「……戻った、のか?」
 GM号の懐かしいラウンジで、若い連中を弄って散々ヤリまくったが、馴染み始めたSS号の芝生を撫でると、やはりこちらにも愛着がある。
 それに射精こそ何度かしたものの、熱くて狭い孔できゅうきゅう締めあげられる悦楽は味わえなかったせいか、今すぐ《自分の》コックを押し倒したくて堪らなくなった。こちらではまだ夜が続いているから、朝まで付き合ってくれるだろうか?
 芝生を踏みながら、GM号に比べると格段に明るい甲板を通ってキッチンに向かう。 
「おい、コック…」
 扉を開けると、そこにいたのは確かに21歳のコックだったが…少しいつもとは違っていた。
「あ?なんだよ、マリモ」
「いや、てめェこそどうした」
 ちょっと…いや、結構驚いた。
 再会してからは左目を出すようにしていたコックは、何故か右目を出すように戻している上、ちょっとパーマでも掛けたのか金髪に緩いウェーブが掛かっている。顎髭も心なしか剃ったようだ。
 遠視のケがあるからレシピブック整理用の眼鏡を掛けているのだが、スクエア型のシェイプは今の髪型にえらく合っていて、白いシャツにアーガイル模様のベストを着込んでいるせいもあってか、いつもより育ちの良いお坊ちゃん風に見える。
「どうって…こともねェさ。ちょっとイメチェンしたかっただけだ」
「そうか。なかなかイイぞ?」
 本当によく似合っていたので何の気なしに褒めてやったら、コックの瞳が驚いたように見開かれて、唇がにやんと笑みを象る。
「へへ…。そーか、見惚れたか」
「おお、即突っ込みてェくらいだ」
 すかさず近寄って相変わらず細い腰を抱き寄せてやると、コックが《くんっ》と鼻を鳴らして不審げな表情を浮かべた。
「なんかてめェ、ザーメン臭くね?」
「ああ、ちっと抜いてきたからな」
「……なんで?」
 追求されて軽く冷や汗を掻いたが、航行中の船内で浮気を疑うこともあるまい。一応、挿入はしなかったし、あれもコックには違いないし。
 それでも怒られそうな気がしたので視線を泳がせると、適当に言い訳してみた。
「あーーー…ちっと、夕食ん時にてめェの機嫌が悪そうだったから、頼みにくくってよ」
「へェ、マリモにしちゃ殊勝な気遣いだな」
 にしゃりと笑うコックは機嫌良く煙草を燻らせている。細身の紙巻き煙草を持つ指と傾げた首が色っぽくて、気が付くと煙草を奪ってキスをしていた。
「やっぱ、髪の分け目はこっちのがイイ?」
「どっちもイイ」
 《どちらでもイイ》と言いかけて、慌てて修正する。この辺の語彙は、2年の間ホロホロ女に何度も注意されたのだ。ほんのちょっとの違いなのに、女心をいたく逆撫でするらしい。コックは女ではないが、時折重複する心理があるらしいから参考にしてみる。
「時々変えろよ。新鮮だ」
「そっか」
 お洒落好きな男だから、くるくると服やアクセサリーを変えるように、きっと髪型も変えるだろう。そういった変化にはあまり気が行かないゾロだったが、今度からはもう少し丁寧に見て、コメントをしてやろうと思う。
きっとコックが姿を弄るのは、ゾロにどう見られるかを意識しているのだから。
『こいつ、可愛いな』
 2年前も今も、一途にゾロを想っているという点では何一つ変わっていない。そんなコックを、丸ごとくるむように愛したくなった。
「なァ、セックスしようぜ」
「しょーがねェマリモだな」
 満更でもないという顔をして幸せそうに微笑むコックに、ゾロは深く舌を搦めてキスをした。《口までザーメン臭ェような…》と不審がるコックを押さえ込んで、理性を手放すまで愛撫を加えていった。 
 初々しいコックも良かったが、やっぱり魅惑的に成長したコックも美味だ。
 一粒で何度も美味しいコックを全身で味わいながら、ゾロは《いただきます》と《おかわり》を繰り返していた。
コックのハシゴという不思議な現象をもろともせず、ゾロが《ごちそうさま》を言ったのは、白々と夜が明ける時刻になってからだった。



*  *  * 



「あーあ、結局なんにもなかったわねェ〜」
「どうかしたの?ナミさん」
 朝食後に一服していたナミががっかりしたように溜息をつくので尋ねてみたら、どうも昨夜通過した海域は風変わりな謂われがあり、時折時間軸を越えて過去や未来の身近な人物に会うことが出来るのだという。
 しょんぼりしたように唇を尖らせているナミは、幼い少女の風情を残していた。きっと、故郷で惨殺されたという育て親に会えることを期待していたのではないだろうか。彼女にしては珍しく、そんな海域であることを口にしなかったのも、過剰に期待して裏切られるのが怖かったのだろう。
 そのくらい、切なく願っていたのだ。星に願いを掛ける幼子のように。(普段のナミだと、流れ星への願い事は高速の《金金金》だが…)
 サンジはとっておきの蜂蜜菓子を出すと、菫模様のちいさな皿に小花と一緒に乗せて差し出した。食べることも出来るという花はそんなに美味しいものではないけれど、心を弾ませるにはもってこいだ。
「ありがと、サンジ君」
「いえいえ。愛しのナミさんの為なら〜♪」
 謳いながらくるりと一回転してみせると、ナミはカフェ店員のような黒いベストとショート丈エプロンも褒めてくれた。前に寄港した島でバイトしたとき、記念に貰ったものだ。これはロビンも気に入ってくれたらしく、珍しく女性二人に持ち上げられたサンジは余計に回転数を増して、また以前のように鼻血を吹きやしないかと心配されてしまった。
「昨日の内にパーマも掛けたのね。眼鏡も似合ってるわよ」
「あはは。ちょっと、気分を一新しようかと思って」
 パーマ液も前の島で買ったのだけど、動機が動機だったのでなかなか踏ん切りがつかなかった。
 会いたくて会いたくて気が狂いそうだったゾロは、再会してみると更に男ぶりを上げていて、視線が向くたびに愛しさが嵩増しされていくのを感じたのに、ゾロから昔の初々しさを指摘されたことで、サンジの魅力は減じたのかと思ったら泣けた来た。
 悔しくてイメチェンを狙ったものの、ゾロの好みを探って容姿を弄ること自体が男らしくないというか、みっともない気がしてなかなか出来なかった。
 その気持ちが変わったのは、昨夜突然にシモツキ村へと飛ばされてからだ。あの時には夢だと思っていたけれど、ナミの話からすると本当に10歳くらいの仔ゾロがいる時間軸だったのだろう。
 ナミには申し訳ないのでとても口には出来ないが、ちっちゃいゾロはそりゃあもう可愛くて可愛くて可愛くて…っ!思いっ切りこめかみをぐりぐりしたり、抱きしめてやった。ゾロは必死で嫌がって、《ふーっ!》と虎の子のように毛並みを逆立てて怒っていたけれど、サンジがしょんぼりして《ゴメン、もうしない》と言うと、仏頂面をしながらも近寄ってきた。
 腹を減らした仔ゾロにロロノア家の台所を借りて食事を採らせると、やはり《旨い》とは言わなかったけれど、幼いぶん素直に感情が顔に出るから、瞳を輝かせて頬袋をぱんぱんにした様子は、やっぱり抱き締めたいくらいに可愛かった。(結局抱きしめて、酷く抓られた)
 そんな仔ゾロを見ていたら、やっとゾロのガッカリ感が実感できた。
 大きくなって武骨な体つきになったゾロもちゃんと愛しているけれど、それぞれの時間軸のゾロもやはり愛おしくて、その全てを見て、傍で愛したいと思うのは恋人として当たり前の感情なのだろう。言葉で言われて半分だけ納得していた事柄が、実体験を通じて完全な納得へと結びついた。
 だから思い切って、元の時間軸に戻ってきてからイメチェンに踏み切ってみたのだ。愛した人がどんな姿を好むか模索するのは、恋する者の特権だと思えるようになったからだ。
 どうやらゾロもなにがしかの時間軸に行っていたのか、身体からセックスを思わせる匂いがした。しきりと誤魔化していたけれど、相手がサンジなのは間違いない。あの男が《やっぱり、てめェはどんなてめェでもイイな》と笑う顔に嘘はなかったから。
 これからは時々、こうして姿を変えてやろう。
 髪を伸ばして一本に括ってもいいし、逆にベリーショートにして片側は大きめの眼帯で隠しても良い。いっそカマバッカにいたときのように、腰まで続く縦ロールのウィッグを被ったって良い。
 その中にある《サンジ》という存在を見失わずに愛してくれるのなら、外見の変化は調味料のようなものだ。
 同じ卵料理でも、日によって様々なメニューを愉しめるよう工夫を惜しまないコックさんは、恋人のための工夫も惜しまない努力家さんでもあった。

 時間を越えて愛し合う恋人達に、祝福あれ!


 


おしまい


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