ZS+L   その2



サンジのテンションが、微妙に上がっている。
元々、人を持て成すのが大好きな性質だ。
新たに加わった仲間を歓迎する意思は、多分ルフィに次いで高いのだろう。
ビビやロビンと言った女子だけに留まらず、今回のような俄か同盟相手のローや錦えもん・モモの助親子、人質として預かった極悪非道な犯罪者・シーザーにまで飛び切りの料理を振る舞っている。
そんなサンジの、ある意味公平すぎる慈愛精神が、ゾロには時折り苛立たしくてならない。



「今朝のローとサンジの喧嘩って、なんか懐かしかったよな」
「そうだな、つまんないことで青筋立てて言い争うのって、前はよくあったな」
麗らかな昼下がりに、のんびりと釣り糸を垂れながらウソップとチョッパーが小声で話している。
ルフィも大物を釣るぞーと意気込んでいたはずなのに、早々に飽きてフィギュアヘッドの上で高鼾だ。
ブルックが奏でる午後の音楽が穏やかに流れ、余計に眠りへと誘う。

「なんだか、ローって最初の頃とイメージが違うな」
「ああ、見た目が取っ付きにくいしもっとおっかないのかと思ったけど、案外ガキ臭え」
そう言ってから、ウソップはそうっと首を竦めた。
フランキーと何事か話しながら、噂の主が見張り台から降りてきたからだ。
錦えもん親子もそれに続き、モモの助がもの珍しげにチョッパーの元へと走ってきた。
「なにか、釣れるのか?」
「うん、さっきから釣ってはラウンジの生簀に放ってるから魚が増えてるぞ」
「すごいな、拙者も釣りをしたい」
「おう、ちょうどルフィが飽きてほったらかしの釣竿があるから、使うといい」

フランキーが大股で芝生甲板を横切ってラウンジの扉を開けると、甘い匂いが外に漂った。
ルフィがパチリと目を開けて、サニーの上で大きく伸びをする。
「ああよく寝た、腹減った!」
中でサンジに手渡されたか、一旦ラウンジに入ったフランキーが山盛りのプチケーキを乗せた大皿を持って、すぐに外に出てきた。
「ほいきた」
指図される前に、ウソップとチョッパーが芝生の上に簡易テーブルをセットする。
続いてブルックが飲み物を持って現れ、匂いで集まってきたナミ達に着席を促した。
おやつタイムに向けてそれぞれが動き出す中、ローは手持ち無沙汰そうに両腕を組んで、船べりに凭れて爆睡しているゾロの横に立った。
ほどなくゾロも目を開き、ローと距離を測るように片目だけでギロリと睨む。

「おまたせ!ナミっすわん、ロビンちゅわん!情熱の炎で熱くフランベしちゃうよう」
くるくると躍り出たサンジが、器用な手つきで小さなフライパンを揺すり炎を立ち上げてからナミ達のデザートプレートにかけた。
洋酒の匂いがふんわりと立ち昇って、表情の変わらないゾロもローもほんの少しだけ眉毛が動く。
「ようっし、野郎どもは適当に摘まめ!飲み物は何がいい?」
口調は乱暴ながらも、唐突に増えた人数に対応しつつ好みの飲み物をサーブしていく。
争うように手を伸ばさないローにも、渋々と言った風に装いながらおやつを運んだ。
ゾロには洋酒入りのブラックコーヒーを手渡し、ローにはガラスのグラスを差し出す。
「――――?」
「ストレートティにレモネード入れたもんだ、お前好きそうだし」
ローは用心するように匂いを嗅いだ後、ストローに口を付けて吸い込む。
こくんと飲み下してから、小さく頷いた。
「な?だろ?」
サンジはしてやったりと、どこか得意げにニッカリ笑う。
それに若干悔しそうな顔を返して、ローはカップケーキを一口で頬張った。
その隣で、ゾロはまるで苦虫でも噛み潰したみたいなしかめっ面をしている。



ドレスローザで決戦を控えているとは言え、そこまでの道中は穏やかな船旅だ。
平穏な日常にあって、少々の不協和音は仲間内のちょっとしたスパイスにもなりうる。
だが基本、平和を愛するウソップは、暗雲立ち込め始めた二人の仲を案じていた。
「ゾロが、機嫌悪いなあ」
「いつものことでしょ」
ナミが呆れたように返すのに、ウソップは神妙な顔つきで首を振った。
「いつもなら、くだらねえことで喧嘩吹っかけて乱闘になって終わりだろうが。そうじゃなく、なんにもアクション起こさないで地味に怒ってるオーラがビシバシ出てんだよ」
「…確かに、鬱陶しいわね」
なぜこうなったかと分析すれば、理由は明白だった。
ローが船に乗り込んでからだ。
別にローだけが新参者として加わった訳ではなく、錦えもん親子も、監禁中とはいえシーザーも増えているのだが、なぜかゾロの標的はロー一人に絞られている。

「本能で、ライバル出現って思ってんじゃない?」
「いや、ありゃ単純にやきもち妬いてるだけじゃね」
「あの二人、結構仲がいいですものね」
ロビンが指摘したのは、ローとサンジのことだ。
初日にお握りの具で喧嘩したのが功を奏したのか、ローもサンジ相手の時だけは割と感情が豊かになった(当社比)
ルフィに対しても表情のバリエーションが広がっているから、この二人はローにとっては苦手で…けれど良い意味で、抗いがたい存在なのかもしれない。

「サンジって、ルフィに次いで無敵だよな」
「大体最初に胃袋掴まれるってのもあるでしょうけど、食事を提供する前から懐かれる部分、あるわよね」
「ええ」
ロビンは感慨深げに頷いた。
ある意味、ロビンもそうしてサンジに「懐柔された」うちの一人になるだろうか。
この船に乗り込んだとき、昨日まで敵だったロビンに誰もが多かれ少なかれ警戒する中、サンジだけは手放しで大歓迎していた。
ロビンが美女だったから…が一番の理由だろうけれども、それにしたって無防備すぎる。

「彼の場合は、相手が女性だという時点でまったく戦力にならないという点を、危惧するべきだわ」
「そこんとこはサンジ君自身がもう、開き直っちゃってるもんねえ。人間として見ればいい部分だと思うけど、海賊としてはどうか疑問が残るし」
「それも含めて、サンジなんだけどな」
戦闘力の高さで言えば、ウソップごときが心配するのもおこがましいほどに強い。
能力者でもなく、ゾロのように日々鍛錬している訳でもないのにケタ外れの強さだ。
だがサンジは、海賊として生きていくにはあまりに優しい。
「口では女・女言ってるけど、結局誰にだって優しいんだよあいつは」
いつか、彼の人の良さが命取りになるかもしれない。
サンジ一人の問題ではなく、もしかしたら彼の情の深さで仲間全員が危険な状況に陥ることもあるかもしれない。
もしそうなったとしても、誰もサンジを恨んだりなんかはしないけれども。
「でも、もしかしたらそれがサンジの一番の強みになるかもしれないわね」
ロビンの呟き、それはどうかねえとウソップとナミは揃って首を竦めた。

「ともかく、鬱陶しいのは間違いないからなんとかしてよ」
「って、俺かよ!」
いきなり対処を振られて、ウソップは手の甲でナミに突っ込んだ。
「俺にどうしろってんだ」
「そうね、当人に直接当たってもどちらも藪蛇になりそうだから、ローから働き掛けてもらったらどうかしら」
ロビンに提案され、ウソップとナミは顔を見合わせた。



果たして、作戦が成功したと言うべきか。
偶然にもその日がローの誕生日だったと言う事実に助けられ、賑々しく宴会が執り行われた。
サンジは準備に夢中になっていたし、ゾロはゾロでパーティの後にちゃっかりサンジとコミュニケーションをとったらしく、翌日から機嫌がよかった。
しかも聡いローは大よその人間関係を把握したようで、ナミとロビンがしっかり釘を刺したこともありこれで万事うまくいったと胸を撫で下ろしたウソップだったが、そうは問屋が下ろさなかった。



「黒足屋、ちょっと来い」
「あんだよ、今忙しいんだよ」
忙しいと言いつつ、鍋の火を弱火にしてサンジは振り返った。
ローに続いてラウンジを出て、そのまま倉庫へと向かう。
甲板で錘を振っていたゾロは、前だけまっすぐ見ていると見せかけて意識のすべてを二人に集中させていた。
たとえ倉庫の扉が閉められたって、中での様子はゾロには全部お見通しだ。

「なんだ、食料の点検ならしてあるぞ」
「そうじゃねえ、足を出せ」
単刀直入に言われて、サンジはちっと舌打ちする。
咥えていた煙草のフィルターを噛んでから、大人しくズボンの裾を捲った。
ローはその足元に屈み、そっと手で触れる。
「ヒビが入ってんな」
「さすが死の外科医…つかまあ、お医者さんだねえ」
軽く茶化して、サンジは横を向いてふうと煙を吐いた。
チョッパーの目は誤魔化せても、ローにはお見通しらしい。

「うちにも優秀な船医はいるんだぜ」
「そうだな、ただあいつはまだ見極めができん。お前のように自分から言い出さない奴には気付かない」
「別に、放っときゃ治るだろ」
「俺も自分から言い出さない奴は基本放置だ。だがこれから戦いに赴くのに、負傷者をそのままにしておいては戦力に響く」
そう言ってローはサンジの脛に両手を翳すと、なにやら不気味なことをし始めた。
「…痛くねえけど、なんか気持ち悪いな」
「頑丈な奴だな、ほとんどくっ付きかけてるが、どうせくっ付くならきちんと元通りにした方がいい」
サンジは脛を出したまま、じっとローの手つきを見ていた。

手の甲にまで刺青が施され、表情にも険があり物騒とも言える見た目だ。
不必要に口も利かないし喋り方もぶっきらぼうだし、取りつく島もない。
けれど、ロー自身がそう振る舞うほど冷酷でないことは、ほんの少し一緒に暮らしただけでも見て取れた。
そして彼もまた、心のうちに鬱屈した何かを抱えていることも。

「これでいい、無茶するなと言っても聞かないだろうが、無駄な動きはするな」
「了解」
サンジはズボンの裾を元に戻し、脛に掌を当てた。
「なあ、ロー」
「なんだ」
以前なら、用事は済んだとばかりにさっさと立ち去っただろうに、ローはサンジの前に跪いたままだ。
気安い距離に、サンジもその場で腰を下ろす。
「俄か同盟で同じ船に乗るのは今だけかもしれねえけど、お前はもう同じ釜の飯を食った仲間だからな」
「――――…」
「お前だけじゃなく、錦えもんもモモの助も…胸糞悪いシーザーだってそうなんだ。だから、てめえの作戦がうまくいくことを願ってる」
「…バカなことを」
はっと嘲笑仕掛けて、ローは口を噤んだ。
少し考えるように視線を下げ、ゆっくりと横を向く。
「今はお前らに利用価値がある、それだけのことだ」
「そりゃ、俺らだってそうだ。お前に利用価値があるから船に乗せてやってんだ」
当たり前だろ、とサンジは笑う。
「それでも、てめえは俺の飯を食って強くなってんだぜ」
「――――」
ローは僅かに顔を上げた。
けれど視線は合わさない
「ちょっとの期間とはいえ、俺が作った身体だ。てめえこそ無駄に傷付けず、大事に使え」
てめえには、てめえの仲間が待ってんだろ?
そう言ってにっかり笑ったサンジを、ローは下から掬い上げるようにねめつけた。
目つきは悪いが悪意があって睨んでいるようではない。
むしろこれは――――

「…黒足屋」
「ん?」
「俺は逃げる」
――― ROOM

一言残して、ローの姿が掻き消えた。
それと入れ替わるように、乱暴な音を立てて倉庫の扉が開く。
流れ込んだ空気が一気に倉庫内の温度を下げたようで、ひやりとした感覚にサンジは恐る恐る振り向いた。
そこには、悪鬼のごとき目つきで仁王立ちしたゾロが――――

「あんだよ…つか、なんかずりいぞロー!」
サンジの喚く声は、ゾロが勢いよく閉めた扉の音に紛れて聞こえなくなった。


End



   *  *  *


【お題】
ローとサンジの妙な仲良さ気感に嫉妬するゾロ・・・自分は全然気にしてない風を装っているつもりでも、
サンジ以外にはバレバレで、それを面白がってさらにサンジにちよっかい出すロー・・・あーでも、そろそろ
みうさんの『悪ゾロ』拝見したいかも(笑)。


悪ゾロまでにはいたりませんでした(笑)



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