ゾロと一緒 大なす編 -4-



ゾロより先に部屋に入り、中を見渡した。
「全然変わってねえな、相変わらず殺風景な部屋」
そう言って笑って、いつもサンジが座っていた定位置に腰を下ろす。
傍らに置かれたクッションを両手で抱え、胡坐を掻いた。
「このクッションも、ずっと置きっぱなしか」
「洗えねえだろ」
「カバーくらい洗えよ」
そう言って、すんと鼻を鳴らして匂いを嗅いだ。
「…ゾロの匂いがする」
「俺が尻に敷いてるからな」
ひでえと笑って、膝を崩した。
そんなサンジを、なんとも感慨深い眼差しでゾロは見詰める。

ゾロの部屋に来るといつも、サンジはこのクッションを抱えて座っていた。
4年前と今とで、ちっとも変わらない。
けれどサンジは、大人になった。
「ゾロ」
「ん?」
サンジの向かいに腰を下ろせば、サンジはクッションを抱えたまま正座し直す。
「後ろばっか、見るなよ」
「あ?」
慌てて、座ったまま振り返った。
ほんとに後ろ向いてどうすると、またサンジが笑う。

「俺のこと、懐かしがってばっかりいるだろ?」
考えを見透かされたようで、どきりとする。
「なんかゾロ、俺のこと見てるようで違うとこ見てる気がする。4年前はああだったこうだったって…俺、いまここにいるよ?」
ゾロは改めてサンジの目を見つめ、スマンと呟いた。
「なんでかな、お前が目の前にいるのがまだ夢みたいに感じるんだ」
「昨日の今日だから、しょうがないのかな」
宥めるようなサンジのセリフは本当に大人びていて、どちらが年上だかわからないくらいだ。
「なあゾロ、4年間留守にしたから4年分のお祝いを言うよ」
「おう」
改めて居住まいを正した。
お互いに正座して見つめ合うなんてこっ恥ずかしいシチュエーションだが、サンジの顔が真剣だから茶化せない。

「ゾロ、誕生日おめでとう」
「ゾロが生まれてきてくれて、よかった」
「俺のそばにいてくれて、ありがとう」
「俺のことを好きになってくれて、とても嬉しい」

一言一言、大切そうに言葉にしてから、サンジは両手を伸ばしてゾロの首に掛けた。
膝立ちで顔を寄せ、おずおずと唇を合わせる。
ただ押し付けるだけの口づけは、あの日とまったく変わらなくて。
もう比べて思い出さなくてもいいのだと、そう思ったら腹の底からぐわりと熱い塊が込み上げた。

ゾロの手がサンジの背中に回り、腰から抱き上げるようにして引き寄せる。
合わせた唇の角度を変えて、躊躇いがちに開いた隙間から舌を差し入れた。
口内に舌を擦り付け、歯の裏側を舐める。
怯えて引っ込んだ舌を追いかけて絡め取り、強く吸った。
「…ふ、う」
眉間に皺を寄せぎゅっと目を瞑っていたサンジが、喘ぐような鼻息を漏らした。
散々貪ってから、濡れた音を立てて口付けを解く。
名残を惜しむように自分の下唇をぺろりと舐めて、ゾロはサンジの目を覗き込んだ。
「一体あっちでどんなイイこと覚えて来たのか、教えて貰おうか?」
サンジは頬を赤く染めて荒い息を吐き、拗ねたように顔を伏せる。
「ほんとは、キスくらい上手くなりたかったんだけど…」
ゾロの頬を指で摘まんで、悔しげに引っ張った。
「ゾロ以外と、したくなくて」
ぎゅむっと力の入った指先をゾロは乱暴に鷲掴んで、そのまま横抱きにベッドに押し倒した。


「…ん―――――」
額に頬に唇に、丹念にキスを施す。
そうしながらシャツのボタンを外し、滑らかな首筋をまさぐった。
顎の下に強く吸い付き喉を舐めると、サンジは仰け反って短い息を吐く。
「…ぞろっ」
「ん?」
ズボンからシャツを引き出し、素肌を撫でる手を止めてゾロはサンジの顔を見た。
性急すぎたかと思ったが、ゾロを見つめるサンジの目は恍惚に濡れている。
「どうしよ、ゾロに触れられると、気持ちいい…」
「俺もだ」
宥めるように鼻先に一つキスをして、再び鎖骨から胸へと唇をずらしていく。
なだらかな胸に小さくついた尖りは、期待に震えるかのようにほのかに色づいていた。
そこに舌を這わせ、指で摘まんで捏ねてやるとサンジが「んんん」と戸惑うような声を出す。
「…ゾロ、そんなとこ・・・」
「いやか?」
「いや、じゃない、けど…」
おっぱいないのに…と呟くサンジに構わず、ゾロはサンジの薄い胸を押し上げて舌先で突起を舐め転がした。
最初はくすぐったがっていたが、やがてサンジの鼻から甘い吐息が漏れ始める。
「――――あ、ぞろ…へん」
「硬くしこって来たぞ」
左右を均等に愛撫しながら、手を伸ばして下腹に触れた。
そこもすでに固くなり、ズボンを押し上げている。
やわやわと衣服の上から撫で擦って、ベルトの隙間から手を差し入れた。
ゾロと同じものが付いている男の身体だとわかっているのに、その熱と湿り気に異様に興奮した。
「ぞろっ、そんなとこ、さわ・・・っちゃ」
サンジは慄きながらもゾロの手を押し返すことなく、ただ羞恥に耐えて肩口に顔を埋めた。
耳のすぐそばで、切なげな声が響く。
「…き、きたない、よ?」
「んなことねえよ」
ちゃんと見せろと囁いた声は自分でも驚くほど掠れていて、サンジの顔が泣き出しそうなほど歪んでいた。
「ゾロ…やらしい…」
「嫌か?」
「・・・いやじゃ、ない」
ただ、恥ずかしいからと消え入りそうな声で呟きながらも、サンジは自ら下着ごとズボンをするりと脱いだ。

「電気、消そう」
「消したら、足を開いてくれるか?」
「…うん」
手を伸ばして灯りを落とし、サンジの上に乗り上げた。
長い足が左右に開いて、上半身が恥ずかしげに身じろぎする。
「おとこ、だから…えっちじゃ、なくね?」
「お前だから、すげえエロい」
「ゾロも、エロい。すっげえやらしい」
サンジに促されるままパジャマを脱いで、裸で抱き合った。
男の身体なのにどこもかしこもぴったりと重なり合って、まるで最初からそう作られていたかのようだ。
「…どうしよう、気持ちいい…」
サンジは時折すすり泣いて、過ぎる快楽に慄いた。
「俺もだ」
素直にそう告げて、サンジに丸ごと包まれる快楽に身を委ねる。
「気持ちよくなきゃ、困る。お前を辛い目に遭わせたくない」
「辛くない…全然、ほんと言うと、気持ちよ過ぎて辛い」
サンジは目尻から涙を零しながら、泣き笑いした。
「ゾロを好きすぎて、つらい」
「その気持ち、わかるよ」
ゾロはサンジの中に深々と己を埋め込みながら、正面から腰に手を回して抱き起した。
「好きだ」
「俺も」

あの、小さな小さな可愛いサンジをこの手に抱いてしまうことへの罪悪感は、まだほんの少し胸の奥にあったけれど。
それよりも大きく優しく、悦楽に満ちた歓びがゾロだけでなくサンジをも包み込んでいることが嬉しくて、ゾロはゆっくりと時間を掛けてサンジを愛した。
深く静かで、激しい夜だった。





バラティエ定休日は火曜日だから、ゾロ一人だけが出勤する。
出かけに自分のベッドにサンジを寝かせたままだったが、きっとゼフも寝坊するだろうからなんとなるだろう。
そう思いつつ、なんとなくソワソワした気分で帰宅したら、ゼフもサンジもいつも通りの雰囲気だった。
サンジと面と向かって顔を合わせるのは気恥ずかしい思いもあるが、顔には出さない。
がしかし、夕食のご飯はなぜか赤飯だった。

3人で囲む食卓で、ゼフがおもむろに口を開いた。
「俺は年明け、あっちに帰る」
「は?」
「は?」
サンジとゾロの声が、見事にハモった。
サンジにとっても、寝耳に水のことだったのだろう。
「なに、正月休み?」
「違う、もう俺は引退だ」
「はい?」
絶句したサンジに代わり、ゾロは勢い込んで尋ねた。
「なにをいきなり言い出すんです」
「いきなりじゃねえ、ずっと考えてた」
ゼフは相変わらずの仏頂面で、ふうと息を吐いた。
「よく考えろ、俺はもう80近いジジイだぞ、いつまでアテにしてる気だ。そろそろ潮時だとパティに譲る算段していたら、とっととてめえが帰ってきやがって。とんだ計算違いだ」
「…ジジイ」
「お前に跡を継がせるとか、思ってんじゃねえからな。そこんとこ間違えるんじゃねえ、パティだぞ。パティがダメなら次はカルネだ。順番ってもんがちゃんとある」
「そんなん、わかってるよ!」
そう言いながらも、サンジはすでに涙目になっていた。
いくらフランスで修行して帰って来たとはいっても、まだ20歳なのだ。
店を丸ごと任せられるのは、荷が重いだろう。
「ジジイ、俺ジジイと働きたいと思って…」
「いつまで甘えてんじゃねえよ。どうせ年の区切りにとから考えてたことだ。お前が戻ったんなら、俺はもうなんも思い残すことはねえ」
そう言ってから、にやりと笑った。
「ニースにもう1店、出店の話が出てんだ。そっちに忙しい」
「――――は?」
「――――は?」
いま、引退って…

「日本の店は引退だ。ニースはあっちの孫が手掛けるつってんだが、若造になにができるかってんだ」
最初の内こそ、年寄りの出番だろう。
そう言うゼフは、どこか勝ち誇ったように顎を上げる。
「もうお前のお守りはお役御免だ、あとはゾロに全部任せた」
すべてお見通しなんだぞと、言われなくてもわかってしまってサンジは赤面し、ゾロは深々と頭を下げた。
「本当に、お世話になりました」
「俺が出てくのにまだ1か月以上残っとる!さっさと追い出すな!」
ゼフの一喝にサンジが笑って、目尻に浮かんだ涙をさりげなく拭き取る。
「大丈夫だよ、ゾロと一緒なら俺は」
ゼフは嫌そうにけっと毒づいて、山盛りの赤飯を掻き込んだ。





枯れて縮んだ紅葉の葉が、濡れたアスファルトに貼り付いている。
それをこそげ取るように箒で掃き清め、ゾロはふと顔を上げて白い息を吐いた。
秋は日暮れが早い。
明かりが灯る店内は、薄暗い外の景色の中で温かさを伴って浮かび上がって見えた。
サンジが、他のコック達と一緒にカウンターの向こうで楽しげに働いている。
今日のように冷たい雨が降ったあの日。
冷たくて硬いアスファルトに横たわって、見上げた空の青はゾロを幸福な気持ちにさせた。

出会えてよかった。
産まれてきてよかった。
傍にいてくれて、愛してくれてありがとう。

次は自分からサンジに伝えよう。
お前と一緒なら、俺はずっと大丈夫だと。
少し照れて、けれども満ち足りて。
ゾロは手早く掃除を済ませると、扉を開けてノブに掛けられたプレートを「OPEN」に変えた。




End


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