暖かな風花舞う日に <ショウ様>


マフラーを軽く巻き付けて自転車のペダルを踏み込めば、冷たい風が頬に気持ちいい。
屋敷からすぐのこの広い公園は、初めて誕生日プレゼントとして連れてきた場所。
そこからまた少し遠いこの川岸は、また別の年に早起きして朝日を見せに連れてきた場所。
誕生日に一緒に散歩すること。
それがまだ幼かった自分にできた精一杯のプレゼントだ。
思いの外当人には気に入られたようで、それからこれが定番となった。
年を追うごとに屋敷からの距離は離れ、ゾロに見せたい風景を探した。
今年、何年か振りに誕生日プレゼントを渡すことができる。
小さな頃の記憶はあやふやになる中、マリモ頭の仏頂面だけは鮮明に残った。
それが誰で、どんな存在かさえ忘れかけているというのに、自分を包み込んでくれていたんだろう気配は確かに存在したんだと疑ったことはなかった。
そして、再会した時に一気に記憶は蘇り、それは正しかったと嬉しく思うと同時に、なぜヤツのことだけを覚えていたのかも分かってしまった。
覚えていたのではなく、忘れたくなかった、忘れられなかった。
自分だけが特別な存在であり、自分にとって特別な存在であるという想いだったんだと。

一時間ほど走り、目的の場所に着いた。白樺の森を抜けたそこは崖になっているため、人が殆ど入ってこない。
崖の下は湖で、向こう岸はそのほとりを少しいくと山になっている。
最近の天候に少し不安を覚えたが、見事な紅葉を見せてくれている。
そして、山の上の方には雪。紅葉にうっすらと降り積もる雪を見せたいと、ここを見つけた時に思った。
雪は好きだと話してくれた時に、少し寂しそうに見えた気がしたから。
ここなら大丈夫だろうと、ザックか模様が描かれた古い髑髏を取り出した。
入れたままでも何ら変わらないのは分かっているけれど、何となく直接見せてやることができる気がして。
「着いたぞ、起きろ」
「随分遠くまで連れてこられたな」
髑髏から声がした。そして。
「これはすげぇな」
感嘆の囁くような声がすぐ後ろから聞こえてきて、振り向いた。
初めて外でゾロに会った。


これまで一緒に散歩といっても奴の姿はなかった。
幼い自分が夜に出歩けられるはずがなく、また、そう遠くへも行けるわけでもなかった。
それに、近所でも天使のようだと評判な可愛い俺が極悪人面の男と歩いていれば、通報されることは間違いない。
人も多く、鏡やガラスや光に囲まれた中を歩く危険ももちろんある。
ゾロの家である髑髏をザックに入れて散歩することが精一杯だった。
毎日屋敷で見ているのに、外で並んで立っているだけだというのに、その姿に胸が痛くなる。
それを気取られないように、いつものように軽口を叩く。
「お、なんだなんだ、出てくるくれえ感動したか? こんな陽の高え時に無警戒に出てきちまっていいのかよ。影がねえのがバレバレだぜ」
「こんなところ、見られたところでせいぜい熊か鹿だろう。これはちゃんと自分の目で見てえと思ったんだよ。まあ、形だけだけどな」
そう言いながら、いつものちょっと皮肉めいた笑みを俺に寄越し、また前を向いた。
しばらくして、独り言のようにゾロが呟いた。
「雪ってのは冷てえ無に帰すもんかと思ってた」
応えていいのか分からず、その横顔を見つめる。
「義父の屋敷に降る雪は、何もかも等しく白く、何もないように覆い尽くすから好きだったんだが、この雪は違うんだな」
「……気に入らなかったか?」
「いや」
その時、陽が射しているのに粉雪が舞っていることに気付く。
雪はゾロに触れることはなく、陽はその影を生みはしない。
ゾロは亡霊なんだと、改めて思う。
触れられないのは、俺も雪と同じだ。変わりに腕の中の髑髏をそっと抱きしめ直した。
「雪ってのは、存外あったけえもんなんだな」
そう言って、ゾロが穏やかな顔で俺に視線を寄越し、俺の心臓がドクンと鳴った。
「た、誕生日、おめでとう」
この想いを隠すように口にするも、噛んじまった。
片方の眉を上げるいつもの仕草。
「おう」
「おうってなんだ。ありがとうございますくらい言えよ。ところで、何歳になったんだ?」
「生まれた年からなら200年、いや300年くれえか? 忘れた。まあ、実質19から年取ってねえけどな」
「19!? 嘘付け。どうみても19じゃねえだろ、その面構え」
「てめえは14には程遠いガキっ振りじゃねえか」
「なんだと!? 大体200年と300年じゃえれえ違いじゃねえか。大ざっぱな頭だな」
いつもの喧嘩になると思ったのに、俺がちっとばかり震えたもんだから。


「寒くなってきたか」
そういって、俺の髪についた雪を払う仕草をする。本当に触れることはない。
それでも暖かいと感じるのは気のせいなのか。
「どうした?」
「……なんでもねえよ。帰るか」
ゾロから視線を外し、ザックを手に取ると、ふわりと背後から回された腕。
もちろん感触など何もない。ただ、見えるだけのそれ。
「ありがとな。久しぶりの外はすげえ気持ちよかった。あれは確か春先に花が咲く木だ。その頃にまた連れてこいよ」
「お願いしますだろうが」
耳元でククッと笑う声がした後、姿は髑髏へと消えた。
抱えた髑髏にこの早鐘の心音が伝わってしまったかどうか。
ザックの中にそれをしまい込んで、自転車に跨がる。
「寝るから、家に着いたら起こせ」
「また寝るのかよ」
呆れた声で応じながら、家路についた。
屋敷につく頃には、この火照りも静まるだろうと思いながら。


    end


   *  *  *


究極の年の差、魔法使いのお二人です。
触れられない二人が、切なくももどかしい。
そしてひっそりと、サンジの中で降り積もっていく想いも。
小さなころからずっと傍にいた、大切なゾロと見る雪景色は、サンジだけじゃなくゾロにとっても忘れ難い思い出になるだろうあ。
ツンと鼻先を抜けるような、清冽な冬の空気を感じさせてくれる冬の日をありがとうございます。
本編はぜひ、「砂の船」様で!


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