海色のカップ <千堂様>



仕事も終わり、頼まれていたDVDも借りての帰宅道。
サンジは はぁ、と小さく溜息を零した

ゾロがもてるのは今に始まった事じゃないし、同性同士の社内恋愛だからと自分達の関係を隠したいと言ったのはサンジの方だ。
だから職場でゾロが女性社員に囲まれていても 文句を言えるわけなんかない。
別にゾロの方からちょっかいを出していわるのでもないし、オレ様なゾロは寄ってくる社員に愛想を振りまいたりもしない。
それでも、表立ってベタベタ出来ない立場のサンジが 群がる女達の中心いる恋人を見て良い気持ちがしなくても当然だろう。

(分かってるって。つまんねぇ嫉妬だって)
嫌なら ゾロが言うように自分達の関係をオープンにすればいいのだ。
それを拒んでいる自分が不機嫌な態度を取っても、ゾロからすれば理不尽でしかないだろう。
だってサンジは嫌だったのだ。
(俺が入社した時には既に上からの期待も大きかったゾロは良くも悪くも注目を浴びる)
仮に将来彼が出世争いに加わったとして、その時万が一にもゾロの足を引っ張るような事は絶対に嫌だった。
自分は、誰かの下について仕事をサポートする方が性に合っている。
だけどゾロは違う。
先頭に立って企画を起こし、人を引っ張って仕事を進めるのが向いている。
(やっぱさ、やりたい仕事をして欲しいじゃねぇか)
そういうわけで隠れて社内恋愛を続けているサンジとしては不機嫌を顔に出したくないとちっとも気にしていない風を装って出張が終わって久しぶりに社内に顔を出した恋人の部屋に向かっているところだった。
休日返上で仕事だったらしいゾロは午前中に出社し、報告と留守中に溜まっていた仕事の整理をした後、代休扱いで先に帰宅している。
頼まれたホラーサスペンス物を借りる際に、絶対にゾロが見そうにない人間愛がメインの映画を混ぜるくらいの腹いせは許してほしい。
少し恋愛テイストも混ざったそれは間違いなくゾロなら敬遠する類の映画で、でもサンジの好きな監督がメガホンを握っている。
(映画館で見ようとは言わねぇから、DVD鑑賞くらいはいいだろ)
まぁ、いくら出張が順調に片付いたとはいえゾロも疲れているはず。彼には退屈な映画だからきっと途中で寝てしまう。
その前提で借りてきたのだから八つ当たりとしては良心的な方である。
「・・・っつーか、今 起きてるかな」
家から持参した夕食の入った袋を持ち上げ、1人で食べるのも味気ないなと思いながら預かっていた合い鍵で玄関を開けると「おじゃましまーす」と小声で呟いて恋人の家に上がり込んだ。




「あ、起きてたか。おかえりー」
「おう。おかえり」
前者は出張から、後者は会社からの帰宅を迎える同じ挨拶をする。 だけど相手を見ているのはサンジだけで、相手の方はパソコンのモニターを見たままだ。
当然、愛しの恋人が顔くらい見せろよなーと唇を尖らせているのにも気付いておらず、カタカタとキーを打つ音が続くのみ。
「仕事するなら会社ですればいいじゃん」
「電話が掛かってきたからな。対応だけはしとかないとマズイだろ」
持ってきた夕食をテーブルに置き、背中を向けたままのゾロに話し掛けてもそれは同じ。
レンタルした映画は隅に置いたサンジが邪魔しにいくか夕食の用意にするかと考えていると「悪い、珈琲くれ」と声が飛んできた。

・・・ちぇ、"おかえり"のキスも却下かよ。
スキンシップ不足なんですけどーと恋人の背中に向けてベッと舌を出してキッチンに向かう。
もっとあっま甘のラブロマンスでも借りてきてやればよかったかなと考えながらドリップをセットして「えーと、コーヒーカップ・・・」
器を探して食器棚へと向かう。
ゾロはいつもの黒地に抹茶の色をした斑模様のカップ。
俺はお客様用の白いのを、と棚を覗いたサンジは、「あ。」 と声を上げた。


白と黒で構成された食器類の隣に、異彩を放つ淡い水色のカップがあった。
底に近付くほど鮮やかな青緑色に近付いていくその色が南の美しい海を思わせる。
以前、ゾロと一緒に歩いていた時に雑貨屋で見掛けて、綺麗だなと目を奪われたことがあった。
それが どうしてここに?
(気付いてたんだ、俺が 綺麗だなって見惚れてたの)
これから出掛けるところだから荷物になると思って買わなかった。
帰りに通り掛かった時にでも買おうかなと思っていたら 売れてしまったのか棚には並んでいなくて、それをゾロに話したら"見つけた時に買わねぇからだ"と言わそうで落胆を押し隠して帰ったのだ。
後で お店に聞いてみたら在庫があったのかもしれないなと思ったけれど、縁がなかったんだと結局探さなかった。

「サンジ!忘れてた。冷蔵庫に土産が入ってっから」
キッチンの向こうから食べていいぞという声が聞こえて我に返る。
「ちょ、・・・ゾロ!この、青いカップっ」
慌てて聞き返すサンジは、それはてめえのだと聞こえた返事にぶわっと言葉で言い表せない程の感情に襲われた。
"出張先で見つけたから買ってきた。前に欲しがってたのと似てっだろ"
そんな言葉を聞きながら、サンジは喜びに打ち震えていた。

ゾロの趣味で揃えられたものとの調和を乱すような色味の食器。
しかもサンジが手に入れ損なった、欲しかったものなのに、それが恋人の家にあるだなんて、どんな奇跡が働いたんだろう。
「あ・・・っ、 これって、マイカップ・・・だよな?」
うそだろ。今までずっとお客様用のやつ使ってたのに。
ゾロがそんな事に気を回すだなんて有り得ないと思ってた!

珈琲はまだ入っていなかった。だけど先にどうしても礼が言いたくて駆け戻ったサンジは、仕事が終わったらしいゾロが借りてきたDVDを袋から出しているのを見てぎょっとする。
「あっ、あー!それっ、それ俺が見るやつだから!頼まれたのはその下のヤツっ!」
慌ててゾロの手からそれを取り上げようと駆け寄るサンジの手から遠ざけるようにゾロの持つDVDが頭上高くに持ち上がった。
「ああ?ヒューマンドラマ?・・・てめえの好きそうなやつだよな」
ゾロの目から隠そうと手を伸ばすのに、そのサンジの頭を押さえるようにして中身を見たゾロの口から案の定の感想が出る。
いいから返せと騒ぐサンジがさせじと躱すゾロと揉み合いになったと思ったら そのまま、腕の中に閉じ込められた。

「うわっ?!」
目を瞬かせるサンジを抱き締めて、笑うゾロの声が耳に降ってくる。
「ひとりで淋しくて拗ねちまったか? しょうがねぇだろ、出張だったんだから」
「ぎゃー!!いきなり何言って…!」
モロに言い当てられてジタバタと蜿くサンジを更にぎゅっと抱き込みながら、髪に額に頬にとキスの嵐を降らせてゾロが笑う。
「映画も飯も後だ。先にてめえを喰わせろ。可愛いすぎんだろ、おまえ」
意地張っても無駄だと抜かして、言葉もなく赤面するサンジの唇を掠め取る。

コツ、と額を合わせて 近すぎて焦点の合わないゾロの薄い唇が にやっと弓なりに上がった後、低い扇情的な声がサンジの沸騰する脳を唆す。

「てめえは? 腹一杯、俺が欲しくねぇ?」

ああ、もう。 数日ぶりに会った恋人からこんな顔で笑われて、黙殺できるほど枯れてねぇよ、俺も!

「・・・欲しい」
「よく出来ました」

望む通りの答えを返したサンジにもう一度ご褒美だとばかりに唇を重ねる少しばかり意地悪な恋人の背に、こうなったら今夜は目一杯甘えてやると開き直ったサンジの腕が巻き付いた。











 海の色のマイカップ

てめえの居場所はここだと示されたような気がした


   *  *  *


うーわー幸せだ〜〜〜
秘密の社内恋愛、恋人同士だけどちょっと不安で、拗ねたりやきもち妬いたりからまわったり。
でもやっぱり大好きなゾロの、つれない素振りにはサンジと一緒にきゅう〜となったけど、さり気ないゾロの心遣いにまたきゅんきゅん来ちゃいました。
サンジと一緒に、ゾロに翻弄されるwww
幸せなマイカップ、ありがとうございます!


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