狐の嫁入り -2- <千堂様>
「馬鹿者ッ!おまえはなんて事しでかしたんだ!」
今日あった素敵な出来事を上機嫌で報告したサンジは頭ごなしに爺さんから叱られて、何がだよと唇を尖らせた。
せっかく良いことがあったのに、なんでジジイはこんなに怒るんだ。
ひょっとして 連れていかなかった事を怒っているのかもしれない。ジジイもパフェが食べたかったのかも。
(だって、本当に美味かったもんなぁ・・・)
思い出すだけで涎が零れそうになったサンジが うっとりと甘いパフェの味を反芻していたら、怒りの爺さんから聞いてるのか、このガキが!と、ぱかんと頭を殴られた。
「うぇえ?!」
油断していただけにいつもよりも痛く感じる。
「なんで? なんでそんな怒ってんだよ」
若干涙目になったサンジが 頭を押さえながら老いた稲荷狐を見上げて言い返す。
どうしてこんな剣幕で怒られているのか、本当にサンジには分からなかったのだ。
そりゃぁ、変化している姿を人間に見つかったのはマズイと思うけど、見世物にするつもりも取って喰うつもりもないと言われているのだ。
その上 いつも眺めるだけだった建物の中へ連れて入ってくれてあんなに美味しいものを食べさせてくれた。
(んん!食べ物に釣られたわけじゃないけど、いいヤツに見えたんだ)
ジジイは会ってないから知らないんだ。見た目は怖そうだったけど、絶対、悪い奴じゃない。
むくれた顔でそっぽを向いて、そんな事を考えていたサンジは、しょうがねぇなと溜息を吐く稲荷狐の声を聞いて顔を上げた。
「一度挨拶に行くしかねぇな」
「えっ」
いきなりの話に驚いて、まじまじと老狐の顔を見つめてしまう。
神通力で考えを読む事まで出来るのか? それとも、もしかして さっき考えながら声に出してしまっていたのだろうか。
「おまえの輿入れ先が決まったんだ。しょうがねぇだろ」
ふーん、そうなんだと 尤もらしく言う稲荷の狐の言葉に頷いたサンジは"輿入れって?"と首を傾げてから大きく目を見開いた。
「はぁ?!何言ってんだ、ジジイ!もう耄碌してんのか、俺は狐だしあいつは人間だぞ?」
っていうか、その前に俺雌じゃねぇし!
どこをどう見たら輿入れになるのかとあまりのばかばかしさに力の抜けた笑いが零れる。
だが、"耄碌"の時点でカチンと来たらしい稲荷狐は目を三角に吊り上げ 最初の説教の時よりも激しい怒声を上げた。
「やかましいッ 嫁でなけりゃ家来か下僕になっちまうんだ。それくらいなら雄の身でも嫁に行け!」
嫁なら立場は対等だからと気炎を上げて吐き捨てた老狐はどうやら本気でサンジを人間のところへ嫁にやろうと考えているらしい。
「いや、それ・・・どう考えたって無理だって・・・」
そもそも素性も知らない人間なのだ。
輿入れするにも相手がどこの誰だかも知らないのに、一方的に話を決めるとか無茶にも程があるじゃないか。
いくらジジイの言いつけだとしても聞いてやれねぇよと目を瞬かせるサンジに向かって、にやりと笑った稲荷の狐は手掛かりはあると自信ありげに言い放った。
「それで、そいつはどの墓に参りに来てたんだ」
夜が明けて辺りがすっかり見渡せる明るさを取り戻した頃 サンジは稲荷の狐に連れられて男と最初に会った霊園に来た。
昨夜の勢いではそのまま飛んで行きそうだったのだが、明るい時でないと分からないかもとサンジが自己申告したからだ。
果たして、男の素性が分かった方がいいのか サンジ自身迷っていたせいでもある。
だが、それを見抜いていたらしい老狐はその夜、サンジに噛んで含めるようにして話して聞かせた。
「いいか。狐の姿の時ならともかく、おまえは本来なら使ってはならない妖術で変化した状態で契りを結んじまった」
「ち、契り!?」
そんな大袈裟な。
あんな事故みたいな接吻(事実、あれは唇がぶつかっただけの事故だ)で契りとは大仰に過ぎるとサンジが目を剥く。
「だから、獣の格好の時なら唇を合わせようが尻につっこまれようが問題ねぇんだよ!何でよりにもよってそんな時に
口を合わせるんだ、おまえって馬鹿は・・・」
(じゅ、獣姦・・・!)
老狐から さらっととんでもない爆弾を投げ込まれていたが、それよりも続けて言われた内容の方がインパクトが強かった。
「変化した時に模した種族と契る事は本来ただの狐のおまえにとっちゃ命取りだったな。狐の姿に戻れるもんなら戻ってみやがれ」
"命取り"という言葉の重さに気圧されながら、それまで形を借りていた姿を放棄して元の自分の姿を取り戻そうとしたサンジはいくら試しても一向に変わらない姿に次第に焦り始めた。
「あ、あれっ? あれっ? ・・・なぁ、 ジジイ。これどうなってんの?!」
何度も試して ようやく耳と尻尾だけを生やす事は出来たが、それ以上はいくら頑張っても狐に戻れない。
あの男に会った時の、中途半端な姿でサンジが老狐に問い掛ける。
聞かなくても分かるような気がしたが、もしかしたら何か解決策を知っているかもと期待したのだ。
だが、稲荷の狐は ただでさえ気難しそうな顔を更に歪めて首を振る。
「可哀想だが、もともとの位の低いおまえにゃ方法はねぇ」
もう狐社会では生きていけないんだと憐憫の目で見られてサンジは事態の重さに蒼白になった。
「嘘だろ?! 俺、ジジイが亡くなっても一匹で生きていける自信はあるけど、人間社会に1人でなんて無理だって!」
「馬鹿者!ただの狐のおまえより儂の方が寿命が長いに決まっとるだろが!」
「あっ!ほらっ!ほら、ここ!このお墓だった!」
余計な一言で落ちた雷に首を竦めながら慌てて話を逸らすサンジの指した墓を見て、む、と老狐が眉間に皺を寄せる。
「こりゃぁ また・・・」
「ん?何だ? ジジイ、知ってんのか?」
墓石を睨む老狐の後ろから サンジも一緒に覗き込む。
確かに最近誰かがやってきて掃除をしていったのだろうと思われるすっきりとした佇まいの墓にはコウシロウという名前が刻まれていた。
「ジジイの知り合い?」
「いや・・・」
知り合いという程でもないと首を振った老狐は、だがある程度の事は知っているらしかった。
「やっこさん、確か天涯孤独で血縁者はいねぇはずだ。 わしの知る限り、誰かが墓参りに来たことなぞ無かったぞ」
そういえば サンジと口がぶつかった(あくまでもぶつかっただけだ)のは、彼が墓に向かって屈んだからだ。
あの時、彼が話し掛けようとしたのかと思ったのは間違いじゃないのかもしれない。
「初めて・・・来たのかな。もしかして、俺 邪魔しちまった・・・?」
不安そうな声を出すサンジの頭を 稲荷の狐が ぐしゃぐしゃと大きな手で掻き回す。
赤ん坊の頃からこの老狐と一緒に過ごしているサンジは そうされると無条件で安心してしまうのだ。
いつまでもガキじゃないのだからこれじゃまずいよなと考えているサンジは そうは言ってもまだ子供の部類に入るのだが、本人は至って本気でもう大人になるのだからいつまでもジジイに甘えてないで独り立ちしなきゃと密かに思っていた。
(・・・そうか。 "嫁に行く"って事は、もう十分大人じゃねぇか)
俄に輿入れに気持ちが傾きだしたサンジの胸中を知らずに 稲荷の狐は優しい声を出す。
どれだけ厳しい事を言っても 全部サンジの為に言ってくれているのだ、サンジもそれが分からないほど子供じゃない。
「そう思うんなら、そいつを探し出してきちんと詫び入れて来い」
輿入れの話はその後だと付け足して、老狐は 少し手を止めサンジの方をじっと見た。
「ジジイ?」
不思議な視線と突然降りてきた沈黙に思わず老狐を呼んだ。
ふ、と口角を上げて、稲荷の狐は もう一度、サンジの頭を大きく撫でる。
「おまえが良い奴だと思ったんなら、きちんと話が通じるはずだ。もう一度そいつと会え」
普段とは違う響きに聞こえる老狐の言葉に、サンジは憎まれ口を叩くのも忘れて、うん、と素直に頷いた。
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