ポーラスター <さい様>


初めて『彼』に出逢ったのはくいなが死んだ時だった。
二人並んで沈む夕陽を黙ったまま見つめていた。
「人は死ぬんだ。でも、お前が覚えている限りくいなちゃんはお前の中で生き続けるんだ。だからお前は精一杯生きて、強くなればいい。」
夕陽の最後の光が彼の稲穂のような髪を照らし、やがて闇に閉ざされた。

遠くで自分を呼ぶ声がして目を開けると目の前には見慣れた自分の部屋の天井でそこで初めて自分が夢を見ていたのだと気が付いた。
自分を起こしたのは母の声だった。
自分には彼のような友達はいない。
金色の頭をした子供自体この村にはいなかった。
それでも夢の中では確かに彼は自分の友達だった。
彼の名は『サンジ』という。
金髪に青い瞳、ただそれだけではまるで人形のような容姿だがくるりと巻いた眉毛が親しみやすさを出していた。
誰も知らない自分だけの友達。
夢の中ではサンジと沢山遊び、話をした記憶があったが実際にはサンジという子供はおらず、子供だった自分は混乱した時もあったが、周りの大人はくいなが死んだ事で『新しい友達』を作ったのだろうと話し、そして慰めたのだった。

それから暫くは彼に逢う事はなかった。
次に彼に逢ったのは両親が死んだ時だった。
15歳の冬だった。
酷い事故だった。
何の用だったのかは今では思い出す事は出来ないけれども、珍しく両親と揃って出かけた日の帰り道、スピードを出したトラックによる玉突き事故に巻き込まれたのだ。

「大丈夫だよゾロ。俺はずっとお前の傍にいるよ。だから目を覚ませよ。大丈夫、大丈夫だよゾロ。」
サンジの呼びかけに目を覚ませばそこは病院で、当然サンジはいなかった。
居る筈はないのだ、彼は自分の夢の中だけに存在する幻のような友達なのだから。
「神様は乗り越えられない試練はお与えにはならないんだよ」
父も母も助からず、自分1人が命をとりとめたのだと知って打ち拉がれた夜、再びサンジが訪れて言ったのだ。
だが自分はその言葉を素直に聞く事は出来なかった。
「お前のような『子供』に何が分かるんだ!」
父も母も無く、親戚と呼べるような者もおらず、決まっていた高校もダメになった。
これが試練と言うならば何故自分がこのような試練を受けなければならないのかと信じてもいない神を呪った。
サンジの言葉は受け入れる事は出来なかった。
「それでも俺は信じてるから。ゾロは強い、だから信じてる!」
真っ直ぐ見つめてくる瞳は、どこまでも広がる空の色をしていた。

師匠の家に居候し、リハビリと勉学に励み夢の中でサンジに叱咤されつつも励まされ、段階をクリアする毎にサンジは我が事のように喜んだ。
喧嘩も良くした。
よく回るその達者な口に辟易しながら軽くあしらうと容赦ない蹴りが飛んできた。
1年遅れで高校へ進学した時もサンジは泣き笑いの 満面の笑顔で『おめでとう』と言った。
サンジが居たから此所まで来れたのだと言っても過言ではない。
しかし、日常は目まぐるしく流れる。
現実の友人が出来、再開した剣道でも結果を残す事が出来た。
そんな中で次第に夢は見なくなっていた。
その事に気づかないままサンジの存在が薄れていく事にも気付かずに高校の3年間は過ぎて行った。
だが時折焦燥に駆られる。
『神様の試練』なる物を乗り越えた物がこれというならば、この日常にはそこまでの価値があるというものなのか。
まるで醒めない夢を見ているようだった。



緋い、緋い葉が降るように散っていた。
地面は緋く紅葉したモミジに覆い尽くされまるで緋い絨毯が敷き詰められているようだった。
そのモミジの降る中に『彼』は立っていた。
「久し振り!元気だった?」
最初に出逢った時と変わらない姿でサンジが笑う。
屈託無くまっすぐ見上げてくる瞳に何故だか泣きたくなった。
「元気だ。平凡だが退屈ではない毎日だ。」
そう答えれば
サンジは良かった、良かったと笑い、降ってくる葉を掴まえようと両手を挙げてくるくると回った。
回る度に金色の髪が光を孕んでキラキラと輝く。
それを綺麗だとぼんやり眺めていたら、息を切らしながらサンジが走り寄って来た。
「これゾロにあげる!色も形もすっげえ綺麗なの!もうすぐ誕生日だろ?」
誕生日と言われ、やっとその存在を思い出した。
満面の笑顔で渡してくるそれを受け取り、掠れた声で礼を言う。
「あと、これもあげるね」
そう言って渡されたカードには『レストラン バラティエ SANJI xxx-xxxx-xxxx』
とあった。

朝、目が覚めてテーブルの上にあった一枚の葉とカードを見て流石に背筋が寒くなった。
あれは夢の筈だ。
サンジという存在は夢である筈だ。
もしかしたらまだ夢を見ているのかもしれない、だがしかし、これを夢だと証明する事が出来ない。
証明出来ないならば、目が覚めるまで過ごせばいいと腹を括った。
例え、これが夢であろうと、現実であろうと、サンジが存在していると思えば先程の感じた恐怖も忘れ、胸の奥底が仄かに暖かく感じた。

誕生日の日、カードにあった携帯番号へかけて見た。
プルルルルル・・・プルルル・・・・プッ
“はい”
知らない低い男の声だった。
何を自分は期待していたのだろう、余りの馬鹿らしさに電話の向こうの男に間違えた事を詫び、切ろうとした時、名を呼ばれた。
“ゾロ?”

夢の中の友達は確かに存在していた。
同じ夢を見ていた。
サンジは夢の中でいつも傷付いているゾロに元気になって欲しくて一所懸命に励ましたという。
自分で作ったというお菓子もどうやったら持っていけるのかも真剣に考えたのだと。

初めて現実の、同い年のサンジに対面した時、サンジは号泣しながらゾロへ渾身の蹴りを入れた。
それを受け止めながらもひっくり返ったゾロに更に馬乗りになり胸ぐらを掴み上げる。
「ゾロ・・・ゾロ・・・」
泣きながら名を呼び続けるサンジの頭を撫でながら周りを見渡せば笑いをこらえるバラティエの面々と苦虫を噛み締めた表情のオーナーシェフがいた。



そんな事も今はいい思い出だと薄く笑みを浮かべるゾロに擦り寄る。
「ゾロ、俺はずっと傍にいるよ。」
そう言ってサンジはゾロの胸の傷に口吻た。
そんなサンジの白い肩を抱き寄せ、額に唇を落とす。
この存在に救われた。
迷ってばかりいた自分を此所まで導いてくれたのは彼だった。
揺るぐ事のない強い想いに、光のような存在に。
本物のサンジもよく笑い、よく怒り、よく泣いた。
夢の友達は現実の友人となり、そして恋人になった。
やがて歳を重ねて伴侶となるのだろう。

サンジが笑いながら夢の話しをする。
そうやってこれからの事も笑い話になっていくのだろう。
それもいい。
自分がまた迷ったらこの光を目指せばいい。
ゾロは腕の中のサンジを抱いて静かに目を閉じた。
ただもう、夢の中であの子供に逢う事は無いのが少しばかり寂しかった。

ポーラスター、君が僕のただ一つの輝ける星



END


  *  *  *


夢の中でだけ出会える、大切な友達。
絶望の淵に立ったゾロにとって、ただ一つの慰めであり癒しであり希望でもあった金色の髪の子ども。
不思議なお話に引き込まれ、現実でも出会えた喜びに胸が熱くなりました。
でもきっとこれからも、ゾロは時折夢の中の「小さなサンジ」を恋しく思うんでしょうねえ。
そして、ふと寂しさを感じても傍らにいる「サンジ」の存在により一層の愛しさを噛み締めるんだと思います。
素敵な余韻に浸れる、とてもとても幸せなゾロなすを、ありがとうございます!



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