おまえうまそうだな <狸山ぽん様>
ある森に、ゾロという強くて美しい人虎がおりました。
辺りの獣たちは彼の姿をみると震え上がり、巣穴に飛び込みましたが、実はそんな風に悠然と姿を見せる時は腹一杯なので、見つかったって喰われやしません。
ゾロが本当に危ないのは、腹を空かせているときです。音もなく背後に忍び寄り、耳元にこう囁かれたらいっかんの終わりです。
《お前、うまそうだな》
ぱくり。
むしゃむしゃむしゃ。
獲物はゾロの血となり肉となります。
けれどその事を知るものは誰もいません。だって、そう囁かれて生き延びた獣はいないからです。
ある日ゾロは旅に出ました。
森にはゾロより弱い獣しかいませんでしたから、退屈しきっていたのです。
山を越え、川を越え、ずんずん進んだゾロは腹が減ってきました。すると都合よく良い匂いがしてきます。柔らかくて甘い、仔狐の匂いでしょう。
いつものようにそっと忍び寄り、ゾロは囁きました。
「お前、うまそうだな」
「おう。そうだろう?お前、見る目があるなァ。食ってくか?」
予想外の切り返しにゾロはびっくりしました。おまけに、鼻先へと差し出されたものは、人間のように火を使って調理をした魚だったのです。
調理したものを人間が食うのは知っていましたが、人間と獣の中間であるゾロは食ったことがありません。
食べずに困っていると、仔狐はちょっと不安そうな顔をしました。
「喰わねェの?」
《喰いたいのはお前だよ》と言って、いつものように喰えば良かったのでしょうが、警戒心に乏しい人狐相手では勝手が違います。
結局ぱくりと食いついたのは細くてちまちました人狐の指ではなく、葉っぱに乗せられた魚でした。
「…旨いな」
「だろう?」
《ふくく》と人狐が笑いますと、秋に色づいた銀杏のような髪が揺れ、空みたいに青い瞳が輝きます。
じっと見ていると目が回りそうなぐるぐる眉毛も面白くて、ゾロは人狐を食べられませんでした。
翌日もその翌日も、人狐はゾロを見ると《料理》を食わせてくれました。
昔、腹を空かせて死にかけていたとき、人間が食わせてくれたのがとても嬉しかったから、腹を空かせた者を見ると振る舞うのだそうです。
「お前は食わないのか」
「俺は腹が一杯だ」
そうは言いながらも、人狐は日に日に顔色が悪くなって来ます。
完全な獣は近寄らないし、人間も気味悪がって(多分、騙されて泥団子でも食わされると思うのでしょう)食べないから、ゾロが足繁く通うのが嬉しかったのでしょう。
太らせてから食うことにしたゾロは、他の獲物を捕まえては人狐に料理させ、一緒に食べました。
人狐はお喋りでした。あちこちに話が飛び、その度に感情移入してはジタバタと手足を動かす様子を、ゾロはからかいながら眺めていました。
ある日、人狐は声を弾ませて言いました。
「ゾロ、お誕生日会をしよう!」
「はァ?俺ァいつ生まれたかなんて知らねェぞ?」
「知ってるよ。だから今日やろう!人間達が言ってたんだ。今日は1111年の11月11日、物凄く珍しい《ゾロ目の日》なんだって!」
「はァ…まあ、やりたきゃやっても良いが」
とても素敵な思い付きだと思っているのか、手の込んだ料理を始めた人狐は、にこにこしっぱなしです。
ゾロはふと気づきました。ある日唐突に樹の虚から生まれる人獣には誕生日も名前もありません。この人狐も、名を名乗ったことがありませんから、まだないのかもしれません(ゾロは自分で適当につけました)
「おい、お前。サンジって名前にしろ。で、誕生日は3月2日だ」
「え?」
「ないんだろ?名前も誕生日も。だったら俺がつけたって良いだろ。人間のガキどもが菓子を食うのが三時だからお前には似合いだ」
感情の激しやすいサンジは、ほっぺを真っ赤にして興奮しました。
「サンジ!俺、サンジか?3月2日が誕生日のサンジ!お菓子を食べる時間なんて素敵だな!」
ここまで喜ばれると、何だかゾロも素敵な気持ちになります。
「嬉しいか?」
「嬉しい嬉しい!でもどうしよう?今日はお前の誕生日なのに、俺の方が贈り物を貰っちゃった」
「気にすんな」
「ゾロは何が欲しい?俺にあげられるもんならなんでもやるぜ?」
ゾロの喉がゴクリと鳴ります。柔らかくて美味しそうなサンジは、どこをかじっても甘い味がしそうです。
けれど、食べてしまったら二度とサンジの姿を眺めたり、一緒に喧嘩をしたり、笑ったりもできないのです。
ですからゾロは我慢して、味見だけすることにしました。
そのうち大きく育って可愛いげがなくなったら、食べたって惜しくないと思うかも知れませんからね。
「お前の腕をしゃぶらせてくれ」
「ん?良いよ?」
屈託なく袖をまくって腕を出したので、嘗めたり軽くかじったりしてみました。肌がすべすべして心地よく、食いたくて堪りませんでしたが、我慢しました。
それから毎年、ゾロは《今年は脚が欲しい》《今年は唇が欲しい》といった具合に、誕生日がくるとサンジの味見をしました。
すくすくと育ったサンジは大変口と態度の悪い人狐に育ちました(誰に似たのでしょう)が、可愛いげがなくなることはありませんでした。
それどころかますます魅力的に育ち、他の獣にも人間にも、指一本触らせたくありません。
そして食いたくて食いたくて食いたくて気が狂いそうです。
サンジと出会って10年が経った年の誕生日に、とうとうゾロは《お前を丸ごと欲しい》と言い出しました。
「あっあっ、ゾロ…ゾロぉ!そこ、だめ…!」
「こんなドロドロにしてナニ言ってやがる」
ええ、大方の予想通り、ゾロは《そういう意味》でサンジを食いました。
ぱくり。
ぺろぺろズコバコどっかん。
「ああ…お前、マジで旨ェな」
「ばか…っ…」
こうしてサンジはゾロの命となり、魂ともなりました。
サンジにとってのゾロも一緒です。
二頭の人獣はその後どうなったかって?
そりゃあ勿論、いつまでも幸せに暮らしましたとさ。
どっとはらい。
あとがき
ちびナスという言葉が一度も登場しないわけですが、心はなすっ子サンジです(汗)
怪獣の絵本からイメージをパクっております。
素敵ゾロ誕話の賑わいにちょこっと参加させていただければ幸いです。
* * *
あの素敵絵本からこんなゾロなすちゃんが誕生するなんて!!
いや、大体あの絵本シリーズは萌えの宝庫なんだけど…ゲフンゴフン
容赦なくがつがつ食っていくゾロも、その殺し文句(?)を聞いたが最後誰も生き残れないとこもゾクゾクきました。好き~v
そんなゾロのハート(と胃袋)をGETした狐ちゃん、さすがのなすぶりでございます。
もうずっと味見し続けてしゃぶりつくせばいい。減らないから(いい笑顔)
美味しそうな幸せゾロなすちゃんをありがとうございいます!!
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