あめのちあひる -あひるはあひる- <nekorika様>



黄色いあひるのお気に入り

可愛い女の子
美味しいご飯
ふわふわした小さなこねこ
じじぃの買ってくれた黄色い合羽
滑り台のある雨上がりの公園

まだまだ沢山あるけれど
一番は・・・・・



  * * *



高校二年生のロロノア・ゾロ。
彼が雨上がりに拾った小さなあひるの正体は、あひるのような黄色い合羽を着た、あひるのような黄色の髪の男の子。
行きずりで終わると思われたその子との交流は、何故だか世代を超えて今も続いている。



ことの起こりは今年の梅雨に遡る。
周りの誰に言わせても、手の施しようのないほどの方向音痴。
なのに本人の自覚は皆無、それ故余計にタチ悪し。
そんなゾロが雨上がりの景色に誘われて、いつもなら電車通学している道を歩いて帰ろうと思ったことがことの発端だった。
方向音痴=ロロノアる。
友達一同がそんな造語を作り出すぐらいのファンタジスタが、どう考えても何事もなく帰り着ける筈もない。
本来の道をかなりはぐれてから、おかしいのではと気がつき。
珍しく自覚症状があっただけマシだが、どの道迷子には変わりがない。
そしてロロノアった末辿りついた、見たこともない公園で出会ったのがサンジと言う名の黄色いあひる・・・・いやいや、男の子だった。
それから。
何故だか探知機が効くらしいあひるは、ゾロが道に迷って腹をすかせていると、結構な確率で現れるようになった。
初めて合った時と同じように、その小さな手で握ったおにぎりを携えて。
まぁ本人曰く、「散歩してたらいつも見覚えのある緑頭がいる」というぐらいの認識らしいのだが、真実は定かではない。
だが僅か五歳児の身で何ができると言う訳でもなく、単なる偶然というとこでゾロは片付けている。





「あらゾロ、こんなとこでどうしたの?」
夕方になるにつれ急にひんやりしてきた空気に、冬の足音を感じる神無月の終わり頃。
公園のベンチで一休憩しているゾロに、聞き覚えのある声がかけられた。
まぁ、望んでいる人物かそうでないかと聞かれたら・・・・・・明らかに後者に違いないが。
「別に」
「ふ〜ん、『別に』ねぇ。
その割には待ち人来らずって感じの顔に見えるけど。
っか、あんたそのあからさまに残念な顔やめなさいよ」
ちっと心の中で小さな舌打ちをした後、ゆっくりと顔を上げる。
そこには風になびくセーラー服も眩しい同じクラスのナミが、自分を見降ろしていた。
寒くないかとこちらが心配するぐらいの、制服の短いスカートから覗くすらりとした足。
オレンジの髪にぷっくらした桜色の唇。
巷では美少女と名高いらしいが、何かにつけて上手く使われてる感のあるゾロにとっては、魔女と称する方がよほどしっくりくる。
出来れば・・・・いや、全力で関わり合いにはなりたくない人物bPだと言おうか。
「別にそんな顔してねぇ」
つい、おもいっきりの不機嫌さを前面に出した顔で、ぎろりと睨む。
だが、普通の人間なら泣いて逃げ出すとまで言われてるゾロの一睨みも、この魔女には通用しなかったらしい。
逃げ出すどころか意味ありげな笑みまで浮かべて、ナミは言葉を続けた。
「ふふふ、まぁいいわ。
と・こ・ろ・で。
最近面白い話を小耳に挟んだんだけど。
よくあんたが小さな子をかどわかしてるっていう」
流石、魔女。
っか、そんなデマを流している奴は誰だ。
それでも言われた言葉を否定するより先に眉間に皺が寄ったゾロを、さも面白そうにナミは眺めた。
「否定しないのね」
「余りにも馬鹿らしい話で呆れてるだけだ」
そう、自分たちの間柄はかどわかしているとかいう物騒な話ではなく、何て言うか・・・・友情を育んでいる???
ん??
何かしっくりこない。
友情と言うには、些か年が離れている気がするし、疑似兄弟愛と言われたならそれも少し違う気がする。
あえて言うなら、犬やねこのような可愛い動物を可愛がるような感じが一番近いのではないかと思う。
そんな気持ちに名前を付けるとしたら、”愛玩”という言葉が一番しっくりくる。
なんせ相手は可愛いあひるなのだから。
うんうんと頷きながら勝手に自己完結したゾロを、ナミは意味ありげに見つめた。



それから。
何かを探る様に色々と話しかけてくるナミを、適当にあしらい。
やっと去っていく後ろ姿を見送りながらゾロが大きな溜息をついた途端、今度こそ待ち人の声が響いてきた。
「ぞぉろぉ〜、また迷子か?」
「迷子じゃあねぇ」
ぼそっと返した返事はせめてもの無駄な抵抗だと判っていても、ここは年上の意地を見せたい。
でないと沽券にかかわる。
ましてや、待ってたなんて・・・・・そんなこと知られる訳にはいかない。
だがそんなゾロの気持ちなどお見通しとばかりに、声の主はそのままちょこんと隣に腰かけた。
「嘘付け、じゃあなんでこんなとこに座ってるんだ?
学校からの帰り路なんて言い訳は聞かねぇぞ?」
「うっ」
五歳児からの逆襲に、偶の音も出ないと言うのは本当に情けない話である。
実際、気がつけばこんな知らない場所にいたのだ。
それでも何かを期待して。
つまりはナミの言った通り、『待ち人来たらず』の状態。
だが、それを素直に認める訳にはいかないと思っている辺りが、まだまだ青い。
「鍛練だ、鍛練。
走って体を鍛えようと」
「ふ〜ん、それで迷ったのか」
けらけらと笑うサンジの笑顔が可愛くて。
細かいことはどうでもいいかとつられて笑顔になった瞬間、ぐうと腹の虫が盛大に鳴った。
「もしかして、また腹減ってるのか?」
そう言いながらまるで慣れた古女房顔負けのタイミングで、差し出される小さなおにぎり。
当たり前の顔をしてそれを受け取るゾロの方は、ただのろくでなし亭主のようだ。
「あ、味わって食えよ。
今日の具はこっちがシャケで、こっちが塩昆布。
ゾロ、好きだろう?」
「ん・・・」
「全く・・・・こんなに大きいのに、ゾロってばこどもみてぇだ」
おにぎりを口いっぱいに頬張りながら頷くゾロに、その小さなその手がすっと伸びてきて。
口元についていたらしい米粒を掴んで、そのまま自分の口の中へ。
それももう慣れた仕草だ。


ふと考える。
まだ出会ってからあまり月日は経っていないのに、この馴染んだ感はなんだろうと。
サンジの綺麗な笑顔は変わりがないのに、それでも会う度にどこか成長している気がする。
例えるなら、小さなお母さん。
若しくは世話焼きな嫁。
って、こんな小さな男の子に嫁ってなんだよ!
さっきは”愛玩動物”みたいなものだと思っていた筈なのに。
己にセルフ突っ込みを入れつつも、そんな考えを悟られたくなくて。
ゾロはいつものようにサンジの髪をぐしゃぐしゃとかきまわした。
「てめぇこそこどもだろ?
いや、がぁがぁ煩いあひるだ、あひる」
そう・・・・いつもと同じ動作、言葉の筈だったのに・・・・・・今日は少し勝手が違った。
その手がぱんと小さな手にはねられ、呆気に取られたゾロの目に入ったのは、水を溜めた蒼。
あ、泣く。
そう思った瞬間、飛んできたのは有無も言わさぬマシンガントークだった。
「いつもいつもあひるってなんだよ、こども扱いして!!
知ってんだぞ、さっき綺麗なおねぇさんと話してたの。
もうゾロなんてしらねぇ。
迷子にでも何でもなって干からびちまえ!!」
それは思ってもいなかった反撃で。
そのままベンチを飛び下りたサンジは、一目散に公園の外に駆けて行った。


さて。
訳が分からないまま、一人残されたゾロはたった今まで黄色い頭を撫でていた自分の手を見つめた。
「・・・・・何なんだ・・・・・や、こども・・・・だろ?」
この自分の手に余るほどの小さな手の。

サンジをあひると言うのはいつものことだ。
黄色い頭におしゃべりなところ。
ゾロにとっては小さな可愛い可愛いあひる。

・・・・なのに。

「くそっ、一体何がどうしたって言うんだ」
女心と秋の空。
男心もまたしかり。
ロロノア・ゾロ・・・・・十六歳。
残念ながら、彼はそんな細やかな心を思いやる精神は持ち合わせてはいなかった。






それからというもの。
あれほどの遭遇率を誇っていたサンジが、ゾロの目の前に現れることはなかった。
以前の平和な日々が戻ってきた・・・・と言えば聞こえはいいが、気にならない筈がない。
しかし、高校生がわざわざ『幼稚園児を怒らせました〜理由は判らないですけど〜』などと言って、直接家に尋ねて行く訳にもいかない。
ましてやあの孫を溺愛しているのがありありな、強面の祖父のところに。
それでも最後に見た、あの泣き出す寸前の様な顔がどうしても頭から離れなくて、ゾロは一人悶々とした日々を過ごしていた。



「ちょっと最近のあんたどうしたのよ?
皆が怖がるから、不機嫌モードバリバリの威嚇オ―ラ出すの止めてくれる?」
霜月も半ばに入った月曜日の放課後。
もそもそと帰り支度を始めたゾロに、堪忍袋の緒が切れたとばかりにナミが話しかけてきた。
言ってる割には本人はちっともこわがってはいない風なのだが、その向こうでは何人もの級友が事の次第を見守っていて。
確かに、ここ何日かは話しかけてくれる人間が急に減った気がする。
「別に威嚇なんかしてねぇ」
言葉とは裏腹に、益々眉間の皺を深くしたゾロにナミは大げさな溜息をついて見せた。
「あーあ、無自覚ってやーねー。
その凶悪な顔、鏡で見てみたら?
大体折角のめでたい日なんだから、少しは機嫌よくしなさいよ。
それでなくてもお天気悪くなったから、うっとおしいのに」
そう言われて窓の外を見ると、どんよりとした雲に空は覆われ、今にも泣き出しそうだ。
そして・・・・あぁと思いだす。
今日が11月11日・・・・自分の一七回目の誕生日だということを。
「そうだぞ、ゾロ!!
不機嫌はよくねぇぞ!
で、ゾロの誕生日を祝って、これからマックでもいかねぇかって話してたんだ!」
ナミの後ろからひょっこりと顔を出したのは、気がつけば友人というポジションにしっかり収まっていたルフィだ。
その行動はハチャメチャだが、俺様で妙にカリスマがあるところがゾロを始め、皆に一目置かれている大食漢な人物でもある。
「テメェは自分が食いてぇだけだろ。
しかし、人の誕生日なんてよく覚えてたな」
「当たり前だろ?
誕生日は宴だ!」
何故だがどーんと胸を張るルフィに苦笑いを零しながら、もしかしてこの友人たちは自分を心配していたのかとふと思う。
確かにここ何日かは、他のことに心の大半を奪われていた気がする。
ならば今日ぐらいは、この友人たちの好意に甘えるのもいいのだろう。
それが日常だった筈だ、サンジに会うまでは。
「まぁいい・・・・行くか」
「そうこなくちゃ!」
「おい・・・・・」
善は急げとゾロが鞄を肩にかけた瞬間、教室の入口に先に帰った筈のクラスメイトの姿があった。
「ロー?
あんたもう帰ったんじゃあ・・・・・」
ナミの質問に、ローはふいと視線を窓の外に反らした。
「そのつもりだったが、校門で人を訊ねられてな」
「人・・・・・・?」
その言葉を聞いて、クラス全員が首を捻った。
このローは決して誰かの為に動く人物ではなく。
常に人と一線を引き、離れた位置から冷ややかな視線を送っている印象が強い。
ましてやそんな自分にとってどうでもいい理由で、ご丁寧にここまで引き返してくるとは信じがたい。
一体何が彼を動かしたのか。
皆の興味はそこに尽きる。
そんな注目を集める中、ローの口から語られたのは意外な一言だった。
「黄色い合羽を着た小さな男の子が、誰かを探していたぞ」
「男の子???」
更に首を捻る一同。
その子が今このクラスと何の関係が。
っか、そんなことでわざわざこの男が??
だが。
「悪ぃ、ルフィ!
マックはまた今度だ!!」
そう叫ぶが早いか、教室から飛び出して行った一人の人物。
彼はその場にいた全員に、最大級の疑問符を投げかけたことにまだ気付いてはいなかった。





靴をはくのももどかしいほど急いで校舎を飛び出したゾロは、当然傘などさしている筈もなく。
降り出していた雨にも構わず、一直線に校門に向かった。
そして門のすぐ外に見つけた黄色い傘、黄色い合羽、黄色い長靴。
・・・・間違えない。
「こら、雨降り出したのにこんなとこで何やってる」
はぁはぁと少し息を荒げながら声をかけたゾロをサンジはゆっくりと見上げた。
あぁ、サンジの蒼だ。
懐かしい・・・・とも違う。
ただそう思った。
「べ、別に。
ゾロこそ雨の中傘もささねェで何してんだよ」
少しむくれたように口を尖らせながらも、サンジは小さな傘をゾロに押し付けようとした。
どうやらこれに入れということらしい。
だが、こども用の小さな傘に自分が入ると言うのは、物理的にも無理がある。
「馬鹿、そんな小さな傘に二人も入るかよ。
おまえこそちゃんと傘ささねぇと風邪ひくぞ?」
「大丈夫。
俺にはこの合羽があるから、ゾロに傘貸して・・・・・・」
やるよ・・・・そう言い終わらないうちに、サンジの体はふわりと宙に浮いた。
そして気がつけば、ゾロの左肩へ。
「これならその小さな傘でも二人いけるだろ。
しっかり持ってろ。
で?
こんな雨の中、こんなとこまで来て何の用だ?
まさか迷子になったとか言うんじゃあ・・・・」
「一緒にすんなよ。
第一服濡れる」
「服なんぞはすぐに乾く。
それより一緒にされたくなかったら、こんな日にこんなとこまで来た要件を言え」
「・・・・・・・」
「ほら、何か用があったんだろ・・・・・・サンジ」
肩の上で黙りこくってしまった存在に答えを促す様に、滅多に呼ばないその名を呼ぶと、耳の横でふぅと小さな溜息が一つ聞こえた。
そして耳に入ってきた小さな声。
「・・・・・・だろ?」
「あ?」
「だから、誕生日だろ、今日!」
半ばやけくそのように響いてきた声に、慌ててサンジの方を見ると。
そこには真っ赤なあひるが・・・・いた。
「前、誕生日聞いたら11月11日だって言ってたじゃあないか。
でも俺こどもだし、プレゼントなんて何がいいか判んないし。
だから、だから・・・・・・」
「だから?」
「せめて、いつものおにぎりじゃあないものを食わせようと思って・・・・・・」
再び小さくなった声に溜息をついたのはゾロだ。
全く、このあひるは。
「思って・・・・・なんだ?
言いかけたら最後までちゃんと言いやがれ。
つか、いつものおにぎりでも充分美味ぇぞ?
くそっ、思い出したら腹が減ってきた」
「じゃあ・・・・食べる?
弁当・・・・」
「食う」
そう即答した瞬間に彼の腹の虫がぐぅと鳴り、サンジは今日初めての笑顔を見せた。



そのあと。
周りから浴びせられていた好奇の視線に気が付いたゾロは、慌てて場所を近くの公園に移した。
明日みんなに、これでもかと言うぐらい問い詰められるのは判っていたが、それはまぁ後の話である。




たこさんウインナー、ほうれん草のおひたし、いもの煮っ転がし、ハンバーグ、そして卵焼き。
いかにもこどもが好きそうなオカズで固められたお弁当。
濡れないようにと、合羽の下の小さなリックの中から取りだされた荷物の中身がそれだった。
本音を言えば、少し甘かったりからかったりしたものもあったが、ゾロは全部綺麗に食べ干した。
「美味かった」
「ほんと?」
「ああ、嘘は言わねぇ」
そうゾロが告げた途端の破顔一笑。
どうやらこのこどもは、思っていた以上に緊張していたらしい。
「ジジィに少しずつ料理を教えてもらって、初めて弁当を作ったんだ。
ほら、こないだ・・・・・・・喧嘩しちゃったから」
・・・こないだ?
あれはそっちが一方的に・・・・と言いかけて止めた。
なるほど、サンジの中ではあれは対等な喧嘩に値したものだったのだろう。
そしてそれから姿を見せなかったのは、流石に顔を合わせづらかったのと、あの祖父に料理を習っていたせいか。
・・・・・自分の為に。
「んじゃあ仲直り・・・・ってことでいいのか?」
「仕方がないなぁ、お誕生日だし許してやるよ。
お誕生日おめでとう、ゾロ」
若干・・・や、かなり上から目線な気もするが、まぁ機嫌が直ったならそれでいいだろうと心の中で苦笑いをする。
所詮初めて会った時から、自分はこのあひるには敵わないのだ。
そう思いながら、ゾロがいつものようにその黄色の髪をぐしゃぐしゃと撫でると、あひるは嬉しそうに笑った。



その後、喧嘩した時の仲直りアイテムはずっとサンジの手作り弁当で。
格段に彼の料理の腕が上がり、その視線が同じ高さになっても続く恒例行事となった。




  *  *  *


わあい、12年後のリベンジとは行かなくても充分ですよう。
この二人には、ゆっくりゆっくり愛を育んでもらいたい。
愛…だよねv
図体ばかりでかくても不器用なゾロと、可愛いツンデレあひるちゃんは、周囲に温かく見守られていくんだろうなあとニヨニヨしました。
幼稚園児と喧嘩する高校生・・・ぷぷぷ(^m^)
ローまで出てきて嬉しい〜v
優しい雨に包まれたような幸せなゾロなすを、ありがとうございます!


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