あめのちあひる <nekorika様>



・・・・・雨が上がった。
今日はまさに梅雨の中休みという言葉が、ぴったりな一日になりそうだ。

今年の梅雨は例年に比べてうんざりするほど雨が多く、体の中にもカビが生えそうだった。
特にここ2,3日の雨は半端ではなく。
やっと青空が見え始めたのはついさっき。
湿気は多いが、とにもかくにも次第にその色を広げて行く青に、うんと一つ深呼吸をする。
もうすぐそこまで来ている、夏の透き通るような空の色に安堵しながら。




さて。
高校二年であるロロノア・ゾロが今いるのは、見慣れぬ公園である。
こんな昼間に学校は?という突っ込みはこの際端に置いといて。
もうお昼もとうに回った時間であるのに、未だ昼飯にありつけていないという方が彼にとっては重要な問題だ。
その証拠にぐうと腹の虫はさっきから何度も欲望を告げているが、こんな日に限って財布を机の上に忘れてきた身には、その腹をさすって宥めることしか出来ない。
取り敢えず、学校は諦めるとして、家に帰りつかなければ。
・・・・空腹で倒れる前に。
うしっ。
そう心の中で握り拳をし、踵を返そうとした瞬間・・・・
少しは離れたところにある、滑り台。
その一番下のところから、何か、黄色いものが見え隠れしている。
???
気になる。
そっとゾロが近づいていくと、黄色い物体が滑り台からころんと転がった。
「うわっ!」
慌てて駆け寄ったゾロの目に映ったもの・・・・・それは黄色いアヒル。

「お前誰だ?」
ゾロに気がついた黄色いアヒル・・・・でなかった、その物体が偉そうに話しかけてきた。
人語を話すところを見ると、アヒルでないらしい。
が、その口を尖らせてる様は、世界中の人が知っている某ねずみの友達のなんたらダックを彷彿される。
やはりアヒル・・・・いやいやいやよく見たら、それは黄色い合羽を着たこどもだった。
「クソ生意気なガキだな、俺はゾロ・・・・・それより・・・・・」
いくら雨合羽を着ているとはいえ、このままではドロドロになってしまう。
そう判断したゾロは、転んだままのこどもをひょいと助け起こした。
「な、な、なにすんだよ!!」
予想もしていなかったゾロの行動に、プチパニックを起こしたのか。
こどもは真っ赤な顔をして、その腕の中で暴れ始めた。
よく見るとその足には、同じ黄色の長靴が。
はっきり言って、それで蹴られると少しは痛い。
「おい、危ねぇ、暴れんな、落ちるし痛ぇ。
あのな、そんなとこいつまでも寝そべっていると、折角の可愛い合羽がドロドロに汚れっちまうぞ?」
「・・・・合羽、可愛い?」
「おぉ、黄色で可愛いじゃねぇか、汚れると勿体無ねぇ」
「へへへ・・・・だろ?」
可愛い・・・・その言葉がよほど嬉しかったのか、こどもはぴたりと抵抗を止め、大人しくなった。
「誘拐犯かと思ったけど、お前いい奴だな」
挙句、にっこりと笑いかける笑顔。
よく見ればフードから覗く髪は、合羽の色と同じ黄色。
それも片方の前髪だけが長く、見えているのは左目だけで。
その上の眉毛は、くるりんと不思議に巻いていてる。

何より印象的なのは、空の色を映したような蒼い瞳。
たった今見上げた、透き通るような夏の空の様だ。
「この合羽と長靴、ジジィが買ってくれたんだ。
俺にはちょっとこどもっぽいかなと思ったけど、そうか、可愛いのか・・・・・・」
こどもっぽい・・・って、お前こどもだろ?
ちょっとだけ得意げに話す腕の中の存在を見ながら、喉まで出かかった言葉をゾロが飲みこんだのは、自分は大人だという配慮に他ならない。
何より・・・・・本当に可愛いのだ。
「でさ、折角買ってもらったのに、雨止んじまってさ。
でももしかしたら・・・って思って、お散歩するのに着てきたんだ」
「そうか。
お散歩中だったか、そいつはすまなかったな。
ほら降ろすから、ゆっくりな」
大人しくなったこどもを下に降ろそうと、膝を折ったゾロの鼻先をふわりとこどもの髪が掠めた。
甘い・・・甘い香りがする。
ぐうううう。
次の瞬間、壮絶なほどにゾロの腹の虫が鳴り響いた。



「美味い?」
「ああ、美味ぇ」
さっき出会ったばかりの二人は、今は隣同士。
何とか乾いていたベンチに仲良く腰掛けている。
そしてその手には、小さなおにぎりが。
「よかったーーーご飯が残ってたんで、お弁当代わりに持って来たんだ」
「おお、助かった、さんきゅ」
ゾロの腹の音を聞いたこどもは大声で噴き出し、そのまま笑いながら持ってた小さな手提げから取り出したものがこのおにぎりだった。
曰く、冒険弁当と称して、小さな手で握って来たらしい。
しばしの押し問答の末、半分こというところに落ち着いたのだった。
そして小さな手に収まるほどの小さなおにぎりを二つに分け、仲良く食べると言う不思議な光景が。
「ごっそうさん、美味かった」
本当なら一口で終わる量を、横のこどもに合わせるように一粒一粒噛み締めて食べる。
そんな食事の仕方をしたのは初めてだった。
「うし、食べたな?
一飯之恩は忘れちゃいけねぇんだぞ?」
「お前、一飯之恩なんて難しい言葉よく知ってんな。意味判んのか?」
「おう、きび団子をもらって桃太郎の鬼退治に着いてった動物たちの様なもんだって、ジジィが言ってた。
だからお前も・・・・あ・・・・」
すっと小さな指がゾロに伸びた。
そのまま頬に触れるかと思えた指は、口端を掠めてすぐに去って行った。
そして指先の何かを自分の口に。
「米粒付いてた、勿体無ぇ。
駄目だぞ、お米には7人の神さまがいるんだから、無駄にしちゃあ・・・・」
「チビナス!!
テメェ姿が見えねェと思ったら、こんなところに!!」
「・・・・ジ、ジジィ」
声のした方を振り向くと、白いコックスーツに変な形の髭の老人が仁王立ちの形相で。
ああ、この人物がさっきから話によく出てきていた”ジジィ”かとゾロは軽い会釈をした。
「何処の誰かは知らんが、こいつが世話掛けた。
ったく、いつの間にか家を抜けだしやがって。
まだ引っ越してきてあんまり間がねぇってのに、迷子になったらどうすんだ」
「迷子なんかならねえょ!」
ふんと口を尖らせて生意気を言う姿は、やはりアヒルにも見える。
自然とゾロの口元が緩むが、今はそれどころではない。
「あの・・・・すいません、世話をかけたのは俺の方で。
この子は俺に、おにぎりをくれたんです・・・・」
ソロが簡単に事の成り行きを説明している間、老人は黙って耳を傾けていた。
そして大きな溜息を一つ。
「まぁどの道、こいつが世話になったことには変わりねぇ。
すまなかったな。
うちはこの先でレストランをやっている。
魚の形をしたバラティエだっていやぁ、すぐ判るだろ。
よければまた寄ってくれ」
「寄ってくれ!」
「ありがとございます」
満面の笑顔で胸を張るこどもの頭をさらりと撫で、ゾロは二人に一礼した。
「よし、帰るぞチビナス。
てめぇが黙って出て行ったから、店中大騒ぎだ」
「うん、じゃあ帰るか。
ばいばいゾロ!」
「お、おう」
そうして踵を返して去っていこうとしたその後ろ姿に、ゾロは思い切って声をかけた。
「あの・・・・・・すいません、ここ・・・何処ですか?」
一瞬の間の後に起こった大爆笑。
そして仕方がないなという風に繋がれた、小さな手。

やがて大きくなったその手の指が、甘い吐息と共に絡むようになるのは、それから12年後のお話。


  *  *  *


チビなすうううう!!!
可愛い、黄色い合羽に長靴。
あひると見紛うほどに可愛いのに、小難しいこと呟くあひる・・・違う、サンジ。
可愛い!!
高校生のゾロと並んでおにぎり頬張るなんて、なんて幸せなシチュエーションでしょう。
更に幸せな12年後に思いを馳せつつ、続きをお待ちしておりますv


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