緑のマリモと黄色いあひる -3-
* * *
…めでたし、めでたし」
ロビンはにっこりと笑って、話を終えた。
目をやると、ナミは横座りでジョッキを握りしめたまま、かぽ〜んと口を開けて固まっていた。
サンジも絶句したきり正座で硬直し、顔色を青から白、そして赤へと目まぐるしく変えている。
ゾロだけが憮然とした顔で胡座をかき、延々酒を煽っていた。
ここはグランドライン、メリー号。
今宵の宴の酒に酔い、年少組は既に甲板に撃沈している。
呑み助組が船尾に集まり、呑みなおそうとしたところで、ロビンが言ったのだ。
『宴のお祝いに、お伽話をプレゼントしたいわ』と。
「…てめぇ、いつから気づいていやがった」
「あら、隠していたの?ごめんなさい、それには気づかなかったわ」
ゾロの苦虫を噛みつぶしたような顔にも動じず、ロビンは微笑みを絶やさない。
「でもね、コックさんはず〜っとナミちゃんに打ち明けたいみたいだったから、お手伝いしてあげようと思って。これが私のお祝いよ」
「…っ!サンジ君?!」
弾かれたようにナミが振り向くと、サンジは正座したままピョコンと飛び上がり、アタフタじたばたし始めた。
「ああああ、ナミさんごめんなさい、あの、隠してた訳じゃなくて、あのでも、うっかりと言うかついと言うか気の迷いと言うかなんと言うか」
「事実ですと言え」
「てめぇは黙ってろ!」
すかさず鳩尾に低い位置からの凄まじい蹴りが決まったが、さすが未来の大剣豪、眉間にシワを寄せる位で身じろぎ一つしない。
それを見遣り、ナミはため息を一つついた。
「…事実なわけね。道理でルフィが急に宴だなんて言い出すわけだ」
「別に報告しちゃいないんだがな」
見張り台の上で差し入れに来たコックを掴まえ、想いを告げたのはつい昨夜だ。
希代の女好きであるコックのこと、気持ち悪がるか冗談と流されるか、最悪船を下りることになるかとも思ったが、気付いた想いを腹に溜めておくのは性に合わなかった。
さてどうなるとコックの出方を窺えば、突然大粒の涙をポロポロと零し、抱きついてきた。
「オレもっ、てめぇが好きなんだっ…」
そのまま二人で一枚の毛布を被り、朝までいろんなことを語り合った。
いつから意識したのか。
どんなふうにに大事なのか。
寄り添って過ごせる今がどれだけ幸せなのか。
夜が明けて、皆が起きてくる直前、一度だけ口づけを交わした。
皆に隠すことではないが、さりとて宣言することでもない。
なんとなく気恥ずかしい気持ちのまま態度を決めかねてキッチンで朝酒をかっくらっていたら(コックはクルクルと朝飯の支度をしていた)、「朝だ〜!腹減った〜!」と船長が文字通り飛び込んできた。
「おぅ」
「こら、朝はまずおはようだろうが!先に顔洗ってこい!」
ふっつ〜に、完璧にいつもの対応をしたつもりなのに。
普段ならすかさず皿に手を伸ばしてくるルフィがピタリと動きを止め。
いつにない精悍な顔でゾロとサンジを見。
次の瞬間太陽のような笑顔で宣言した。
「今夜は、宴だ〜っ!」
メリー号では船長権限で頻繁に宴が行われるため、『なんで宴?』などの野暮な問いを投げかける者はいなかったから(問うと一応『いい天気だから』『イルカの群れが通ったから』『なんかワクワクしたから』などのルフィ的回答が返ってくる)、順調にその日の航海が終わるのを待って宴になった。
…なんでバレたんだ?
見張り明けに朝飯を食ってから寝るのは、いつものことなのに。
ゾロとしては謎だが、そこは船長の船長たるゆえんで分かったのかもしれない。
いずれにしろ、メリー号の上で論理的かつ理性的な解答など得ようと思うことが土台無理なのだ。
ゾロはそう腹をくくり、ルフィが『やる!』と腕を伸ばしてくれた肉をつまみに酒を呑んだ。
サンジの方はそこまで開き直れないらしく、人目があるところでは完璧にポーカーフェイスで日常業務をこなしていたが、陰では立ったり座ったり百面相をしたりしていた。
ルフィの意図がよっぽど気にかかるらしい。
気になるなら聞きゃあいいじゃねぇか、というと、しこたま蹴り回された。
曰く『確かめて薮蛇だったらどうすんだ!たまたま万が一にも海がキレイだったとか夢見がよかったとか、他に理由があるかも知れねぇだろ!?お赤飯的な理由じゃない理由が!』
ということだそうである。
あのタイミングでそれはない、と思うが。
サンジとしては、バレてるのかバレてないのかがはっきりせず、身の振り様を決めかねていたのだろう。
大した爆弾だったが、確かにロビンのプレゼントはサンジにとって何よりのものだったはずだ。
少なくとも腹を決めることはできる。
『…じゃあね、私からもプレゼントをあげる』
軽くため息をつくと、ナミ明るい笑顔で腰を上げた。
『な…なみしゃん?』
『恋人同士になって初めての夜なんでしょ?二人きりの時間をあげる。ゆっくり過ごしなさいな。ね、ロビン』
『いいわね。後片付けは任せてね』
ロビンは手を咲かせ、バケツリレーの要領で、甲板の上の年少組を次々と男部屋へ放り込んでいく。
『そ、そんな、ナミさん…あの…』
『あ〜ら、今日ゆっくりしないと、明日からは有料だからね』
『そんなしっかり者のナミしゃんが大好きだ〜…』
サンジが正座の状態からメロリンしつつ、涙を零して横に倒れるという、心理状態を反映した高度テクを見せる。
器用な奴だ。
『よぉ〜し!ロビン、今日は朝まで部屋で呑もっ!』
『うふふ、受けて立つわ』
魔女どもが楽しそうに部屋に入り。
パタン、と、扉が閉まって。
甲板は二人きりになった。
後には胡座をかいたゾロと、倒れたままのサンジだけ。
『…おい』
『…なんだよ』
『おい、起きろ』
『ちっ、なんなんだよ』
サンジはゆっくりとこちらに向き直って座り、煙草に火を付けた。
ふて腐れて見せてはいるが、顔が紅い。
そして何故に体育座り。
照れているのが見え見えだ。
昨夜はやたらと素直だったのに、一日過ごして頭が冷え、恥ずかしくなったのだろう。
『こっちに来いよ』
『やだっっっ!』
間髪入れずに拒否される。
話に聞くツンデレというやつか。
ゾロは少し考え、搦手に出てみた。
『…せっかくのナミの祝いを、無駄にするのはマズイんじゃねぇか?』
ぴくっ!と反応したサンジは、ぎこちなく咳ばらいをした。
『あ〜…んんっ!そそそそうだなっ!ナミさんのお気持ちを無駄にするのは、そりゃいけねぇ!だだだだ、だから、だからゆっくりすることにするっ!』
誰に宣言しているのか、一人うんうんと頷くと、体育座りのまま尻と足の裏とでずりずりずりっと素早くそばに寄ってきた。
つくづく器用な奴だ。
そのまま胡座の上にちょこんと乗ってきたので、後ろから抱きしめてやる。
後ろ髪に顔を押し付けると、フワンといい匂いがした。
料理と酒とタバコと、ほんの少しだけサンジの匂い。
髪からうなじへ、耳の後ろへ、頬へ、そして唇に口づけようとしたところで、顎を全力で押しのけられた。
『や〜め〜ろ〜!』
『何をする』
ぎゅうぎゅう押しのけられつつ、発音は明瞭だ。
伊達に三刀流を鍛練してはいない。
対するサンジは真っ赤になりながらかなり本気で抵抗してくる。
『ばばば、ばかやろうっ!なんかもっと、導入部分があるだろう!』
『導入部分?』
『き、きききキッスの前には、なんかこう、優しくて甘くてキュンとする言葉があってしかるべきなんだっ!』
どこの夢見る乙女なんだ。
しかし不思議に面倒だとは思わない。
この、キンキラしているほっぺの紅い生き物を、愛しく思う気持ちが募るだけだ。
しかし。
優しくて甘くてキュンとする言葉?
この19年間、そんな事を考えたことは一度も無かった。
首を、いっそ頚椎が折れるんではないかと思うぐらい曲げて考えてみるが、思いつかない。
だが、目の前のキンキラ頭は、プンスカしつつドキドキしつつワクワクしながら待っているようだ。
本当に器用な奴だ。
しかし期待には応えねばなるまい。
が。
本気で思いつかん。
うんうんうなって、その方面に余り豊富とは言い難い脳細胞をフル回転させ、ようやっといつかどこかで聞いたような、優しくて甘くてキュンとするような台詞を思い出した。
あ〜んんっ。と咳ばらいを一つして、コックを改めて横抱きに抱きなおし、空いている方の手でコックの手をとって真剣な顔を作る。
じっとコックの目を見て、できるだけ優しく囁いてみた。
「…オレの居場所は、ここだったんだな」
…ぶ。
「ぶ?」
ぶぶぶ。
ぶぶぶぶぶぶぶわっはっはっはっはっはっ!
あれ?
甘く囁くつもりがウケをとってしまった。
優しくキスを返してくれるはずの可愛いコックは、膝の上で腹を抱えて爆笑している。
「おま…それ、さっきのロビンちゃんのやつ…まんまパクリ…」
そうか。
どっかで聞いたと思ったら、さっき聞いたのか。
どうりで覚えてるわけだ、とぼんやり現実逃避していたら、ようやっとコックの笑いが治まってきた。
「あ〜はは、OKOK、てめぇに乗っかってやるよ」
何が?と捻った首に抱き着いて、コックが囁いた。
「…オレの相手は、てめぇだったんだな」
そうして、二度目の口づけを交わした。
一つになった影を、月だけが見ていた。
End
************************
まさかのテスト問題萌えが素晴らしいSSに発展してしまいました!
わああわああありがとうございます、まりももあひるも超可愛い!!
特にあひるはもう、突っ込みどころ満載ですとも。
何気にカタカナでうろ覚えなたどたどしさがめちゃくちゃ可愛くてたまらないです。
結果、ロビンの才能に脱帽ですね(にっこり)
これまた、ゾロとサンジが非常にらしくて、ロビンもナミもやっぱりらしくてルフィが男前で。
とってもとっても楽しませていただきました。
ひと粒で二度美味しいお得感。
ほっこり幸せSSをありがとうございます!
back