存在理由



どんな小さな命だって

生まれてきた意味を持たないものなんて無い

生まれてこなけりゃ良かったなんて存在は何処にもねぇんだ


そんな事は解ってる

ちゃんと理解してるんだ


けどよ?

この日が巡ってくる度に心が闇に引きずり込まれちまうんだ



どうしておれは産まれてきてしまった?

他者の犠牲の上に生き続ける価値はあるのか?

おれの存在理由ってなんだ?



『おめでとう』



そう、笑顔を向けられる度にギシギシと心が悲鳴を上げんだ。





+++





 なんていったって、この船のクルーの誕生日ってきたらよ?安易すぎるっていうか、一度聞いたら忘れねぇっていうか...。とにかく、思わず笑っちまうような日じゃね?

 当然おれの誕生日もすぐバレた。3月2日で『サンジ』ってんだからな...。

 最初にそのコトに気がついたのは聡明かつ美しいナミさんで、次々とクルー達の誕生日を言い当てて、みんなで腹を抱えて笑った。あんまり楽しかったから、その日は夜通し『生誕の宴』をするコトに決定したってわけだ。

 お祭り好きが集まったようなメンバーだ。反対するヤツなんてひとりも居やしねぇ。誰かの誕生日が巡ってくる度に、みんなで狂ったようなバカ騒ぎを繰り返した。

 おれも仲間たちと大騒ぎするのは好きだし、そのための準備とか後片付けだとか、苦に思うこともなくやってきたんだ。

 おれがこの船に乗って、最初の『生誕祭』はウソップだったっけ?その次がクソゴム船長で...。

 特別なプレゼントを用意するわけじゃなくて、誰かが高らかに祝福の音頭を取り、みんなで乾杯をして...後は、ただいつも通りに飲めや食らえや歌えや踊れの大騒ぎをするだけ。

 それだけで、みんなホント幸せそうに笑うんだ。

 あのゾロでさえも仏頂面かましてたけど、まんざらでもねぇって顔してやがったし。

 そんなみんなの笑顔を見ると、心の底からこの船に乗れたことを嬉しく思ったりもするわけだ。

 バカ騒ぎは楽しい。

 大事な仲間の産まれた日を祝うのも楽しい。

 でも、出来ることならおれの誕生日には気が付いてほしくなかったんだ。...ナミさんには申し訳ないんだけど。

 せっかく楽しく大騒ぎをしていても、きっとおれはあんな風に笑うことは出来ない。

 作り物の笑顔でみんなの気持ちを踏みにじりたくないってのが本音かもな。

 みんな、この日を楽しみにしている。

 おれの誕生日だけ無かったことにしてくれって言ったところで、許されるはずはない。

 ルフィ辺りに猛反対されそうだ。他のクルーもきっと怒るだろう。ゾロは...『勝手にすればいい』とか...言いそうだけどな...。




+++




「はぁ...」

 ぐるぐる廻る憂鬱な思いが溜息と一緒に零れた。

 メリー号の甲板の手すりから乗り出して見下ろす海面はいつも以上に穏やかで、月明かりに照らされてゆらゆらと淡い光を放っている。

『サンジくんの誕生日なんだから、食事の用意は私たちでするわ』との女性陣のもったいなくもありがたい申し出をやんわりと断った。

 食欲魔人を乗せたこの船の宴会料理を女性の細腕で作るのは至難の技だろうし、第一パーティー用の豪華料理を作るのはコックにとって腕の見せ所だ。たとえ愛しいナミさんとロビンちゃんであっても、その場だけは譲れないって思いもあった。

 おれの料理を『うまい』って食ってくれることこそが、何よりも嬉しいしな。

 でもよ?普段なら嬉々として料理の下ごしらえをするんだけど...どうにも今回ばっかは気が重くて...こんなトコでタバコふかして海見下ろして...なにやってるんだろうね?おれは?

「おい、腹減った」
「んぁ?」

 背後からいきなり声を掛けられて、おれは首だけを声の主に向け睨みつけた。

 みっともなく腹巻の下から手を突っ込んでボリボリと腹を掻くゾロの姿に、情けないような気持ちになって盛大な溜息をお見舞いしてやった。

「てめぇ、まだ起きてやがったのか」
「いや。今起きたトコだ。...飯...」

 そう言えば晩飯の時にコイツの姿が無かったっけか?いつもの事だから気にもしなかったぜ。それよりも、なんでコイツはこんな日付も変わろうって時間に起きてきて、悪びれる様子もなく飯の催促ができるかねぇ...。

「...おい」

 無言で呆れた視線を向け続けるおれに流石にヤバいと思ったのか、ゾロの顔に僅かに焦りの色が浮かぶ。

 一発二発蹴りを見舞ってやろうと思ったのによ。所詮おれも人の子だ。こうゆう顔されると弱いんだよ。

「ちっ...簡単なモンしか作んねぇからな」

 軽い舌打ちで誤魔化して顎でしゃくってやると、無言でのそのそと後ろについてくるゾロの気配。振り返らずにおれはキッチンへと足を向けた。




 ことりと小さな音を立てて白い皿を目の前に置いてやると、手にした酒瓶をテーブルに戻し、ゾロがわずかに視線を上げておれを見る。

 『ありがとう』の合図だ。

 どうにもコイツは感情を素直に口にするコトが苦手らしい。だから、いつも視線だけでおれに『言葉』を伝えてくる。それを理解してやれるおれの勘の良さに感謝しやがれってんだクソ剣士。

 でもよ、てめぇもそんな立派な口がついてんだから、刀ばっか咥えてねぇで感謝の言葉くらい声に出して言ってみやがれ。

 そんなコトを思いながらゆっくりとテーブルを離れ、いつもの定位置のシンクの縁に腰を預けてタバコに火をつける。

 胸いっぱいに吸い込んだ煙をゆるやかに吐き出すと、立ち上る紫煙の向こうに無言で飯にがっつく緑頭が見えて、思わず苦笑した。

「んな慌てなくったって、ルフィはもう寝ちまってるし飯は逃げやしねぇって」
「...あ?」

 からかい口調のおれをムッと眉間に皺を寄せた不機嫌そうな顔が睨みつけてくる。

「ゆっくり味わって食えって言ってんだよ」

 吸い込んだ煙を吐き出しながら言ってやると、ゾロは少しだけゆっくりとした動作で食事を再開させた。

 夜食程度の簡単なモンだけど、そこいらのチンケな店で出される料理よりよっぽど手も込んでるし美味めぇんだよ。わかれよ。そんくらい。


「おい」

 長い沈黙を破ったのは相変わらずに低いゾロの声だった。コイツとは普段から会話らしい会話をしない。特に今みたいな状況で飯を食ってる時なんて、おれが一方的に喋りまくって終わりだ。

 だから、おれさえ口を開かなきゃ静かなもんさ。ただ、コイツの美味そうに飯を食ってくれる姿を耳と目で楽しんでたってわけだ。

 別に重苦しい沈黙だったわけじゃねぇんだけど、いきなり声を掛けられて少し驚いたのは事実だ。

「あんだ?おかわりは出ねぇぞ」
「もう腹いっぱいだ」

 おれの言葉に口端を少しだけ吊り上げて笑うと、のそりと立ち上がり、舐めたように綺麗になった皿をシンクの水の中にゆっくりと沈めた。

 普段の躾の賜物だ。食事時以外に自分が食ったものは自分で片付ける。当然のようにその行動をするコイツに、つい頬が緩む。

「...何考えてる?」

 肩が触れそうな程近い距離から発せられた短い言葉。

「べ...別にスケベなコト考えてたワケじゃねぇぞ??」

 慌てて頭を振って応えたら、ゾロの溜息が聞こえてきた。

「そんなコト言ってんじゃねぇ」

 まっすぐに向けられた視線。

「てめぇ、最近変じゃねぇか?」
「...はい?」
「いつもと変わりない振りしてっけどよ。空気が穏やかじゃねぇ」

 話してみろと、強い瞳が伝えてくる。

 なんでコイツは目で話すかねぇ?しかも野性的な勘でもって人の心の中を読みまくってくれちゃってるし?誤魔化せねぇんだよ...コイツだけは...。

「なんでもねぇよ。それより食い終わったんなら、さっさとその皿洗って寝やがれ。おれは忙しいんだからよ」

 その気の無い相手に無理に話を聞き出そうとしない。それがコイツの性格だ。

「明日の準備か?」
「そ〜だよ。明日は朝から盛大に盛り上がるんだ。当船のステキな天使達におれのいつも以上に心の篭った最高の料理を食べて頂くんだ。今からきっちりと仕込みをしなきゃ間に合わねぇ」
「...天使っていうより、魔女じゃねぇのか?」
「あん?なんか言ったか腹巻野郎。彼女たちは天使以外ありえねぇだろ。まぁ一万歩譲って魔女だったとしても、妖艶な色気を放って男心を狂わせる『美魔女』だ。」
「あぁそうかい」
「そうだよ。彼女たちはおれの心を温めてくれる優しい天使だ。彼女たちが天使に見えねぇなんて、キミの天使像ってのはどうなっちゃってるわけだい?」

 ワザとらしく両肩をすぼめて言ってやると、ゾロは不器用そうな太い指で荒々しく蛇口を捻りながら、はて...と視線を上に上げ考えるしぐさをする。

「おれの天使像ねぇ...」

 勢い良く噴出した透明な水で皿の汚れをサブサブと流しながら、小さく呟いて、ちらりとおれに視線を向けた。

「...なんだよ。その何かもの言いたげな視線は」
「気にするな」

 気になるだろう...。ってか、てめぇの天使像はどうなったんだ。

 そう言ってやろうと思ったけれど、何事も無かったように皿を洗い出したゾロを見て。なんか、どうでも良くなった。
 
 そんな事よりも何よりも、コイツには早くキッチンから出て行ってもらいてぇんだ。こんな沈んだ気分の時はひとりになりたいってのが心情だろうよ。

「明日はてめぇの誕生日か...」
「あ?まぁ...そうだな」

 これ見よがしに溜息を吐き出したおれに、ゾロが視線をこちらに向けることなく話かけてくる。

「てめぇが生まれてこなけりゃ、こうやって、てめぇの作った飯を食うことも無かったわけだ」
「....................。」

 今日は妙に良く喋ると思ってはいたが、いきなり何を言い出すんだコイツは...。思わず咥えたタバコを床に落とすトコだったじゃねぇか。

 カチャリと静かな音を立てて、まだ水の滴る皿を水切り籠に戻しながら、ゾロがおれと視線を合わせた。一見黒くも見える深い緑の瞳の中に間抜けなおれの顔が映ってる。

「てめぇの存在理由を教えてやろうか?」

 どくり...。

 心臓がひっくり返るかと思った。

「てめぇは何がなんでも生き抜いてルフィと会わなけりゃならなかった。この船に乗ってコックをしながらオールブルーって海を見つけなきゃならねぇ」

 心音で周りの音が掻き消されていくのに、低く響くゾロの声だけが妙にリアルに鼓膜を揺らす。

「なによりも」

 身体ごと真っ直ぐと向き直って。

「おれと出会うために」

 目を細めて。

「お前は生まれてきたんだよ」

 片方の眉を器用に持ち上げて。

 笑うんだ。

「解ったら、そんな湿気た面してんじゃねぇ」 

 呆けたまま固まっちまったおれの頭を、でっかい手の平で乱暴にガシガシと掻き回して、また、笑った。

「じゃ、おれは寝っからよ。後は頼んだぜ」

 何の未練も無く離れていく指先を、のしのしと扉に向かう広い背中を、ただじっと目だけで追いかけた。

 指先が僅かに痙攣したように震えるだけで声すら出てこない。

 ふと...ゾロが視線を壁に向けた。そして、勢い良く扉を開け放ち、ゆっくりと振り返る。

「サンジ」

 聞きなれない響きで名を呼ばれた。

 その後の言葉は扉が閉まる豪快な音に掻き消されて上手く聞こえなかったけど、残されたアイツの視線がそのまま言葉になっておれの頭の中に響いてくる。

「...やっぱ...アイツはアホだ...」

 じゃなきゃ、あんな恥ずかしいセリフを口に出きる筈が無い。

 やっと絞り出した声はみっとないくらいに震えていて、耳が熱を持ってじんじんと痛んできた。

 痺れた指先で熱くほてった耳たぶを引っ張りながら、さっきゾロが見た壁に視線を巡らせる。そこには見慣れた古ぼけた時計がある。

「...アホ以外の何者でもねぇな」





 時計の針は真上に重なり、長針だけが僅かに右側に傾いていた。





『てめぇがおれの天使だ。生まれてきてくれて、ありがとよ』






fin




   *****



ゾロ男前ーーーー!!!
サンジの中の懊悩にちゃんと気付いて、きちんと言葉にして表すだなんて。
なんって素敵なゾロなんでしょう。
そうよ、サンジはゾロの天使なのよ!生まれてきてくれて・・・うおおおお(萌え転がってる)
素敵です、ありがとうございます。
サンジェルもだけどゾロにも惚れ直した(笑)
いや〜ゾロスキー魂をくすぐられてしまいました。
サンジにとってはちょっぴり苦く、けれどとてもとても甘くて幸せな誕生日に昇華したお話をありがとうございますv



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