夜の虹

甲板に人の気配を感じて、サンジはキッチンから顔を出した。
あたりは闇に包まれ、ランプの灯りだけで照らされたそこに、ずぶ濡れの剣士が立っている。
「こりゃまた随分と早い、派手なご帰還だな。」
サンジの軽口にも答えず、無言のまま目の前を通り過ぎる。

海に入って洗い流したつもりだろうが、白いシャツには紅い跡がべっとりと染みついている。
良く見れば髪や腕にもまだ血糊が残ってて、雫とともに伝い落ちて床を汚す。
「ちゃんと洗えよ。」
足取りもしっかりしているから、大方返り血だろう。
怪我もしていなさそうだ。
シャワー室に消える背中に声を掛けて、サンジは奥に引っ込んだ。








この島には、昼過ぎに着いたばかりだ。
揉め事を起こさないように、と再三ナミに注意を受けた上で上陸した筈だが・・・
「―――しょうがねえよなあ。」
無愛想で冷たく見えるあの男は、案外面倒見が良くて情が厚い。
見過ごせねえ何かがあったんだろう。



仕込みのついでに飯を作る。
あの様子じゃまだだろうから、一緒に喰おう。



聞きなれた足音が通り過ぎる。
サンジは火を止めて、また甲板に顔を出す。
「待てよ、飯食ってけ。」
その声に目線だけ振り向いて、ゾロは無言で頭を振った。
「そんな面で、街・・・行く気か?」

ゾロの顔つきが、凶暴さを増している。
人を斬った興奮が、まだ残っているのだろう。
暗い灯りの下で、目だけがぎらぎらと光って見える。
皆で闘った後とは違う、やむを得ずとか仕方なくといった感じで斬り捨てて、後味の悪い同情を
残しているのだ。

「雑魚だったんだろ。」
煙草を取り出して火をつける。
マッチが燃えた一瞬、暗闇にサンジの白い顔が浮かぶ。
「飯食ってアタマ冷やせ。その調子じゃ、てめえに殺される哀れなギセイシャがまた増えるぜ。」
煙を吐きながら笑って言う。
興奮した動物を手なずけるのは、骨が折れる。

「―――ここには、居られねえ。」
ゾロの声に、躊躇いが見える。
「街行って、飯も食わずに女買うんだろ。」
サンジは壁に寄りかかったまま、煙草をくわえなおす。
「レディが気の毒だ。金さえ出しゃあ何してもいいってモンでも、ないだろ。」
ゾロが顔をしかめた。
サンジの目線とかち合う。
「・・・中ぁ、入れ。」
サンジが首だけ振って誘う。
ようやく歩み寄ったゾロは、視線を外した。
「今日は―――、酷ぇぞ。」
「わかってる。」
















「・・・って、いきなりかよっ」
キッチンに入って早々、ゾロは噛み付いてきた。
取り落とした火のついた煙草を、靴で揉み消すのが精一杯だった。
逃げるサンジの身体を壁に押し付けて、シャツをはだけて首筋に歯を立てる。
「い、痛ぇ・・・」
ゾロの犬歯が喉に食い込む。
このまま食い破られそうで、マジで怖い。
サンジは宥めるように、ゾロの背中を軽く撫でる。
「――−痛ぇよ、ゾロ・・・」
尖った歯を鎖骨にあてがい、シャツを左右に開く。
千切れ飛んだボタンが床を跳ねる。
壁に押し付けられたまま、ゾロの舌が胸を滑る。
右の突起に舌を絡めて、噛み付いた。
「―――−ぁっつ・・・」
身を竦めるサンジの、左の突起を指で抓る。





明るいキッチンで、立ったままの行為にサンジは躊躇う。
何もかもが見えすぎて、目を開けていられない。
きゅうと目を閉じたまま顔を歪めるサンジを見上げて、ゾロは首を伸ばしてその唇を捕らえた。
両手を腰に回して、ベルトを外す。
ジッパーを下げ双丘を弄り、前に手を這わす。
合わせた唇から滑り込んだ舌がサンジの口内を犯し、吸い上げる。
舌根を強く吸われ、漏れた息とともに唾液が口端から伝い落ちる。
ぴちゃりと音を立てて、何度も角度を変えて交わされる口付けに、サンジの身体は弛緩して行った。
既に立ち上がった男根を強く掴まれて、小さな悲鳴をあげる。
乱暴に扱き出したゾロの手を慌てて引き止める。
「・・・待って――もっと・・・ゆっく・・・―――」
逃げた舌を捉えて歯を立てる。
ゾロの左手が、サンジの顎を捉えて流れ落ちた涎をすくい上げる。
唇を離し、サンジの口の中に指を突っ込む。
「丁寧にしゃぶれ、てめえのためによ。」
前を扱かれながら、サンジはゾロの節くれ立った指を夢中で咥えた。
指を捕らえて吸い付くのももどかしいのか、ゾロは乱暴に舌を掴んで更に奥に突っ込む。
「――・・・う、えっ・・・・」
えずきかけて涙が出る。
サンジの唾液でしとどに濡れた指を、アナルに捻じ込んだ。
乱暴に内部を掻き混ぜる。
「痛えって、畜生!!」
何度か突き立てられて、サンジの身体が強張る。
反らした喉元を舐め上げて、後頭部を掴んで強引に頭を下げさせた。
顔の前に昂ぶった己を突きつける。
「咥えろよ。」
髪を掴まれたまま、サンジはおずおずと両手でゾロのものを包み、舌を這わせた。
喉の奥に当たらないように気をつけて頬張る。
袋を揉みながら、裏筋からカリの部分まで丁寧に舐めた。
先端部分を舌で突付くと、ゾロがサンジの頭を掴んで腰を激しく打ち付ける。
「ん・・・ぅ・・・」
歯を立てないように気をつけて、舌を動かした。
それでも時折喉に打ち込まれて、えずきかける。
目尻から涙が溢れて、口端から飲み込めない涎が垂れる。
何度か嗚咽を漏らした口からペニスを引き出して、ゾロはサンジの身体を乱暴に引き倒した。
膝までズボンを引き降ろされた四つん這いの体制で、ゾロはサンジのアナルに指を入れた。
無理矢理抉じ開けてペニスを突き刺す。
「ひ・・・あ―――!」
慣らされていないそこが拒絶するのに、無理矢理捻じ込む。
身を裂かれる痛みにサンジは自分の口元を両手で多い、悲鳴を殺した。
ゾロ自身も辛いだろうに、強引に腰を進め、サンジのモノを強く握った。
「――いてぇっ・・・い・・・」
がくりと力が抜けて、ゾロのモノが飲み込まれる。
ひどい痛みと圧迫感に目の前がチカチカした。
ようやく飲み込めたそれを強引に動かしだす。
「うあ・・・ゾロ―――!」
サンジの涙混じりの声が、更にゾロを刺激する。
がんがんと突き入れられて、サンジの口から悲鳴が漏れた。
「ゾロ!・・・ひ・・・―――っ」
何を掴もうとするのか、腰だけを突き出して両手が宙に伸ばされる。
かり、と床を爪を立て痛みに耐えた。
何度か出し入れされて、結合部がぐちゃぐちゃと音を立てる。
ゾロの先走りか、自らの血か、己の精液か。
流れ出たモノが、太腿を伝い落ちる。
じゅぶりと音が鳴り、サンジは床に這いつくばって羞恥に震えた。










ゾロは、戦いの後や人を斬った日、必ず決まってサンジを抱く。
別にサンジでなくともいいのだろうが、血が騒いで眠れないとき側にいるのがサンジなのだ。
死に直面したり、戦いに赴く前などにSEXしたくなるのは、子孫を残すべき男の本能だろう。
だが、ゾロは人並み外れて体力があり、力も強い。
『レディにゃあ、酷だろ。俺にしとけよ。』
ゾロの様子に気付いて、サンジが誘った。
なんでもない風に、冗談めかして笑いながら―――
ゾロがどれほど手酷く抱いても、たいしたことねえと笑っている。
青褪めた顔で煙草を吹かして、薄ら笑いを浮かべたままそっぽを向いている。
なんてことねえさ、俺にはな―――

全身で拒絶されながら、ゾロが求めれば受け入れる。

その白い顔で、冷たい肌で、冴えた唇で。









耐えがたい痛みの中で、サンジはゾロを感じていた。
打ち付けられる個所は熱く蕩けて痺れている。
感覚が麻痺したのか、痛みより奥に感じる快感が強くなってきた。
――――もっとくれ、もっとくれよ俺に。
自分の口から漏れる猫みたいに甘いよがリ声が、何処か遠くに聞こえている。




てめえを全部くれ。
その汚ねえ欲望もケモノ地味た凶暴さも、くだらねえ弱さも全部。



俺は壊れやしねえから。



見抜いて誘ったのは俺だ。
ゾロの弱さにつけ込んで、笑った面でその腕を欲した。
震えてるのは悦びからだ。
怯えてるのは俺自身だ。









じゅぶじゅぶと音を立てながら、抜き差しされる律動にあわせて腰を振る。
高々と尻を上げて、床に顔を擦りつける。
「ゾロ・・・イイぜっ―――ぞ・・・」
突き上げられて、幾度射精したかわからない。
気の狂うような絶頂感に酔いながら、貪欲にゾロを求める。




俺は壊れやしねえから。




てめえは前を行け。

綺麗な背中を俺に向けて、前向いて歩いてろ。











イカれてんのは俺だよ畜生。





ゾロ、てめえを愛してる――――






















死んだように伸ばされた指が、ぴくりと動いた。
けだるげに腕を伸ばして、脱ぎ捨てられたジャケットを手繰り寄せる。
寝そべったままポケットを探り、目当てのものを見つけると、またごろりと横たわった。
煙草を咥え、震える手で火をつける。
一度深く吸って、ゆっくりと吐いた。
紫煙が流されることなく、長く留まっている。



サンジは身も整えないで、半裸のまま煙の行方をぼんやりと見ていた。
床は白濁の液でよごれ、太腿には幾筋も赤く流れた跡が残されている。
こほんと軽く咳き込んで、身体に響くのか顔をしかめて、口端を上げた。
視線を漂わせて自嘲する様を見る度、ゾロの胸に憎悪に似た苛立ちが募る。
さっきまでの猛りが影を潜め、代わりに湧き上がるのはサンジに対する不条理な怒り。
胸がちりちりと痛む。
傷つけられて、知らん顔で笑う男が許せない。





ゾロの視線に気付いて、サンジが目を細めた。
「うっとーしい面して見てんじゃねえ。とっとと船降りろ。」
飯はもう無理だ、そう言ってまた笑った。



ただ訳もなく腹立たしい。
胸の奥に暗く渦巻く激情を、なんと呼ぶのかゾロにはわからない。
サンジを抱きたくないと思った。
今も二度と抱きたくないと思っている。
それでもゾロが欲したとき、サンジは小賢しく気付いて挑発してくる。
その誘いに、結局ゾロは抗えない。



抱きたくないのはこんなサンジを見たくないからだ。
何も映さない瞳で、誰かわからない相手に笑いかけるからだ。





ゾロが手を伸ばした。

胸の奥がちりちりと疼く。



首根っこを掴まれて、サンジは身を竦めた。
まだ足りねえのかと悪態をつく。
片手で首を鷲掴み、引き寄せた。
壁に寄りかかったまま、両手で抱きしめる。

サンジの目が大きく見開かれて、全身が強張ったのがわかった。
煙草を咥えたままの唇は何も語らず、ただかくかくと震えている。
ゾロは抱えるように腕を回して、首筋に顔を埋めた。
サンジは何も言わない。

あわせた裸の胸から、鼓動だけがリアルに響く。







いつの間にか、胸の痛みは消えていた。









明るい部屋の窓の向こうは闇が広がっている。
波の音だけが、遠く近く響いてくる。
今夜は誰も帰ってこない。

せめてサンジの震えが止まるまで、こうしていようとゾロは思った。

END

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