夜長月


「魔除けみたいな写メが届いたんだけど」
そろそろ夕食に帰ろうかという時間に携帯に掛かった電話は、ナミだった。
「おう、ひさしぶり」
「元気そうね。今日は日本でリポーターの仕事があって、沖縄にいるのよ」
「相変わらずの活躍でなによりだ」
ゾロは、小用を済ませ再び歩き出した風太に合わせ、ゆっくりと歩を進めながら携帯を持ち替えた。
「ところで、あれはなんの冗談?悪趣味よ」
どうやらサンジがふざけて撮った写メがナミの元に届いたらしい。
目くじら立てて怒るほどのことではないが、正直勘弁してもらいたい。
ゾロはうんざりしながら、宵闇に暮れた薄暗い田んぼ道を風太の尻尾を頼りに歩き進む。
「話せば長くなるんだが、一言で言うなら誤解だ」
「なるほどよくわかったわ」
「わかったのかよ」
「わかるわよ、大方言葉足らずなあんたを放ってサンジ君が勝手に暴走しただけでしょ。口下手なのはもう直しようがないんだから、あんたも下手に言葉で説明しようとしないで、強硬手段に出ればいいのに」
「・・・強硬・・・」
一体なにを、どうやって。

「ところで来月、初の出版を記念して身内でパーティするの、来られない?」
ポンポン話が飛ぶが、ゾロはナミのこのテンポが嫌いではなかった。
「出版?ああ、いよいよ本ができんのか」
ナミが以前話していた、ルフィとの珍道中を現地のガイド付きで綴ったエッセイがめでたく出版される運びとなった。
一人自腹で20冊以上購入とか言う厳しいノルマは冗談としても(ゾロはそう流している)、レテや和々にも本を置いて各自販売する段取りは勝手に付いているらしい。
ナミにどの程度の文才はあるか不明だが、ルフィネタならそこそこ面白かろう。

「パーティっつうと夜だよな」
「ええ、都内のホテルだから1泊でいらっしゃいよ」
「いいが、風太がなー」
風太は自分が呼ばれたのかと、歩を止めてくるりと振り返った。
お前じゃないよと軽く笑い、引き綱を引っ張って先を促す。

犬を飼う前からわかってはいたことだが、今までのように気軽に二人で宿泊というのが難しくなった。
日帰りでも遠出はきつい。
風太は敷地内で決して粗相をしないから、朝夕の散歩が欠かせないのだ。
「やっぱりね、そうじゃないかと思ったからサンジ君じゃなくゾロに聞いたんだけど」
サンジに言ったら、ゾロ以上にあれこれと悩むだろう。
「ウソップやたしぎ達にも言ったのか?」
「ウソップ達はOK。コビーとヘルメッポ君も来てくれるって、たしぎさんはその時の様子見でどちらとも言えないわ」
それはまあ、そうだろう。
だがそうするとスモーカーも当てにならないし、風太の面倒を見てくれそうな人材はますますいなくなる。
「まあ、俺らもどうなるかわからん組に入れといてくれ」
「なにその組、でもわかったわ。サンジ君によろしくね」
あっさりと通話が切れた。
なにがなんでも来てと粘らない辺り、ゾロにはやはりナミのような人種が付き合いやすい。

「あいつは、行きたがるだろうな」
ゾロは正直どうでもいいが、サンジは「ナミさんのお祝い!」と張り切ってしまうだろう。
さてどうするかと頭の中で算段しながら、風太に引かれて帰路に着いた。




「出版記念パーティ?」
案の定、サンジは夕食の席で箸を握ったまま目を輝かせた。
嬉しい時や楽しみなことがあるとふくっと頬が上気して、頭頂部の毛が数本浮き上がる。
猫の尻尾のようでわかりやすい。
「そりゃあめでたいな、俺もお祝いしたいや」
「だがパーティは夜なんだとよ。こじんまりしたものらしいが、時間帯的には一泊することになるだろ」
「あ・・・」
ゾロのいわんとすることがわかって、サンジの眉がへにょんと下がった。
それに合わせて浮き上がっていた髪もぺたりと寝る。
尻尾か!

「風太、連れてく訳にはいかないよな」
「さすがに都心のホテルはなあ、あいつもでかくなったし」
あのコロコロと小さくて丸い温泉饅頭は、堂々とした体格のいっぱしの青年犬になった。
まだまだ大きくなるだろう。
「夕方の散歩と、翌日朝の散歩が問題なんだよな」
「やっぱ、お隣さんに頼むか」
たしぎが順調なら、スモーカー達だって行くだろう。
それならいっそのこと、最初からお隣さんに頼んでおいた方が無難だ。
「いつも甘えるばかりで申し訳ないんだけど」
「風太もヨシさんには懐いてるし、そう無茶な歩きはしねえだろうし。ちょっとこの辺りぐるっと回るだけだから」
「でも風太、一人ぼっちで留守番か」
サンジはうん〜と茶碗を持ったまま考え込んでしまった。
まあ、こうなるとゾロがなんと助言してもサンジの気持ちの整理が付かない限り納得はしないだろう。
そう見切りをつけて、ゾロはさっさと食事を掻き込んだ。





ナミの言葉がヒントになった訳ではないが、折角手に入れたフリフリエプロンを自分専用アイテムとして仕舞ってしまうにはあまりに惜しい。
本来の使用方法を口で説明するのは不可能だし、ここは一つ強硬手段とやらに出ることにしよう。

ゾロが後片付けをしている間に風呂に入っていたサンジは、洗面所からあれ〜と間抜けた声を出した。
「ぞろー」
「ん?」
振り返れば、腰にタオルだけ巻き付けたサンジが、濡れた髪を拭きながら顔を覗かせている。
これはこれで美味しい眺めだ。
「俺の着替え、知らね?籠に置いといたんだけど」
「ああ、着替えはそれだ」
「?だってエプロンしかねえぜ」
しかもお前の、と付け足すサンジに、ゾロは洗い物をする手を止めて生真面目な顔で振り返った。
「それは違う」
「は?」
「確かに俺のエプロンだが、使い方は俺が決める」
「・・・は?」
「それはお前が着用すべく俺が貰ったエプロンだ。装着するのは、お前」
「―――は?」
いっそ愚鈍なほどに、サンジは訳がわからないとポカンと口を開けたままだ。
「あの、俺の炊事用のエプロンってこと」
「違う」
「はあ?」
「四の五の言わずに、それ着て出て来い」
そのために、早く洗い物を済ませたいんだとばかりに、ゾロはくるりと背中を向けて片付けを再開させる。

「あの、でもエプロンしかねえ・・・ぞ」
「頭に付けるのもあるだろうが」
「ん、それはある。あるけどパンツとか」
「ない」
「はぁ?」
サンジの声が引っくり返ったが、ゾロはここで振り向いたら負けだとか妙な意地が湧いて出た。
「いいから身体拭いて、それだけ着て出て来い」
え、とかちょっ・・・とかサンジ的に動揺してモゴモゴと言っていたが、頑として振り向かないゾロに諦めたのか、そのまま大人しく洗面所に引っ込んだ。
しばらくすると「えー」とか「ありえねー」とか、大きな独り言が響いてくる。
ゾロは片付けを終えた後、いそいそと冷蔵庫から冷酒を取り出して、二人分のガラスのお猪口と共に卓袱台にスタンバイさせた。
晴れた空に月は朧だが、無理矢理月見酒だ。
「早く来い、一緒に一杯やろうぜ」
卓袱台の前に胡坐を掻いて待ち受ければ、ようやく観念したのかそ〜っと洗面所の扉が開いた。

――――お!
「ゾロ〜〜〜〜」
若干恨めしそうな目付きで、腰を屈めながら姿を現す。
洗面所の鏡で己の姿を見てしまったのだろう、なんとも気恥ずかしそうで竦めた肩も首も頼りなさげだ。
「こんなん変だって、俺似合わねえ」
「なに言ってんだ、めっちゃ似合うぞ」
ゾロは思わず息を吐くのも忘れて見入った。

風呂上りで上気した桜色の肌に、真っ白なエプロンは思った以上によく映えた。
濡れて色が濃くなった金髪は毛先がくるりとカールして、頭上に戴いたヘッドドレスが王冠のように可憐だ。
短めのエプロンの裾からすらりと伸びた足は、ノーパンなせいかモジモジと膝頭を擦り合わせて落ち着かない。
「絶対、ゾロのが似合ってた?」
「は?なんで??」
「だって、ゾロは堂々としててなんかかっこよかったし」
俺がエプロン着けてモジモジしてたら気色悪さ倍増だろうが。
「お前も堂々としたらいいんだ」
「えーだって、男がこんなエプロンして恥ずかしくね?」
「俺にさせたクセに、なに言ってやがる」
まあ座れ、と卓袱台の前に促せば、サンジは両手を膝で押さえたまますとんと正座した。
さすがにこの格好で胡坐は憚られるらしい。

「やっぱり似合うな、思ったとおりだ」
至極満足気に頷いて、ゾロはお猪口をサンジに差し出す。
口を尖らせ不満そうにちろりとねめつけながら、サンジは渋々受け取った。
「なにが似合う、だよ。こういうのはカヤちゃんとかたしぎちゃんとか、可愛い女の子が着るべきもんなんだ」
「そういう固定観念は取り払うべきだ」
などと言いながら冷酒を注いだ。
さっさと飲ませて酔わせるに限る。
「今日の月は暈被ってるが、月見酒だ」
「ん、ぼんやりしてて綺麗だな」
窓越しに空を見上げ、雲の合間に光を放つ月を認めてサンジはくいっと酒を呷った。
目元の朱が一段と色濃くなる。
手酌でお猪口に酒を注ぐゾロから冷酒を取り上げ、サンジが改めて酌をする。
「これでこそ」
一人しみじみと頷くゾロに、サンジは呆れて見せた。
「訳わかんね、男の裸にエプロン着けさせてなにが楽しいんだ?」
「これぞ男のロマンってやつだろ」
言い切って憚らないゾロに、サンジは尖らせた口元をむずむずと動かす。
「だってよ、エプロンのデザイン自体がこう・・・おっきな胸がどーんとこの辺りまで隠れることに意義があるんじゃね?こんなぺたんこじゃ、胸当てしてる意味ねえじゃん」
照れ隠しか無粋なことを言い出すサンジに、ゾロは手にしていたお猪口を置いて視線を下げた。
「確かに、ぶかぶかだな」
俯くと弛む生地の間から、薄桃色の尖りがちらりと覗いている。
これはこれで・・・というより、これがまた!

「月より奥ゆかしいな」
ゾロは視線をサンジの胸元に置いたまま目を眇め、自分の指をぺろりと舐めた。
いきなりなエロい仕種に、サンジは徳利を持ったまま目を丸くする。
それに構わずさっと手を伸ばしてエプロンの下に差し込み、濡れた指先で先端をそっと撫でた。
「ひゃっ、なにすんだ」
慌てて身体を引くも、もう片方の腕がサンジの背中を抱いてそれ以上後ずさるのを許さない。
サンジはあまりのことに咄嗟に動けず、なぜか手にした徳利を落とさないよう両手でしっかりと掴んだままだ。
「エプロンの下からチラチラ見え隠れするってのが、またいいんだ」
独り言のように呟いて、指の腹でクリクリと円を描くように押し撫でる。
唾液で濡れているから滑りがよくて、小さいながらもふつりと硬くなるのがすぐわかった。
「ぞ・・・ちょ・・・」
徳利を抱いたまま恥ずかしそうに身を捩るサンジの、背中越しに腕を伸ばし反対側の胸はエプロンの上から押さえる。
布地越しに硬くしこった部分を摘まめば、コラコラコラコラっと小さな叱咤が飛んだ。
「おま、そういうのは・・・ちょっと・・・」
よほど慌てているのか、両手で抱いた徳利を手放すことは思い付かないようだ。
「ん?ここはもっと弄れって言ってっぞ」
裾を引っ張って顔を覗かせた赤い乳首を、首を伸ばしてそっと食む。
舌先で転がしながら、もう片方を布の上から強めに扱けば、サンジははわわ〜と間抜けな声を出して膝を崩した。
「待てって、ちょっ・・・へん」
実はサンジは、服の上から触られるのに弱い。
直接的な刺激でないだけはっきりしないというか、布に擦られた部分も妙な感じで気が散るとか何とか、ともかく嫌だやめろと言い張るのだ。
それでいて、実は相当感じてしまっているのはゾロにはお見通しで。

カリッと歯を立てられ、サンジは肩を竦めて横を向いた。
すぐにあやすように伸ばした舌先で舐めてやると、ふえ・・・と甘えた声を出す。
「変だって、やだって」
「ここはそうでもねえようだが」
くりくり乳首を捏ねながら、ゾロは顎で下の方を指し示した。
促されて視線を下げ、サンジがぎゃっと小さく叫ぶ。
膝を崩した真っ白な太股の間、白いエプロンの中央がこんもりと盛り上がっている。
しかもよく見れば、その中央にはじわりと丸い染みができていて―――
「うわわわわわ・・・」
もはや徳利を持ったままパニック。
そんなサンジの首元に後ろからちゅうと吸い付き、ゾロは掲げられたままの徳利を代わりに取り上げて卓袱台の上に置いた。
「どれ、こっちもねだってやがんのか」
言いながらエプロンの下からさわさわと太股を撫で、掌を滑らせた。
「ゾロ〜〜〜〜」
サンジは口元に手の甲を当て、目をきゅっと瞑っている。
「ヌルヌルじゃねえか」
「言うな、馬鹿」
上下に手を滑らせて擦るとエプロンの布地も一緒に敏感な肌に触れるようで、サンジは身を捩ってハアハア浅い息を繰り返した。
いつもより感じているのがわかって、ゾロの脳内は既に沸騰状態だ。
「ま、て・・・エプロンが、染みんな、る」
「なんの染みだ?」
「・・・ばかっ」
もう馬鹿野郎と肩を叩きながら、サンジはくるりと身体を反転させてゾロの膝の上でうつ伏せになった。
と、背中に白い紐が一本だけ結ばれた、丸い尻がぷるんと露わになる。
「お前もう、けしからんな!」
「はうわっ・・・なに?」
カプリと尻に噛み付かれ、サンジは丸まったらいいのか仰け反ったらいいのかわからないままゾロの膝の上でぴょこりと跳ねた。


「あ、も・・・やっ」
そのままじっくりと後ろを解され、四つん這いの状態で背後から圧し掛かられる。
ゆっくりと奥まで突き入れ浅く抜き差しを繰り返されて、サンジは畳に手を着いて身をくねらせた。
「やだ・・・あ、も・・・」
エプロンの肩紐がずれて、片肌を脱いだ状態になっているのがまたゾロを呷った。
むき出しの肌に噛み付き首筋を舐め上げ、ごんごん腰を打ちつけながら忙しなく乳首を捏ねる。
「も・・・や・・・あ―――」
ぶるぶると膝が震えだしたのを合図に、ゾロはエプロン越しにサンジのモノを掴んで大きく扱いた。
あああっと短く叫んで、布にじんわりと熱いモノが染み出す。
ゾロも大きく腰をグラインドさせた後ゆっくりと引き抜いて、サンジの背中、紐の結び目辺りにたっぷりと吐き出した。




「あーもー・・・信じられねえ」
しどけなく横たわり、サンジは仰向いて畳の上に金色の髪を散らした。
装着したきりのエプロンが局部を隠しているが、肌のそこかしこに朱が散らされ髪も乱れ頬も上気しているから、今まさに犯されましたといわんばかりの光景だ。
二人共に果てた後の、この投げやりな気だるい表情もサンジの別の一面となって、ゾロの目を楽しませてくれている。
ゾロは胡坐を掻いて煙草に火を点けると、そのまま半開きのサンジの口に咥えさせてやった。
虚ろな眼差しのまま数度吹かし、あーもうと不明瞭な発音で再び唸る。
「これが、男のロマン?」
「おう、堪能した」
ゾロはまるで反芻するかのように頷いて、一人満足気に目を細めている。
「ソレは結構なコトデ・・・」
お前、エプロン手洗い決定なーと呟けば、ゾロは二つ返事で引き受けた。
まさに上機嫌。
なにがそんなによかったのか、やっぱりさっぱりわからないが、サンジ的にもかなり盛り上がったシチュエーションではあったから、まあよしとしよう。
でもやっぱり、よくわからない。

まあいいやとサンジは仰向いて、空に向かってふーと大きく煙を吐く。
立ち昇った紫煙は、窓に映る月を隠そうとするかのように横に棚引いた。



END


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