宵待


「和々」のロゴが入った紙袋が自転車の荷台に乗っていて、サンジはこりゃなんだと手に取った。
察するに、ゾロがさっき軽トラに乗り込む前に降ろして忘れていったものだろう。
和々で買い物をしたとも思えないし、手触り的にはふにゃふにゃしていて雑貨ではなさそうだ。
布地だろうか。
封もしていなかったので中を覗いたら、白くて綺麗なレースも見えた。
「割烹着かな?」
何気なく広げて仰天する。
あの、カヤが着ていて皆に絶賛されたフリフリエプロンではないか。
更に、袋の底に残っていたのは同じく白いフリルのヘッドドレス。
「そうか、ゾロはそんなにも・・・」
サンジはエプロンを握り締め、決意するようによしと小さく頷いた。





「ってことで、かけっこは俺の勝ちだったよな」
運動会も無事終了。
本来定休日な月曜日も祝日だから、店を開けていた。
朝の内は天気だったのに昼前に土砂降りになって、午後もずっとしとしとと降り続いて。
連休最終日にしてはのんびりなお客さんの入りだったけれど、このくらいのペースが丁度いい。
今日もよく働いた。
そして明日は、和々も同じくお休みの日だ。

風太の散歩も終えて風呂も済ませ、月のない夜に二人でさしつさされつの晩酌をしながら、サンジはにっこりと微笑んだ。
常にない、どこか邪気を秘めた笑みだからゾロは本能で警戒する。
「ああ、かけっこは負けたな」
総合優勝はゾロの組だったけれど、勝負処はそこじゃないからいいのだ。
「勝者から敗者に、提案があるんだけど」
命令じゃないところが可愛いのか。
つか、可愛いと思えるところはそこか。
サンジはニコニコ顔のまま、紙袋を取り出した。
「あ」とコップを傾ける手を止めて、ゾロは目を見開く。
「それ、どこにあった」
「表の自転車の荷台。お前忘れてたろ」
確かに、軽トラの後ろに乗せたきりじゃ雨に濡れるとか思って、どこかに降ろしたまでは憶えていた。
そこからすっかり忘れ果て、今サンジが取り出さなければ忘れたままだったかもしれない。
「これ、お前のだろ」
「あ、いやまあ」
俺のというか、お前のというか。
そう続けようとした時、サンジは嫣然と微笑んだまま中身を取り出しゾロの前に置いた。
「いいぞ」
「え」
「これ、使っていいぞ」
思わず、手にしたコップを取り落としそうになる。
一体全体どういう訳か。
サンジが、あの人一倍テレ屋で意地っ張りでちょっと天邪鬼な可愛い小悪魔サンジが、自らフリフリエプロンの
着用を許可してくれるなんて。

「いいのか?」
「ああ、ゾロが欲しくて貰ったんだろ?いや、買ったのか?」
「や、貰ったんだ。なんか当然のごとく貰った」
ゾロにすれば買ってもいいくらいの意気込みだった訳だが。
手に入れたはいいが、どうやって説得しようかとも思案していたのだ(その割に失くしたことを忘れていたりもしたけれど)
それがまさか、サンジから提案してくれるだなんて。

「はい」
サンジは満面の笑みを湛え、畳まれたエプロンをずいっとゾロに差し出した。
思わず受け取りそうになり、いやいやとゾロは掌を握る。
「俺に着せて欲しいのか?」
「ん?ゾロが着たいんだろ?」

―――ん?

待て待て待て待て、ちょっと待て。

「なに・・・」
「カヤちゃんが羨ましくて、欲しかったんだろ?ゾロが」
サンジは首をほんの少し傾けて、じっとゾロの顔を見返した。
この表情に弱い。
なんつーかもう、仕種自体が可愛すぎる。
これで三十路自前とか、もう詐欺だろう。
なんて、本筋から離れた場所で悶絶し掛けたゾロが、はっと我に返った。

「違うぞ、カヤが羨ましかったんじゃなくて・・・」
「だから欲しかったんだよなー」
サンジはパラリとエプロンを広げ、ゾロの胸に当てた。
「うん、似合う・・・とは口が裂けても言えねえが、見られないこともない、かもしれない。つか悪くない・・・こともないけどまあいいや」
どっちだ。
「お前がどんな格好したがろうが、ゾロはゾロだから。どんなお前でも、俺は愛してる」
真正面から真剣な眼差しで見つめられ告られて、ゾロは思わず握り締めていたコップを割ってしまった。
破壊音と共に酒飛沫が上がって、サンジはうひゃっと声をひっくり返す。
「ゾロっ、手!だいじょう・・・手!」
「やってやろうじゃねえかああああ」
サンジの手からエプロンを引っ手繰ると、乱暴にエプロンを身に着けヘッドドレスまで装着した。
「どうだ、これに耐えられたら次はてめえだ!」
「えええええ?」
耐えるってどっちが?!

なんの勝負かわからないまま、フリフリエプロン姿のゾロにお酌する羽目になったサンジを自業自得と呼ぶべきか。
雲の向こうで丸い月がクスクスと笑っている。



END


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