夜明け前 4

頭に物凄い衝撃が走った。
目の焦点も合わなくて、混乱する。
張り倒されたのだと気づいた時には、うつぶせにベッドに押し付けられていた。
中途半端に脱がされたシャツの、袖の部分を背中で結ばれる。
腕が、動かせねえ。
シャツに拘束されたまま、ズボンがずり下げられる。
・・・畜生、カッコわりい―――
自然、顔が赤くなる。
ズボンも中途半端にずらしたまま、結びやがった。
「このクソ馬鹿!変態野郎!」
後頭部を押し付けられて、俺の声はシーツに吸い込まれる。

ゾロは俺の膝を立てさせて、腰を高く上げさせた。
羞恥に身体が震える。
露になったそこに、乱暴に指を立てる。
俺は身体をくねらせて抵抗した。
ずり上がろうとする身体を、ゾロはがっちり押さえつける。
「変態!クソおやじ!」
むりやりこじあけられ、指を突っ込まれる。
「・・・いてえ!クソアホ、痛っ・・・」
がくがくと視界が揺れる。
震えているのは、俺だ。
痛みや怒りだけではない、本能的な恐怖―――。
乱暴な手が離れたと思うと、熱いものが押し当てられた。
―――無理だ・・・
一瞬、身体を強張らせる。
後頭部の髪を掴んで、無理やり頭を引き上げられた。
「・・・力、抜け。」
無理にきまってっだろ。
ゾロが、空いた手で前を掴む。
「・・・!」
びっくりして気が散った隙に後ろを進めやがる。
痛いっつってんだろが・・・
奴も辛いだろうに、めちゃくちゃ突き入れてくる。
痛くて気持ち悪くて、俺は訳のわからない声を上げた。
おこりのように身体が震えて、歯の根も合わない。
後ろ手に縛られたまま、奴を全身で拒否する。
拒めば痛てえのは俺なのに、受け入れるわけには行かない。
強張った俺の身体からいったん引き抜いて、ゾロはもう一度俺を張り倒した。
今度こそ、意識が飛んだ。
倒れこんだ俺の身体に、ゾロが力いっぱい己を捻じ込む。
すさまじい痛みに、意識が戻る。
入っちまった場所から、ぬるりと何か流れ出てきた。
―――畜生・・・また切れたじゃねえか。
幸か不幸か滑りがよくなってる。
頭の芯までがんがん響く、激しい痛みを突き入れられて、俺はシーツを噛んで唸った。
涙が溢れてよく見えねえ。
ゾロの馬鹿力が俺の腕を掴んで揺さぶってる。



―――ああ、同じだ。
あん時と・・・同じだ。
何人もの下卑た笑い声と、自由にならない身体。
無理やりこじ開けられ、嬲られる屈辱。
そして―――


陵辱に応える俺自身。


後ろを刺激されて、いつの間にか勃ち上がっている俺。
お姉さんにあんなに色々してもらっても、反応すら出来なかったのに・・・
こんなひでえ状況で、なんで勃つよ。




ぼろぼろと涙が零れる。
あの時の声が、耳の奥でこだまする。


『――見ろよ、こいつ勃ってやがる。』
『かなりの好きものだな』
『身体は正直だな。――悦んでるぜ。』


何人もの手に嬲られて、拒絶の声を上げていたのに―――
あの中に嬌声は混じっていなかったか。
俺は、受け入れてしまってはいなかったか。
何度突き入れられて、何度イッた、俺――――
悦びに震えて、感じてたじゃねえか。


身体を暴かれるのは、怖くねえ―――

怖いのは・・・






ゾロが前を掴んだ。
身体がびくりと跳ねる。
もうそれだけでイキそうになる。
ぐじゅぐじゅと卑猥な音を立てて、ゾロは出し入れを繰り返す。
俺の身体はびくびくと痙攣しながら、勝手に精を吐き出している。
萎えてもまだ、俺は奴を求めている。
奴自身を締め付けて、逃すまいと銜え込んでいる。


「―――お前・・・」
ゾロの呟きが遠くで聞こえる。
奴の動きに合わせて、無意識に腰を動かす俺。
死にそうなほど痛てえのに、また勃ってきやがる。
ゾロが俺の腰を両手で抱えて、激しく突き入れる。
俺は声を上げて、それに応える。






なあ、ゾロ。

俺の顔は愉悦に歪んでないか。

だらしなく涎をたらして、媚びた目で、お前を見てはいないか。

あさましい―――

あさましい、俺。



・・・俺を見るな・・・























波の音が聞こえた気がして、俺は目を覚ました。
まだ夜中なのか、窓から明りは見えない。
俺はベッドの中に居て、ゾロが隣に寝ている。
手足は自由になっていた。
暗くて見えないが、まだ手首に痛みが残っている。
身体は麻痺しているみたいで、感触がほとんどない。
恐る恐る手で触れてみると、服は着ていないが汚れがついているようじゃない。
綺麗にして、くれたのかよ―――
向こう側を向いた、緑の頭だけがシーツから出ている。
寝返りを打とうとしたが、身体が動かない。
自由になる手を額に当てた。

―――驚いただろな。
だから、やるなっつったんだ。
―――呆れただろうな。
あんまりあさましくて、引いただろ、多分。
―――気に入ったっつたら、どうしよう。
セフレにでもなるか。

つい・・・と涙が目尻から流れ落ちる。
何べん泣いても、涙ってのは枯れねえのか。
なんで泣くよ、俺。

理由はわかってる。
わかってるけど、認めたくねえだけ。
ゾロとだけはこうなりたくなかった。
知られたくなかった。
あさましい俺。
誰にでも身体開いちまう、俺。
そんなつもりねえのに、勝手に反応するカラダ―――

涙と一緒に鼻まで詰まってきた。
喉がひくついてしゃくりあげる。
顔を横に向けたら、いつの間にこっちを向いていたのか、ゾロと目があっちまった。
―――!起きたのか。
ゾロは眠たそうに何度か瞬きをして、半眼でこっちを睨んでいる。
俺は顔を隠そうとしてシーツに擦り付けた。
「まだ夜明け前だ、寝てろ。」
そう言って、布団をかけ直す。
俺は顔が上げられない。
起きてそうそう、めそめそした男の顔はごめんだろ。
「泣くな。」
「・・・泣いてねえ。」
声が擦れて、余計情けねえ。

なんとか無理をして寝返りをうとうとして失敗した。
ゾロが俺の身体を抱き寄せる。
抵抗しようにも、力が入らねえ。
されるがままに、奴の腕の中に収まった。
まともに顔を覗き込まれて、目を伏せる。
暗いから涙の跡は見えねえだろうな。
ゾロの身体は大きくてあったかくて、えらく居心地がいい。
なのに俺はまだ震えている。

ゾロが眠らない。
俺の顔をじっと見てる。
居たたまれなくなって、また余計なことを喋りだす。
「――驚れえたか。」
「・・・ああ、驚いた。」
「呆れたか?」
「おう、呆れた。」
「セフレにでも、なるか?」
「なんだそれ。」
冗談だ。
俺は笑ってみせた。
――ちゃんと笑顔になってるか。
ゾロが変な顔して俺を見てる。





「お前みたいな、インラン野郎はな・・・」
ゾロの息が額にかかる。
俺は観念して目を閉じた。
「もう、誰とも寝るな。」
ゾロの腕が強く抱きしめる。
「――俺だけに、しとけ。」
驚いて、目を開けた。
ゾロが俺を見てる。
穏かで、優しい光。

・・・怒ってねえ?
嫌われてねえ?
軽蔑してねえ?

阿呆みたいに呆けた顔で、まじまじと見つめた。
浅黒い肌。
細い眉。
引き締まった唇。
皮肉気に片方が引き上げられた。

ああ、ゾロだ。
ゾロ・・・だ。

まだ夜は明けてねえ。
今なら、言えるかもしれねえ。
お天道様は眩しすぎて、言葉にすると溶けてなくなりそうだから・・・

「俺なあ、ゾロが好きだ――」
こんなに近くにいるのに、届いたか不安になる。
「俺もだ。」
軽く笑って唇を寄せてきた。
背に腕に、身体中にゾロを感じて目を閉じる。

空が白みはじめていた。

END

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