Whispering -5-





「退院しても1ヶ月ごとに診察に来てくださいね。何かあったら必ずここに電伝虫掛けてくださいね。何も言わなくても
 サンジさんだってすぐわかるようにしますから。用事がなくても時々顔見せてくださいね。どこか行く時は必ず連絡
 くださいね」

退院許可を出しておきながら、医者は最後まで心配してあれこれと注文をつけてきた。
サンジは笑って、いちいち頷く。



入院するときに預けていた生活費は、何故か100万ベリーに増えて返ってきた。
リーナ達が寄付してくれたのだという。

それをありがたく受け取り、あてもないままに病院を後にした。
とにかく、海を見たかった。
















潮の匂いを胸いっぱい吸い込んで、サンジは砂浜に佇んでいた。

海だ――――
ようやく、帰ってきた。

さざ波の音は目の前の景色と微妙にずれているけれども、やはり海があって波の音がすることが一番しっくりと来る。
サンジは潮風に吹かれながらゆっくりと煙草を吸った。
入院中も隠れて吸い続け、よく看護師に叱られたものだ。



輝く水面に目を細め、これからのことを考える。
とにかく、生きていかなければならない。
自分にできることは料理だけだが、なんとか凌いで行けるだろう。
サンジは医師の紹介状を握り締め、隣の島に渡った。











シュールゼンヌ症候群だと告げると、大抵の人間は驚き警戒し、真実かどうかをまず疑う。
だが不自由ながらも普通の生活を送れるとわかると、皆一様に一目置いてくれるようになった。

医師の紹介状は中々の威力を持ち、その島の世話役はサンジに好意的だった。
廃屋となっていた岬の食堂を改装し、営業できる店に形を整えてくれたのも島民の協力のお陰だ。
引留貝憑きがレストランをするなんて、寄生虫をバラ巻く算段だろうなどと悪意のある噂も立ったが(サンジの耳には
入らなかったが)、店の評判はすぐに人伝に知れ渡り固定客がついた。
金を貯めるほどの儲けは出ないが、そこそこ暮らして行ける程度に収入がある。
住む場所を持ち店を持ち、料理を食べて喜んでくれる人を得てから、サンジはようやく霧が晴れたように色んなことを
思い出すようになっていった。



東の海でレストランの副料理長をしていたこと。
破天荒な船長と出会い、グランドラインに漕ぎ出したこと。
陽気な仲間達。
麗しい航海士と考古学者、気の合わないタメ年の剣士。


―――ああ
あの冒険の数々は、夢じゃなかった。
自分は確かに偉大なる航路を渡り、手強い敵を相手に何度も死ぬ目に遭いながら戦って越えて来たのだ。
いつだって仲間がいた。
守るべき人がいた。
大切な大切な、夢があった。


ログポースの指し示す航路から外れた小さな島で、ひっそりと日々を営みながら過去を思い返す。
相変わらず潮騒は止まないけれど、いつかまた、海に出よう。
すべての海の魚たちが集う、夢の海域オールブルーを探してみよう。
それは誰のためでもない、自分自身への約束。





かつての仲間達は、今もこの大海原のどこかで冒険を繰り広げているだろう。
たった2年。
長かったようで、あっという間の2年だった。

ルフィはワンピースを見つけただろうか。
ナミの夢は壮大で、恐らく終わりがないだろう。
ウソップは、少しは度胸がついたのか。
チョッパーはまた腕を上げたか。
ロビンの過去を紐解く旅は、ヒントが集まったのだろうか。
フランキーは、相変わらず海パン一丁なんだろうか。
そして―――

あの男のことを思い出すとき、サンジの胸はなんともむず痒いような、甘酸っぱい想いで満たされる。
反目し合って、よく喧嘩した。
本気の殴り合いだって、貶し合いだって。
ムカつくこともあったしいけ好かなかったし、横柄で尊大だったし。
腹が立ってイラついて、でもどうしたって気になって・・・
誰よりも心惹かれていた。
想いが通じ合った時は、それこそ夢かと思った。
何よりも、この気持ちを大切にしたかった。
あの逞しい腕が自分だけに伸ばされた瞬間を想い出すと、今でも心が震える。

大好きだった、今でも好きだ。
ずっとずっと、好きでしかいられない。







−どこで見たって月は月で、星は星だな−
あの日、ゾロが何の気なしに呟いた言葉だ。
その通りだと今さら想う。
今日、この夜に見る月を、どこか遠い空の下でゾロも見ているのかもしれない。
大切な人を失った時でも、離れ離れになった時でも、すべてに絶望して記憶の底に沈んでしまった夜でも―――
月は変わりなく輝き続ける。
雲の裏でも、大地の向こう側でも。












サンジは一人窓辺に佇み、月を眺めながらタバコを吸い切った。
最近は、自然に月に向かって語りかけている自分に気付いて「あいたた」とか思う。
月と見せかけて、呼びかけているのはあの男だ。
この場にはいない、過去の「彼」に心中で独り言を呟き続ける様は我ながら痛いものがあるが、それがサンジの
救いになっているのもまた事実で。
こっ恥ずかしーなと一人ごちて、サンジは吸殻を灰皿に揉み消した。

冬が近いから、日の暮れるのが早い。
早く準備をしなきゃディナーの客が来ちまうぜ、と慌てて昼に届けてくれた新しい食器の箱を開けた。
陶器市のじいさんが、時折揃っていない皿やカップを譲ってくれるのだ。
ふるぼけた箱の中、無造作に古新聞に包まれた食器を、どんなものが出てくるか楽しみにしながら開けて行く。

ふと、その手が止まった。
大きな皿を包んである新聞の、色褪せた紙面に見覚えのある輪郭を見つけてぎくりとする。



――――あ・・・
一瞬、ちかりと頭の中が閃いた。
取りこぼされていた記憶の欠片が次々にフラッシュバックする。

あの日、あの時・・・
目にしたのは、こんな文字



『海賊狩り、死す』









耳に届くさざ波よりも激しい波が、サンジの記憶を引き戻した。
































どうしようもない不安を抱えながら、いつものように水飲み場まで歩いたあの日、風に舞い上げられて足元に絡んだ新聞。
2日前の日付のそれには、隣の島で繰り広げられた死闘のことが報じられていた。
『鷹の目に挑んだ元海賊狩り、死す』

島に滞在していたミホークに戦いを挑み、返り討ちに遭ったと記してある。
大剣豪の名を賭けるに相応しい、嵐の中の決闘。
両者互角とも見える勝負の中、天が鷹の目に味方した。
空から落ちた雷は海賊狩りの身体を貫き、ボロボロに砕けた黒い刀と共に海の藻屑と化したと。


―――藻類が藻屑か、シャレにならねえ・・・
頭に浮かんだのは、その程度のことだった。
だって、ゾロが死ぬわけがない。
もう二度と負けないと誓ったのだ。
厳しい鍛錬を重ねて、世界一強い男になるために努力を続けたのだ。
ゾロの強靭な身体を支えてきたのは自分だと、自負している。
血や肉を、骨を作り、内面から湧き出るエネルギーを育むのがコックの仕事だ。
サンジの食事でゾロはますます強くなった。
誰にも負ける訳がない。
こんなところで、死ぬ訳がない。
自分の知らないところで、死ぬ訳がない。




サンジはもう一度、じっくりと新聞に目を通した。
そもそも「死す」の言葉の後に「!?」が付いている。
その場の状況をリアル表現してあるが、どこまでも現在進行形だ。
立ち会った記者が、朝刊に間に合うように急いで送ったものだろう。
第一、ゾロの死体が上がったとも書いてない。
そもそも、「ロロノア・ゾロ」の名前が一言も書いてない。

―――写真はゾロだけどな
辺鄙なこの土地では、手配書すらろくに回っては来ない。
久しぶりに見る、手配書のゾロの顔がくしゃりと歪んだ。

「ゾロ・・・」
この名を口に出すのは、何年ぶりだろう。

今ならば笑い種のようなこんな記事でも、あの時の自分には衝撃だった。
自身の状態が掴めなくて、必ず治ると保証されても不安が消えなくて、止まない海鳴りに翻弄されて神経が参って
きていたあの時に、ゾロの死を聞かされた。
まさかと笑い飛ばそうとして、嘘だろうと聞き返そうとしてできなかった。
自分の知らないところで、知らない場所で、知らない海で、ゾロが死んでしまうだなんて。
そんなことがあるはずがないと、言い切れないことを知っているから、余計受け入れられなかった。

何もかもを拒絶した。
その先を、結末を聞きたくなくて、耳を塞いだ。
心を閉ざし、耳を塞いで、最悪の予感を締め出して――――
逃げ出したのだ、すべてから。


「は、はは・・・」
サンジは渇いた声で笑った。
滑稽すぎて涙も出ない。
一人で立ち止まり殻に閉じこもって、自分の中の海に飲み込まれていただけだなんて。


サンジはクシャクシャに皺がよった紙面を、そっと手で撫で付けた。
この記事が真実であったとしても、この世にすでにゾロはいなくても―――
サンジの夢に揺るぎはないはずだ。
だが、理屈で分かっていても感情は止められない。

「ゾロ・・・」
生きているなら一目逢いたい。
生きていて欲しい。
どんな姿になったとしても―――
今この瞬間にも、同じ月を見ていて欲しいと切に願った。
二度と、逢うことは叶わなくても。










片手で顔を覆い、サンジはしばらくテーブルに手を着いて俯いていた。
視界の端に、外灯を過ぎる影がすっと動くのが映る。

―――ああ、客か
もうそんな時間だった。
村の人か旅人か、店の灯りを頼りに足を運んでくれる人だ。

サンジは目元を擦って髪を撫で付けると、顔を上げて玄関に向き直った。
すでに扉は開かれていて、男が一人立っている。
その見慣れたシルエットに、サンジは今度こそ息をするのも忘れてしまった。







聞き慣れた潮騒が、すっと遠退いていく。







「いい店じゃねえか」
2年ぶりに姿を現したゾロは、戸口に立ち止まったままぐるりと店内を見回した。

「一人でやってんのか」
そう言って、ずかずか大股で真っ直ぐに歩いてくる。
「とにかく腹が減ってんだ、早く食わせろ」
サンジの手前で立ち止まり、覗き込むように顔を寄せた。

前よりも肌が浅黒く、全体的にがっしりして見える。
目の前に現れた顔には、左の目元から頬にかけて大きな傷跡があり、口元が少し引き攣れていた。
だがゾロだ。
生意気で不遜で、傲慢な自信家でいて、何処か優しい輝きを秘めた瞳。
あの日、自分にだけ向けられた、真っ直ぐな眼差し。



サンジは顔を歪めてくっと呻いた。
俯いた仕種で、長い前髪が表情を隠す。
さらに身を屈めて覗き込もうとするゾロの腹に、不意をついて渾身の膝蹴りを当てた。

「・・・ぐっ」
さすがに吹っ飛ぶまではいかないが、苦しそうに身を折って2.3歩よろける。
「なにしやがるっ、こっちが手加減してやってんのに」
この場合、確かに殴られるのは自分のような気はしたが、サンジは得意の逆ギレで喚き散らした。
「誰が手加減しろっつったんだよ。てめえ、生きてやがるならとっとときやがれ!」
「よくそんな口叩けるな、ナミの借金が何百倍になってっと思ってんだ」
「こ、怖くて考えられねえよ・・・んなもん」
素で答えて、はっと気付いて顔を上げた。
ゾロが訝しそうな顔で見つめている。



「俺あ、待ってたんだぞ」

顔に傷が増えて、明らかに凶悪さが増しているのに。
額が秀でて頬骨が張って、精悍さが増しているのに。
まるでガキみたいに呟くその瞳には、不安の色が濃く滲んでいた。

「宿の主人がてめえの伝言伝えにきても、信じきれねえでぶっ飛ばしかけてルフィに止められた」
「1週間待ってりゃ追い付くって聞いたから先に出たんだ」
「2年も音沙汰なしで、結局迎えに行くまで来やがらねえたあ、どういう了見だ」

激する訳でない、懇々と訴えるような穏やかな声音。
喧嘩腰でしか本音を話せないサンジには、この方がきつい。



「俺が来て、迷惑か?」
ダメ押しだ。
サンジは、俯いたままふるふると首を振った。
いつの間にか、ゾロの手はサンジの腰に回っていた。
背中を撫でられ、軽く引き寄せられる。


今しかないと思った。
今言わなければ、また消えてしまうかもしれない。
幻でも、夢でも、伝えられるときに伝えておかなければ。







「好きだ」

顔を上げて呟いたら、思いの外近くで視線とぶつかった。
「俺もだ、会いたかった」
当たり前のように、ゾロの唇がすんなりと言葉を紡ぐ。

「会いたかった」


想いが、喉から溢れそうになった。
会いたかった
会いたかった
ずっとずっと好きだった
今も好きだ、離したくない
夢でないなら――――


水の膜を張ったように視界が歪む。
きちんと視なければ言葉が読めないのに、ゾロの声は視覚を素通りして直接サンジの耳に届く。

「もうどこにも行くんじゃねえ、今度離れたら首だけでも掻っ切って連れて行く」
誰が聞いても物騒な台詞を吐いて、ゾロは熱い吐息を被せるように唇を合わせてきた。
久しぶりの他人の体温に、全身の血が一気に駆け巡る。
逃げるより挑むように、サンジも唇を食み、舌を伸ばした。
すべてでゾロを感じたかった。
身体の奥底から、血が迸るようにゾロを求めた。

「馬鹿野郎、そんな面すんじゃねえっ」
凶悪さを増したゾロは、怒ったように短く叫び、頬に唇を付けたまま痩躯をきつく抱き締めた。
サンジの爪先が床を離れ、弧を描いて反転したかと思うと、ゾロは玄関の外灯のスイッチを切ってしまった。
内側から鍵をかけ、カーテンも閉める。



「部屋はどっちだ」
どんどん声が低くなり、最後は唸るようだった。
サンジはゾロの首に手を回し張り付くような格好で、顔を背けたまま部屋の方向を指で指ししめした。




























「ふあ・・・あっ・・・」

みっともない声が出ているだろうに、それを抑えることもできなくて、サンジはただ枕に顔を埋めた。
震える指がシーツを握り締めるのに、ゾロの無骨な手が上から覆うようにして掌で包み込んでくる。
その温もりが染み込むようで、サンジはさらに喉を震わせた。
快感が強すぎて、身体が追い付けない。

ゾロの触れる場所すべてが、発火しそうに熱い。
けれど身体は固く閉ざしていて、気持ちほど素直に解けてくれない。
それがもどかしくて、でもゾロの手から伝えられるものは痛みでさえ嬉しくて、サンジは覆い被さる逞しい
身体に手を伸ばしてしがみ付いた。

背中は変わらず、傷一つなく綺麗だった。
それが嬉しくて堪らない。



「もう・・・ダメ、だ・・・」
声がすすり泣きに変わる。
「感じすぎて、辛え・・・」

「この野郎っ」
ぐわっとゾロが白目を剥いた。
「そんな台詞、どこで仕入れてきやがったっ」
激情に任せて、ガツガツと無遠慮に腰を押し入れる。
「そ・・・んな暇あっか、ば・か――――」






本気で、昇天するかと思った。
































潮風と波の音が、変わらぬ朝を告げていた。
はためくカーテンの裾に頬を擽られ、サンジは気だるげに瞼を開ける。
隣で眠るはずの、男の姿はない。
だが、昨夜のことは、夢ではなかった。
今だって、ゾロの匂いで部屋が満たされている。
シーツに顔を擦り付ければ、香ばしいような残り香で、尽きたはずの欲情が頭を擡げる。

「ゾロ・・・」
名を呼べる悦びに、改めて浸った。
階下の扉が開く音がして、階段を昇る足音が重々しい。



「起きたのか」
「寝腐れマリモに起こされるたあ、天変地異もんだ」
サンジは髪を掻き上げて、寝転んだまま煙草を咥えた。
ゾロは上半身裸にズボンだけ穿いて、浮いた汗をタオルで拭っていた。
早朝から鍛錬でもしていたのだろうか。

昨夜は気付かなかったが、明らかに傷が増えている。
ほとんど致命傷じゃないかと思わせる、胸の袈裟懸けの傷はさらに対照的に斜め切りされ、バッテン状態
なのが客観的に見ると笑えるポイントだ。



「勝ったのか?」
「ああ」
何を今さらと、ゾロは片眉だけ上げて見せた。
「あの・・・なんつったか、ミホークがいた島で?お前雷に打たれたんじゃねえの?」
「はあ?」

とぼけている訳でなく、本気で思い当たらないようだ。
サンジは2年前の新聞記事の話をした。
ゾロは面白がって階下まで取りに降り、広げ見ながら戻ってきた。

「確かに俺の手配書の写真だが、日付が違うな」
「ああ?」
「まだこの頃は、俺らこの島に着いてねえ」
ミホークが島に滞在していることを報じられたお蔭で、挑戦者が引きも切らなかったのだそうだ。
「大体、黒い刀って、俺の雪走は使いモンになってねえぞ」
「・・・ああ」
そういえば、そうだった。
「俺より先に対峙した奴を記者が取り違えたか、まったくのガセネタか・・・」
ゾロはガリガリと頭を掻いて大欠伸をし、手にした新聞を丸めて後ろに投げた。

「こんなピンぼけの写真より、生の方をじっくり見やがれ」
「・・・しょってやがる」
のそのそと大型動物のようにシーツに潜り込むゾロを手を広げて抱き込んで、サンジはいや、と身体を起こした。

「こうしちゃいられねえ、店開けねえと・・・」
「こんな時に商売する気か?」
「馬鹿野郎、昨夜だって締めたきりなんだ。村の人が心配する」
心配してくれるほどに、絆が深まっているのだ、地元の人たちと。



「ああ、それなら問題ねえ。さっき来たじいさんに話つけたから」
「は?あ?なにを?!」
外で素振りをしていたら、ミルクタンクを持って来たじいさんに見咎められたらしい。

「ここのコックの連れで、迎えに来たっつったら、そうかって喜んでたぞ」
全身傷だらけの、上半身裸の男がいきなり現れて店先で素振りをして、しかも連れだと名乗って店の
閉店まで宣言したらしい。
「ちょっ、待てよ。冗談じゃねえぞ」
こっちにはこっちの都合ってもんがある。

「こっちこそ冗談じゃねえ。言い忘れたが、そろそろあいつらも来るぞ」
「なんだって?」
条件反射的に海の方向に振り向いた。
「先に俺に行かせろっつって、1日猶予貰ったんだ。てめえの足取りはあの島で途絶えていたが、あの女に
 尋ねたら教えてくれた」
ゾロの言う“あの女”がリーナのことだとわかって、胸が痛んだ。
「リーナちゃん、元気だったか?」
「まあな。色々悩んでたみたいだったが、それでももう2年前の話だ」
そうだ、たった2年だが、もう2年も経つのだ。


「俺が迎えに行くっつったらあいつも喜んでた。どっちもこっちも万々歳じゃねえか」
「・・・そりゃあそうだが・・・」
けれど、この島で受けた恩はやはり返したい。
村長に礼もしたいし、贔屓にしてくれたお客さん達には挨拶くらいしたい。
それに、あの医者にシュールレンヌ症候群の原因と思われる心理作用について話してやったら、どんなに
喜ぶことだろう。

「まずはぶん殴られて、それからナミに法外な借金を言い渡されるぞ、覚悟しとけ」
「うう、ナミすわ〜〜〜ん」
サンジは頭を抱えて、それでも嬉しさに身悶えた。






つい昨日まで止まっていた、サンジの現実が急に動き出す。
ゾロは元より仲間達の誰もが、悠長に待ってなんかくれないだろう。
嫌が応にも引っ張り出され、ノンストップで冒険の渦に巻き込まれるのだ。


「俺も気になるんだが、まずはちゃんとチョッパーに説明しろよ」
「う、あ?」
ゾロの真面目な口調に、きょとんとして振り向く。
「誰に聞いても、てめえは耳が聞こえない状態だって聞いてきたんだ。それがどうだ。てめえ、聞こえてる
 じゃねえか」

ゾロの言葉を咄嗟には理解できず、それからゆっくりと頭の中で整理して、何か言葉に出す前にかああああっと
目の前が赤く染まった・・・気がした。
突然赤面するサンジに、ゾロは不審そうに目を眇める。

「思い当たる節はあるようだな」
「う、あ、いや・・・その・・・」
サンジはプチパニックに陥って、両手で耳を抑えたままどこかに逃げようとした。
それを許さず、ゾロは手を広げてサンジの身体を抱き締めた。

「逃がすか、もう二度と離さねえよ」
「うわ〜〜〜っ、馬鹿バカ野郎っ」


なんだかもう、とてつもなく恥ずかしすぎる。
取り敢えず、耳が治ったことについてなんて説明したらいいんだろう。
そもそもなんで耳が治らなかったのか、追求されたらどうしよう。



サンジはゾロの腕に抱えられた状態でがくりと身体の力を抜いて、途方に暮れた。










どこか遠く、だが力強く

サンジの名を呼ぶ懐かしい仲間達の声が、確かに耳に届いた。





END


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