チャンス到来



その実を手に入れたのは、一つ前に寄港した島だった。

砥ぎに出していた刀を引き取りに行ったあとすることもなくなり、さりとて酒場が開く時間にはまだほど遠く、ゾロは広場の噴水の前のベンチで暇を持て余して見るともなしに往来を行き交う人々を眺めていた。
そこに大荷物を背負った齢80は裕に超えた老婆が杖を突きながらやってきて、ゾロの前をヨロヨロと通り過ぎようとしていた。
しばらく眺めていたが、今にもひっくり返りそうな危なっかしい足取りでちっとも前に進まない彼女を見ていてゾロはだんだん苛立ってきた。
そして思わず声をかけ、成り行きで自宅まで付き添うことになったのだが、
てっきり近所、行っても町はずれぐらいの距離かと思った老婆の行き先は、とんでもなく遠くあり得ないほど山奥にあり、たどり着いた頃には陽はすっかり傾いて空は紫色に染まり始めていた。俺が声をかけなかったらいったいここまでどうやってこようとしていたのだろう。

家に着くと老婆はお礼だと言ってゾロに何かを差し出した。

「どうやらお前さんにはこの実が必要なようだね。」

そういうと、老婆はどこからか取り出した鮮やかな紅い実を一つ掌に乗せてくれた。

「それは、一人の相手につき一回だけ使えるんだ。相手がお前さんを本当に愛しいと思った瞬間、相手の身体にお前さんの目にもハッキリとわかるようなサインが現れる。それがどんなサインかは人によるから、これという風には説明できないが、とにかく相手が幸せを感じるように大切にしておやり。」

この老婆の言うことを本当に信じてもいいのだろうか?

大きく曲がった腰に杖をついた格好といい鉤鼻といい、魔女のデフォルトのような風体だから胡散臭さも感じなくはないが、俺を騙したからといってこの婆さんには1ミリのメリットもないから、信じてもよさそうだ。

「ただし、この実が真実を暴く実だと悟られてはだめだよ?なあに、何か似たような果物と混ぜて食べさせちまえばわからないさ。一見どこにでもありそうな実だからね。あと、この実は必ず気持ちを知りたいと願う者。つまり、お前さんが食べさせないと意味がない。わかったかい?」

「ああ。」

ゾロはそう頷いて懐にそれをしまう。

「それを使うかどうかはお前さんの心ひとつだ。好きにするといい……。」

そういうと老婆も荷物も彼女の家も、風に浚われる砂のように目の前から消えていった。



気が付くと、鬱蒼とした深い森の中に独りでいた。
やはり、あの婆さんは魔女か何かだったのでは?と思っていると遠くから自分を探して呼ぶ声が聞こえてきた。

「おーーーい!迷子マーリモォ!いったいどこへ行きやがった?早く戻らないとまたナミさんにどやされるじゃねーか!!!」

ゾロはもう一度懐からその実を取り出して眺めた。
金髪の男のことを思い、一瞬切なげな表情を浮かべたが、つぶれないように手拭いにそっと包んで、再び腹巻に仕舞った。
そして、いつもの仏頂面にもどると声の主に返事をする。

「うるせぇな、クソコック!俺は迷子じゃねえ!ずっとここにいた。」
「あン?テメエそんなとこに居やがったのか?全身緑の保護色マリモがそんなとこにいたら見つかるもんも見つかりゃしねえ。ったく、手間かけさせやがって。」

懐から煙草を取り出し、火をつけ一口ふかしてから面倒くさそうに煙を吐き出すサンジを見ているうちに、さっきまでの気持ちは何処へやら、なんだか急にムカついてきた。

「誰も探してくれなんて頼んでねぇ!テメェが勝手に探しに来たんだろうが!」
「あ“?テメエ随分御大層な口訊くじゃねえか!そういう口は船に一人で帰ってこられるようになってから訊きまちょうね?まりもちゃん」
「ンだとコラッ!もう一遍言ってみろ!!」
「ああ!何遍でも言ってやらァ!俺様のお迎えがなければ自分のお船もわからない迷子まりもちゅわーん♡」
「テメエ、この野郎!叩き斬ってやる!!」

ゾロは思わず刀に手をかけ、サンジを睨み付ける。
それを見たサンジは薄ら笑いを浮かべたままひらりと身を躱し、まるで子供をからかうようにこうのたまう。

「できるもんなら、やってみな?でもな、俺を斬るのは船に着いてからのほうがいいと思うぜ?今度ははぐれないようにしっかり付いてこいよ?」

そういうと煙草を咥え直し、海の方角へと走り出す。
慌ててゾロもそれを追い、二人は罵り合いながら船へと駆けて行った。



ログは既に貯まり、いよいよ明日は出航ということで、夜は一旦船で待ち合わせてから、港の近くレストランでクルー全員でその島最後の晩餐を一緒に摂ることになっていたのに、約束の時間に二時間も遅れた二人は、予想通りナミにこっぴどく叱られた。
二人に用意されていたはずの食事も船長がすっかり平らげていたため、仕方なく二人は船に戻り夕食を摂ることになった。

軽く一杯やりながらの簡単な夕食を終え、幾分機嫌の直ったサンジは夕食の後片付けを終えてゾロに尋ねてきた。

「お前、飯食ったら町へもどるのか?なんなら送っていくぜ?宿、どこだ? 」
「テメエはどうするんだ?」
「俺か?今日買ってきた品物の仕分けと、下ごしらえをしちまわなきゃならねえから、それもかねて今晩は船番だ。」
「なら、俺を送っていく必要はねえ。俺も船に残る。」
「あ?さてはテメエ、また全部飲んじまって宿賃がねえんだろ。それとも溜まってんのか?
でも生憎俺様は今晩はとっても忙しい。だから悪いが今日はヤんねえぞ?テメエでどうにかするなりクソして寝るなり好きにしやがれ。」

そういってシンクに向き直り、下ごしらえを始めてしまったサンジの背中をみて、ゾロは小さくため息をつく。
そして静かに立ち上がると、ワインラックから酒瓶を一本引き抜いてラウンジを出て行った。



あっさり出て行ったゾロにサンジは少し拍子抜けした。
まぁ、今日まで島にいたんだしどっかでお姉さまにでもお相手してもらったのかな。
そんな風に思うと自分の胸が少し痛んだが、気を取り直して作業に集中することにした。



(端から、そんなつもりはねえよ。)

甲板の月明かりの元、ゾロはそう思いながら酒を瓶から直接あおっていた。
サンジに見咎められたら、やれグラスを使え、つまみも一緒に食えとうるさく言われるところだが、幸い今日は奴も下ごしらえに追われて俺にかまう余裕はないようだ。

そうか、つまみ位せびればよかったな。
でも今更面倒くせぇし、なんかねえかなと腹巻を探っていると、夕方老婆から貰ったへんてこな実のことを思い出した。
腹巻から取り出した黒手拭いに包まれた紅い実を取り出して月明かりにかざしてみると、それは鮮やかに色付いてつやつやと輝いている。

(まるであいつの唇みたいだな。)

そう思ったらなんだか切なくなってきた。


俺たちはひょんなことからヌきあい、それがエスカレートしていつしか身体を重ねる仲になっていた。
けど、唇は一度も重ねたことは未だない。
コックが、それを決して許さなかったからだ。

『俺たちは、そんな関係じゃないだろ?』

そう言っていつもサンジは口付けを拒んだ。

始まりは、意地の張り合いの延長。
確かあの夜は二人とも酒が入っていた。

そう丁度、今夜みたいな月の綺麗な夜だった。

酒を酌み交わしているうちにいつの間にか話はシモの話題に移り、女性経験の話がエスカレートして、どっちがテクがあるかないか、何なら試してみるか?
先にイった方が負けだとかなんとかくだらない冗談に、つい二人とも乗ってしまった。

相手の分身を握り合い、高めていくのは想像以上の興奮をもたらした。
お互いのモノを握りしめて扱きあいながら、俺は奴の表情を盗み見る。
奴は普段クソ生意気に睨み付けて悪態をつく姿からは想像できないほど、妖艶で淫靡な表情を見せていた。
今まで抱いてきたどのオンナも見せたことのないヤバいぐらいの色気。
いや、奴の色気はオンナとは全く次元の違うものだった。
もともと色白で、金髪碧眼、すうっと通った鼻筋。
容姿だって巻いてる眉以外はハッキリ言って悪くない。
しかし、オンナみたいな優男かと言うとそうでもない。
顎鬚は生えてるし、喉仏だって出ている。
次第に荒くなり、あがっていく息は切羽詰まった雄のそれだ。
どこから見ても男のその顔。
けれど月明かりに光るさらさらとしたしなやかな髪から覗く伏し目がちな蒼い瞳は、まるで潮が満ちてくるように潤み、上気した頬はバラ色に輝いて、半開きの薄い唇は真っ赤に艶めいてまるでもぎたての熟れた果実のようだった。
どこにもないそれに思わずそれにむしゃぶりつきたくなって、奴の顎を引き寄せ口付けようとしたその時、奴は空いていた掌で俺の唇をさえぎりきっぱりと言った。

『ゾロ、ダメだ。……俺たちはそんなんじゃないだろ?』
『………。』
『これは、ただのゲームだ。』
『………。』
『キスってのは、恋人同士でするもんだって……。お姉さま方に習わなかったか?』

そう言った奴の瞳は戸惑いに揺れているように見えた。

それから、何回かのヌキ合いを経て、身体を重ねるようになっても唇までは決して重ねることはなかった。

いつのまにか、その行為に処理以上の意味を自覚してしまった俺は、唇は重ねずともせめて大事に抱いてやりたいと、ある時丁寧な愛撫を施そうとした事があった。
しかし、それすら拒否された。

『ゾロ……。俺はレディじゃねえし、これはただの処理だ。そうだろう?だから、そんな風に俺を抱くな。さっさと解してさっさと突っ込んで俺をイカせてくれよ。』

その夜から、俺は奴を抱けなくなってしまった。
もちろん勃たないわけじゃない。
単なる処理という関係に気持ち的に辛くなってしまい、そういう目的では抱けなくなってしまったのだ。


*****


『それを使うかどうかはお前さんの心ひとつだ。好きにするといい……。』

前の島を出てから一週間
俺は未だにその実をどうするか決めかねていた。

俺の心ひとつ。
俺は、どうしたいんだろう。

知りたい。

奴の気持ちを。

ただの処理だと言いながら、俺に抱かれようとするのは何故だ?

ただの処理だというのに、そんなに寂しそうな表情を浮かべるのは何故だ?

それを知って俺はどうしたいんだろう。
知ったからと言っていったい何が変わるのだろう。

もし…
もし、あいつも俺と同じ気持ちで
……まあ、女好きのあいつに限って十中八九あり得ねえ話だが、
あいつも俺と同じ気持ちで、想いが通じ合ったら……

あいつは、俺のものになるのか?

あいつは、俺を受け入れてくれるだろうか?


フッ…。あり得ねえな。


そんな事を考えながらする鍛錬に身が入るはずもなく、ゾロは串団子をごとりと下ろすと、気分転換に何か喉を潤すものをとキッチンへ向かった。



キッチンにはいつもいるはずの主の姿はなく、ゾロはなんだかがっかりしたような、でも少しほっとしたような妙な気持になった。

とりあえずラックから酒を一本抜き取って、栓を毟り取りぐびぐびとやりながらベンチに座る。

そして、腹巻からまた件の紅い実を包んだ手拭いを取り出してそっと広げてみる。

さてこの実、どうしたものか。


想いを自覚してからというもの、あいつとはそういう意味での交渉はなくなってしまったが、自分の想いそのものがなくなってしまったわけではない。
さりとて、相手は自分との関係をただの処理だと割り切っている。
自分が処理だと割り切ってあいつを抱けない以上、想いを告げたところであいつの反応は変わらないんじゃないのか?寧ろ、戸惑わせるのではないか。

『……俺たちは、そんなんじゃないだろ?』

あいつの声が頭の中でこだまする。

「あら、剣士さん。めずらしいもの持ってるのね?」

紅い実を前にして、考え込んでいたとき、いつの間にかロビンが後ろに立っていた。
気配に気づかないなんて、俺は相当考え込んでいたのか?
それともこの女が気配を消して近づいてきたのか?
いづれにしても油断がならない。警戒しておくに越したことはない。

「そんなに警戒しなくてもいいじゃない?それ、どうしたの?」
「前の島で、知らねェ婆さんに貰った。この実がなんだか知ってるのか?お前」
「ええ、知っているわ。それがどんな実で、どんなことに使われる物なのかも。」
「……。」

そう言いながらグラスを手に取り、冷蔵庫から飲み物を注いでから俺の真正面に座ったロビンは、暫く黙って俺を見つめた後にこう言った。

「つらい恋をしているのね。」
「ハッ?何言ってんだお前。だいたいお前には関係ねぇだろう。」
「いいのよ、隠さなくても。もう一週間も考え込んでる。それだけで十分わかるわ。」
「ずっと見ていたのか。お前まさか、あいつに余計なこと言ってねえだろうな。」
「ええ、もちろん今は何も。もっとも協力して欲しいのならいつでも喜んでお手伝いさせてもらうけど、それは望んでいないようね。」
「当たり前だ……。第一あいつがそれを望んじゃいねェ。」

ロビンは手にしたグラスをしばらく弄んだあと尋ねる。

「それで、…どうするの?このまま彼をあきらめるのかしら。」
「お前には関係ないとさっきから言っている。この実も…、俺がどうするのかも。」
「そうね…。でも、すべて決めてしまう前にダメ元でそれを試してみてから決めても遅くはないと思うわ。」
「……。」
「思い切って、それを使ってみるのも二人の為にはいいかもしれないわね。」

この女は一体何をどこまで知っているのか。
意味深な言葉を残してロビンは立ち上がり、グラスを片手に部屋を出て行った。

初めてあいつを抱いた時と同じ綺麗な月の夜だった。


******


そして今夜。

あいつの誕生日。


生憎船は海上を航行中だった。

「自分の誕生日だからこそ、自分の料理でもてなしてみんなの笑顔が見たいんだよ。それが何よりのプレゼントなんだぜ?」

そういって、いつも通り。いや、いつも以上に張り切って豪勢な料理を作って俺たちをもてなしたあいつは、めずらしくワインを一本も空けことのほか上機嫌で、いつもの剣呑な表情はどこへやら俺にまで微笑みかけてきた。

その表情にどきっとする。

普段は決して向けられることのないその表情に俺は戸惑った。
周囲にバレたんじゃないかと思うぐらい大きな音を立てて、俺の中の何かが動き出す。

顔では平静を装ってはいたが、心臓は早鐘を打っていた。

あの笑顔がもっと欲しい。
いや、あいつ自身丸ごと俺の物にしちまいてェ。

ダメでもともと。

俺は、ついに決心した。

あの実を使うことを。



粗方の料理が食べ尽くされ、野郎どもは皆酔いつぶれてそこらに転がっていびきをかいている。

ルフィは例のごとく運動会の大玉のように膨らんだ腹を丸出しにして、もう食えねェなんて寝言を言い、チョッパーは口の周りをクリームでべとべとにして、今日くらいは歯磨きしないで寝てもいいかなァ…なんて、医者のくせにむにゃむにゃつぶやきながら寝転がっている。
いつの間にか止まったBGMを不思議に思い目をやると、ブルックは斜め45度のまま船べりの手すりに寄りかかりながら鼻提灯を膨らませていた。あれ?彼、鼻無いんですけどね。目の据わったフランキーはというと、俺はいまスーパー眠い。悪いがそろそろ休ませてもらうぜ?なんて言いながら、俺は勇敢な海の戦士キャプテーーーンウソッーーっプなんて寝ぼけて突然叫びだした狙撃主をヒョイっとつまみあげ、本日の不寝番のブルックをたたき起し、その他の男どもも一緒にかき集めて男部屋へと消えて行った。間もなくイテェといくつかの悲鳴が上がったのはきっとフランキーが彼らをボンクにでも放り投げたのだろう。ブルックはヨロヨロと立ち上がるとないはずの眠い目をこすりながら展望室へと上がっていった。


その様子を見て、そろそろお開きにしましょうかと、ナミとロビンも手近な食器をかき集め始める。彼女たちにしては今日は随分遅くまで付き合った方だ。

「あ、ナミさん、ロビンちゃん。片づけは俺がやるからそのままで。」
「あらあらダメよ。今日はコックさんの誕生日なんだから片付けくらい私たちにやらせてくれてもいいんじゃない?」
「そうよ、プレゼントってことで。お手伝いならお金がかからなくて助かるわぁ」
「……。じゃあ、運ぶのだけお願いしようかな。」
「どうしても遠慮するのね。じゃあこうしましょう?今日は運ぶだけ運んでおいて明日皆で一緒に片付けましょう。」
「そんなぁ、その白魚のようなお二人のお手を煩わせるなんて。」
「いいのよ、本日の主役なんだから。そこでゾロと飲んでなさいよ。さあ、あんた!何、ぼーっとしてるのよサンジ君にもっとお酌してあげなさいよ、自分だけ飲んだくれてないで。」
「あ?別にぼーっとしてなんか。」
「いいから早く主役を連れてアクアリウムバーにでも移動したら?剣士さん。だんだん冷えてきたから、風邪を引いてしまっては大変よ?」

そう言いながら、ロビンはたくさんの手を甲板からキッチンまで生やして食器を運んで行くかたわら、二人の背中をやさしく押してバーへと促す。
その合間にナミは、残った料理を手早く一つのお皿にまとめると、新しいワインとともにサンジに手渡す。

「ゾロ。あとは任せたわよ?しっかりご接待してね?」
「えええええ!?な、何で俺がクソマリモとさしで二次会?そりゃないよ、ナミすわーん。」
「私たちも食器を運んだらもう休むわ。二人は遠慮なくゆっくりしてね?」
頑張ってね剣士さん♡と、ロビンはゾロにだけわかるように唇だけを動かして激励の言葉をかけるとそっとドアを閉めた。


*****


期せずして二人きりになってしまったアクアリウムバーで、二人はすっかり黙り込んでしまった。
ゾロは決心したもののこのチャンスをどう生かすか未だ逡巡していたし、サンジもなんだか落ち着かなそうに煙草をふかし続けている。
酒だけが進み、ボトルを傾けたところ空になったことに気付いたサンジは、もう一本飲むか?せっかくだから俺様のとっておきのを出してやるとバーカウンターの方へ向かった。
こちらに背を向けた一瞬のチャンスに、ゾロは例の赤い実を腹巻から素早く取り出すと皿の上のつまみに紛れ込ませた。
何品か乗っている皿の上にはおあつらえ向きにフルーツの盛り合わせもあったので自分だけにわかるようにその一番上に乗せておいたのだ。


新しいグラスとボトルを手にサンジが戻ってくる。
何食わぬ顔をして渡されたグラスを受け取ったゾロだったが、内心ドキドキだ。
サンジは素敵プリンス様の誕生日に乾杯!なんておどけてグラスを軽くぶつける。
程よく酔いが回ったその表情は誕生日だということもあってかとても穏やかで、そのせいか思わずゾロの口からも素直に言葉が出てきた。

「コック、その…誕生日…おめでとう。」

その言葉に一瞬驚いて固まったサンジだったが、すぐに花のほころぶような笑顔で少しはにかみながらテメエからそんな言葉が聞けるとは思わなかった…でもありがとう。嬉しいぜ。なんていうから、ゾロの心拍数はさらに上がった。


置いたからには実行に移さなければ。そう焦っているうちにサンジは皿からピックにさしたつまみをゾロに差し出してきた。
あーん、とするようなその状況に思わず口に入れてしまったが、もしやと思って皿の上を確認すると、置いたはずの実が消えていた。

マズイ。
俺が喰ったんじゃ意味がない。

ゾロはサンジをこちらに向かせて顎を引き寄せるとそのまま口付けた。

驚いて抵抗するサンジの頬を両手で押さえてしっかりと唇を押し付ける。息苦しくて少し口を開いたところにすかさず舌を滑り込ませて歯列を割り、実を舌で押して滑り込ませると素早く唇を離した。

争っているうちに破裂したのか、サンジは赤い雫を唇の端から一筋滴らせて、咀嚼した実を飲み下し、戸惑ったような口調で抗議した。

「テメェ、…いきなり何のつもりだ。」
「何って、……口移しで給仕したまでだ。たまにはこういうのもいいだろう?」
「って、あれほどキスはダメだって言ったのに…。」
「キスじゃねえよ、給仕って言っただろ?こういうエロいのもいいんじゃねえかなって試しただけだ。」
「し、島のお姉さまにでも習ってきたのかよ?」
「まあ、そんなところだ。」

咄嗟の機転でピンチを乗り切ったゾロは、サンジが実を飲み下したのを確認してひとまず安心した。しかし、それだけで満足しているわけにはいかない。なにせチャンスは一度だけ。この機会に何とかこいつの本当の気持ちを確認しなくてはならないのだ。

「つまみの次は酒だな。」

そういって今度は口に含んだブランデーを口移しでサンジの口内へ流し込む。

「…ッん、……ンふッ」

給仕を口実にした口づけを交わしながら行き来する芳醇な味わいを堪能する。
最初は氷で冷えていたブランデーだったが口中で行き来するたびに温められ深い香りとともに、二人を心地よい酔いと官能の世界へと誘っていく。

「もう一回つまみだ」

ゾロは唇で挟んだ別の実をサンジの唇へ押し付け、薄く開いた口中へ押し込むと自らの舌でサンジの前歯に押し付け実を破裂させた。
閉じられていない口端を伝って流れた雫が一旦顎髭に溜め込まれる。

「もったいねェ…」

唇を移動させ、髭に溜まった果汁を啜るように舐めとる。
そのまま顎に沿って軽く音を立てながら口づけを落とし、そのまま耳まで到達させて囁いた。

「今夜はお前の誕生日だ。プレゼントと言っちゃなんだが、精一杯接待させてもらうぜ。」

ゾロの豹変ぶりにサンジは酔いも手伝ってかイマイチ状況が理解できていないようだ。
耳まで真っ赤なのは酔いの所為かどうか、本人にもよくわからないうちにサンジはもはや姿勢を保っていられず、椅子からずり落ちて床に崩れ落ちてしまう。
咄嗟にゾロがサンジの頭の後ろに手を差し入れたので、床に頭をぶつけることは免れたが、結果的にゾロに押し倒されるような格好になってしまった。
しばし、見つめあう二人

サンジの潤んだ瞳を見つめているうちにゾロの心の中に何とも言えない愛しさが込み上げてきて、もうどうしていいかわからなくなってしまった。

ええい、こうなったらもうこいつを俺に惚れさせるとかは二の次だ。
もしかしたら本当にこれがコイツを抱ける最後の機会になるかも知れない。
それならば思いつく限り大事に大事に丁寧に抱いてやろう。

ゾロは頭の下に差し入れた手をゆっくり引き抜くと、床に散らばった金髪に指を差し込んでゆっくりと梳きはじめた。
幾度かそれを繰り返した後、そのうちの一房を手に取り、その髪にそっと口づける。
いつもの抱き方と全く違く事にサンジはとまどい、真っ赤な顔で目をギュッと固く閉じて懇願するように言う。

「ゾロ、…こんな抱き方、ダメだ。 ……前みたいに普通にヤッてくれ。」
「いや、断る。言っただろ?これは誕生日祝いだ。俺の祝いたいようにする。」
「祝われる方の俺の意思はまるっと無視かよ。」
「そうだ。」

どーーーん!!!!!と効果音が聞こえてきそうなくらい堂々と言いきったゾロの言葉に、もはや抗う気力を無くしてしまったサンジは、そうか、仕方ねえな。好きにしろよ、とその身を投げ出した。


「続き、するぞ?」
「…訊くなよ。」

身体だけならあれだけ重ねてきたというのに身体を小さく震わせて、まるで初めて抱かれるような初心な反応を見せるサンジに、ゾロの熱は急激に膨れ上がる。

なんて可愛い生き物なんだ、コイツは。

暴走しそうな自分を戒めつつ、当初の予定通り努めてやさしく、丁寧にを心がけようと、これが最後かもしれないんだからと思い出して衝動にブレーキをかける。
一体何の精神修行なんだ、これは。

ゾロは律儀にも本当にさっきの続きから始める。
まるで、一時停止ボタンを解除するように。

髪に口づけを落とし、そのまま額に、ひそめた眉毛の渦巻き部分に、瞼に、目尻に。
そのまま耳元へ唇を滑らせ、耳たぶを食む。

「……ッく……はぁ……。」

堪えきれずサンジが吐息を漏らす。
今度は顎のラインに沿って顎鬚を細かく啄むように唇を移動する。
そのまますでに緩めてあったネクタイのノットに指をかけ左右に揺すりながら引っ張って解き、ボタンを一つずつ丁寧に外していく。
このシャツはサンジの一番のお気に入りだと知っているからこそ、今日はボタンを飛ばすような真似をせず、プレゼントの包み紙を慎重に剥がすようにシャツを左右に開いた。

幾分照明を落とした水槽の蒼い光が反射した陶器のような白い肌が、ほの暗い部屋に妖しく浮かぶ。
薄く、しかし均整のとれた筋肉に覆われた肌の先に、薄桃色の尖りが二つ浮かんでいるのが目に入ると、ゾロはゴクリと喉を鳴らししばしその姿に見惚れた。

「…あんま……見んなよ……。クソ恥ずかしいじゃねえか。」

耳まで真っ赤にして背けた顔の中から視線だけをこちらに向けてそういうサンジの瞳は、奴自身は睨み付けているつもりだろうが、潤んで艶を含んでいる為、余計に俺を煽るだけということにまるで気付いていないらしい。

「恥ずかしいことなんかあるか。…綺麗だ…すげえ綺麗だ。」
「なッ、バカじゃねえの?お前。お、男相手に何言ってんだよ。」
「こんなテメエを見られるなら、もっと早くこうしておけばよかったぜ。」
「もッ、いいかげんにしろよ。抱くなら早く抱きやがれ。…俺はレディじゃねぇ…」
「もういいから黙れ。大人しく接待されろ」

そう言うとゾロはこれ以上あれこれ言わせまいと、サンジの上にのしかかり、唇を塞ぐ。足をばたつかせ、拳で背中をドンドン叩いてサンジは抵抗を試みるが、圧倒的な体格差のゾロに組み敷かれている為か、その抵抗は徐々に弱くなる。

重なった唇の端から呑み込めなかった雫が一筋、また一筋と伝う頃には完全にその動きは止まり、代わりに詰めた息の合間に甘い声が鼻から抜けるようになった。

ようやくサンジが観念したことを確認したゾロが唇を離し、ぷつんと切れた二人を繋ぐ銀糸を武骨な掌で拭うと体を起こし、一旦体を離す。
サンジは相変わらず固く目を閉じたままだが、上気した頬と少し乱れた息遣いでしどけなく横たわっている。
その姿を見て、ゾロは苦笑いしながら、腰の刀を静かに置き、腰のサッシュを解き始めた。

ゾロが服を脱ぐ衣擦れの音がやみ、バサッと何かを拡げる音がした後、サンジは再び抱きかかえられ、ゆっくりと横たえられた。

「悪ィな。こんなもんでも無いよりはマシだろう。」 

横たえられると同時に良く嗅ぎ慣れた雄の匂いがサンジの鼻腔をくすぐる。

「こんな汗くせェシーツあるかよ…バカ。」

「許せ。」


ゾロはそう短く言うと、サンジを上半身だけ抱え肩を片方ずつ丁寧にシャツから引き抜き、そっとベルトのバックルに手をかける。
スラックスのジッパーがゆっくりと下ろされ、前を寛げると、そこはゆるく持ち上がり始め、一部分は既に濃いグレーに色を変えていた。

「腰、持ち上げろ。」

ゾロはスラックスを下着ごと引き抜こうとしたが、サンジの昂ぶりに邪魔されてうまく引き抜けない。

「いい、自分で脱ぐから。」

そういって自分で脱ごうとするサンジを静止して、ゾロは下着を咥えるとそのまま持ち上げて引き下ろした。
その拍子に、サンジのペニスがプルンと勢いよく飛び出して、ゾロの顔を軽く打ち、下着から糸を引いた透明の粘液が頬を掠める。

「あ、」

サンジは恥ずかしさのあまり両腕を顔の前で交差させると声を漏らし、消え入りそうな声でこの変態マリモ!と呟く。
深緑のシーツに散らばる彼の金糸と薄桃色に染まった白い肌のコントラストにゾロは思わず息をのむ。

両腕の間から覗く真っ赤な顔と同じ色をした濃い桃色のペニスが、髪よりワントーン濃い金の下生えの中でゆらゆらと揺れている。いままでまじまじと眺めたことはなかったが、改めてよく見ると本人同様スラリと長く、先端から蜜を零して勃ち上がる様子は、なんだかとても美味しそうな果実のようにすら見える。心なしかいつもより少し長いような気もする。

(いただきます)

心の中で手を合わせそう念じてからその果実を手に取ると、先端からまた蜜が零れ落ちる。それを掬い取るように下から舐め上げ、亀頭を口に含みくびれに舌を一周くるりと這わせてから深く咥えこむ。

「やッ!ゾ、ゾロッ!……やめろよ!……お前がそんな事、んッ………ッはぁ……。」

サンジはぴくッと体を震わせ、詰めていた息を思わず解放してしまう。
ゾロはその果実からほのかに塩気のある蜜が先端より次から次へと溢れてくるのを味わいながら、普段は白刀を支えているその長い舌を竿にぴったりと貼りつかせ頭をゆっくりと上下させながら、上目使いにサンジの反応を確かめる。

「…あぁ……ろッ……ゾロッ……や、ヤメロ。…あ、もうヤバッ……ン…あッ」

半開きの口元からはその嬌声を零すたびに赤い舌がチラチラと覗き、熱に浮かされもはや焦点を結ぶことすら困難な潤んだ瞳からは今にも涙が零れ落ちそうになっている。

「どうだ?…気持ち…イイか?」

サンジの果実を咥えたままそう訊くと、彼は深緑の服地を爪を立ててつかみ襲ってくる快感に必死で耐えながら、コクコクと頭だけ動かして頷く。

「ヤバい……、今まで…で…一番気持ち…イイかも……。」
「いいぜ?このままイッちまえ!」

ゾロは、ニヤリと嗤うと根元をしっかりと支え直し、今度は唇に力を込めてくびれに引っかけるようにして速度を速め、咥内では舌先で裏筋を弾きながらサンジを追い上げていく。

「ああッ!…もッ…イクッ……出ちまう…く…口離せ!…早くッ!ゾロッ!」

サンジの叫びを無視して、ゾロはさらにスピードを上げると、必死で腰をよじって咥内から逃れようとするサンジの腰骨をしっかりとホールドして強く吸い上げる。

「ああッ!ば、バカ、…テメ……ッ!」

サンジは体を大きく跳ねるようにしならせ、息をつめて震えながらゾロの咥内で果てた。
長い放出を終えると、サンジは乱れた呼吸を整えるように深呼吸をして脱力する。
うつろな瞳でゾロの姿を捕えると、急に焦ったようにゾロにしがみつきながら言う。

「わ、悪りィ、出しちまった。早く吐き出せ、そんなもん」

何か吐き出させるものをときょろきょろ探し、咄嗟に目についた自分のシャツを差し出すサンジの瞳を捕えたまま、ゾロはそれをゆっくりと飲み下す。ゾロの喉仏が嚥下によって上下する様を見つめ、ああ…何でそんなもん、クソマズイだろ…とつぶやきながらサンジは縋るように口付けてくる。大方飲み込まれてしまったというのに、自ら放った精の残滓を舐めとろうとするかのようにサンジの舌がゾロの咥内を這い回る。

「苦ぇ……。やっぱクソマズイな。悪かった。口直しにこれ飲めよ。」

そう言ってブランデーを差し出すサンジを引き寄せ、抱きしめながらゾロは耳のもとで囁く。

「テメェだって、いつもそうするじゃねえか。だから一遍やってみたかったんだ。
「なッ、俺は…俺はいいんだよ。て、テメェは…こんなことしなくても…。」
「案外悪くない味だったぜ?またしてやる。」
「ば、バカ……。」

惚れてる奴のならいつでもいくらでもしてやる。これからはな。とゾロは心の中で思う。

「こ、今度は俺がしてやるよ。お、お前だって、こ、こんなになってる。」
下着を隆々と押し上げているそれにおずおずと手を伸ばそうとするサンジを慌てて制し
「馬鹿、俺はいいんだよ。今日はテメェの誕生日なんだから、てめェが気持ちよくなれればそれでいいんだ。」

渡されたブランデーを一気に煽ると、ゾロは再びサンジを横たえようとしたがそれを拒否された。

「あ?なんだ?」
「あ、あのさあ。さっきから背中がなんかゴリゴリ痛ェんだよ。」
「ん?ちょっと見せてみろ。」
「おう、肩甲骨のあたり。なんかできてるか?」

サンジはそう言って背中を伸ばしたり
縮めたりしてみる。
見るとそこが不自然に盛り上がっている感じがしなくもない。
普通、背中を丸めたら引っ込むはずの骨が心なしか不自然に出っ張っているような気もする。まるで小さな小さな羽でも生えたように。

もしかして、これが例のサインか?
ゾロは目の前の信じられない変化に、なんだかわくわくしてきた。
もしかして、もしかするのか?

「んー。なんか腫れてるみてェだなあ。」
期待にやけそうになる顔を必死で押さえながら、ゾロはしらばっくれてそのままサンジの肩甲骨にキスを落とし、優しく舌を這わせる。

「うッわ!な、何するんだよ。」
「何って、治療だ。」
「な、舐めときゃ治るって?お前じゃあるまいし。」
「遠慮するな。」
「って、するよ!く、くすぐってぇ。明日チョッパーに見てもらうからッ!もう、やめろ!」

サンジはいろいろといたたまれないといった表情でゾロから逃れようと後ずさる。
それをゾロは追いかける。表情は優しいけど、瞳が金色に光っている。
あれは、ヤバい。マジな時の眼だ。

そして、とうとう水槽まで追いつめられ、これ以上は逃さないと、太い両腕で囲われてしまった。
背中に感じるひんやりとしたガラスの感触。
押し付けられた背中が痛くて思わず眉をひそめると、ゾロは思い出したようにサンジの身体をくるりと反転させると後ろからしっかりと抱きこんだ。

そのまま身じろぎもしないで数分。
ガラスで冷え切った身体にゾロの高い体温がじんわりとしみこんできて、サンジの体温も徐々に上昇していく。触れているとこからゾロの心臓の拍動がドラムのように打ち付けているのが伝わってくる。なんだかゾロの想いまで流れ込んでくるみたいに。そんなの絶対ありえないけど。

「…なぁ、ゾロ。……お前、今日は一体どうしたんだ?」
「どうって?」
「俺たちって、ヌキ仲間っていうか…まぁ、なんつうかセフレ?みたいなもんだったはずだろ?それがどうして……」
「どうして、何だ?」
「…どうして急に、こんな……こ、恋人にするみたいに……。」

サンジは心の中で葛藤していた。
ああ…、そんな眼で見つめないでくれ。
俺、勘違いしそうになるよ。
ありもしない希望を期待しちまうよ。

「これじゃあまるで…お前が…」
「まるで、俺が?」
「お…俺を……、お前が俺…を」
「俺が……てめェを?」
「す……好きなんじゃない…か…って……勘違い…しそうになる。」

消え入りそうな声でそう呟くサンジを、ゾロは再びありったけの力を込めて抱きしめながら、耳元で囁いた。

「勘違いじゃねえ。クソコック……勘違いなんかじゃねえ。」

その言葉にサンジは思わず息をのむ。
両手で口元を覆うようにして、碧い瞳を潤ませて。

「ああ…勘違いなんかじゃねえ……サンジ。…お前を」

ああ、ダメだ、ダメだ。
その一言はダメだ。

サンジは縋るようにゾロを見つめながらふるふると首を横に振る。



「愛してる。」



その瞬間、背中の突起が今度は掌大の小さな翼の形に変化し、ゾロの胸元をくすぐるように小さく震えながら羽ばたく。

「愛してるんだ、テメェを。」
「あぁ……ゾロ。」

嬉しい。
もの凄く嬉しい。
あの、ロロノア・ゾロが俺のことを愛してくれるなんて。
信じられない。夢みたいだ。

サンジは天にも昇る気持ちになってうっとりとした表情のまま水槽に手をついてもたれかかる。その表情をみてお互いの気持ちが通じ合った事を確信したゾロはそのままサンジに囁く。

「昨日までの、ヌキ合いの関係は終わりでいいな?今日からテメェは俺のもんだ。」

そう言いながら再び首筋に口づけを落とし、胸の突起をやさしく愛撫し始める。
「…ンッ……んん……ック……。」

サンジは、想いを告げられてから初めてもたらされる、じわじわと体の底から広がってくる快感に、息をつめて必死で耐える。翼がまた一回り大きくなり、薄桃色の羽がかたち作られ始める。

「綺麗だ……、テメェは本当に綺麗だ。こんなことならもっと早くこうすりゃよかった。」

そう囁かれ、サンジはギュッと閉じていた目をゆっくりと開けると、水槽に映った自らの姿を見つめた。

鍛え上げられた逞しいゾロの肉体に抱かれた自らの姿は、快感に蕩けきった表情で上気して瞳も潤んでいる。快感に耐えるため引締めようとする唇はどうしても薄く開いてしまい、自分の顔とは思えないような淫靡な表情だ。ゾロの手が這い回る体は桜色の突起がツンと勃ち上がり、金色の茂みに囲まれた自身は雫を零しながら再びゆるく萌し始めている。

うすい胸に、六つに割れた腹部の筋肉。骨ばった骨格にコイツに比べたら細いが筋肉質な肉体。そして何よりもレディにはあるはずのない器官。

その姿を目にした途端、快感に翻弄されていたはずのサンジの脳内が急激に冷えていく。

近い将来、大剣豪になるはずのこの男の隣に寄り添うのが男だなんて、やっぱりダメだ。男の俺じゃ、コイツの遺伝子を残して奴こともできねェ。その役目は当然レディであるべきだ。


「ゾロ。……やっぱり俺には無理だ。お前の気持ちを受け入れてやることはできねェ。」
「なんで。何がダメなんだ。」
「やっぱり、大剣豪の隣には素敵なレディでなくちゃな。男の俺じゃどう考えてもおかしいだろ。テメェがホモだって笑いものになるのがオチだ。」
「なんだそんな事か。そんな事俺は気にしねェ。」
「俺が気にするんだよ。お前が俺のせいで笑いものになるなんて耐えられねえ。なァ、 お前が素敵なレディに出会うまでは、俺がこれまで通りセフレでいてやるから。それで勘弁してくれ。……こんなのはやっぱやめにしようぜ。」

サンジの背中の翼が、急激に萎れていく。

マズイ、チャンスは一度だけ。
コイツが心を閉ざしてしまったら、もう二度と俺に心を開くことはないかもしれない。

「その程度のこと気にするなら、最初からテメェにこんなこと言ったりしねえ。テメェ俺の覚悟を一体なんだと思ってるんだ。」
「…覚悟って、お前。俺のことレディと勘違いしてねぇ?そりゃ、俺はお前に比べたら、優男だし、見目麗しいし?……前から男に狙われやすいってか……。」
「狙われやすいって……ほかの男にもこんなことしてたのか?」

ゾロが全身から怒りのオーラを漂わせる。

「す、するわけ無いだろ?おれはレディ専門だ。男なんて蹴り飛ばしてきた。」
「じゃあ、何で。俺には抱かれたんだ。」
「そ、それは。……お、お前(だから?)ってかあれは処理だ!お前の欲望を処理してやってたんだ。」
「なんで、お前が俺にそこまでする必要があったんだ。」
「なんでって。……成り行き?」
「成り行きでこんなに何回もか?」
「……。」

サンジは言葉に詰まり、目をそらして黙り込んでしまった。
本心を隠すときの彼の悪い癖だ。

「なあ、コック。俺は処理だなんて思ってねェ。そりゃ、始まりはヌキ合いだったかもしれねえが。いまじゃあテメェでないと抱く気がしねェ。俺は本気だ。でも、処理のつもりならこれ以上テメェを抱いたりしねェ。そんなことするぐらいなら自分で処理する。」
「あのな?ゾロ…何度も言うが、おれは見ての通り男だ。何も好き好んで男を選ばなくても、悔しいがお前ならいくらでも素敵なレディが居…」
「テメェだからだ。テメエでなきゃダメなんだから仕方ねえだろ。惚れたやつがたまたま男だったってだけだ。いい加減観念しろ!!」
「観念って。お前やっぱり俺の意思はまるっと無視かよ。」
「そうだ。……お前は、厭なのか?」
「べ、別に厭じゃないけど。」

厭じゃないけど、心の準備ってものが…。と、まだごちゃごちゃ言っているサンジを振り向かせ、ゾロはその唇に己の唇を静かに重ねた。

サンジはもう、抵抗しなかった。
チュッ、チュッと啄むようなキスを重ねているうちに、サンジの方からおずおずと唇を開いて来た。ゾロはそれを了解の印と受取り、自分の舌を滑り込ませて絡ませていく。彼の鼻から抜けるような吐息が漏れる頃、背中を確認してみると、先ほどの翼はすっかり回復してまた一回り大きくなっていた。

「なぁ、コッ、いや、サンジ。改めて聞く。お前を…抱いていいか?」

恋人として、と耳元で囁かれたサンジは、クソ恥ずかしいじゃねえかと顔を真っ赤にしながら小さく頷き、ゾロの首に腕をまわしてしがみ付いて柄にもなく呟いた。

「やさしくしろよ?」

了解!と返事して、ゾロは腰を下ろして胡坐をかくと、手に入れたばかりの愛しい男を上に座らせ、しっかりと抱きしめた。自らの首に彼の腕を回させ、背中から彼の蕾に手を伸ばす。そっと差し込もうとしたとき、潤すものを何も持ち合わせていないことに気付き、何かないかと視線を巡らせていたら、水槽から一本の腕がそっと現れ、青い小瓶を渡された。
ゾロはサンジに気付かれたら一大事とばかりにさっと小瓶を受け取ると、彼に気付かれないように恩に着ると音に出さず礼をいい、早く消えろと手を振った。

掌で温めた液体をサンジの蕾に塗り込め、そっと中指をあてがう。
これまで何度も貫いてきた場所の筈なのに、そこはまるでそんな事実は一度もなかったかのように固く閉ざされていた。

暫く抱いていなかったからな。

そう思い殊更ゆっくりと慎重に指を差し入れていく。

「んッ!」
 
一瞬苦しそうに眉をひそめたサンジだったが、ゾロがなだめるようにキスをすると、そこは次第にほころび、口づけが深くなるとともにゾロの指を一本、また一本と飲み込んでゆく。すでに快感を覚えさせられたそこは、先ほどの貞淑さとは打って変わって、その先を早くと急かすようにうごめき始めた。

ゾロは、もうこれ以上辛抱できず、急いで下着を取り去ると先走りに塗れた自身に先ほどの潤滑剤を塗り込めた。サンジを後ろ向きにして水槽に手を突かせ体を支えさせ、腰を突きださせると己の切っ先を宛がう。

「後ろからの方が幾分楽だろう。息吐いて力抜け。」

行くぞ?という声とともに、ゾロがゆっくりとサンジの中に押し入ってくる。
少しずつ腰を揺すりながらゆっくり時間をかけ根元まで収めると、二人ともほぅっと息を吐く。
そのままなじむまで腰を動かさずにいると、普段は気が付かなかった内壁のうごめきとぬくもりを感じ、ゾロは思ったより自身に余裕がないことに焦る。
サンジはサンジで、始めこそ若干の痛みと苦しさを感じたが、ゾロの自身の熱と拍動を直に体内で感じ、無意識に自分の中がうごめいてしまうことに羞恥を感じていた。

「も、いいぜ?そろそろ動いても。」
「ああ。」

ゾロがゆっくり律動を始めると、サンジの背中の翼がそれに合わせるかのように成長していく。一枚、また一枚と羽も生えそろっていく。

暫く抱いていなかったからか、愛しいと思って抱くからか、サンジの中はいつもとは全く違った動きでゾロを包みこむ。まるで彼を愛しい愛しいと包み込むように。

「悪い、サンジ。そんなに締めんな、イっちまう。」
「そ、そんなこと言っても、……あッ……ああッ! 」

サンジは水槽のガラスに縋りつくように体をもたれさせ、その掌にゾロも指を絡ませ重ねる。
サンジの中は最早本人のコントロール外にあるらしく締め付けはさらに厳しくなり、せりあがってくる射精感に堪えられなくなったゾロはサンジの腰を強く掴み、最後に一回大きく引き抜いた後叩きつけるように腰を押し付け、胴震いしながら大量の熱を最奥に放った。同時にサンジも自身から再び精をほとばしらせる。

「ああッ!!!ゾロ!!!」

その瞬間、サンジは背中の翼を大きく羽ばたかせる。
ゾロには翼の付け根から羽の一本一本まで黄金の光が電撃のように走るのが見えた。

彼の放った精が水槽のガラスをゆっくりと滴り落ちていくのを、魚たちだけが見ている。

そのまま二人の身体は折り重なるように崩れ落ち、ゾロはぐったりと弛緩したサンジの翼に顔を埋もれさせるように、息を弾ませながら言葉を漏らす。

「悪い、お前がヨすぎてもたなかった。」

髪を梳きながら耳元にキスを落として身体を離そうとしたゾロをサンジは慌てて引き止める。

「まだ抜かないで。……も、もう少しこのままで。」

真っ赤な顔をして呟くサンジを愛しく思い、目の前の翼を撫でながら、息が整うのを待つ。やがて少し力を失ったゾロ自身が自然に抜け落ちて、二人はようやく身体を離す。サンジは後孔から零れる生ぬるい液体の感触に思わず顔を赤くして、お前の分身が零れちまう、もったいねえなと無意識のうちに呟いた。



*****



「なぁ、この翼、何で生えたんだ?」
「さあな、なんでだろうな。これもグランドラインの不思議って奴か?」
「嘘つけ、お前俺になんか盛っただろう?……あ!最初に食わせたアレか?」
「……。」
「お前、アレ、一体なんだったの?」

結局ゾロは、全部白状させられてしまった。

「どうしても、テメェのことを俺のモノにしたかったんだから仕方ねえだろう」
と、子供のようにふてくされながら。

そんなにまでして俺の気持ちが知りたかったのかとサンジは嬉しいような何とも居たたまれない気持ちになり、真っ赤になって固まってしまった。

そんな彼の様子にまた滾ってしまった剣士に抱きしめられ、サンジは幸せそうに微笑むと今度は翼で抱きしめるように自分と彼自身をすっぽり包み込み、シーツ代わりに敷いた剣士の服の上に再びゆっくりと倒れ込んだ。



翌朝。

と言ってもすっかりお日様が高く上ったもうブランチと言える時間にサンジは目覚めた。
夕べあったはずの翼は跡形もなく消えさり、サンジの裸の背中には同じく裸のゾロが彼を抱きこむようにぴったりとくっついていた。赤い顔のままそれを引きはがし、身支度を整えると、サンジはゾロを蹴り起す。

「いつまで、寝てるんだクソダーリン。」

ニヤリと笑いながらそう言って彼は、ゾロを置いてさっさとキッチンへ向かってしまった。

夕べいたはずの天使は、すっかりふてぶてしいいつもの料理人に戻ってしまったけど、自分の呼び名が微妙に変わっていることに小さな幸せを感じてにやにやを抑えるのに苦心した。のろのろと服を身に着けるとゾロもサンジの後を追ってキッチンへ向かう。


「あら、サンジ君おはよう!よく眠れた?」

キッチンに行くと片づけは既に終えられ、朝食の準備もすでに整えられていた。
テーブルにはなぜか和食。それも炊き立ての赤飯つき。

「剣士さんの生まれ故郷の文献に載っていたお祝いのお料理を作ってみたの。長鼻君に手伝ってもらってね」
「ろ、ロビンちゃん。お、お祝って。」

お、お赤飯って。なんか違わない?
ってか、何か知ってるの?
夕べのこと、ばれたのかな。
俺、極力声抑えたつもりだったんだけど。

「あら、勘違いしないで。一日遅れの誕生日プレゼントよ?」
「そうよ、誕生日プレゼント。私たちだってたまには何か作ってサンジ君をよろこばせてみたいわ?」
「でもよー、何でサンジの故郷じゃなくてゾロの故郷の祝いの料理なんだ?」
早く喰わせろと、両手に持った箸で行儀悪く皿をたたきながら訊く船長にナミは間髪入れず鉄拳制裁をする。
「うっさい、あんたは余計なこと言わないの!」
「まあ、俺は肉喰えればなんでもいいけどな。」
頭におおきなタン瘤を作った船長が不満そうに呟く。

だってノースの文献がなかったんだから仕方ないじゃない、とかなんとかにやにやしながら言ってるナミとロビンを遠い目で見ているサンジ。

(知ってる、あのお二人は絶対何か知ってる。お、俺もうお婿に行けないッ!)
なんてハラハラ泣いているサンジをよそに、寝ぼけ眼をこすりながらキッチンに入ってきた剣士に、ロビンは目くばせをして、サンジからは見えないようにこっそり彼の耳元に唇を咲かせる。

「後で、渡したいものがあるの。」


食事を終え、鍛錬をしているゾロのもとにロビンがやってきた。

「おめでとう、でいいのかしら?剣士さん。」
「ああ、夕べは助かった。でももう、覗いたりするな。あれが気付いたらいろいろ面倒だ。で、用ってなんだ?」

ああ、そうだったわね、と微笑みながらロビンが何かを差し出す。

「はい、これ。アクアリウムバーの隅に一つだけ残っていたの。あなたが記念に持っていたらと思って。」

お幸せに!彼を大事にしてあげてね、剣士さん。

そう言葉を残し、ロビンは図書室の方へ消えて行った。

ロビンから」受取った薄桃色の羽をしばらく太陽にかざした後、ゾロはそれを大事そうに手拭いに包むと腹巻に仕舞いこんで鍛錬を再開させる。


守られることをあいつは望んじゃいないけど。
共に歩んでいく存在ができたことで、ゾロには生き延びなくてはいけない理由ができた。

命なんてとうに棄ててる。その覚悟は本物だが。

ようやく一つになれたあいつと、一日でも長く背中を預けあって生きていくために、俺は……。


遠くで自分を呼ぶ声が聞こえる。
自分だけに特別に作った冷たい飲み物を携え、もうすぐやってくる愛しい存在を胸に、ゾロは改めて最強を目指すことを心に誓った。




End





    *  *  *



身体先行型切ない系ー!
愛のサインが翼だなんて、素敵です。
まさにゾロの天使!!
想い出の薄桃色の羽は、ゾロの腹巻の中に大事にしまわれちゃってるんですね。
そして時々、プレイに使わ…いえ、なんでもありませんゴニョゴニョ
こんな素敵なSSにあたしったらなんて妄想を!!
幸せなサンジェル様をありがとうございますv


back