運命と呼ばせない -3-


「一人?いつ島に着いたの、よかったら案内しようか?」
「なにかお探しですか?」
「君、ちょっと店寄ってかね?」
「安くするよーオマケするよー」

繁華街を当てもなくブラ付いているだけで、四方八方からやたらと声を掛けられる。
しかもなぜか相手は、男・男・男ばかりだ。
声を掛けて来なくても、黙って尾けてくる男も数人いて鬱陶しい。
「なんだってんだ、この島は」
サンジはちっと舌打ちして、わざと不機嫌顔を作り、ガニ股で肩を怒らせ周囲を牽制しながら歩いた。
それでも近付く男は減らない。
「いい店知ってるんだ、ちょっと飲みに行こうよ奢るからさ」
路地に誘い込むように身体全体で近寄ってくる男はするりと身を躱し、馴れ馴れしく肩に手を掛けようとする男とはさり気なく距離を取った。
「悪いが、人と待ち合わせてるんで」
不用意に近づいてくるおかしな輩は全部蹴り飛ばしてしまいたいが、極力面倒は起こすなとのナミからのお達しだ。
そう広い街でもないから、適当に歩いていたら仲間の誰かに会うだろう。
そしたら合流しようと思っているのに、夜が更けるにつれて勘違いナンパ野郎の数が増える。
「なんで野郎ばっかなんだよ、世のレディ達俺を見てー!!」
女性を求めて街を彷徨っているはずなのに、気付けば周囲は男ばかりで叫び声さえ虚しく響く。
これ以上は散策も無駄だと見切りをつけ、目に付いた酒場に飛び込んだ。
他のテーブルに着いていた妖艶な女性が、サンジを見て蠱惑的な笑みを浮かべる。
「あら、素敵なお兄さん。こちらで一緒に飲まない?」
サンジは目をハートにして、「喜んで―」と回転しながら女性の元へと駆け寄った。
が、横から手が伸びて向きを変えさせられた。
「兄ちゃん、いいから俺と付き合えよ」
「いや俺だ。どうだい、いい酒が揃ってるぜ」
「馬鹿野郎、てめえら無理言って困らせんじゃねえよ。兄さん、危ねえからこっちへ来い」
―――いやお前ら、全員危ねえだろ。
サンジは内心で毒づいて、助けを求めるように綺麗なお姉さんを振り向いた。
が、お姉さんの瞳も怪しげに輝いていて、まさに舌なめずりせん勢いでサンジを凝視している。
これはこれで、ちょっと危ない気がしないでもない。
「なんだか素敵、私我慢できないかも」
「おいおい、兄ちゃんはこれから俺と飲むんだから邪魔すんじゃねえよ」
「いや、ここは紳士的にだな」
「四の五の言ってねえで、まずはこっち座れって」
「いやこっちだ」
お姉さんはともかくとして、ゴツイ野郎達がサンジを取り囲んでああだこうだというのは、鬱陶しくて仕方がない。
ここは一つ、パーティテーブルで一閃して片を付けるかとテーブルに手を着いたら、背後から声を掛けられた。
「悪いが、俺の連れだ」
聞き覚えのある声に八として振り向き、次いでサンジは嫌そうに顔を顰める。
「なんでてめえがここにいるんだ、クソマリモ」
「俺が飲んでる店に入って来たのはてめえだろうが、このステキ眉毛」
一番隅のテーブルで静かに酒を傾けていたらしいゾロの存在に、客達は初めて気付いたような顔をした。
「なんだ、お連れさんか」
「俺の仲間だ、こっち来い」
ゾロの言葉にサンジはぎょっとして、それからなにか言い返そうと口を開いたが思いとどまった。
代わりに控えめに悪態を吐く。
「猫の子みてえに呼ぶんじゃねえよ」
いつもなら「知るか!」と一蹴するところだが、いまは状況が状況だけにゾロの存在はありがたかった。
地獄に仏とまでは言わないが、渡りに船だ。
「まあいい、今夜はお前に付き合ってやらんでもねえ」
そう言ってゾロの向かいに腰を下ろすと、今までサンジを取り囲んでいた男達が一斉に肩を竦めて嘆息する。
「ちっ、先約があるなら仕方ねえ」
「兄ちゃん、そいつが嫌んなったらいつでも俺に言えよ」
未練がましく、しかも訳のわからないことを言う男達を無視して適当に料理を注文すると、ゾロに向き直った。
「てめえ、また酒ばっかりかっくらって。飲む時は飯も食えっつってっだろうが」
「うるせえよ、上陸してまで口やかましくガアガア喚くんじゃねえ」
「あんだとゴルァ、俺だってなんでせっかくの街でてめえと面突き合わせてなきゃなんねえんだ」
憤慨して立ち上がろうとするのを、ゾロが素早く手首を掴んで止めた。
その行為にまずびっくりして、思わず動きを止めてしまう。
先ほど、ゾロから声を掛けしかもわざわざサンジを呼びつけたことにも驚いたのだ。
「ったく、チョロチョロしてんじゃねえっつてんだ。いいから座れ」
「お前こそ、なんで・・・」
「ロビンに言われてんだ」
ぐいっと腕を引っ張られ、反抗する気持ちもあったが仕方なく座り直した。
「ロビンちゃんが、なんだってんだ」
「てめえに気を付けてろって。だからって、別に見張ってた訳じゃねえぞ。どうだっていいと思ってたのに、わざわざ人が飲んでる店で悶着起こしそうになってやがったから」
「そりゃわるかったな。ってか、なんでロビンちゃんが、しかもてめえにンなこと言うんだよ」
ゾロの迷子に気を付けろというのならわかるのに、それではまるで自分が問題児のようではないか。
「あの暗黒女のことだから、俺らじゃわからねえこともなんか気付いてんだろ。いいから、大人しく俺の傍にいろ」
なにその言い方、ムカつく。
と思いつつも、なぜかサンジの頬が勝手に熱く火照ってきた。
酒場の匂いだけで酔ったのかと、乱暴に首筋を擦る。
向かいに座るゾロが、あからさまに顔を顰めた。
「だから、妙な匂いを振り撒くなっつってんだろうが」
「・・・な!人を悪臭源みてえな言い方しやがって!」
「悪臭かどうかはともかく、元凶なのは間違いねえだろうが。見ろ」
ゾロの言葉に振り向こうとしたら、振り向くなと小さく叱咤された。
「見ろと言ったのはてめえだろうが」
「だったら察しろ、後ろの野郎どもの視線を」
そんなもの、ゾロに指摘されなくともとっくに気づいている。
あちこちから注がれる熱い眼差しで、全身滅多刺しされそうな勢いだ。
ただし、9割方男なのが認めたくもない事実で。
「ああ〜あの魅惑的なレディにのみ、応えたいのに〜」
「諦めろ、俺以外の誰かに視線の一つもくれてやっただけで、てめえなんざ尻の毛まで毟り取られるぞ」
「だからなんでそんな、下品なこと言うんだてめえは!」
ゾロに顔を寄せ、声を潜めて言い返しながら、サンジはやけくそのように酒を呷った。

やけに喉が渇いて、アルコールが全身に沁み渡る。
酔いが早く回ったようで、テーブルに肘を着いて煙草を吹かすのに、ともすれば視界が揺れた。
いつの間にか短くなった煙草を、ゾロが勝手に指先から抜とって灰皿に押し潰す。
「おい、そろそろ引き上げるぞ」
「ん、もう?」
まだ宵の口じゃね?と言うつもりで顔を上げたら、異様な雰囲気に気が付いた。
他人の視線がチクチク痛いなあ程度に思っていたのに、店内の視線をほぼ独り占めにしているような状況だ。
ぶっちゃけ、なんでそんなに俺ばかり気にする?

「・・・なんだ、喧嘩売ってんのか」
「揉め事を起こすな馬鹿」
「馬鹿ってなんだ、馬鹿って言う方が馬鹿だ」
「馬鹿を馬鹿と言って何が悪い」
子どもように言い合いしながら、ゾロが先に立って腹巻から紙幣を取り出す。
奢ってくれんのかな、後で割り勘かなーとふわふわした頭で考えていたら、肘を掴まれた。
いつの間にか、会計を済ませて戻って来たゾロが真横に立っている。
「行くぞ」
「どこ」
「隣に宿があるらしい」
「えー、なんで上陸してまでお前と・・・」
ぶちぶちと文句言うのに、ゾロは猫の子みたいに襟首を掴んで引き上げてしまった。
首が締まって、サンジは足をばたつかせながらゾロの肩によじ登る。
「無茶すんな、俺は猫じゃねえっての」
「うっせえな、てめえが何か言う度におかしな空気になんだから黙ってろ!」
ゾロの肩肘に膝を乗せ、サンジは仕方なく寄りかかった。
客観的には抱え上げられているのだが、サンジ的には乗ってやっている状態だ。
「で、宿はどこだって?」
「隣」
「なら隣に行け、道渡ってどうすんだボケ!」
ペシパシと3度ほど後頭部を叩いて誘導し、ようやくすぐ隣の宿に入った。



「あーさっきのお姉さま、色っぽかったのになあ」
まだ酒場の女性に未練を残しつつ、サンジは部屋に入って早々にベッドに横たわった。
いつもより酔いが回るのが早い。
それにひどく暑いし、喉が渇く。
「どうせなら、レディとシーツの海に溺れたい」
「ったく、暢気なもんだ」
ゾロは冷蔵庫を開けて備え付けの酒を取り出すと、一瞬考えてから水の瓶も取り出した。
冷えたそれを、サンジのベッドに向かって投げる。
「それでも飲んでろ、酔っ払い」
「あーつめたー・・・気持ちいい」
サンジは水が入った瓶を頬に当てながら襟元を緩め、ボタンを外して首筋を撫でた。
掌が熱くて、じっとりと浮いた汗が気持ち悪い。
「あー、なんでこんな、熱ぃんだろ・・・」
上着を脱いで、シャツもボタンを外して前を肌蹴ける。
寝そべったまま肩を剥き出しにして寝返りを打ったら、反対側のベッドに腰掛けたゾロが酒瓶を握り砕いていた。
「なにやってんだ、勿体ねえ」
「うるせえ、てめえの方がなにやってやがる!」
怒鳴り返すゾロの顔は、湯気でも立ちそうなほどに赤い。
額に青筋が浮いて、形相は鬼のようだ。
「なに一人で、怒ってんだ」
「てめえが、ンな匂い放つからだ!」
「だから、匂いってなんだよ。自分じゃわかんねえよ」
まるで自分自身が汚物になったような気持ちで、さすがにサンジも哀しくなる。
「わあったよ、風呂行けばいいんだろ」
「ばっ・・・」
ベッドから片足を下ろして勢いで歩き出したのに、数歩も進まず自分で自分の足に躓いて転んだ。
反動でゾロのベッドに倒れ込んで、それを避けるようにゾロの方が飛び退る。
「くそ、そんなに俺のこと、嫌いかよ!」
確かに、むかつくばかりで決して気が合うとは言えない仲間だ。
だがこんな、傍に寄るのも嫌だと避けられるほど嫌われたかと思うと、それはそれで凹む。
「違ぇ、てめえの匂いが・・・」
「匂いがなんだってんだ!一週間風呂に入らねえてめえのがよっぽど臭ェじゃねえか!」
サンジは叫んで、がばりとゾロの懐に飛び込んだ。
両手で襟元を掴んで顔を突っ込み、息を吸い込む。
「ほら見ろ、く、せ―――――・・・」
とろりと瞼が下りて、口元が自然と緩む。
臭いと思うのに、嗅げば嗅ぐほど脳髄に沁み込むように匂いが馴染んで堪らない。
つい、ゾロに抱き着くようにしてクンカクンカしてしまった。
「てめ、離れろっ」
ゾロはゾロで、口では離れろと叫びながら、サンジの背中に手を回して抱き込んでいる。
そうしてサンジの襟首に鼻を埋めて、こちらもものすごい鼻息を立てながら深呼吸を繰り返した。
「あーてめ、くそっ」
「く、そ――――・・・」
なにがなにやら当人同士もさっぱりわからないまま、お互いに抱き合ってひたすら匂いを嗅ぎ合う。
えも言われぬ陶酔感に浸され、サンジは口内に沸いた唾を飲み込んだ。
なんだろう、食欲でもないのに涎が垂れそうだ。
身体の熱はますます高まり、喉が渇いて堪らない。
「あ・・・ゾ――――・・・」
「ああ畜生!」
サンジを片手で抱えたまま、ゾロは乱暴に自分の服の裾を割って股間に手を伸ばした。
ズボンをずり下げ、すでに熱く屹立したものを取り出す。
サンジは横目でゾロの様子を見て、ぎょっとして身を引いた。
「な、なななななにやってんだっ」
「うっせえ、我慢できるかボケッ」
サンジをきつく掻き抱き、至近距離で睨み据えながら自分のモノを擦り出した。
「こ、のっ、変態野郎――っ」
口では罵りながらも、サンジも目が離せない。
ぬちゃくちゃと水音さえ立てて上下に擦る動きに、嫌悪からではない震えを感じてしまった。
「クソッ、なんだってんだ畜生っ」
我慢できず、サンジもベルトに手を掛けて前を寛げ、硬くいきり立った自分のモノを取り出した。
ゾロに肩を抱かれた状態で、身を丸めて目を閉じ闇雲に両手で擦り始める。

「―――あ、あっ」
「・・・くっ」
ゾロが、サンジの後頭部に顔を埋めて荒い呼吸を繰り返した。
そんなゾロの首元にサンジも鼻先をくっ付けて深く息を吸う。
まるで麻薬のような甘美な匂いに包まれて、いままで到達したこともないほど激しい悦楽を感じながら、同時に果てた。



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