海へ

暗い路地は袋小路で、迷路のように入り組んでいる。
賑やかな街の灯りを眼下に見下ろし、緩やかな坂道を登る。
高台から見下ろせば、港の位置は確認できるかもしれない。
迷うのはいつものことで、早めに位置確認だけしておく知恵くらいついている。



人気のない道を歩いていると、後ろから騒がしい気配が近づいてくる。
男達の怒号と、何人もの足音。
あきらかにガラの悪そうな男達が徒党を組んで駆け上がってきた。
「野郎!どこ行きやがった!」
ゾロには目もくれず、横を通り過ぎる。
最後に通った下っ端が、ゾロの肩にぶつかって行った。
―――なんだありゃ。
知らず、口元が歪む。
―――おもしれーことでも、あるかな。




影を曲がった方向から、声が上がる。
続いて、重く響く音、刀を取り出す音、うめき声と何人かが倒れこむ気配。
戦闘か―――
角を曲がると少し広い場所に出た。
すでに何人か倒れている。

さっきの男達が一人の男を取り囲み、刀を構えている。
男の姿は陰になっていて、はっきりと見えない。
ただ、髪だけが街灯の光を反射して白く光っていた。
「おとなしく帰ってきたら、今回は見逃してやる。」
リーダーらしき男が、猫なで声で男に話し掛ける。
金髪の男は口の端を上げて、鼻をふんとならした。
「てめえの言うこたあ、あてになんねえ。」
その身体が一瞬沈んだかと思うと、まるで舞うように長い足が繰り出された。
―――!
ゾロが目を見張る。
恐ろしく身軽に、男は蹴りを繰り出し男達をなぎ倒していく。
両手を床について足だけを回転させる。
細い身体だ。
威力などないだろうに大の男達が吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。

なんだこいつ、すげえ。
黒いスーツを着て、ひょろりとした体格だ。
とても強そうには見えない。
ゾロが見とれていると、ガチャリと銃を構える音がした。
「優しくしてやりゃあ、つけあがりやがって・・・」
金髪の男に標準を当て、トリガーを引く。
「構わねえぜ。よく狙えよ、ここを。」
そう言って、男は自分の左胸を指した。
「そうはいくか。両手両足ぶち抜いても生かして連れて帰れってのがボスの命令だ。」
銃先がわずかに下げられ足を狙う。
ためらいなく発射された弾は男の足に届かなかった。
カン!と乾いた音がして、跳ね返される。
―――!
いつの間にいたのか、間に緑の髪の剣士が立っていた。









「なんだてめえ!邪魔しやがるか!」
男が声を荒げる。
「あ?何言ってんだ。俺はここを通ってただけだぜ。邪魔はあんたらだろ。」
ここは道だろ、と言ってうすら笑う。
「ふざけやがって」
ゾロが構えると、背後の男が前に飛び出した。
「待て!無関係の奴を巻き込むつもりはねえ。」
ゾロを庇うように傍に立つ。
背はゾロと同じくらいか。
だが恐ろしく細い。
白い顔をして、金色の前髪で表情が見えない。
「あんたらと帰る。」
あっさりと男は投降した。
「最初から、そうすりゃいいんだ。仕置きは免れねえぜ。」
「わかってる。」
両側から腕を引っ張られ連れて行かれる後姿に声をかけた。
「待てよ、こっちの落とし前がついてねえぜ。」
ゾロの言葉にリーダーが眉を上げる。
「せっかく見逃してやろうってのに、馬鹿な男だな。怪我じゃすまねえぜ、兄ちゃん。」
「さっきそこの下っ端が俺の肩にぶつかって行きやがった。この落とし前はつけさせてもらうぜ。」
ゾロが刀を抜き、口にくわえた。
そしてもう二本。
―――三本の刀だと!
リーダーが銃を構える。
発射された弾丸を弾き返してゾロは突っ込んだ。







あっという間だった。
白い光を残して、刀はしまわれた。
後に残るのはピクリとも動かない、意識のない男達。
「あんた、クソすげーな。」
さっきの男が街灯にもたれて煙草に火をつけている。
「のんきな奴だな。逃げねえのか。」
呆れた声に、にやりと笑って返す。
「逃げても無駄だ。この島にいる限り絶対掴まる。」
灯りの下で顔がはっきり見える。
見事な金髪と色白の肌。
口を皮肉気に歪めて、煙草をくわえている。
細められた瞳は青く、左目は髪に隠れている。
眉尻が巻いているのが特徴的だ。

「何やらかしたんだ、お前」
「脱走」
ガラは悪そうだが、悪い奴には見えない。
「お前、犯罪者か?」
ゾロの言葉にふき出す。
「どう見たら、俺が犯罪者でこいつらが警察か海軍に見えるよ。」
見えなくもないが・・・
「逃げてきたんだよ。娼館から。」
しょうかん?ショーカン、娼館?
「―――お前、男娼か!」
ゾロの反応が面白いのかくすくす笑う。
どう見ても男娼には見えない。
いいとこ、組を抜け出したチンピラってとこか。
ゾロがそう言うとさも心外だという顔をした。
「言っとくが、俺はVIP専用で一番の稼ぎ頭なんだぜ。」
確かに良く見ると綺麗な面はしている、が。
―――男娼ってのは、もっとこう・・・
考えて、気がついた。
―――目が腐ってねえんだ。

「まあ、顔だけじゃねえけどよ。」
煙草を足でもみ消して、すいと近づいてきた。
白い顔を間近で見て、どきりとする。
―――こいつ、悪かねえ。
男の頬にさっきの戦いで傷ついたのか、血の滲んだかすり傷がある。
それを手の甲で乱暴にぬぐった。
頬に赤い一筋が、かろうじて確認できた。
「俺、傷の治りがクソ早えんだよ。」
わかっだろ、と薄く笑う。
―手足を撃ち抜いても生きて連れ帰れ―
―――そういうことか・・・。
近づいたままの男の顔に手を伸ばす。
男は逃げない。
顔にかかる髪をかきあげる。
右目とは微妙に違う色の、無機質な瞳。
―――義眼か。
「変態じじいが、調子こきやがった。」
顔を下げてゾロから離れる。
「トカゲじゃねーんだから、取れたら生えて来ねえっての。」
煙草に火をつけて、ゆっくりと坂道を歩き出す。
「なんで本気で逃げねえんだ。」
ゾロが後をついて行く。
「言ったろ、島にいる限り逃げられねえんだ。俺の飼い主はこの島牛耳ってから。」
「・・・じゃあなんで、脱走してきたんだ。」
―――そんな目に遭っててよ。
「海が、見たかった。そんだけ。」
眼下の街が騒がしい。
「窓から潮風が吹いてよ、それ嗅いだら無性に海が見たくなった。俺、ガキん時船に乗ってコック
 やってたんだ。海が好きでよ・・・」
幾つもの灯りが集結している。
「いつか海に出て、オールブルーを探すのが、俺の夢だ。」
―――夢、だと。
最悪の状況下でまだ夢を語るのか。
こいつの存在自体が奇跡だと、ゾロは思った。






「なら、海を見に行こうぜ。」
ゾロが男の腕を掴む。
男はゆっくりと頭を振った。
「もう、いいんだ。あんた、船乗りか?」
「海賊だ。」
「・・・だろうな。あんたから潮の匂いがする。俺はあんたに海を見た。」
―――だから、もういい。
ふわりと笑う男の顔を、綺麗だと思った。
身体は壊れなくとも、心は壊れるだろう。
よほど強靭な精神力か、どうしようもなく図太いのかどちらかだ。
―――おもしれえ。

「ならお前、この島から抜け出して、俺達の船に乗れ。」
「お前じゃねえ、サンジだ。」
怒声が近づいてくる。
大勢の男達の足音。
「ちょうどコックを探してたところだ。」
ゾロが刀を持ち直した。
「あんたに助けられる義理はねえぜ。」
「なら、契約しねえか。」
いつの間にか、取り囲まれた。
「てめえが自由になったら、俺を港まで案内してくれ。」
刀を構える。
「案内?」
「実は、道に迷ってたんだ。」
―――ぶ!
この状況で笑うかよ。

殺気立った男達が間合いを計って、剣を構える。
「わかった、約束する。」
サンジも足を鳴らして、男達に向き直った。
「行くぜ。」








―――海に。

END

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