注文の多い靴屋さん -3-



「靴、だと?」

サンジの待ち人は、靴職人だと名乗った。
「お誕生日おめでとうございます。本日、お孫さんからのご依頼により、まずは計測に参りました」
ロロノア靴店の評判は、客から聞いてゼフも知っていた。
常連客ほど、その店の名を口にせず内緒にしていることも。
あまりに繁盛すれば次の予約が遅れるし、自分だけの特別な贔屓店にしておきたい。
そんな心理もありながら、本当に大切な人にはそっと教えたい店でもある。
ゼフも、親しい常連客から勧められたことがあった。
それがまさか、小学生の孫に先を越されるとは。

ゼフが唖然としている間に手早く計測用の台座を用意したゾロは、さあどうぞと椅子を薦めた。
「こちらにお掛け下さい」
「いや、わしは・・・」
慌てて片手を振って、サンジを振り返る。
サンジは目を輝かせてゾロの作業を見つめていて、ゼフの視線に気付くとどこか得意気にふふんと笑った。
「いいからジジイ、全部ロロノアさんに任せとくといいよー」
「なに言ってやがる、この生意気なクソガキが」
鼻息荒く怒鳴ると、ゾロに向き直る。
「あんたの評判はわしも聞いとる。腕も確かだが、それなりの値段もするとな。あんたみたいな立派な商売しているモンが、こんなガキの戯言に付き合ってもらわんでも結構だ」
「いいえ、正式にご依頼いただいております」
ゾロはさらっと聞き流し、ゼフの足元に跪いて両手を生身の足に添えた。
「すでに前金をいただいておりますので、ご安心ください」
ぎょっと目を剥くゼフの後ろで、サンジも同じく目を瞠った。
小学生のサンジでも、前金の意味くらいわかる。
あれではまだ足らなかったのだ。
あの額を貯めるのに3年かかった。
お年玉には全く手を付けず、店を手伝った時に貰う駄賃も極力溜めこんだ。
そうしてようやくそれなりにまとまった額になったのに、靴はあれ以上に高いのだ。

もしゼフの靴が半年後に完成するのだったら、もっとお金を用意しなきゃならない。
あと半年でなんて、とても間に合わない。

蒼褪めて不安げなサンジの顔色を見て、ゾロは言い添えた。
「私も商売ですんで、ご依頼いただいたからにはきっちりと仕事をさせていただきます。ただし、前金を差っ引いた残りの費用は出世払いということで、完成後すぐに頂戴することはありません」
「・・・しゅっせ、ばらい?」
今度は意味が分からず、きょとんとするサンジにゼフは苦虫でも噛み潰したみたいな表情を見せた。
「そんなんで、まともな商売と言えますかな」
「自分で言うのもなんですが、私は仕事を選ぶ男です」
余裕の笑みを見せるゾロに根負けしたか、ゼフはあっさりと椅子に腰を下ろした。

裸足になってもらい、丁寧に計測する。
義足の方も計ったが、なるほどこれでは靴は履きにくかろうとゾロは理解した。
足首の部分に可動域はないし、踵もつま先もつるりと硬くて弾力がない。
失った片足とほぼ同じものになるよう、残った足で形を取ったのだろう。
生足の方が痩せて筋肉も落ちているから、揃えてみるとアンバランスだ。
高さにもズレがある。

真剣な面持ちでフィッティングするゾロを、サンジは目を輝かせながら見守っていた。
最初に見た時は怖そうな男の人だと思ったけれど、話してみると気さくだし、ぶっきらぼうだけどすごく優しい人だとすぐにわかった。
子どものすることだと侮ったりしないでちゃんと話を聞いてくれて、渋るゼフも説得してくれた。
こうしてサプライズプレゼントが成功したのも、ゾロのお蔭だ。
嬉しい、すごく嬉しい。

サンジは椅子の背を掴んでじっと作業を見守っていたが、あんまり嬉しくてついその場で飛び跳ねてくるりと回った。
「チビなす、バタバタしてねえで飯の準備でもしやがれ」
「あ、うん。ロロノアさんも食べてってよ」
弾けるように踵を返し、跪くゾロを見下ろす。
「いいんですか?」
「このガキが作るもんだから、たかが知れてるが」
「え、お前が作るのか?」
素で驚いたゾロに、サンジは自慢げに小鼻を膨らませた。
「あったりまえだろ、俺だってコックの卵なんだから」
「卵も卵、まだヒビも入ってねえしヒヨッコでもねえがな」
「でもちゃんと作れるもんね、ロロノアさん食べてってよ!」
サンジははしゃいで、ゾロの首に抱き着く。
「おいおい、邪魔をするんじゃねえ」
小さな手で首を絞められて、ゾロは擽ったそうに笑った。
「それじゃ、お言葉に甘えてお相伴にあずかります」
「やったあ!待ってて、すぐ作るから!」
「慌てるな、落ち着いて、バタバタすんじゃねえぞチビなす!」
ゼフの怒号に追いかけられながら、サンジはキッチンに取って返した。



昼食はチラシ寿司に若竹汁、野菜のゼリー寄せだった。
少し焦げた西京焼きも添えられて、ゾロは目を丸くした。
「これ、お前が作ったのか?」
「そうだよ、横で見てただろ」
再度確認され、サンジは不満そうに頬袋を膨らませながら顎を上げる。
「って言っても、合わせ酢を混ぜただけだけどな。具は前の晩から浸けて置いたの混ぜただけだし」
「錦糸卵が分厚い、シイタケの切り方が大きい、酢が足らん」
朝食の時と違って部外者がいるせいか、ゼフがぽんぽんとダメ出しする。
「野菜の水気が充分切れておらん。ワカメが繋がっている、西京焼きは焦げ・・・」
「わー、わかったから!」
サンジがゼフの口元を抑えると、ゼフは口端だけ上げて笑った。
どうやら彼なりに、からかったらしい。
「いやいや、俺から見たらどれも玄人はだしですよ、素晴らしい」
ゾロの言葉に、サンジはどんなもんだいとばかりに胸を張る。
「とにかく食べてみてよ。クソ美味えから」
「いただきます」
遠慮なく手を合わせ、箸を付ける。
汁椀を持ち上げると、ふわりと出汁の匂いがした。
「美味い」
「ほんと?」
ゾロの舌には若干淡い味だが、風味が豊かでじんわりと旨味が染みる。
二度三度と飲み下す内に、このぐらいの薄さの方が美味いと感じられた。
「いっぱい食べてくれな、お代わりもあるよ」
頬を紅潮させ、はち切れんばかりの笑顔で給仕する。
薦められるままに、ゾロは3杯もお代わりして腹いっぱい食べた。



「すっかりご馳走になって、すみません」
フィッティングに来たのか呼ばれに来たのかわからない状態で、ゾロは暇を申し出た。
もっとゆっくりしてったらいいのにーと、引き留めるサンジをゼフが叱る。
「ロロノアさんはお忙しい中、わざわざうちまで出向いてくださったんだ。仕事の邪魔をしちゃならん」
「・・・ごめんなさい、どうもありがとうございました」
素直に詫びて礼を言うサンジの頭を、ゾロはぽんぽんと撫でた。
「こっちこそ、すっかりご馳走になったなありがとう。次の予定ですが・・・」
ゼフに向き直り、今後の行程を説明する。
「この計測を元に木型を作り、革を張っていきます。幾度か店に足を運んでいただいて、仮合わせをしていただかなければなりません。また、詳しいデザインの打ち合わせもその時に」
「うむ、今度はこちらから出向くとしよう」
「それで、お代のことなんですが・・・」
金額の話になって、サンジは慌ててゼフの前に躍り出た。
あくまで、全額自分で払うつもりだと全身で主張している。
「はい!その、しゅっせばらいってのでお願いします」
「元気があるな」
ゾロは苦笑して、今度はサンジの目線に合わせるように屈んだ。
「モノは相談なんだが、靴の打ち合わせをする時に一緒に飯を持ってきてもらうってのはどうだろう?」
「え?」
きょとんとしたサンジの後ろで、ゼフも訝しげに眉を寄せる。
「こんなまともな飯を食ったの、久しぶりだったんでね。よかったら、握り飯でもいいから持ってきてもらえると助かるな」
「え、そんなんでいいの?っていうか、今までちゃんと食事してきてないの?」
サンジ的には、そっちが引っ掛かったらしい。
「熱中すると他のことを忘れてしまう性質でな、食えりゃなんでもいいから腹減ったらコンビニで適当なものを買ってた」
「ダメだよそんなの、大の大人が!」
サンジは説教するように大声を出し、わかったと快活に頷いた。
「じゃあ、俺のしゅっせばらいは飯だ。ゾロに、美味いもんうーんと食わせてやる!」
「そりゃ助かる」
「いや、それは…」
難色を示したのはゼフの方で、ゾロに聞こえるだけの音量でこっそり囁いた。
「金額の補てんは、わしの方でさせてもらいます」
「いいえ、あくまでご依頼人はサンジ君です。サンジ君が一生懸命貯めたお金を受け取ったのは私ですから、最後まで責任を持って最高の靴を作ってみせますよ」
そう言って笑い、二人でなにを話しているのかと一生懸命見上げているサンジに視線を移した。
「じゃあ、交渉成立だ。靴が完成するまで、俺に美味いもん食わせてくれ」
「任せろ!」
その場でジャンプして了解するサンジに、ゼフはやれやれと相好を崩した。

「こいつが、わし以外に自分の作ったものを食べさせたのは、あんたが初めてなんです」
「そうか、そりゃますますラッキーだったな」
単純に喜ぶゾロを見て、サンジはもう嬉しくて誇らしくて胸がはち切れそうになった。
ゼフの誕生日なのに、まるで自分が大きなプレゼントを貰ったようだ。



「それじゃゾロ、毎週火曜日、差し入れを持って行くな」
「おう、もちろん用事がある時は休んでいいいんだぞ。それに、おにぎり程度でたいしたもんじゃなくていいんだぞ。できる時にできる分だけ、な」
「うん、約束する」
玄関先まで見送って、サンジはゾロが履いているピカピカの革靴に目を落とした。
「しゅっせばらいが、いつか終わっても・・・」
「ん?」
「いつか、俺がもっと大きくなったら、今度は俺の靴を作ってくれる?」
向かい合って立つ、サンジの足元は運動靴だ。
ゾロとは、足の大きさも全然違う。

「もちろん、喜んで」
そう答え、小指を絡めて約束した。

その時は、きっともっと美味しいものを食べさせてくれるだろう。
ゾロの予想はその10年後、ある意味、形を変えて実現することになる。


End



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