強がりなキス

快楽に弱い身体だった。

普段の態度からは想像もできないほど素直に反応して、それは痛いだのそこは気持ちいいだのと言って笑う。
笑いながらゾロの首に手を回し、肩に齧りついて歯を立てた。

「やっぱ野郎はダメだな。硬てえし汗臭いえし、楽しくねー」
なんてほざきながら、しがみ付く力を抜かないで胸に顔を埋めた。
自分だって野郎なのに、その身体は硬くてもしなやかで、手触りもいい。
臭いどころか美味いから、結局ゾロは夢中になった。





昼間のうちに小さな島に寄港して、ささやかなパーティを開いた。
その日を迎える時は、船上でも陸上でもそれこそ戦いの最中でも、必ず皆が揃って祝う。
出会えて共に生きる喜びを与えてくれたのは、この世に生を受けたからこそだから。

「お誕生日おめでとう」と祝福し「ありがとう」と笑顔で応える。
ままごとみたいな儀礼を済ませ、いつものように飲み食い歌い、夢を語る。
その後、それぞれが部屋や街に散っていくのに、一緒に飲み直そうと誘ってきたのはサンジの方だ。
酒につられて部屋に入ったゾロに、てめえ男は初めてか?と覆い被さって唇を重ねて来たのもサンジの方だ。
今夜の主役のすることだからゾロはたいして抗わず、それでも途中でひっくり返して思う存分
気持ちよくさせてやった。
相当よがっていたから、誕生日プレゼントの代わりにもなるんだろう。
そうして今、満足した猫みたいにゾロの隣で伸びをしている。




「あー・・・でも、やっぱ痛てえ。てめえ、でかすぎ。」
「男とは、慣れてんのか。」
ゾロの野暮な物言いに、サンジは鼻の頭に少し皺を寄せて返した。
「俺様は恋愛にはフリーなんだ。レディでも野郎でも、そん時の気分で気持ちイイ方を選ぶさ。」
それで今夜は俺だったんだな。
「んでてめえの感想はどうよ。男もそう悪かあねえだろ。」
寝そべったまま煙草を咥え、火をつける。
応える代わりにシーツに手を突っ込んで、そこだけやけに柔らかい尻肉を揉んだ。
サンジは抵抗せず、陶酔したように目を閉じている。
やはり相当気持ちがいいらしい。
悪戯に双丘の奥に指を這わせればさすがにびくりと身を捩った。
それでも半開きの口から文句は出ないから、煙草を抜き取ってまた口付ける。
散々貪って名残惜しげに唇を離すと、サンジは情欲に濡れた目で軽く睨み返した。

「一度寝たからって、調子にのんじゃねえぞ。」
なんだそりゃ。
どこの女の台詞だ。
「特に船の上じゃご法度だ。ぜってー俺に触れるな、素振りも見せるな。誰にも感づかせるなよ。」
プライドの高いこいつには、俺に抱かれたという事実は屈辱なのだろうか。
「てめえ、恋愛には自由なんじゃねえのかよ。」
「基本的には、だ。だがそれ以前に、俺はコックだ。」
ゾロの胸を押し返して、その手を目の前に翳した。

「俺はこの手で美味い飯を作り給仕をする。特に衛生面には人一倍気を遣ってんだ。それと同じ手で
 野郎と乳繰り合ってるなんて、みんなが知ったらどう思う?」
なんだそりゃと今度こそゾロは口に出しそうになった。
が、ぐっと我慢する。
サンジの表情があまりに真剣だったから。

「だから俺は船の上では恋愛はしない。ナミさんやロビンちゃんを褒め称え、愛を囁くことはしても
 実際に触れることはない。野郎相手なんて言語道断だ。だからいつも恋愛は陸の上でと決めている。」
「それで島に着く度にナンパやら男漁りやらに行ってたって訳かよ。」
翳された手を握って指を口に含んだ。
サンジの目が眇められる。
一本一本に丹念に舌を這わし、唾液を絡めると、薄い唇の間から吐息が漏れた。

つくづく快楽に弱い身体だ。
戯れに潜ませた指を押し入れると、何度も穿たれたそこはすぐに熱く蕩けて纏わりついてくる。
「・・・も、てめえ・・・」
口元に笑いを含ませてサンジがシーツに顔を埋める。
「なんだ、気に入ったのか?」
「そうだな。」
散らばる金糸に鼻を埋めて、白い耳朶を噛んだ。
小さく竦めた首を追いかけて、襟足に歯を立てる。

「また、島についたらてめえと寝るぞ。」
「・・・さあね。」
「嫌か?」
「そん時の、気分次第だ。」
サンジは顔を背けたまま、ゾロの頭を抱え込んだ。
促されるままに、その白い身体に没頭する。




恋愛慣れたふりをして、誕生日にかこつけて、サンジは快楽に溺れる仕種で身を任せる。
だが、ゾロはとっくに気付いていた。
その秘奥はあまりに狭く頑なで、かなりの時間を費やさなければならなかったことも。
合わせた素肌の向こうで、まるで小鼠のように早く高鳴る鼓動が響いていたことも。
粋がって吹かす煙草を持つ指が、細かく震えていたことも。

恐らく、これはサンジの賭けだった。
この賭けに、敢えて乗ってやろうと思う。
料理人ゆえに潔癖に育てられただろうサンジが、遊び慣れたふりをして誘いをかけてきたなら、
遊びのふりで応えてやろう。
島に着くたび共に過ごし、本当に自分の手に馴染むまでとことん抱いて愛し抜こう。
陸の上だけで満足していられるかどうかは自信がないが。

ゾロはひとり苦笑を漏らした。
この賭けが吉と出るのか凶と出るのか、それは多分サンジにしかわからない。







この頑なな、愛しい天邪鬼――――


閉じたままの蒼い瞼に、想いを込めてキスを落とした。

END

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