triangle -21-


「お・・・兄ちゃん?」
愕然としたサンジの背後で、ウソップやカヤもぽかんと口を開けている。
ノジコや義兄、それにルフィは平然としているからこちらは知っていたようだ。
「ナ、ミさん・・・ゾロって、ナミさんと兄妹?」
「そうよ」
しれっと答える。
「え、じゃあ、くいなお姉様方とも・・・」
「あれは違うわ」
「???」
もはや、サンジの頭の中は大混乱だ。
「ゾロと私は母親が同じなの。そしてあのお姉様方はゾロと父親が同じ」
「うう・・・」
つまり、くいな達とナミは赤の他人だ。
「ちなみに、くいなさん達以外にもゾロには妹が3人いるわ。いずれも腹違いで」
「ひええ」
ウソップが小さく声を上げ、カヤと手を取り合って首を竦めている。
「まあ、全部ゾロが白状したことだけどね」
そう言って、ナミは曰くありげな目つきでゾロを見た。



ナミは覚えていなかったが、その昔、母とゾロと3人で慎ましくも幸せに暮らしていた時期があったのだという。
母は水商売をしており、ゾロの父と一時愛人関係にあったが、母の方が愛想を尽かして早々に別れた。
ゾロの父は絵に描いたようなワンマン亭主で、家では家長として君臨し、一歩外へ出れば正妻以外に複数の愛人を囲っていた。
認知した子どもも数知れないが、正妻・愛人いずれにも男児はゾロ以外いなかった。
それで、ロロノア家は男児が継ぐべしとの家訓を受け、庶子であるゾロに白羽の矢を立てたのだ。
その際、ゾロとその母親を家に迎え入れたが、父親が違うナミは里子に出された。
生木を裂くようにして娘と引き離された母は、ナミを案じて神経を病んだ。

「ことあるごとに、私を思い出してくれたそうよ。ナミは今頃どうしているかしら。お腹を空かせてはいないか、寂しくて泣いてはいないか、一人ぼっちで寒い思いをしてはいないかって」
美しい景色を見れば、これをナミにも見せてやりたいと言って泣く。
美味しい料理を食べれば、これをナミにも食べさせてやりたいと言って泣く。
夜になれば、ナミは温かい布団で眠っているのだろうかと案じて泣き、目が覚めればナミはちゃんと朝御飯を食べさせて貰っているのだろうかと心配して泣いた。
離れに住んで本妻親子とは滅多に顔を合わせることがない生活だったのに、たまたま見かけたくいなが頻繁だと感じるほど、ナミの母は憔悴し執着し続けた。
「全部、くいなさんが教えてくれたんだけどね。ここの兄貴は無口すぎて、自分じゃなーんにも言わないし」
指差され、ゾロが視線を外してちっと舌打ちをする。
「あんた、くいなさん達がお母さんの異常に気付いてたことも、知らなかったんでしょ」
「―――・・・」
憮然としたゾロの横顔を、サンジはじっと見つめた。

ゾロがロロノア家に迎え入れられるため、一緒に付いてきた母親。
けれど彼女の心はゾロにはなかった。
むしろ、娘と引き離された憎しみが父親を通じてゾロにも移ってしまったりしたのではなかったか。
そう思い当たると、きゅっと心臓が竦み上がる。
広く冷たい屋敷の中で、唯一の味方であるはずの肉親がそうであったなら、それはどれだけ孤独だったことだろう。

「くいなさん達はくいなさん達で、突然家督を継ぐべく家に入り込んできた愛人親子を面白く思わないに決まってるし、針の筵だったってのもあるかもしれないわね。そういう意味では、私里子に出されて幸運だったのかもしれないわ」
「ナミさん」
思わずサンジが嗜めると、ナミはきょろっと首を竦めた。
ノジコにもきつい目線で睨まれ、ごめんなさいと素直に詫びる。

「それで、結局お母さんも1年前に亡くなったのね。くいなさん達って、言葉きついし態度も冷たいし上から目線でああだけど、結構ゾロのこと心配してくれてるんじゃないかなあって思ったわ。昨日、初めて言葉を交わしてそう思ったんだけど」
それでね、とナミは続ける。
「ゾロと私が出会ったのは本当に偶然だった。コンパでね。ゾロは一目で私だってわかったそうよ。忘れようにも忘れられない、大事な大事な妹が目の前にいるって」
それから、周囲が驚くほどゾロらしくない積極性でナミに近付いた。
ナミが困っていると言えば手を差し伸べ、些か強引な手口を持って借金問題も解決させた。
家柄もよく顔もよく、頼りがいのある男性の出現にナミの女心が揺れない訳がない。
「でちょっと、好きになりかけちゃったのよね〜」
「―――!!」
再び、ウソップとカヤが抱き合って竦み上がる。
それは仕方ない、仕方ないけどちょっとヤバイ。

「そしたら、ゾロったら急に及び腰になるじゃない。なんでなのって、下心もなくただの好意でこれだけ過剰に親切にするなんておかしいんじゃないのって。私を納得させてよって迫ったら、白状したわ。実は俺たちは兄妹なんだって」
「なんで、黙ってたんだ?最初にきちんと名乗ればよかったんじゃね」
サンジのもっともな言葉に、ウソップ達もうんうんと頷いた。
ゾロは苦虫でも噛み潰したような顔をして、口を開く。
「ナミの存在を、家に知られたくなかった」
「・・・それは、ナミさんを守るために?」
家督を継がせるために、妹を勝手に里子に出すような強引な一家だ。
ゾロの妹としてナミが身近に存在すると、後々相続問題に発展するかもしれない。
黙って頷くゾロに、ナミは憤懣やるかたないといった風に肩を怒らせる。
「それで私が、はいそうですかって納得すると思う?冗談じゃないわよ、馬鹿にすんじゃないわよってうっかり逆ギレしちゃったのよ」
その気持ちも、サンジにはなんとなくわかった。
ゾロにとっては苦渋の選択だったろうが、ナミにしたら心が動きかけたタイミングでの青天の霹靂だ。
自分だけろくでもない里親に託された恨みもあるし、恋心を見透かされた気恥ずかしさもある。
可愛さ余って憎さ百倍になったとしても、不思議ではない。

もし、もしも自分が突然ゾロと兄弟だと知らされたとしたら―――
考えただけで血の気が引いた。
お互いに知らないままそれとわかったら、その衝撃はいかばかりか。
ナミの場合はゾロが知っていたから事なきを得たけれど、やはりナミの身になって考えると自暴自棄になるのは理解できる気がした。

「兄妹だって告白と一緒に、母が私宛に残していた手紙も渡された。そこに私のことが詳しく書いてあったから、大体事情はわかった。母が―――いかに私を愛してくれていたのかも、よくわかった」
それでも・・・と、ナミは軽く唇を噛んだ。
「わかったからこそ、これ以上ゾロの好意に甘える訳にはいかなかったのよ」
ゾロがいくら金銭的に援助しようとしてくれても、それはすべてゾロの家の財産だ。
ナミを捨て、親兄弟と別れさせた張本人の金だ。
それがナミには我慢ならなかった。
ナミのためにとなりふり構わずどんなわがままも極力聞き入れようとし、学業を投げ打ってバイトに勤しみ金を渡そうと躍起になる兄の姿がたまらなかった。

「極端なのよ、馬鹿みたい。兄だって名乗ったんなら、もうそれだけでよかったのに。いつまでも母親が遺した願いを叶えようとがむしゃらになって、無茶ばかりして。私にとってはなにもかも今更だったのに」
7月3日が来る度に、母はナミのためにと誕生日プレゼントを買っていた。
いつか再会できたなら、綺麗な服を買って美味しいものを食べさせて、なに不自由ない暮らしをさせてやりたい。
もう二度と寂しく辛い想いをしないように、ずっと側にいて護ってやりたい。
母の願いはそっくりそのままゾロに引き継がれた。
毎日毎夜、繰り言のように漏らされたナミを想う言葉の中に、ゾロの名前は一言も入らなかった。
―――とうとう、最期まで。

サンジには、ゾロの気持ちがほんの少し理解できる。
サンジ自身、女癖の悪かった父の影響で女性に対して過剰とも言えるほどの潔癖さを保つようになってしまった。
親の呪縛はことのほか重い。
本人は無意識でも、身に染み付いてしまっているのだ。
ゾロは、ナミを大切にすることを幼少時から約束させられた。
だから、ナミだけがこの世の全てで、一番大切で大事だった。
ゾロ本人の意思に関わらず、そうであることが当たり前として刷り込まれてしまった。

「そんな呪縛を、断ち切ってしまいたいの」
そう言い切るナミは、強くて美しい。
本当ならば、ゾロや母親の庇護なくしてもナミは充分に一人で生きていけるはずだ。
強くて賢くて優しくて明るくて。
多くの人に愛され、慈しまれて誰かを幸せに出来る素敵な女性だ。
もう、大人になったゾロが取り囲むべき妹ではない。

「ゾロも、苦労したんだなあ」
優しいウソップが、涙ぐんで呟いた。
ゾロは虚を突かれたような顔をして、どこか気まずげに視線を逸らす。
気遣われることに慣れていないのかもしれない。

「さて、無事真相もわかったことだし、これでさっきとは状況が変わったわよね」
ノジコが場を取り仕切るように手を鳴らした。
ナミもそれを受け、うんと頷いてゾロに向き直る。
「じゃあもう一度聞くわよ。ゾロ」
言って、挑むように睨み付けた。

「お願いだから、サンジ君と別れて」
ドキッと胸が鳴った。
だがそれは、先ほどの不安感とは違う鼓動をサンジの胸に刻んでいる。
ゾロはナミの顔をじっと見詰め、きっぱりと言い切った。
「嫌だ。俺はこいつが世界で一番好きだ」
「ん、なっな、な・・・」
真っ赤になって、酸欠の金魚みたいに口をパクパクさせるサンジの後ろで、ウソップはああ〜と
頭を抱えカヤは目を輝かせて手を合わせる。
ノジコと旦那は満足げに寄り添い、ルフィがしししと肩を揺らした。
そうして――――

「はい、よくできました」
ナミは、憑きものが落ちたように晴れやかな笑顔を返した。








不本意ながらゾロとの付き合いを公認されてしまったサンジは、開き直って一緒に住むことに決めた。
ああだこうだと言い訳を並べて取り繕っても無駄だし、それよりナミやノジコ達と家族のような付き合いが出来ることが嬉しかった。
それでも家賃は意地で折半するつもりで、飲食店のバイトに励んでいる。
将来はやはり、実家のレストランをなんらかの形でバックアップしていきたいと心に決めた。

ゾロが退院するより前にベルメールの手術が行われ、無事成功した。
執刀したのはBJ先生で、しかも手術前にプロポーズをしていたという。
「なんとなくいい雰囲気ではあるなと思ってたけどね、さすがに驚いたわ」
ノジコとナミは揃って祝福し、ベルメールの回復を心待ちにしている。



そうして迎えたゾロの退院の日。
サンジが病室に顔を出すと、ナミが荷物をまとめていた。
当の本人は、ルフィと談話室で話しているらしい。
「ったく、ナミさんに何もかも任せきりにして!」
意気込んで文句を言いに出ようとするサンジを、ナミが止めた。
「私、サンジ君に改めて謝らなきゃならないの」
「え、なに改まって」
無意識に煙草を取り出す仕種をして、慌ててポケットに仕舞い直す。
「本当にごめんなさい」
「いや、別にナミさんが謝ることとか何にもないだろう」
戸惑いながら、サンジはずっと抱いていた違和感に今更気付く。
ナミは、家で二人きりで話していたときもやたらと詫びていなかったか?
寧ろ詫びるのはサンジの方だ。
ナミがゾロとの仲を「気持ち悪い」と評したのも、本音だろう。
誰だって自分の兄弟が男とデキてしまうことには、生理的な嫌悪を感じるはずだ。
「俺の方こそ、お兄さんと妙なことになっちゃって」
「ううん」
ナミは強く頭を振って遮った。

「最初、ゾロをストーカー呼ばわりして、それを追い払うのにサンジ君に声を掛けたじゃない」
「ああ」
それでゾロと出会えたのだ。
結果オーライと言えなくもないなと思ってしまうあたり、サンジはもう末期だった。
「あれ、偶然じゃないんだ」
「へ?」
偶然じゃないのなら、一体なにが原因でサンジに白羽の矢が立ったというのか。

「ゾロから兄妹だって聞かされて、母からの手紙を渡されたって言ったでしょ」
「うん」
「そこに、写真が入ってたのよね」
いつか娘に再会できた時、自分のルーツがきちんとわかるように。
ナミの父親と一緒に写した写真が同封されていた。
「これ」
「え、いいの?」
差し出された写真を両手で受け取る。

そこには1組の男女が写っていた。
面差しはナミに似ているけれどすこし儚げな女性と、やけに陽気で調子のよさそうな外人。
くるりと捲いた眉が実にファンキーだ。

「・・・・・・」
「ね」
サンジは顔を上げナミを見た。
それから再び視線を下げて写真を見る。
「・・・ナミさん、これって」
「その、男の方が私の遺伝子上の父親」
「あの、もしかして」
「サンジ君、自分のお父さんの顔知らないの?」
サンジには薄っすらとした記憶しかなく、離婚した時母が写真もなにもかも処分してしまったためはっきりとは憶えていなかった。
こくんと頷くサンジに、やれやれとナミは肩を竦める。
「じゃあ、名前は?ちなみにその男、イタリア人でデュバルって言うんだけど」
顔は知らないが名前なら知ってる。
陽気なお調子者で、優しくて無責任な女たらしのデュバル。
「――――まさかー・・・!!!」
「色々ごめんね、お兄ちゃん」
ナミににっこりと謝られて、サンジはその場で卒倒しそうになった。

「ナミさん!知ってたの?」
「うん、最初から」
勿論、サンジと出会ったのも偶然だ。
コンパで顔を合わせたとき、この世にこんな眉毛をした人が血縁関係以外でそんなに存在するものなのかと思ったらしい。
まさかと思いつつサンジの身の回りをそれとなく調べてみると、実家が有名なレストランだと分かった。
デュバルも日本滞在時にはコックをしていたというから、これに間違いないと確信を得たのだ。
「まさか私も、半年以内に2人も生き別れの兄とコンパで出会うとは思わなかった」
偶然って怖いわよねーと、カラカラと笑う。
あっけらかんとしたナミとは対照的に、サンジは一層複雑な気持ちになった。

ナミは兄と知らずにゾロと出会い、ゾロを好きになった。
けれどゾロはナミを妹だと知っていた。
サンジは、妹と知らずにナミと出会い、ナミを好きになった。
けれどナミはサンジを兄だと知っていた。

「ナミさん〜〜〜」
「ごめんごめん、けど私がほんとに謝りたいのはそこじゃないの」
黙ってたのも悪いけど、と前置きし改めてサンジに向き直る。
「私の存在が、私が生まれたことでサンジ君のご両親が離婚してしまったんじゃないかって。そう思うの、だからごめんなさい」
「ナミさん・・・」

初めてサンジと会った時、ピンと来た。
恐らくはこの男は、自分の父であるデュバルとなんらかの血縁関係にあると。
女と見れば鼻の下を伸ばし、誰にでも優しく誰にでも傅いてヘラヘラと笑う調子のいい女たらし。
だから利用してやろうと思った。
しつこいゾロにぶつけて、お互い相殺できればいいと思っていた。
けれど、想定外にサンジとも関わりが深まって、少しずつその人柄に惹かれていった。
そうして、サンジの両親の離婚を聞き初めて、自分以外の人の立場に立って物事を考えられた。
自分だけが被害者じゃない。
寧ろ、余所の女に子どもを孕ませたことでサンジの両親が離婚したのなら、こちらが加害者だ。
妻子ある男と子を成した母が悪い。
そう思えば、そんな母と向こうの父に振り回されたゾロにだってなんの罪もないと思った。
大人の都合に振り回された子ども達。
みんな一緒だ。

「ビックリしたけど、嬉しいよナミさん」
真摯に詫びるナミに、サンジは戸惑いながらも屈託なく笑って見せた。
「俺、一人っ子だから、まさかこんな素敵な妹がいたなんて思わなかった。すごく嬉しい」
「サンジ君」
「ゾロはこのこと、知ってるの?」
ううん、とナミは首を振る。
「別に、言うこともなかったし」
「・・・必要もないかもね」
そう言ってから、二人で目を合わせ悪戯っぽくニヤンと笑った。
「内緒にしとこうか」
「そうしましょう」
ふふふと悪魔的笑みを浮かべ、二人で荷物を持って談話室へと向かう。



「遅いぞ」
ルフィが談話室の畳コーナーでお手玉を披露している横で、ゾロがふんぞり返って文句を言った。
「なにを偉そうに、てめえがナミさんに片付け全部任せたんだろうが」
「ナミが、俺達がいない方が捗るっつったんだ」
待っている間に、ルフィは手慰みにお手玉でパフォーマンスを始めたらしい。
そうしている間に子ども達が集まってきて、ちょっと賑やかな状態だ。
「悪い、また今度な」
ナミ達を見て止めたルフィに、子ども達から文句が上がる。
「えーお兄ちゃんもっとやってー」
「次はこれ、これはー」
「えー」
「いい、先に会計済ませに行く」
ゾロはナミから荷物を受け取ると、サンジを促した。
「じゃあ、私はルフィに付き合ってるかな」
「うん、じゃ先に降りるよ」
ゾロの後を追って、一緒にエレベーターに乗った。
二人並んで扉に向く。

そう言えば、ゾロが入院して以降二人きりになるのは初めてのことだ。
なんだかやけに緊張して、つい無言になってしまう。
――――なにか、話すべきか。
前を向いたまま窮地に陥っているサンジの横顔を、ゾロはそっと盗み見た。

紆余曲折はあったが、一緒に住むことをサンジは了解してくれた。
最初はナミの彼氏として認識した男だったのに、今ではこんな形に落ち着くとは予想もしていなかった。
口は悪いくせに甲斐甲斐しく世話を焼いたり弁当を作ってくれたり、そう悪い奴じゃないと思い始めて、この男ならナミを任せてもいいかとさえ思って。
それが、他の女にも鼻の下を伸ばす軟派野郎だとわかってとてつもなく腹が立った。
初対面の時も大学の女に声を掛けられた時も、腹立ち紛れに思い切り殴り付けたのにこいつは自分の傍から離れていかなかった。
なんでだろうと思った。
酔っ払って部屋に来て、まるで誘っているかのような振る舞いをしながら、実際に抱いてみたらまったく慣れていなかった。
訳がわからない。
ゾロには理解できない男なのに、だからこそ気になって知りたくて傍にいたくて、どんどん惹かれていった。

ナミに出会った時、これが運命だと思ってこの先の人生はナミを第一に考え生きていこうと決意した。
ロロノア家では従順に暮らし、父の言いなりに進学して経営する会社に就職し後継者として仕事に励むつもりだった。
そうして早い段階でトップに登り詰めたら、その時点で父を蹴落としロロノア家も乗っ取って、血縁者をすべて追い出すつもりだった。
それがナミに出会って。
ナミの素性が知られていないならこのまま偽装結婚して、ゆくゆくはロロノア家の財産をそっくりそのままナミに受け継がせるつもりになった。
すべてはナミのために、母の意志のために。
ただそれだけで生きてきたはずなのに、サンジと出会って何かが変わった。
なにを食べても「ナミに食べさせてやりたい」と反射的に思っていた食事が、サンジが作ったものだけはそう思わなかった。
寧ろ、誰にも食べさせたくないと思った。
うまいとかまずいとか、なんら味覚に変化はないのにサンジが作るものはすべて自分だけが独占したいと思っていた。
そうしている内匂いからわかるようになり、舌触りや風味、最近では甘味が感じ取れる。
病院食は相変わらずなんの味もしなかったが、サンジが差し入れてくれるあれこれは充分味わうことができた。

そしてロロノア家のことを振り返っても、今では昔ほどの憎悪も恨みも感じられない。
寧ろどうでもいいような気がしてきた。
傍にサンジがいれば、後はもう、どうでもいい。
そんな心地だ。



待合室に座ってぼうっとしていたら、サンジが戻ってきた。
「全部済ませたぞ、ナミさん達まだか?」
結局、支払いまで全部サンジ任せだ。
でもいい、財布の紐はこれからもサンジに握っていてもらおう。
「その内来るだろ」
言って、荷物を持って立ち上がる。
「タクシー呼ぶか」
「並んでんだろ、ぼちぼち歩いて門の外まで行くか」
別に急ぐこともない。
今日はこのまま新居に帰って、ちょっとした退院祝いをするだけだ。

「買い出しと仕込みは済ませてあるからな、ウソップ達も来るし賑やかになるぞ」
「なんで来んだよ」
「お前の退院祝いだ、つってっだろうが」
サンジの飯を、誰にも食わせたくなんかないのだ。
「俺は、お前がいればいい」
「・・・おま、そういうことをだな・・・」
途端に顔を赤くしてゴニョゴニョ言うサンジの、ポケットに突っ込んだままの片手を引き出した。
荷物を持っていない方の手で、ぎゅっと握り込む。
「―――なに・・・」
なに恋人握りしてくれてんだよ!
声なき文句で口をパクパクさせるサンジに、顔を寄せて囁いた。
「手だけで我慢してんだ。んな面してっとキスすんぞ」
「・・・勘弁してくれ」
ゾロは意識して、握った手にぎゅっと力を籠める。
「出会った時から、ずっとてめえが一番好きだ」
「止めろー俺を恥ずか死させる気か!!」
「ナミが、言葉にしねえとわからねえって」
「だからって今言うな昼間っから言うな」
「夜ならいいのか」
「うるさい!」
サンジは文句を言う代わりに、自分もぎゅっと手に力を籠めた。

「んなの、最初からわかってる」
口を尖らせて拗ねたように呟くのに、目の端でゾロがにやりと笑うのが見えた。
むかつく、むかつくが仕方ない。



「あー、二人で手え握ってっぞ」
遅れてやってきたルフィが、目の上に庇を作って囃し立てるように言った。
「んもう、目に付くところでイチャつくなっての!」
ナミは憤然とその場でダッシュし、ゾロとサンジの間に割り込んだ。

「わ」
「あ、ナミさん」
「公衆の面前で、止めてよね」
いきなり背後から腕を絡め取られ、ゾロもサンジも手を離してナミを支えた。
サンジはつくづくと思う。
ナミにとって、兄同士がデキてしまったことになる。
これはもう、生理的嫌悪感も倍増ってもんだろう。
実に申し訳ないし、こればかりはなんとも詫びようがなかった。
「ごめんごめん」
「邪魔だ」
「うっさいわね、これから嫌でも二人っきりになるんだから、後でやってちょうだい」
そう言って、二人の腕に両手を絡めた。
「さ、ウソップ達が待ってるわよ」
「引っ張るな」
「おーいルフィ、早く来いよ」
サンジが振り返るより早く、ルフィは風のように駆け抜けて二人が抱えていた荷物を奪い取る。

「ししし、じゃあ先行くぞ」
「待てルフィ、こいつも連れていけ」
「嫌あよ」
「だよねーナミさん」
嬉しそうなサンジの反対側で、ゾロは仕方ないなと肩を竦めて見せた。


真夏の太陽が照りつける午後、3人の影は仲良く並んで雑踏の中に紛れた。



End



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