誕生日


【誕生日割、焼肉食べ放題3名様までなんと半額!】

こんなチケットをサンジの目の前に差し出したコーザは、どこか自慢気だった。
「どうだ?行かないか」
料理を作ることに情熱を傾けるサンジは、実際のところあまり食べ放題に興味はそそられない。
けれど健全なる中3男子としては、漲る食欲は確かにあった。
「いいけど。3人ってあと誰?つか、誕生日って」
「親父だ。11日が誕生日で、このチケットが送ら―――」
「行く!」
皆まで言わさず、サンジはコーザに抱き付いた。
「行く行く、絶対行く!俺、焼肉って食ってみたかったんだー!」
「サ、サンジ?」
首根っこにしがみ付かれピョンピョン跳ねられて、コーザは目を白黒させた。


11日が誕生日だったなんて、事前に知らされて本当によかった。
誕生日が終わった後に聞かされていたら、口惜しさに歯噛みしたことだろう。
コーザには大感謝だ。
やっぱり、持つべきものは真の友―――
そんなことを考えながら、サンジは休日をほぼ潰して熱心にケーキを作っていた。
誕生日プレゼントなんて、いくら親友の父親と言えども個人的に渡すのはどう考えても不自然だ。
本当なら、似合うネクタイとか選ぶのは凄く凄く楽しいのだろうけれど、そうもできない己の立ち居地が恨めしい。
それでも精一杯お祝いしたくて、招かれたお礼にちょっと手渡す程度の小さなケーキを作ることに決めた。
ケーキは小さくささやかだけれど、せめて味だけはインパクトに残るような、とっておきのものを作りたい。
だから何度も試行錯誤を繰り返し、満足の行くものを作るために努力を惜しまなかった。
そして迎えた当日―――

全国チェーンの焼肉店で久しぶりに顔を合わせた父親は、黒のダウンジャケットにジーンズ姿で若々しく見えた。
コーザと並んでいると兄弟みたいだ・・・とまで言うのは、言い過ぎか。
ともかく、サンジの心拍数はそれだけで急上昇だ。
「こんばんは、今日はお招きありがとうございます」
小走りに駆け寄って見上げると、父親はいつものように穏やかな笑みを浮かべサンジの頭をフード越しにポンポンと軽く叩く。
しまった、帽子なんか被ってこなければよかった。
「こちらこそ、いつもコーザが世話になって。こないだは家出騒動に巻き込んでごめんな」
「いいえ、ちっとも」
慌てて帽子を脱いで、乱れた髪を手櫛で梳く。
隣に立つコーザは、面白くなさそうに両手をポケットに突っ込んだまま上体を揺らした。
「家出騒動って、その後の絶交宣言のが俺にはビックリだったぜ」
「なんだ、絶交宣言って」
不思議そうに聞き返す父親に、サンジは身体ごとぶつかるようにして肘に手を掛けた。
「まあまあ、寒いから中に入って話しましょう」
やた、どさまぎに腕タッチ!
ジャケットの上からでも、腕の太さと固い筋肉がわかった。
それに、少し傍に寄れば空気がほんのりと温かい。
風の冷たさに凍えた肌が、ほっと緩むようだ。
「そうだな、まだあんまり混んでねえようだけど中に入っちまおう」
そう言って、父親はサンジの肩を抱いて扉を開いてくれた。
もう、この場で人生が終わっても悔いはない。

「この店、よく来るのか?」
「月イチくらいかなー」
「食べ放題ってのが魅力でね」
勝手知ったるな風に取り皿と箸を配りながら、父親はウェイターにチケットを渡しビールを注文した。
「好きなもの取っておいで」
「ロ、ロノアさんは?」
「俺は後でいいよ」
それなら俺も後でいい、と言いそうになるのをグッと堪えコーザと2人で具材を取りに行く。
コーザは片っ端から肉ばかり取って行くが、サンジはちゃんと野菜も添えた。
「親父さん、どの肉がいいのかなあ」
「なんでも喰うよ、雑食だし」
「親子で似てるんだな」
「何気に失敬だ」
小声で言い合いながら、サンジはトングを片手に内心で感心していた。
なにせ、こういった“食べ放題”系列に店に入るのも、実は初めてなのだ。
こんなものまで食べ放題で大丈夫なのだろうかと、他所の店ながら心配になる。
どこか神妙な面持ちで帰って来たサンジを見て、父親はくすりと笑いを漏らした。
その笑顔にすらどきりと来て、意味もなく頬が熱くなるがわかった。
「な、なにか・・・」
「サンジ君、こういう店に来るのも初めてだろう」
「わかりますか?」
世間知らずを指摘されたようで、恥ずかしい。
「たれも色々種類があるから、試してみなよ」
「ありがとうございます」
ドキドキしながら、熱した網の上に肉を乗せた。
「俺、こうやって自分で肉焼くのも初めてです」
「え?レストランなのに?」
「馬鹿だな、ちゃんとしたレストランだから、だろ。フライパンの上でならいくらでも焼くよな」
コーザを窘め、サンジに同意を求めるように軽く首を振る父親の眼差しが真っ直ぐすぎて、直視できない。
「はい、あの、はい」
「なんだよサンジ、お前いつまでたっても親父に慣れねえな」
コーザの一言に、きゅっと心臓が竦みあがった。
「う、え?」
「ほら、そういう風にいつも変に固くなってるじゃねえか。親父のこと、怖い?」
とんでもない!と、髪が振り乱れるほどにぶんぶんと首を振る。
「そんなんじゃない、ばか」
「・・・ばかって」
父親が、低く笑い声を立てた。
「サンジ君は俺に慣れないんじゃなくて、こういうことに慣れてないんだよコーザ」
「は?」
「え?」
2人同時に、仲良く振り向いた。
「こうやって他所に食べに行ったりする経験が、あんまりないんだろう?」
そう問われ、素直に頷いた。
サンジにとって家族はゼフ一人だし、日本には他に親戚がいないから盆・正月に大人数でワイワイすることもない。
こうやって、誰かと他所で食べるなんてこと、コーザ親子と一緒でなければ体験する機会もなかった。
「だから、サンジ君にとってはなにもかもが新鮮でこういう反応になるんだ。可愛いじゃないか」

―――可愛いって!
中学3年男子が形容されて嬉しい単語ではないはずなのに、サンジの心臓がどきんと大きく跳ねた。
可愛いって、ロロノアさんの口から俺のこと可愛いって!

「それにしたって初々し過ぎるだろ、なんで一々赤くなんだよ」
声もなく身悶え感激に打ち震えるサンジをどう見たのか、なぜかコーザまで頬を赤くして額に手を当てている。
サンジの赤面が伝染したようだ。
「まあともかく、焼き過ぎないようにして食べよう」
一人だけグビチとビールを呷り、まず父親から箸を付けた。



――― 一体いつ、切り出そうか。
安い肉の味もろくに味わえないまま、サンジは先ほどから自分が持ってきた紙袋の中身を気にしていた。
何度も何度も試行錯誤を重ねて、ようやくできたケーキが中に入っている。
持ち帰って貰うまでもない、小さな食べ切りサイズだ。
一応、コーザと自分の分も用意したけれどメインはやはり主役のもので、それにだけたっぷりと洋酒が入っている。
上等のブランデーが減っていることに、いずれゼフは気付いてしまうだろうが知ったこっちゃない。

―――そう言えば、おめでとうとお祝いするのもまだだった。
サンジが一人ではっとして顔を上げたら、ちょうどビールのお代わりを受け取っていた父親と目が合った。
どうした?とばかりに、父親が軽く首を傾げる。
「あの、おめでとうございます」
「ああ、ありがとう」
「そういやそうだよな、今日は親父の誕生日割引だ」
いよいよ四十路突入だよなーと頬袋を膨らませてモゴモゴ言うコーザを置いて、サンジは今しかないと傍らに置いてあった紙袋を持ち上げた。
「これ、お口に合うかどうかわかんないんですけど・・・」
おずおずと差し出せば、父親はすっと手を出し受け取った。
「くれるのか?」
「お生日、おめでとうございます」
コーザがこれ見よがしに覗き込んでくる。
「なにそれずるい、俺の時んなんもくれねえのに」
「お前にはご馳走してもらってない」
冷たく言い捨てて、どぞと手を伸ばして開けるよう促した。
父親は紙袋の口を開き、中を覗き込む。
「へえ・・・」
「あの、ちゃんと飾ってあるのが・・・さんのです」
「へーどれどれ」
同じように覗き込むコーザの後頭部を、できることなら引っ叩きたい。
「小せえ」
うるさい。
「3つあるじゃん、今喰おうぜデザート」
「あ、でも」
レストランで持ち込みしたら、いけないんじゃないだろうか。
今さらその事実に気付いて、サンジは冷や汗を流した。
「大丈夫だろ、誰も見てない」
父親はまるで悪戯をしているみたいに、大きな肩を竦めてコーザ達ににじり寄った。
通路から見えないように胸の前にケーキを取り出し、両手で囲む。
「上手だな、美味そうだ」
「そ、そうですか?」
「んじゃ俺これね」
遠慮なく飾り付けられたケーキに手を伸ばしたコーザの脛を、思い切り蹴ってやる。
「・・・うぐぉあっ」
「こっちです、どうぞ」
顔だけにこやかに、父親用のケーキを差し出した。
包みを解くとぷんとふくよかな香りが鼻腔を擽り、父親の顔に自然と笑みが浮かぶ。
「いい匂いだ」
サンジはドキドキしながら、父親の手元を見つめた。
見た目に大きく厚みのある手で、節くれ立った指もかなり長い。
平たくて頑丈そうな爪は短く切り揃えられ、指先の皮膚が荒れているのがわかった。
あの指で触れられたら、肌に引っ掛かって少し痛いかもしれない。
無意識にそんなことを考えてしまって、一人慌てて視線を逸らす。
「お、美味い」
一口で頬張って、味わうように咀嚼している。
その口の動きをほうっと見つめているサンジの隣で、コーザも手を伸ばし自分の分を口に入れた。
「あ、うめー」
「ん?かなり酒が効いてるけど、大丈夫か?」
「はい、大丈夫です。お酒が入ってるのお・・・ロロノアさんのだけですから」
「そうか、作り方まで変えてくれてありがとうな」
細かい部分まで認められ褒められて、サンジはもうこのまま昇天しそうになった。
今夜はもう、幸せすぎる。
「あ」
「ん?」
今さら思い出して、サンジはモジモジしながら口を開いた。
「ハッピーバスディ・・・歌うの忘れた」
「ああ?」
コーザが呆れたような声を出す。
「なんだよそれ、小学生じゃあるまいし」
今度はガツンと、向かい側から蹴りが入った。
声もなく悶えるコーザを無視し、父親がにっこりと微笑み掛ける。
「よかったら、歌ってくれるかな」
「いいんですか?」
頬を紅潮させながら、サンジは息を潜めて囁くように声を出した。

ハッピーバースディツーユー
ハッピーバースディツーユー
ハッピーバースディ ディア おとーさん・・・
ハッピーバースディツーユー

音がせぬように指先だけの拍手をすれば、ありがとうと父親は頭を下げる。
「美味い飯食って美味いケーキ貰って、お祝いの歌まで貰った。最高の誕生日だ」
ありがとうと、もう一度声にならない囁きを受け、サンジは頬を染めたまま両手を合わせて頷き返した。



   *  *  *



「・・・なんてことが、あったなあ」
「やだな、なんでんなこと覚えてんの」
美しく飾り立てられた抹茶ーケーキに蝋燭を5本立て、サンジは慎重な手付きで火を点けていく。
灯りを消した部屋の中で、柔らかく揺らめく蝋燭の灯りはとても暖かだ。
「あん時、俺はお前のことファザコンだって思い込んでたんだよな」
小さなテーブルの向かい側に座ったゾロの顔は、蝋燭の光で陰影が濃くなっていつもより老けて見えた。
でも、こんな表情もサンジは大好きだ。
「なんだよ、ファザコンって」
「ディアおとーさん、だぜ?そりゃあ親父って存在に焦がれて、そういう意味で慕ってるんだって思うに決まってるじゃねえか」
「ぶー、的外れ。俺最初からゾロのことそんな風に思ってみたことありませーん」
「や、わかんねえよ普通」
クスクスと笑いながら、一旦息を止めてふーっと蝋燭を吹いた。
5つの火は小刻みに揺れて次々に消えていく。
「あの時、俺ほんとはこう歌いたかったんだ」
「ん?」

ハッピーバースディツーユー
ハッピーバースディツーユー
ハッピーバースディ ディア ゾーロー・・・
ハッピーバースディツーユー

鼻先がくっ付きそうなほど顔を近付け、低く甘い声で囁くように歌う。
そうして、幸せに微笑みながらその唇に口付けた。
「50歳おめでとう、ゾロ」

これからもこの先も、変わらぬ想いが2人を包みますように。

Happy Birthday




End



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