卒業式


人事を尽くして天命を待つ。
そんな気分で、サンジは卒業式の日を迎えた。
今日の日ばかりは、ゼフも店を休みにして式に参加してくれる。
別に来なくていいと言ったけれど、保護者的にそうは行かないらしい。
それならばきっとロロノアさんも・・・と、ヨコシマな期待に胸を膨らませ卒業式に臨んだ。

よく晴れて天気はいいが、体育館は底冷えして温かくはなかった。
それでも、いよいよ卒業ともなると胸が熱くなり寒さなんて気にならなくなる。
今日で中学校ともお別れと思うとらしくなくセンチな気分になって、式が始まる前から泣きそうだった。
ムードを盛り上げる音楽、先生方の晴れやかな笑顔、後輩達が送り出してくれる言葉、そして来賓席と保護者席からの視線で否応なしにテンションが上がる。
コーザとは出席番号が離れているから話すこともできず、つい保護者席に顔が向いてしまいそうになるのをなんとか堪えた。
ロロノアさんが見付かればいいけど、先にゼフと目が合ってしまうときっと叱られる。
そんな雑念もいつの間にか頭から消え、最後の別れの歌では涙を抑えるのに必死で恙無く卒業式が終わった。

万雷の拍手に送られて教室に戻れば、そこで改めてホームルームがあるという。
教室内に円形に並べられた椅子に出席番号順に座ると、丁度コーザとは対面の席になった。
「これからゲームでもやりそうだよな」
先ほどまで泣きべそを掻いていたことも忘れて隣に座る友人とそう囁き合っていると、廊下から次々と保護者が教室に入ってくるのが見えた。
その中にゼフとなにか話ながら入ってくる緑色の頭を見つけて、ドキンと心臓が跳ね上がる。
―――ロロノアさんだ!
来た、来た来た来た!!!
椅子に着席したままバクバク心臓が踊り捲って口から飛び出そうだ。
―――ロロノアさん、カッコいい。

黒い礼服揃いの奥さん方からにょきりと突き出したスーツ姿は、実に堂々として目立っていた。
心なしか、周囲でおしゃべりに興じる奥さん方の頬も赤い。
サンジの左隣に座っている女子はその隣の子と小さな歓声を上げているし、やっぱり誰が見たってロロノアさんはカッコいいんだと、まるで我がことのように誇らしく思えた。
―――やっぱスーツもいいなあ。
休日のカジュアルな格好もいいけど、スーツ姿はやはりかっちりとして男前っぷりが上がっている気がする。
まあ、なに着たってカッコいいんだけど。
―――って、誰の親だよって感じ。
一人で突っ込んで赤面し、そっと俯いた。
隣にゼフが立っているのに、すっかり眼中にない。
「親御さん達は、それぞれのお子さんの後ろに立ってください」
担任がそう言い、サンジは心中でGJを叫んだ。
真向かいにいるコーザの後ろにロロノアさんが立つなんて。
モロに真正面。
不自然に盗み見しなくても、視界の中央、まん前にロロノアさんがいる。
どうしよう、却って目のやり場に困る〜〜〜〜
自然と笑顔がこみ上げてニヤニヤしてしまったら、後ろに立ったゼフがコツンと小さく頭を小突いた。
けれど痛くない。
小突かれたことにも気付かない。
恐る恐る顔を上げれば、ロロノアさんはじっとサンジを見つめていたらしくにこっと笑いかけてくれた。
それに慌てて会釈を返してから、はにかむように視線を下げて微笑んだ。
ダメだ、やっぱり目を合わせるなんてできない。
せめて斜め前ぐらいだったらガン見できるのに、真正面なんてハードル高過ぎる。
けど前さえ向いたら堂々と、スーツ姿のロロノアさんを見られるんだ。
困るけど超幸せで、やっぱり困る。

すっかり舞い上がってしまって、そのあとに渡された通知簿の内容にもさほどダメージは受けなかった。


     * * *


最後のホームルームを終え、下級生に見送られて校舎を出てもしばらくはみなで玄関先にたむろって、他愛無いことを話して過ごした。
そうしながら担任の先生を取り囲み、或いは順番に並んで挨拶を残していく。
保護者はそんな子ども達の様子を少し離れたところでじっと見つめて待っていてくれた。
コーザと話しながらサンジもちらちらと視線を移せば、桜の樹の根本でロロノアさんはゼフと並んで待っていてくれている。
すぐに近くに行きたいけれど、でも友人との時間も惜しくてついてダラダラと長居してしまう。
今生の別れでもないのに、制服を着てこうして話をする機会はもうないかと思えば、ついこの場から離れがたくなってしまった。

「午後の合格発表、どうすんだ?」
コーザが聞くから、サンジは途端に現実に引き戻される。
「・・・まあ、電車に乗って行く」
「一人でだろ?うち親父がついてくんだけど参ったなあ」
「え?!」
俄然食いついたサンジに、コーザは心底嫌そうに顔を顰めて父親がいる方を向いた。
「ついてくんなっつったのに、仕事休んだからついでだとかなんとか。なんかこう、親らしいことするのがめっちゃ楽しいみたいなんだけど、正直迷惑だよな」
「んなことねえよ、心強いじゃねえか!」
サンジは自分のことなど棚に上げてそう息巻いた。
もしゼフがついてくるとか言ったら、絶対嫌だと突っぱねただろう。
けどロロノアさんが一緒ならどこだっていい。
コーザが嫌なら自分が代わりに行くと言いたい。
けれど―――

「確かに、ちょっと怖いな」
「ん?なんで」
親がついてきてウザいとは思えど、怖いはないだろう。
コーザは一瞬そう思ったが、そうかと思い直した。
自分はともかく、サンジは正直ギリギリラインだ。
滑り止めが受かっているから安心とは言え、第一志望はG校だからそこに受かりたいだろう。
落ちた時のことを思えば、一人で見に行きたいと思うかもしれない。

「・・・一緒に、行くか?」
どうだろう。
コーザと一緒は嫌だろうか。
そう気遣いながら問えば、サンジは少し考える顔をしてから頷いた。
「ああ、誰と一緒に行ったって落ちる時は落ちるんだ。どうせなら楽しく行けた方がいい」
ぜひ親父さんも一緒に。
そう言えば、コーザは笑顔で仕方ねえなと呟いた。


End