サンジの誕生日


インフルエンザで欠員が出たと編集部に泣き付かれ、ゾロは俄か助っ人としてしばらく奔走していた。
編集時代に馴染みになった作家からよく帰ってきてくれたと大歓迎されたが、今だけですと釘を刺して適当にあしらう。
他部署に人員補充を頼むとは、中小企業でもあるまいに・・・と経理部長は機嫌が悪い。
それも今日までだ。
この年で徹夜明けは、冬の太陽だって黄色く見えた。

空を仰いでくわあと大きく欠伸をし、さてどうするかと考えた。
時刻は11時を回ったところ。
昨夜差し入れをつまんだ程度で腹は減っている。
まっすぐ家に帰っても、コーザは図書館辺りに出かけているだろう。
編集部勤めの頃は不規則な帰宅時間がざらだったから、コーザもすっかり慣れて心配もしていない。
なにより大きく育ってくれたから手が掛からず、こっちが寂しいくらいだ。
思考がちょっと横道に逸れたのを諌めるように、腹がぐうと鳴った。
とにかく腹ごしらえでもして、それから帰って寝よう。
そう思いつつ、足は自然と馴染みの店に向かった。

接待や食事会以外、一人でふらりと食べに行くのはいつも平日だった。
今日のような土曜日では、ランチタイムも混んでいるかと思いつつ、それよりむしろ時間が早いかと思い直す。
一人で行く時は、いつもラストオーダーぎりぎりだ。
一体何時から、開店なのだろうか。

綺麗に整備された生垣の向こうにある白い扉は、案の定閉っていた。
ドアノブに掛けられたプレートには「Open11時30分〜」とある。
あと10分弱、店の前で待つのもアレか。
逡巡していたら、ドアが開いてパティが顔を覗かせた。
「おや、ロロノアさんお珍しい」
「少し早かったですね、どこかで待ってます」
そう言って踵を返すのに、奥からオーナーが顔を覗かせた。
「中で待っててください、どうぞ」
「いいんですか?」
それじゃあ遠慮なくと、まだ開店前の店内に足を踏み入れた。

テーブルセッティングは全て終わり、フロアに気忙しさは感じられない。
それでも準備で慌しそうな厨房を気遣いつつ、勧められたカウンター席に腰を落ち着けた。
「お疲れですかい?」
「顔に出てるかな。あ、ありがとう」
差し出された熱いお絞りで、ざっと顔を拭く。
「久しぶりに徹夜なんかしたらダメだね、途端に顔に出る」
「お仕事ですか、お疲れさんです」
おしぼりの下でくわあと欠伸を噛み殺し、ゾロはカウンターに手を着いて向かいで作業するパティの手元を眺めていた。
「可愛らしいねそれ、ひな祭り用のケーキかなにか?」
小山のようにでかいパティの、ごつい毛むくじゃらの腕は驚くほど繊細な動きを見せて、これまた可愛らしすぎるピンク色のケーキを飾り付けている。
「いやあ、こりゃあチビナスの誕生ケーキでさあ」
「チビナス・・・ああ、サンジ君の」
言ってから、へえと身体を起こして覗き込んだ。
「サンジ君、今日が誕生日なのかい?」
「ええ、3月2日生まれでさあ。とは言え、誕生祝は再来週までお預けですぜ」
「ああ、合格発表が12日だからね」
コーザも、その日に祝うつもりだ。
祝えれば、の話だが。

「そうか、いつも世話になってるからお祝いをしたいな・・・」
そんなゾロの呟きに、パティは「そうだ」と声を上げた。
「よかったら、これ書いてやってくれませんか?」
そう言って差し出したのは、ホワイトチョコのプレートにチョコペンシルだ。
「これを?」
「ええ、なにか祝いのメッセージを搾り出してやってください」
突然言われても困る。
第一、ゾロはチョコペンシルなど使ったことがない。
とは言えここで断るのも大人気ない気がして、ゾロは戸惑いながらもペンシルを受け取った。
ほのかに温かく、驚くほど柔らかな感触だ。
「あったまってる内に、さささっと書いてしまってくだせえ」
試しにナプキンの上で軽く押してみたらピュウと飛び出た。
これは力加減が難しそうだ。
何度か試し書きをした後、思い切ってプレートに向かう。

「・・・これでいいかな。細かい文字は無理だ、書けん」
「ああ、それで上等でさあ。達筆ですなあ」
「なにやってんだ」
オーナーが厨房から出てきて、二人の間にある小さなプレートを覗き込んだ。
「ロロノアさんが、書いてくだすったか」
「差し出がましい真似をしました」
「いや、あいつは喜びますよ」
そうでしょうそうでしょうと、訳も知らないでパティまでご満悦だった。


   *  *  *


誕生日返上で、サンジは今日もせっせと机に向かう。
今さら頑張ったって悪あがきだと思わないでもないが、できることはやっておかないと不安でしょうがない。
そんなサンジの手元に、ゼフがそっと誕生日ケーキを置いた。
「これでも食って、もっとがんばれ」
「おう、ありがとう」
サンジにとって、今年の誕生日は特別だった。
ようやくみんなに追い付いて、15歳になれた。
同級生はほとんど15歳で、コーザなんか高校に入ったらすぐ16歳になってしまう。
3月生まれは、小さい頃から同級生との成長具合に著しく差が付いて損した気分ばかりだった。
14歳と15歳じゃ、微妙に違う。
内服薬だって、15歳未満と15歳以上で量が変わってくるのだ。

サンジはなんとはなしにケーキを見て、お?と目を見張った。
「このプレート、誰が書いてくれたんだ?」
明らかに、ゼフの字ではない。
パティやカルネのものでもないし、どう見ても職人達の字には見えなかった。
バランスとか間隔とか何にも考えず、実に堂々とはみ出さんばかりの大きさで「おめでとう」の一言が書かれていて、デコレーションセンスのかけらもない。

「誰だと思う?」
ゼフが珍しく質問で返してきたので、サンジはなんとなく焦らされた気分になった。
「え・・・俺の知ってる奴か?もしかして新人の・・・」
文字は性格を表すとも言うが、それにしてもこんな字を書きそうな人物はスタッフにはいない。
首を捻るサンジを、ゼフはふふんと鼻で笑った。
「そうだな、合格したら教えてやってもいい」
「えー、なんだよそれ」
「しょうもねえこと言ってねえで、とっとと続きをやれ」
ゼフに促され、なんだよまったくもう・・・と口の中で呟きつつ、ホワイトチョコのプレートをパキンと噛み折った。


Happy birthday Sanji !!



End