入試


コーザと一緒に私立の入試を受けた。
サンジにとっては滑り止めだが、コーザには単なる予行練習だ。
真剣味が違うが、きっと結果も違うだろうから気にしない。
「思ったより楽勝だったな」
「けど、最後の答えどうだった?」
「や、俺こうだぜ」
「え、俺はこう」
同じ学校の友人達が頭を突き合わせて答え合わせするのに、サンジだけは大人しい。
「サンジはどうなった?」
コーザに聞かれ、視線を彷徨わせながらボソボソと呟く。
「・・・俺、それわかんなかった」
「そっか」
半笑いで返されて、再び試験の話題に戻る。
ちょっと居た堪れなかったが、最後の問題以外はサンジにだって大体解けた。
多分、大丈夫。
大丈夫だと、思いたい。
でも本命はグランドライン高校なのだから、こんなとこで躓いてる場合じゃない。

コーザとサンジ以外は親が試験会場まで送り迎えしてくれるため、試験が終わったら早々に帰った。
空腹を抱えたまま電車に乗るのは辛いと、サンジ達は公園に寄って持参してきた弁当を広げる。
2月にしては天気が良くて気温も高い。
外で食べても、寒くはなかった。
「俺の分まで、いいのか?」
「一人分作るも二人分も、同じだからな」
サンジには、弁当を作ってくれる母親はいない。
物心付いた時から、全部自分で拵えてきた。
コーザもそれは同じだろうが、違うのは全部外食で済ませてしまうところだ。
男で一つで仕事が忙しいのもわかるが、ちょっと不憫だなと同じ境遇ながら同情してしまう。
だからつい、今日はコーザの分まで弁当を作ってきてやった。
「やりぃ、サンジの飯美味いんだよな」
コーザは遠慮せず、旺盛な食欲を見せた。
サンジも釣られてモリモリ食べる。
いつになく頭を使ったせいか、やけに腹が減っていた。

「おっと、親父に連絡しとかないと」
コーザの独り言にドキッとして、途端に胸が詰まって食欲が失せた。
携帯を取り出して操作する姿を横目に見ながら、鼓動は勝手にドキドキと走り出す。
コーザは画面を見て「出ねえ」と呟き、メールに切り替えていた。
昼食時だが、手が離せないのだろうか。
「親父さん、なんの仕事就いてんだ?」
恐る恐る聞いてみれば、あっさりと答えてくれた。
「出版会社、霜月書房って知ってる?」
「・・・知らない」
そうか、出版会社にお勤めなのか。
サンジの脳裏には、なぜか黒い肘当てを装着した眼鏡姿のロロノアさんが浮かんだ。
これはこれで、なんかいい。
「ってことは、徹夜したり帰りが遅かったりするのか?」
「部署によるらしい。営業とか編集とかにいた時はほんとしんどそうだったけど、いま経理だし普通のサラリーマンっぽい」
そこまで言って、何か思い出したのかぷっと笑う。
「俺が小さい時はさ、仕事が長引いて幼稚園に迎えに来るのが遅れたり、親子遠足にも参加できなかったり。なんか悔しい思いしたんだと。それが去年経理に異動になって、充分時間取れるようになったら今度は俺が構ってくれないって拗ねてる」
「す・・・」
ロロノアさんが、拗ねてるのかー!
感動に似た衝撃を受けて、脳内でちょっと拗ねたロロノアさんを想像しようとして・・・できなかった。
一体どんななんだろう。
具体的に妄想すらできないけど、なぜか胸がときめいてしまう。
拗ねロロノアさん・・・いい!

「ご馳走さん」
サンジが些細な幸せに浸っている内に、コーザはさっさと食べ終えて弁当箱を包み直した。
肘が水筒に当たり、ベンチに茶を零してしまう。
コートのポケットからハンカチを取り出したら、今度は生徒手帳が落ちた。
「あーあーなにやってんだ」
しっかりしてそうで、案外ドジだよなと笑いながらサンジが代わりに生徒手帳を拾い上げ、最後のページを捲った。
「変顔」
「あー見るなよ写真」
しかめっ面したコーザの写真を一頻り眺め、その横に書いてある生年月日に目をやる。
「あ」
「ん?」
サンジから生徒手帳を引っ手繰ったコーザは、弁当を片付け水筒の蓋を締め、ハンカチと生徒手帳をポケットにしまってから振り向いた。
「なに」
「えっと、あのな」
誕生日を目にしてしまったのだから、このままこっそりビビに教えてやることはできる。
けれど、いざビビがコーザを祝おうとした時に、教えてないのになぜ知ってるのかと問われたらビビは困るだろう。

「あのな、こないだビビちゃんの誕生日だっただろ?」」
「ああ、よく知ってるな」
「可愛い女の子の誕生日は、大体覚えてる」
「さすが」
素で感心するコーザに、サンジは自慢気に胸を逸らした。
「それでだな、その、なんかしたのか?」
「なんかって・・・」
言ってから、コーザらしくもなく照れたように視線を逸らした。
「そりゃまあ、プレゼントくらいは渡したぜ」
「デートして?」
「や、一応試験前だし」
「あーまあ、そうだな」
でもまあ、プレゼントくらいは渡せたんだ。
硬派な顔して、やるこたやってるんだなと悔しくなった。

「じゃあ、ビビちゃんもコーザの誕生日にお祝いしてくれんだろ?」
「・・・そりゃあ、どうかな」
少し、声のトーンが落ちた。
やはりコーザはなにか、自分の誕生日に関して屈託があるのだろうか。
「どうかなって、ビビちゃんはきっとお前の誕生日祝いたいと思うぞ」
「けど、その頃は俺も高校生だしな。ビビとどうなってるかわかんねえし・・・」
「はあ?」
驚いた。
あれほどビビ一筋で、将来はビビの会社を継ぎたいなんてノロケだか逆玉狙いだかわからないような夢を語っていたのに、なにを言ってるんだこいつは。
「てめえ、高校行ったら可愛い女の子に乗り換える気か!」
思わずコーザの襟元を、マフラーごと掴み上げる。
「なんでそうなんだよ」
「そういう意味だろ!」
「違うよ」
サンジの手を振りほどいて、コーザは軽く咳払いをした。
「ビビとは、ずっと付き合っていたいよ。ただ、先のことなんてわかんねえし・・・」
「それで、お前自分の誕生日ビビちゃんに教えてやらないのか?」
少しバツの悪そうな顔をして、水筒の茶をぐびりと飲む。
「ビビ、なんか言ってたか?」
「お前の誕生日知らないかって、俺が聞かれた」
「ああ」
「んで、俺お前の誕生日知らなかったんだよな」
「そりゃそうだろ、俺はお前の誕生日知ってるけどな」
「なんで?」
「3月2日だろ、覚えやすすぎ」
「そういうお前だって、5月3日じゃねえか」
言い返したら、コーザは黙った。

しばらく、二人で睨み合ったまま沈黙する。
先に口を開いたのは、サンジの方だ。
「ビビちゃんに、お前の誕生日は5月3日だって教えるぞ」
「・・・ああ」
「いいな?」
「別にいいよ」
投げやりな態度にムカっと来て、並んで座るコーザの足を踵の横でガンと蹴った。
「別にじゃねえよ、ビビちゃんにとって大切な日じゃねえか。お前と一緒に祝いたいって思ってるに決まってるだろ」
そう言うと、コーザは少し思い詰めたような顔をして下を向いた。
しばらく地面を睨んだ後、ふっと顔を上げる。
「・・・そうだな」
「そうだよ」
「俺から、言うわ」
「・・・そうか」
正直、ほっとした。
ビビにすれば、サンジの口から伝えられるよりコーザ本人から教えてもらえる方が嬉しいに違いない。
「じゃあそうしろよ」
「おうそうする」
コーザはもう一度茶を飲んで、手の甲で口元を拭った。
「んじゃ、行くか」
「おう」
すっかり空になった二人分の弁当を鞄に入れ、立ち上がって落し物はないか周囲を確認する。
「サンジ」
「ん?」
「ありがとうな」
思わず顔を上げて、目をぱちくりしてしまった。
言ったコーザも気恥ずかしいのか、マフラーに半分顔を埋めるように首を竦めている。
「なに言ってんだ、気持ち悪い」
「悪かったな」
「もう帰んぞ、6時限目には間に合わねえと」
「おう」
二人並んで、駅に向かって歩き出す。

「なあ」
「ん?」
「おんなじ高校、行けるといいな」
「そうだな」
「つか、お前ががんばれ」
「・・・うっせえよ」

日差しはポカポカして小春日和だけれど、吹く風はまだ冷たい。
ポケットに手を突っ込んで肩を竦ませながら、二人は同じ歩調で歩いていった。

End