合格発表

「親父は一緒に歩くなよ」
とコーザが釘を刺したせいで、ロロノアさんはサンジ達の数歩後ろをテクテクと歩いて付いて来る。
サンジは何度も振り返り、ちょっと項垂れた感じでトボトボ歩く姿を確認した。
一旦帰って着替えたから、今はラフな格好だ。
さっきのスーツ姿も良かったけど、これはこれでまたカッコいい。
ほんと、ロロノアさんってなに着ても似合うなあ。

よそ見しながら自然と込み上げる笑みににへらとしたら、歩道脇の電柱にぶつかりかけた。
隣にいたコーザが服を引っ張って、何とか衝突を回避する。
「余所見してんなよ、ビビってんのか」
「・・・んな訳あるか」
コーザに言われて、いま志望校に向かっている途中だと言うことを思い出してしまった。
急速にテンションが下がる。
後ろから付いて来るロロノアさんにニマニマしている場合じゃない。

もし不合格だったら、コーザとの進路は別れる。
こうして一緒に学校に行くこともないし、行事でロロノアさんに会うこともないし、休日に遊ぶ回数だって減るだろう。
そしたらもう、こんな風にロロノアさんと連れ立って歩く機会だってなくなってしまうんだ。

自然と歩みが遅くなり、ゆっくり歩いていたはずのロロノアさんが追い付いてしまった。
「どうした?」
不安が顔に出ているのか、ロロノアさんは柔らかな笑みを浮かべ俯いたサンジを覗き込むように背を丸めた。
「番号、教えてくれたら見てやるよ」
「いえ、いいです」
俯いたまま、頭を振った。

本当に目的があってG校を目指したんじゃないから。
ただ単にコーザと一緒にいたくて・・・いや、本当はロロノアさんと顔を合わせる機会が欲しくてG校を目指しただけだから。
動機が不純すぎて、バチが当たるかもしれない。
真剣にG校を目指してる人には申し訳ないけど、でも俺だってそれなりに本気だった。
一生懸命頑張って、できるだけのことはやった。
でも、怖くて自己採点はしていない。
これでもし合格できたら、胸を張って堂々とG校に通える。
不合格だったら、それまでのこと。
G校にもロロノアさんにも、分不相応だったってことだ。
けれど―――

サンジは足を速めて、前を行くコーザに並んだ。
見守ってくれているだろう父親の視線を背中に感じながら、心の中で決意する。
―――もし、もしも不合格だったら。
ロロノアさんに、告白しよう。
コーザと進路が別れたら、きっともう今までみたいに付き合えない。
交流は自然と消滅するだろう。
もう、ロロノアさんと顔を合わせることもない。
それだったら、この機会に当たって砕けてしまえばいい。

そう心に決めたら、少しだけ足取りが軽くなった。
落ちた勢いで告って玉砕して、一杯泣いて恥掻いてめちゃくちゃ落ち込んで、それで終わりにすればいい。
そうだ、そうしよう。
しっかりと前を向いたサンジの目に、G校の門が現われた。



午後3時半からの発表を待って、構内にはすでにたくさんの受験生達がたむろしていた。
教師が誘導するまま、奥に詰めて発表を待つ。
振り返れば、ロロノアさんは門庭の隅の木陰で腕組みしていた。
「おっす」
「おう」
一緒に受験したクラスメイト達と顔を合わせ、自然と同じ中学同士で固まった。
サンジ以外は、常に学年でも上位に入るメンツばかりだ。
みんな余裕の表情に見えて、サンジはつい他愛無い冗談を連発してはしゃいで見せる。
それに応える友人達もいつもよりテンションが高くて、緊張しているのは自分だけじゃないとわかった。
「まだかな」
「もう3時半過ぎたんじゃね?」
誰もがソワソワし出した頃、校舎の2階に人が姿を現す。
ベランダに大きなパネルを持ち込んでロープで括り、そのまま外へと裏返した。

一斉にどよめきが起きる。
サンジ自身、声もなくただ口を開けて目を見開いた。
真っ白なパネルに、ずらりと並んだ幾つもの数字。
それを順番に辿りながら、暗記した自分の受験番号を探す。


「―――あった!」
誰かの声が耳に届いた。
「あったあった」
「お、あった」
これは、コーザの声だ。
いつも冷静なコーザらしくなく、ちょっと興奮した面持ちで乱暴にサンジの右肩を押さえた。
「あったな」
「・・・あ、ああ」
暗記していた数字を見て、それからほんとかな?と不安になった。
俺の番号、これだったっけ。
慌ててポケットを弄って、受験票を出した。
何度も見比べる。
間違いない。
間違いなく、合格者の中に、自分の番号がある。

「あ・・・った?」
「おう、あったぞ。お前の番号もあるじゃねえか!」
「やったな」
「やったなサンジ!」
きゃーわーと女子達の甲高い嬌声があちこちで沸いた。
手を繋ぎ抱き合って、その場でぴょんぴょんと飛び跳ねている。
サンジも、もしあの輪の中にいたら間違いなく一緒に飛び跳ねてた。
「あった?!」
「あったあった」
「受かったぞー」
友人達が、我がことのように喜んでくれている。
実際、この面子の中でサンジだけがギリギリだった。
と言うか、ぶっちゃけ多分無理だろうと思われていた。
なのに、同じように合格できて自分達も心置きなく喜べると思ったのだろう。
まだ呆然としているサンジを取り囲み、口々におめでとうと祝ってくれる。

「マジで?」
「マジマジ」
「俺らG校生だな」
コーザが、サンジの肩を抱いた。
「また同じ学校に通えるな」
「・・・ほんとに」
じわじわと、あとから喜びが込み上げてきた。
弾かれたように振り向いて、ロロノアさんの姿を探す。
先ほどと同じ木の下で、ロロノアさんはにっこり笑って片手を挙げてくれた。
コーザ達の様子で、全員合格したとわかってくれたのだろう。
「ロロノアさん!受かった!」
思わず、両手を挙げて大声で叫んでいた。
そんなサンジに応えるように、大きく頷き返してくれる。
受かった、受かった、G校に受かった!

「やったぜー!」
「おうやったやった」
それぞれにハイタッチを交わし、両手を掲げ、肩を叩き合う。
一頻り祝福し合った後、サンジは携帯を取り出してゼフに電話した。
コール1回で、通話が繋がる。
「じじい、俺」
「わかっとる」
「俺、受かった!」
「・・・そうか」
一瞬絶句したのは、ゼフでさえ多分ダメだろうと思っていたからか。
それでも気を取り直したように、コホンと小さく咳をした。
「そうか、受かったか」
「おう、俺受かっちゃったよ合格しちゃったよ。見間違いじゃねえと思うよ多分!」
多分かよ、とコーザが向かいで笑っている。
「そうか、頑張ったなおめでとう」
「・・・ありがとう」
ゼフの、らしくない言葉に胸が詰まった。
まさか本当に合格するなんて思いもしなくて、今でも夢見たいで信じられない。
「まだしばらくここにいるけど、夕方までには帰るから」
「ああ、ケーキのプレートだがな」
「あ?」
いきなりなにを言い出すのか、わからなかった。
「プレートだ、てめえの誕生日ケーキのプレート」
「ああ、そう言えばなんかあったな」
すっかり忘れていた。
そう言えば、ケーキのメッセージプレートは誰が書いたか合格したら教えてくれるつったっけか。

「あれな、ロロノアさんだ」
「は?なんだって?」
周囲の歓声が大きい。
サンジは思わず片耳を押さえ、隅に身を寄せ携帯を持ち替えた。
「なに?」
「ケーキのプレートを書いたのはロロノアさんだ」
「なんで?!」
「昼間に店に来なすったんだよ。ちょうどいいからって字を書いてもらった」
「マジで?!」
サンジは一気にパニックに陥った。

ダメだと半ば諦めていたG校に合格し、誕生日のプレートを書いてくれたのは思いがけないことにロロノアさんだという。
そんな情報をいっぺんに寄越されたら、嬉しすぎてどうすればいいかわからない。
「どえええ?マジ?マジで?つかマジで?」
「ああうるせえ、ともかくおめでとう」
ゼフは無情にも携帯を切ってしまった。
サンジは一人でウソーマジーと呪文のように繰り返し、その場で一頻りぐるぐるまわったあと、また後ろを振り向いた。
そんなサンジの様子を、ロロノアさんがおかしそうに見つめている。
いつの間にかコーザがその横に立ち、一緒になってサンジを眺めていた。
「何やってんだお前」
「ロロノアさん、ロロノアさん、あの、俺のケーキにおめでとうって書いてくれました?」
勢い込んで駆け寄り、息せき切って尋ねた。
ロロノアさんは、「お」っと片眉だけ上げて見せる。
「そうか、オーナーに聞いたのか」
「あの、俺知らなくて、何も知らなくてお礼も言わなくて・・・」
知っていたらすぐにお礼を言ったのに。
ジジイのばかばかばかばかばか!!

「ありがとうございました!」
きっちりと頭を下げれば、コーザが目を白黒させている。
「ケーキってなんだよ」
「内緒だ」
サンジが答える前に、ロロノアさんが悪戯っぽくそう言ってサンジの肩を抱いてくれる。
「な?」
「・・・は、は、はい!」
もう嬉しすぎてなにがなんだかわからない。
ロロノアさんに肩を抱かれ間近で見つめられて、ふわりといい匂いのするコロンが鼻を掠めて。
一度に色んな想いが押し寄せて、言葉も出なかった。
と言うか、このまま意識を保つのも危うい。
「おい、大丈夫か?」
もう死んでもいいなんて、多分こんな気分のことを言うんだろう。


End