バレンタイン前夜


来月、本命の高校受験を控えたサンジの脳内は、なぜかバレンタインのことでいっぱいだった。
一体どんなチョコを作ろうか。
そして、どうやって渡そうか。
この二つの難問を前にして、未だかつてないほど頭を悩ませている。
ロロノアさんはお酒が大好きで、甘いものはあんまり好きじゃないのかな。
でも、前にコーザとファミレス行った時はちゃんとデザートも食べてたな。
やっぱりそれなりに甘くていかにもチョコって感じのでも、いけるかな。
やっぱスタンダードにハート型?
いや、それだと狙いすぎだろ。
あくまで友チョコっぽくシンプルに・・・
けど、ロロノアさんに渡すのに友チョコっておかしいよな。
いつもお世話になってます・・・って、義理チョコ?
やだ、義理チョコなんて味気ねえ。
なんてことを、机に向かいながら頬杖着いてぐるぐる考え込んでいる日には、立派に勉強しているように見える。

チョコを作ったまではいいとして、それをどうやって渡そうか。
やっぱコーザに預けるか。
けど、コーザに渡さずにロロノアさんだけって、なんか不自然だよな。
とは言えコーザはビビちゃんから貰うだろうし。
そう思うと、なんかコーザにやるのも口惜しいし。
けどロロノアさんには渡したいし、かといってコーザをスルーして直接ロロノアさんに渡す方法ってなさそうだし。
つか、どうやってロロノアさんだけ呼び出すんだよ。
霜月書房ってどこにあんだろ、まさかの職場訪問とか。
いやいやいや、ロロノアさんに迷惑掛けちゃダメだ。
ちょっとそこまで来たんで〜とか言って、職場に顔を出すほど親しくもないし寧ろ不自然すぎる。
ああ、職場訪問とか職場見学とか自主的に宿題とか、学校でなんか行事組み込んでくれないかなあ。

非現実的な対策まで夢想して、いやいやでもダメと一人でブンブン頭を振っている。
向かいのテーブルで新聞を読んでいたゼフは、眉間に皺を寄せてコホンと一つ咳払いをした。
「明日、ランチで予定入ってるぞ」
「え?マジで?」
誰が、と言わずともサンジにはすぐわかった。
「え、じゃあお店来るんだ。そうかーそうなんだー」
そこまで言って、はっと一人で顔色を変える。
「バレンタインにランチ予約って、あ・・・やっぱりそういうこと、かな」
途端に意気消沈する辺りが、実に分かりやすく子どもらしい。
「予約は3人だ」
「え?」
またしても、表情が変わった。
まるで電気が点いたみたいに、ぱっと顔が明るくなる。
「そうかー3人か。ってことは接待かなにかかな。バレンタインデートってことじゃねえな」
「予約内容はバレンタイン・ランチだがな」
「・・・あーそうかーまあ、当日だし・・・」
またシュンと項垂れてしまった。
我が孫ながらバカ過ぎて、ゼフは腹立たしいより呆れてしまう。
「とにかく、明日は店に顔を出すだろう」
「そうか、うん、わかった。教えてくれてありがとう」
サンジの心は決まったようだ。
我ながら甘いなと内心で苦々しく思いながらも、ゼフは無表情で新聞を畳み直す。
バカな子ほど可愛いとは、このことだ。

   *  *  *

散々考えて、日本酒を使った生チョコを作ってみた。
味見はできないけれど、感触からしてまずまずの出来だ。
先にゼフに味わってもらったら、まあまあだなとのお墨付きを得た。
「うっし、これで完成と」
ロロノアさんを意識して、ショコラ色の包装紙に濃い緑色のリボンを結んだ。
うん、大人っぽい。
大きさも小振りだし、小さな紙袋に入れて手渡したらさほど荷物にはならないだろう。
持って歩くのがあれなら、小箱だけにして鞄に放り込んでもらったっていい。
揺すってもひっくり返しても型が崩れたりしないから、多分大丈夫。

サンジは両手で箱を持ち上げ、翳してみたり覗き込んだりして最終チェックをしている。
それからようやく「うん」と納得し、厨房の冷蔵庫に仕舞った。
そのまま台所に取って返し、パジャマ姿のゼフの前で一頻りモジモジしたあと、口を開いた。
「あの、別に忘れていいけど、もしアレだったら、その、ロロノアさんが帰る時に・・・」
「ああ、想い出したらな」
「あ、うん。別にいいけどな、別にいいけど、覚えてたら、な」
そこまで言って、視線をきょときょとと左右に彷徨わせる。
「覚えてたら・・・でいいから、よろしくお願いしマス・・・」
最後は消え入るような声でそう言って、さてと両手を大げさに振る。
「これで安心して寝れる」
やけに爽やかな笑顔になったサンジを、ゼフはじろりとねめつけた。
「今日は学校から午前中で帰ってきて、午後いっぱいあれこれ悩んでやがったんだよなあ」
「あ、うん。でももう心配事ねえし、ゆっくり寝れるよ」
「今日はなんで早帰りだったんだ?」
「あ?そりゃあ、今日・明日と期末テストだからに決まってんだろ」
なにを今さらと、サンジはきょとんとして言い返した。
「今日・明日ってこたあ、明日もテストだよな」
「・・・あ」
ようやく、ゼフが言わんとすることに気付いて、今さらながら青褪める。
「いっけね、今日宿題ないから油断してた」
「―――・・・」
そもそも宿題がないのは、その分試験勉強せよと言うことではないか。
ゼフが口を開く前に、サンジは脱兎のごとくその場から駆け出し自分の部屋に飛び込んでしまった。
今から勉強したところで、結果は変わらないだろうに。

「バカな子ほど可愛い」と言う言葉を、ゼフはしみじみと噛み締めている。

End