サンジの誕生日前



「今度の日曜日、キヨぽんらとカラオケ行こうぜ」
「日曜日は用事あるからダメ」
「早っ」
あまりに素早い反応に、何の気なしに誘ったはずのコーザの方が驚く。
「なんだよ、また店の手伝いとか?お前がんばるなあ」
「いや、そうじゃないけどよ」
モゴモゴと口ごもりながら、サンジは紙パックのジュースから飛び出たストローを口に咥えた。
「店手伝うとちゃんとバイト代出るんだろ?いい小遣い稼ぎになるな」
「ツバメの涙ほどだぜ」
「…スズメなそれ」
家の仕事とはいえ、店のこととなるとゼフは労働報酬をきちんと払ってくれる。
これも、サンジがあくまでバイト代わりの働きをするからだ。
今後、コック見習いとして厨房に立ち入ることになったらそれは“修行”となり、報酬は一切払われなくなることもお互いに了承済みだ。
「稼げるうちに稼いどくのもいいもんだ」
「…まあな」
本当は店の手伝いが用事ではないが、じゃあ何があるのかと問われると面倒だからその辺で誤魔化しておいた。
だって、日曜日はサンジの誕生日なのだ。
ロロノアさんから、デートのお誘いを受けている。
この日は例え大雪が降ろうが槍が降ろうが、絶対にロロノアさんと一緒に過ごす。




膝の上に弁当箱を広げひっそりと闘志を燃やすサンジの隣で、コーザは焼きそばパンを頬張った。
「お前、最近彼女できたんだろ?」
「…ふぁっ?!」
思いがけない展開に、サンジは握り締めた拳をそのままに振り返った。
「なんかこう、浮かれてるよな。いかにも春が来たって感じで」
サンジのあからさまな動揺も勝手に解釈したようで、コーザはニヤニヤしている。
「…は、あ、や、まあ…」
ここで「んなことねえよ」と否定してもボロが出そうだし、さりとて認めて相手は誰だと突っ込まれても困る。
「照れるな照れるな、いいことだよ」
コーザはしたり顔で頷いた。
自分がビビと付き合いだして長いから、先輩面しているというのもあるだろう。
それと、もしかしたらサンジは自分のことを…と危惧していた面もあるから、それも単なる勘違いだったと確認できて二重で嬉しいのだ。
「デートするにも金がいるしな、せいぜいバイトで稼いで貢いでやれ」
「…ん」
コーザの言葉に面食らったように目を見開きながら、ほんのりと頬を染めて頷くサンジの様子は、とても高校生男子と思えないほどに愛らしい。
普段、女の子が好きだ可愛いと大騒ぎしている時は、まともに見ていられないほど脂下がった間抜け面をしているのに、こうして自然な表情をしているとサンジは案外と顔立ちが綺麗なのだ。
なんとも、使いどころを間違えた残念なタイプで。




残念なイケメン繋がりで、コーザはふと思い出した。
「そう言えばよ、うちの親父にも春が来たっぽいな」
「――――ふぁっ?!」
サンジは正座したまま、文字通りその場で飛び上がった。
実際、芝生から10センチくらい浮いたと思う。
それでいて、膝の上に広げた弁当からおかずが飛び出さないのはすごい。
「前からちょいちょい遊んでんのは知ってたけど、今度のはマジっぽいんだよなあ」
サンジの度を越した驚愕ぶりを顔見知りのオッサンだから驚いているんだと解釈して、コーザは自分のことのように後ろ頭を掻いた。
「妙に機嫌いいし、いい年したおっさんがなんかウキウキしてっと気持ち悪いな」
「そ…そんなことねえぞ、幾つになったって恋はいいもんだ!」
サンジは芝生に手を着いて前のめりになった。
その勢いに、コーザの方が仰け反る。
「そうか?」
「そうだよ、ロロノアさんはまだまだ若いしカッコいいし、こ…恋人の一人や二人…じゃない、たった一人のこ、ここここ恋人を大事に想ってるなんて、最高じゃないか!」
サンジ自身、なにを言ってるのかわからなくなっていた。
あんまりしゃべり過ぎるとヤバイと思うのに、どうしても嬉しさが込み上げて止まらない。
だって、コーザの目から見てもロロノアさんは浮かれている様子なのだ。
それは多分、サンジのことを想っていてくれるからで。
それはつまり、二人は相思相愛ってことで…
「ふ、わあああああ」
「おい…大丈夫か?」
頭を抱えて身悶え始めたサンジを気味悪げに眺め、コーザは食べ終えた焼きそばパンの包みをくしゃくしゃと丸めた。
「多分、誰かと付き合いだした…のは間違いねえと思うんだ。しかも相手は、相当若い」
「なんで、なにが根拠でそう思うんだ?」
サンジがどきどきしながらさり気なく(と本人は思っているが、がっつり食いついて見える)尋ねると、コーザはそうだなあと空を見上げた。
「ポーカーフェイスなのは相変わらずなんだけど、まず着る服が変わったんだよ。仕事行く時でも妙に小ジャレたシャツなんか着たりして」
「…ふ、ふ〜ん」
「あと靴だな。仕事ん時は普通にフェラモカとか履いてるけど、遊び用にパッパグとか買いだしてて、あれおっさんが履くブランドじゃねえだろ」
「あーまあ…」
パッパグはサンジが好きなブランドだ。
けれど、ロロノアさんだって似合うデザインがたくさんあるし、軽くて履きやすいって喜んでくれたし。
「に、似合ってねえ?」
「親父にパッパグって…と言いたいとこだが、結構似合ってるんで逆におかしい。付き合ってる子、センスいいんだろうな」
そりゃどうも、と言いかけて危うく黙る。
なんかこう、話しててものすごく楽しいんだけど超危険な気がする。




「あーほら、そろそろ教室戻ろうぜ、次移動だろ」
サンジは不自然な話の切り上げ方をして、慌ただしく弁当を包んだ。
「あ、うん。って、お前ほとんど食ってねえじゃねえか」
「なんかこう腹いっぱいで…、また後で食う」
「なんだ、彼女のことを想い出して胸がいっぱいにでもなったか」
コーザの軽口に、サンジはくしゃりとした笑顔を見せた。
「うん、そうかも」
お互いに違う意味で声に出して「ご馳走様」と言った。






End





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