サンジの誕生日



休日だというのに、いつもよりちょっと寝坊程度の時間に目が覚めてしまった。
まあいいかと、モソモソと丸まりながらベッドの中でじっとしている。
習慣的にスマホに手が伸びそうになったが、それも我慢。
迂闊に起動して、メッセージなど目にしてしまっては台無しだ。

耳を澄ましていると、階下の台所でゼフが支度をする音がした。
今日もバラティエは営業だから、そろそろ出勤するだろう。
今朝は顔を合わせたくないから、もう少し我慢。

やがて、玄関の扉が開き出かけていく気配がした
ベッドの中でじーっと数を数え、もういいかとむっくりと起き上がる。
無人になった階下に降りてそそくさと身支度をし、料理の下準備に取り掛かった。

友人のコーザは先週から、海外研修に出かけている。
学校主催で希望を出せば誰でも参加できる、カリフォルニア1週間ホームスティコースだ。
一緒に行こうぜと誘われたが、サンジはとんでもないと断った。
いくら外見が欧米系でも英語は苦手だし、見知らぬ他人の家に泊めてもらうのも億劫だ。
それよりなにより、海外研修の間に自分の誕生日が過ぎてしまうじゃないか。
むしろ、この期間にコーザが留守ということの方が天の采配だった。
ぶっちゃけ、神様ありがとう!

コーザの留守をいいことに、今日は一日ロロノアさんちで過ごすつもりだ。
お邪魔しますよってことは了解を得ているし、何時との約束もきちんとはしてないけれど朝ご飯を持って押し掛けるつもりでいる。
ロロノアさんがまだ寝ているなら、起きるのを待つのもいい。
生活の一部に触れられると思うだけで胸が湧き立って、昨夜はなかなか寝付けなかった。
遠足の前の晩よりワクドキした。

仕込みの終わった材料をタッパに詰め、紙袋に提げて準備完了だ。
着ていく服は、昨夜の内に準備した。
これに、そろそろ温かくなっては来たけれど今日は顔半分を覆うくらいのマフラーを巻いていく。
道中でもし誰か知り合いにでも会って、声を掛けられてはまずい。
できれば誰にも会わず、速やかにロロノアさんちに辿り着きたい。

両手に荷物を提げて、帽子を目深に被ってマフラーをぐるぐる巻いた。
まるで不審者でも気にしない。
顔を半分隠すのは、ニヤケ面を隠すのにも役立った。
電車に揺られている間も、ロロノアさんのことを考えると頬が緩むのは止められない。

まだ寝てるかなあ。
もう起きてるかなあ。
おはようございますって、入ってったら驚くかなあ。
一応ちゃんと呼び鈴鳴らさなきゃだけど、寝てたら起こすの可哀想だしなあ。

日曜日に遊びに行くと言ったら、ロロノアさんは合鍵をくれた。
前の晩は帰りが遅いだろうから、もしかしたら寝過ごすかもしれない。
その時は勝手に開けて入ってきたらいいからと、銀色の鍵をくれた。
まさかの合鍵ゲットに、舞い上がらずにいられない。
一応コーザも同居しているはずだけど、ここ数日は一人暮らしのロロノアさん。
おさんどんに通っていた夏とは違って本当に二人きりになるから、緊張するけどやっぱり嬉しい。

二へ二へとあれこれ妄想していたら、危うく乗り過ごすところだった。
最寄駅で降りて、サクサクと歩く。
別に部屋に入って何をどうする予定もないのだけれど、まずは朝食を食べてもらって、それからこの先のことを考えよう。
誕生日だからって、なんか買って貰ったり奢ってもらったり、そういうのは望んではいない。
ただ、傍にいられるだけでいい。
自分が作る料理を美味しく食べてくれるなら、最高だ。

でも本当は、ちょっとだけ。
我儘を望むなら、誰よりも早く、一番に、ロロノアさんだけに――――


部屋の前に着いた。

帽子を脱いでマフラーを外し、髪を整えて大きく息を吐く。

念のため、遠慮がちにインターホンを押した。

ピン、ポーン…


ほどなくして、内鍵を回す音と共に扉が開いた。
ちゃんと着替えて顔も洗って髭も剃った、パリッとしたロロノアさんが姿を現す。
そうして目尻と口元に皺を寄せて笑顔を見せた。

「おはようサンジ君、誕生日おめでとう」


最高のプレゼントを、もらっちゃった。



End




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