ロロノアさんの誕生日:番外編



『折り入ってお話があります』

ランチの予約ついでにロロノアから申し出られ、ゼフはいよいよ来たかと眉間の皺を深くした。
いつぞや、帰宅したサンジが浮かれた様子で「ロロノアさんとお付き合いすることになったー!」と踊りまくっていたからだ。
「ロロノアさんから改めて、ジジイに連絡来ると思う。あの人ほんと、固いとこあるからさあ」
付き合うと決まった途端、恋人気取りでデレる孫を蹴り飛ばしたい衝動に駆られながらも、ゼフは一言「わかった」とだけ返した。
遅かれ早かれ、こういう展開になるだろうと想像は付いていた。

『今で、こちらは構いませんよ』
『そうですか、それでは今から伺います』
冷静な声で答えれば、向こうも心なしかホッとしたように息を吐く。
ロロノアとしても、先送りはしたくなかったようだ。

電話で約束を取り付けて5分後には、バラティエの玄関に来た。
Closeの札を揺らして、上着を羽織ったゼフが出てくる。
「近くに馴染みのカフェがあります」
「わかりました」
レストランのオーナーとカフェに入るのは、なんとも奇妙な感じだと思いながら、ロロノアはゼフの後をついていった。

路地を跨いですぐのところにある、目立たないカフェに入る。
夜はバーになるのか、昼間でも薄暗く落ち着いた雰囲気だ。
他に客はいない。

「お話というのは、ちびナスのことですか?」
しゃなりしゃなりと魅惑的に腰を降るスタッフにコーヒーを2つ頼み、ゼフはいきなり切り出した。
「そうです」
ロロノアもあっさりと頷く。
お互い腹の探り合いなどしても仕方ないし、サンジの様子ではすべて筒抜けだろうと了解していた。

「この度、サンジ君とお付き合いさせていただくことになりました」
スパンと切り出したロロノアに、ゼフは小鼻を膨らませ、ふんと一息吐いた。
「子どもの我が儘に付き合わされましたか」
「いえ、真剣な気持ちに打たれました」
生真面目に返すロロノアを、ゼフは眩しそうに見つめる。

「サンジ君は貴方に隠し立てすることなく、堂々と思いを告げていたのですね。彼の、直向きでいて芯の通った男らしさには感心しました」
「感心して、絆されましたか」
「否定はしません」
どこまでも真摯に、ロロノアは言葉を綴る。
「サンジ君から告げられなければ、私も答えることはなかったと思います。私はゲイでもバイでもありませんし、好んで同性と付き合う趣味もありません」
「それでは、あの子の想いは迷惑だったのではないですか?」
「それが、迷惑とは感じませんでした」
少し照れたように俯くロロノアの前に、しゃなりしゃなりと近付いたスタッフがコーヒーを置く。
「むしろ、心浮き立ちました。こんな感情は、学生の頃以来ですか」
「ちびナスの、一方通行ではないということですか」
「そうなりますね」
湯気を立てて揺れるコーヒーの前で、ロロノアは顔を上げた。

「もちろん、サンジ君はまだ高校生で未来ある若者です。それなりに節度を持ったお付き合いをさせていただきます」
「それなりに、というと?」
「…連絡を取り合ったり、一緒に出かけたり…といったところでしょうか。何より、サンジ君は学生ですから勉学を第一に優先させようと思います」
ロロノアの言葉に、ゼフはふんと鼻で笑った。
「まるで父親だな」
「サンジ君にもそう言われました」
ロロノアはあくまでも真面目に話す。
「正直なところ、俺はサンジ君にとことん付き合ってやろうと思っています。彼が求めるなら傍にいますが、彼から離れたいと希望があればそのようにするつもりです」
「若造の気まぐれに付き合うつもりか」
「実際、サンジ君は若い」
ゼフの言葉に追随する。
「彼の、若さ故の衝動をある程度抑えられる自信があります。そして、なるべく彼を傷付けずに距離を置く術も」
「やはり、子ども扱いか」
「子どもですから」
さらりと流し、ロロノアはカップを手にした。
「私を信じて、彼をお任せいただけますか?」
ロロノアの問いかけに、ゼフは口端を上げて見せた。
「ああ。他ならぬあんたなら、任せても大丈夫だろう」
「ありがとうございます。決して、サンジ君を悲しませたりはしません」
そう言って、軽く頭を下げる。
「大切にします」
「止めてくれ、嫁に出す訳じゃない」
鼻白むゼフに、ロロノアは再び手を着いて頭を下げた。
そんな殊勝な態度にも、ゼフの目元は笑んだままだ。

「あんたがいつまでそんな余裕ぶってられるか、見ものだな」
「大人ですから」
しれっと答えるロロノアの前で、ゼフもようやくカップを持ち上げた。
「お手並み拝見と行こうか」
我が孫のことながらどこか他人事のように嘯いて、冷めたコーヒーを啜る。


「なにせ、俺の母親の折り紙付きだからな」
「―――は?」
「俺の母、つまりちびナスの曾祖母もあんたのことを了解している。電話でちびナスを焚き付けてたな」
絶句するロロノアの顔に溜飲を下げたか、ゼフは満足気に目を細めた。
「まさに、目に入れても痛くないほど可愛い曾孫だ」
「肝に、命じます」
神妙に頭を下げるロロノアに、それより…と声を改めた。

「あんたの方はどうなんだ。息子には、話してあるのか」
「―――・・・」
また絶句した。
そんなロロノアの顔を、ゼフは正面からじっと見据える。

「まさか、ちびナスには保護者の了解を得ておけと言いながら、自分の息子は後回しじゃないだろうな」
「…お恥ずかしい」
心底困り切ったように、ロロノアは自分の頬を擦る。

「サンジ君のように邪気なく、器の大きな子どもならばいいのですが、コーザはわが息子ながら少々頭が固い」
「親に似たんだろ」
しれっと言うと、ロロノアはまたごしごしと頬を擦った。
「お恥ずかしい」
「まあ、うちと違って相手は多感な時期の子どもだ。しかも、ちびナスの友人だろう」
「そうなんです」
「うちのようにはいかんな。理解できるし、無理をしてはいかん」
「はい」
「それこそ折りを見て話すか、もっと時間が経ってから、あんた達の関係が成熟してからでも構わんだろう」
ゼフの言葉に、ロロノアは顔を上げて瞬きした。
「オーナーは、反対ではないのですか?」
「なんだ、反対されたいのか」
「いえ…」
即答しながらも、ためらいを持って口を開く。
「正直、反対されると思っていましたし、反対されたならお力を借りようと思っていました」
「なにをだ。ちびナスにあんたを諦めさせる協力か?」
「はい」
フフンと、小馬鹿にしたように笑う。
「そんな弱気じゃ、ちびナスを制御なんざ到底できんぞ。」
「やはり、そうでしょうか」
あくまで生真面目に、ロロノアは言葉を選ぶ。
「サンジ君はとても純粋で、屈託ない少年なのですが時折…この、あらがえない押しの強さと言うか有無を言わせぬ迫力と言うか…」
「わかってんじゃねえか」
してやったりとばかりに、ゼフは相好を崩す。

「まあせいぜい、大人の分別とやらを発揮して制御するんだな」
言うだけ言って、ゼフはコーヒーを飲み干して席を立った。
支払いをしようと財布を出すロロノアを牽制するように、スタッフに「ツケといてくれ」と言う。
「ご馳走様です」
「じゃあこれで」

話はついたとばかりに、あっさりと別れた。
予想は付いていたが、やはり前途多難だと改めて思いつつ、ロロノアは空を仰ぐ。
―――問題は、コーザだ。

ゼフは振り返らずに真っ直ぐ店に戻りつつ、一人ほくそ笑んだ。


がんばれ、若造ども。



END





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