初売り



恋人同士になって初めてのクリスマスは、お互いの事情でスルーとなった。
バラティエは年一番の書き入れ時だから、サンジも微力ながら特別にディナータイムまで店を手伝いてんてこ舞いだ。
ロロノアさんは年末進行とかで、これまた会社に泊まり込みだった。
メールで簡単に「メリークリスマス!」とだけメッセージを送り合い、そのままあっという間に師走は過ぎ去ってしまった。

明けて二日。
店も閉めて久しぶりに朝寝したゼフと一緒に遅い朝食を摂ったサンジは、ポケットに入れたスマホの振動を聞き流した。
食卓でスマホを弄るのを、ゼフは嫌がる。
多分友人たちの「あけおめ」メールだろうと、ゆっくりと食事を終え皿洗いも済ませた後に一服しながら携帯を取り出し、その場でひっくり返りそうになった。
ロロノアさんからだ!
慌てて煙草を揉み消し、その場であわあわと周囲を見渡してから心臓をバクバク高鳴らせつつメールを開く。
件名は「明けましておめでとう」
『今年もよろしく。突然だけど今日の予定は空いてないかな?デパートの初売りに、一緒に行かないか』
「ひゃー!!」
声に出して叫んでから、またスマホを胸に抱いてきょろきょろと周囲を見渡した。
誰もいるはずがない、自分の部屋だ。
なのに、なぜか憚られて落ち着かない。
サンジはごくんと唾を飲み込んでから、震える両手でスマホを握り直した。
確かに、日付が変わってからサンジも一度「あけおめ」メールを送っている。
けれど混雑していたせいか何度か戻ってきて、ちゃんと送信できていたか怪しかった。
今日あたりもう一度送ろうかと思っていたところだ。
『あけましておめでとうございます。去年は本当にありがとうございました。今年もよろしくお願いします』
ここまで打つのに十分ほどかかってしまった。
テンプレ通りの年賀のあいさつを打つとビジネス文書みたいだし、友人に打つような気軽さはとても持てない。
「お世話になりました」と打ってはみたものの、まだちゃんとお世話になってないとか思うと恥ずかしいし、逆に意味深になってしまうかと気を遣ったりして全然進まなかった。
あれこれ考えている間に時間が過ぎてしまうから、これ以上遅れるモノかと深く考えずに打ち進んだ。
『今日はいま起きて朝飯食べただけで、なんにも予定はありません。一緒にデパートに行きたいです』
ここまで打って、あれ?一緒に行っていいんだよなと改めてロロノアさんの文面を読み返した。
うん、大丈夫だ。
これは一緒に買い物に行こうってお誘いメールだ。
つまり、デートだ。
初売りデート?
「ふわわわわ〜〜〜」
サンジはまたしてもスマホを抱きしめて身もだえした。
さっきからこんな風に、返信を打ってはロロノアさんのメールを読み返し確認してまた進むの繰り返しで、時間が掛かり過ぎている。
あれこれ考えてもらちが明かないと、サンジにすれば素っ気ないほど用件のみで「送信」を押した。
なかなか返事が来ないからと、ロロノアさんが勝手に一人で出かけてしまったら大変だ。
間に合うといいけど。

送信してから、息を飲んでスマホ画面を見つめている。
LINEじゃないから読んでもらえたかどうかわからない。
せっかくロロノアさんから連絡を貰えたのに、サンジの返事が遅かったばかりに間に合わなかったらどうしよう。
どきどきしながら画面を見つめるのに、そんな時に限って友人からLINEが入ったりしてイライラした。
コーザがビビと一緒に初詣に来てるとか、画像を送ってきたりする。
それに返事を寄越すのももどかしい。
「来た!」
何度かベッドから立ち上がり歩き回り、また座るを繰り返していたら着信があった。
ロロノアさんだ。

『じゃあ一緒に行こう。13時に西海駅南改札前で待ち合わせようか』
「はい!はいはいはいはい!!」
サンジはスマホを握り締めてジャンプしながら叫んだ。
また返信するのに、なんとももどかしい。
直接会って話をした方がずっと早いのに、でもこうしてメールを交わすのがなんとも楽しくてモダモダする。
『はい、行きます!ありがとうございますヾ(*≧∀≦)ノ゙』
今度は顔文字を入れる余裕くらいはできた。
送信を押してから、スマホをベッドの上に投げて慌ただしくクローゼットを開けた。
さあ、なにを着て行こうか。


  * * *


正月二日の西海駅は、人でごった返していた。
近くに神社があるから、初詣客もいるだろうか。
この人混みではロロノアさんを見つけるのは難しいかと思ったが、改札を降りてすぐに緑頭を見つけた。
目で探すより先にこっちの方向と、身体が勝手に動いていた。
これぞLoveパワーと自分の超常能力に戦きつつも、サンジは小走りで駆け寄った。
サンジが声を掛ける前に、ロロノアさんも気が付いて軽く片手を挙げてくれた。
この人込みの中で一先に見つけてくれたのだ。
これもLoveパワーかもしれない。

「すみません、お待たせしましたか?」
「いや、いま着いたところだ」
デートの待ち合わせのテンプレみたいな会話を交わし、恥ずかしさに俯いてしまった。
もじもじしつつ、年賀の挨拶を口にする。
「あ、明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」
「今年もよろしくお願いします」
お互いにきっちりと頭を下げ合ってから、顔を上げた。
ロロノアさんが笑っているから、サンジもへへへと照れ笑いを返す。
黒のモッズコートにモスグリーンのマフラーを巻いたロロノアさんは、いつもより若々しく見えた。
ダッフルコートでは子どもっぽ過ぎたかとドキドキしていたサンジは、ちょっと安心した。
「じゃあ、早速行くか」
「はい」
人混みの中、踵を返したロロノアさんの後ろをついて行った。
歩きながら、それとなく尋ねる。
「まずは、どこに行くんですか?」
「サウスバード通りに行きつけの店があるんだ」
「ああ、それならこっちからのが近いですよ」
サンジはさりげなく、ロロノアさんの軌道修正に成功した。

ロロノアさんの行きつけの店は、サンジの目から見ると大変無難路線の高級店だった。
正統派のデザインで、正直いかにもおっさん臭い。
大概この店で揃えていると聞かされて改めてロロノアさんの服装を見れば、なるほど確かにその通りだが、それでも粋に着こなせている気がするのは、やはり素材がいいからだろうか。
「春先の通勤着を、いくつか買いたくてね」
そういうロロノアさんに、背伸びしてこっそり囁いた。
「よかったら、俺に選ばせてもらえません?店も」
「ああ、そのつもりで一緒に来てもらったんだ」
店も変えた方がいいかと、そのまま直進して素通りする。
「じゃあ、サンジ君に連れて行ってもらうか」
「はい、俺がいいな〜と思う店はこの先です」
サンジはさりげなくロロノアさんの肘を掴んで、足取りも軽く誘った。
別にこうなることを予想していた訳ではないが、以前から街を出歩くたびにウィンドウに飾られた紳士服を見て、「ああ、この服ロロノアさんに似合いそう」と考えていたのだ。
まさかこんな風に、大手を振って服を選べる日が来るとは思わなかった。

「ここです、ここ」
連れて行ったのは、サンジ行きつけの店の隣だった。
自分ではとても買えない、ちょっとお高いレベルの店だが品物はいい。
年齢層も幅広くて、ちょい悪親父御用達という感じだ。
「ちょっと、若過ぎじゃねえか?」
「んなことないです。ロロノアさん若いし、まだ四十路に足を踏み入れたとこじゃないですか」
服装から老けちゃダメですよ。
生意気な口調でそう言って、早速あれもこれもと調べ始める。
「…えっと、予算はどうですか?」
「買い物のつもりで来てるからな、上限はねえよ」
「太っ腹過ぎる!」
俄然、張り切りそうになるのなんとか抑え、着回しの効きそうなものを選んだ。
マネキン宜しく何度か首の下に服を当て、遠目に眺めてうんうんと頷く。
「これとこれと、これにこれを合わせたり…こっちもいいですね」
いくつか厳選して、次は試着室へと引っ張った。
「これとこれ、着てみてくださいね」
ちゃっちゃと指示されるのに、黙って従うロロノアさんバリ可愛い。
カーテンの向こうでごそごそしている気配すら愛しくて、つい顔がニヤけそうになるのをなんとかマフラーで隠し、店内をぶらりと眺める。

店のスタッフは、迷っている客には適度にアドバイスし、サンジ達には特別声を掛けてこなかった。
けれど、楽しげに待っているサンジをこれまた微笑ましい目で見守ってくれている。
スタッフの目には、二人はどう映っているのだろう。
親子にしては年が近いし、兄弟にしては似ていない。
上司と部下ではサンジが若すぎるし、教師と生徒では色々と問題になりそうだ。
―――恋人同士って、思ってくれるかな。
多分、無理だろうな…と、わかっている。
並んで歩いても釣り合いが取れないし、今だってきっと世話焼きな子どもとしか思われないだろう。
叔父さんの買い物を手伝う甥っ子とか、その程度にしか。

ちょっと悲しい気持ちになっていたら、シャッとカーテンが開いた。
「どうかな?」
現れたロロノアさんは、予想以上によく似合っていた。
ぶっちゃけ、めちゃくちゃカッコいい。
「…すっっっっっっっごく!いいです!!」
「また、溜めたな」
ロロノアさんは笑いながら、そうか?と振り向いて姿見を眺めた。
「絶対いいです、超似合います!カッコいいです!」
興奮したサンジの声を聞きつけたか、スタッフがにこやかに歩み寄ってきた。
「よくお似合いですね、インナーにこれとかもいかがでしょうか」
手にしているのは、原色のシャツだ。
「派手じゃないか?」
さすがに難色を示すロロノアさんを尻目に、サンジは嬉々としてそのシャツを受け取った。
「あ、これいいかも」
そう言って振り返り、ロロノアさんの首の下に当てる。
「会社、ネクタイ締めないとダメとかじゃないんでしょ?」
「ああ、基本フリーだ」
「ですよね。どっちかってえと華やかな職種のはずだから、ロロノアさんはもっと冒険していいはずです」
スタッフと一緒になってアクセサリーまで選び出す。
さすがにそこまではいいと怖気づいた様子を見せながらも、ロロノアさんは楽しそうだ。

「じゃあこれとこれ、こっちもか」
籠に山ほど商品を入れてから、サンジを振り返った。
「サンジ君は、欲しいものはないか?」
「え、俺ですか」
思いがけない申し出に、きょとんとして返した。
「そりゃ、ここの結構どれもいいなと思いますけど…」
いかんせん高い。
自分の物に金を使うぐらいなら、ロロノアさんの買い物の足しにしてもらいたいぐらいだ。
「お年玉代わりに、買うぞ」
「ええー」
いやそんな・・・と遠慮するのに、スタッフがそっとベルトを差し出してきた。
「こちらなどいかがでしょう。粋なデザインですがどんな服にも合いますし、実はそのネックレスと同じモチーフなんですよ」
これは遊び用に絶対!と無理に押し付けたロロノアさんのネックレスと同じモチーフのベルトと聞いて、サンジの頬は紅潮した。
一気にこれが欲しくなる。
「…確かに、いいなあ」
でも、お高いんでしょう?
「気に入ったか?じゃあこれも」
ロロノアさんはためらいなく、ベルトも籠に入れた。
それを籠ごと、スタッフが引き取る。
「ベルトは、箱に入れて贈答用で」
「そんな、いいですよわざわざ」
「畏まりました」
遠慮するサンジを無視して、スタッフはあっさりと奥に引っ込んだ。
「…いいんですか?」
「もちろん、他にも欲しいものがあったらいくらでも買うぞ」
「ダメですよ」
サンジは釘を刺しつつも、嬉しさを抑えきれずマフラーで口元を隠してひとしきりニヤニヤしてしまった。
なによりやり手なのは、店のスタッフだ。
プロ、恐るべし。

最初に寄った店で山ほど買い物をしてしまって、ロロノアさんは大きな紙袋を二つ提げて歩く羽目になった。
せめて自分のために買ってくれたベルトくらい持ちますよ…と言いたいところだが、プレゼントしてくれると言うものを自分から、「持ちますからください」と手を出すのも憚られる。
どうしようと後ろを付いて歩いていたら、ロロノアさんが足を止めてくるりと振り返った。
「これで俺の用事は済んだが、サンジ君はどこか行きたいところあるか?」
「え、俺ですか」
ドキドキしながら、そうだなあと街を見渡した。
二日から初売りを行う店が多いせいか、通りは多くの人出でごった返している。
「福袋とか、買いたいかも」
「ああ、正月だしな」
二人で並んで歩きながら、肘が付くくらい近くに身を寄せた。
なんせ人が多いから、しょうがない。
「なんの福袋だ?服か、小物とか…」
「特にこれって目的はないんです。でもスカイピアモールだと、いろいろ見られるかと」
「そうだな、そっち行くか」
サンジはロロノアさんを誘導しつつ、遠慮がちにその肘を掴んだ。
「あの、ちょっと休憩していきません?」
「ああ、そうだな」
どうにも、二人の動きはどこかぎこちない。
お互いに照れくさく感じながらも気付かないふりをして、舗道の端に寄った。

喫茶店に入ろうにも、どこも混雑しているようだからと駅前のコーヒーショップに落ち着く。
「あれだな、こういうとこで注文するのはややこしくてな」
「ロロノアさんは、いわゆる“ホット”って奴がいいですか?」
「そうそう、それでいいんだよ」
面倒臭そうなロロノアさんの代わりに、サンジがそれに似たものを注文してあげた。
ちょっと摘まめるようにと、甘いものも付ける。
「ここはね、俺の奢りです」
「お、ありがとう」
ロロノアさんは遠慮せず、サンジに支払いを任せてくれた。
こういう部分も、大人だなあと思う。

二人で丸いテーブルを囲み、温かな飲み物を手にほっと一息吐いた。
「あれですね、人が多いと結構疲れる」
「満員電車での混み具合より、よっぽどましなんだがな」
「ロロノアさん、普段は電車通勤ですか?」
自然な感じで、世間話に花が咲いた。
ロロノアさんについて知りたいことはいっぱいあるし、ロロノアさんがなにか聞いてくれたらそれだけで嬉しくて、いつもより余計たくさん喋ってしまう。
「そう言えば今日はコーザ、ビビちゃんと初詣に行ってますよね。もしかして、この近くの神社?」
「いや、ジャヤ神社だっつってた。だから帰りはちょっと遅くなるって言ってたな」
「なんですって?コーザの奴…」
ビビちゃんと初詣デートした上、あまつさえ帰りが遅くなるとは!!
鼻息荒く怒るサンジを面白そうに眺め、ロロノアさんは手に持っていたカップを静かに下ろした。
「それでだ、今夜一緒に晩飯食わないか?」
「…え」
驚いて、目をぱちくりと瞬かせた。
デートだってだけでも嬉しくて天にも昇りそうなのに、まさか…一緒に、ディ…ディナーとか?
「い、いいんですか」
「コーザも晩飯いらないっつうんだから、もともと俺は一人だし。サンジ君の方がな、いきなりでオーナーにも悪いかと思ったんだが」
「いいえ全然。って言うか、今日ジジイは商店連盟の新年会で遅いんです」
ロロノアさんと別れたら、余韻に浸るべくまっすぐに帰らずにどこかの店で一人で夕食を済ませるつもりだった。
「じゃあいいか」
ほっとしたように表情を緩めるロロノアさんに、サンジも意気込んで頷いた。
「もちろんです、嬉しいです」
「いやあ実はな、正月だから混むだろうと勝手に店に予約しといたんだ」
「えっ」
驚いて声を上げてしまった。
慌てて手の甲を口元に当て、いやいやいやと呟いてからコホンと誤魔化すように咳払いした。
「そ、そうなんですか?」
「ああ、サンジ君の好みも聞かないで悪かったが、美味い天ぷら屋があってな」
「好きです!天ぷら大好きです!」
拳を握りしめて力説するサンジに、ロロノアさんはそうかと顔を綻ばせた。
「そりゃあよかった。飛び切り美味い天ぷらをご馳走するよ」
「ありがとうございます!」
サンジはもう嬉しすぎて、話だけで今年一番のお年玉をもらってしまったと半ば放心状態になった。

それから二人でウィンドウショッピングを楽しみながら、スカイピアモールで買い物をした。
福袋は何が入っているかわからないし、ぶっちゃけ前の年の売れ残り処分の目的もあるだろうけど、自分では選ばない類のモノが入っているから結構楽しい。
サンジがそう言うと、ロロノアさんも「そういうもんか」と納得して、自分の分を買っていた。
なんでもかんでもプレゼントされるんじゃなく、サンジが欲しいものは自分で買おうとすることに、ロロノアさんは介入してこなかったのが嬉しい。


ロロノアさんが夕食にと予約してくれていた店は、大人っぽい雰囲気の高級そうな店だった。
サンジのような子どもにはまず不似合だが、常連らしいロロノアさんに連れられてだと心強い。
カウンターに座り、目の前で自分の好きな具材を選び揚げたてを味わえるのが美味しくて楽しかった。
「美味いか?」
「はい、とっても」
サンジがモリモリ食べるのを、ロロノアさんは嬉しそうに眺めている。
こうして二人で食事をしていても、傍からは自分たちはどう見えているのだろうか。
とてもデートには、見えないだろうなあ。
ビールとウーロン茶がそれぞれ入ったグラスが並んでいるのを客観的に眺め、ちょっとだけ残念に思う。
けれど、ロロノアさんと一緒にこんなに美味しい食事ができるし、なによりこうしてサンジのためにロロノアさんが手配してくれたことこそがとても嬉しかった。
一緒に出掛けようと誘ってくれ、混むかもしれないからと事前に予約まで入れてくれた。
自分みたいな子ども相手でも、ちゃんと気遣って心を砕いてくれたことが嬉しい。

すん、と鼻を鳴らしたサンジに気付いて、ロロノアさんは横から覗き込むように腰を屈めた。
「どうした?なんか辛かったか」
「…いいえ、めっちゃ美味くて胸が詰まりました」
サンジはそう言って、赤くなった鼻を掌で覆ってへへっと笑った。

決して酒など口にしていないのに、美味な料理と大人な雰囲気、そしてロロノアさんの優しい視線に酔ってしまったようだ。
サンジは冷たいウーロン茶で喉を潤し、赤く染まった頬を擦った。
デザートのシャーベットが火照った喉に心地よい。

「相談があるんだが」
会話が自然と途切れた後、ロロノアさんが静かに口を開いた。
改まってなにかと、サンジも若干身構えて顔だけ向ける。
恥ずかしいから、ロロノアさんの顔は直視できない。
「なんですか?」
ドキドキしながら、ロロノアさんの「相談」内容を待った。
もしや、デートと称するのは今日限りで、お付き合いの話はなかったことに…ってことになったらどうしようとちらっと不安が過ったが、それは相談じゃなく提案だから違うかと脳内で片付ける。
「コーザのことだ」
「…はあ」
意外な名前が出て、サンジはきょとんとした。
「コーザはもちろん、俺達が付き合ってることを知らない訳だが」
「あ、はい」
そう言われて初めて、そうだったと気付いた。
ほぼ毎日顔を合わせている親友だが、なんでも話せると言うのとは確かにちょっと違う。
「…俺も、何も言ってません」
「だよな」
ロロノアさんは内緒話をするみたいに顔を近付けて、大真面目な表情で頷いた。
自分の息子のことなのに若干深刻そうなのがおかしくて、内心笑いそうになるのを何とか堪える。
ロロノアさんにとっては、笑いごとじゃないのだ。
「ロロノアさんも、なにも話してないんですよね」
「ああ、さすがになんと言っていいかわからん」
それはまあ、そうだろう。
息子の友人、しかも男を指して「付き合うことになったから」と、どう言い方を工夫したとしても「は?」と二度聞きされること間違いなしだ。
しかも、直接の親子と言う訳でもないけどそれなりに血縁関係がある家族なら、生理的な嫌悪感だって伴うだろう。
「…言えませんよね」
サンジは、我が身に置き換えて考えた。
ゼフがいきなり「恋人ができた」と言って自分と年の変わらない男を連れて来たらどうするだろう。
――――想像すら、したくない。
サンジはぶるりと身を震わせて、怖気を振り払った。
「…言えない、言えないです」
「だよな」
二人で頬杖を着いて、どちらからともなく溜め息を吐く。
こんな状況なのに、ロロノアさんと額を突き合わせて一緒に悩んでいるという事実が、嬉しくてならない。

「急がなくて、いいと思います」
サンジの言葉に、ロロノアさんは視線を上げた。
「いますぐどうこうって訳じゃないと思いますし。あの、俺らのことも・・・ロロノアさん、そう言ってたじゃないですか」
学生の本分は勉強だから、まずは学校生活を正しく送れと。
まるで父親のような目線で、それでも“お付き合い”を認めてくれた“恋人”だ。
「俺、こうして一緒に食事したり街を歩いたり、会えるだけですごく楽しいです。もちろん、本当はもっと色々…したいんですけど、でもロロノアさん結構固いから」
頬を赤らめてゴニョゴニョ言いつつ、サンジはこほんと軽く咳ばらいをした。
「だからですね、その、俺らの中が本格的になったら…って言うか、その、実質的にですね、えーと…」
「つまり、まだ今はコーザに告白する必要はないと言うことかな」
「はい、そう、そうです」
サンジが言い難そうにモジモジしているのを見て、ロロノアさんもどこかこそばゆくなってきたようだ。
なんともそれとなく口端をモゾモゾさせて、笑っているのか困っているのか判別付けがたい表情をしている。
「サンジ君にそう言って貰えると、正直俺もほっとする。もし、なんとしてでもコーザに二人の仲を認めさせて欲しいとか望まれるとどうしようかと」
「俺、そんなこと言いませんよ」
心外だと思いつつ、ちょっぴりドキッとしたのも確かだ。
ロロノアさんと正式にお付き合いできるようになったのは本当に嬉しいし、誰かに報告したい気持ちもある。
サンジの場合はゼフが承知していてくれたから一先に報告できて、それで少しは気持ちが晴れた。
もし誰にも話せない内緒の付き合いだったとしたら、それだけでストレスを感じただろう。
そういう意味で、身近に理解者がいるのはとてもありがたいことだ。
心を許せる友人であるコーザに、逐一報告したい衝動に駆られないのも、それがあればこそのこと。
「ロロノアさんとお付き合いしてるって嬉しくて自慢したい気もありますけど、今のところは俺の胸に秘めたままでも大満足です」
「…そうか、よかった」
ほっとしたような呟きに、ちょっと落ち込む。
内緒にするのは別に構わないのだが、認めてもらえない寂しさがないこともない。
「コーザには、時期が来たら話そうと思ってはいるんだ。もちろん、なんらかのきっかけで俺らのことが知れたら、そん時は腹を括って話すが」
「そうですね」
サンジから、わざとバレるような行為をされるという危惧は、持っていないのだろう。
もしそれを心配しているならいまのロロノアさんの言葉は牽制だが、そんなつもりは毛頭ないのだと信じたい。
ロロノアさんは、自分を信頼して腹を割って話してくれている。
「わかりました、俺も意識して内緒にするんじゃないけど取り立てて俺から言わないようにします」
「気を遣わせてしまって、すまない」
「いいえ、俺の友人のことでもありますから」
父親と付き合いを始めた友人を、もしかしたらコーザは嫌いになるかもしれない。
ああ見えて結構頭が固く、融通が利かない部分があるのだ。
父親を誑かした友人なんて、受け入れられないかもしれない。
「…ちょっと、考えてたら怖くなってきました」
「大丈夫だ。多分時間が解決するだろう」
ロロノアさんの言葉は、いつだってサンジに勇気を与えてくれる。
時間が解決すると言ってくれると言うことは、それだけサンジとの時間を長く持ってくれるつもりだということ。
中途半端に放り出さず、とことん付き合ってくれるつもりだとわかって、それだけで嬉しくなる。
ロロノアさんの言葉一つ一つに一喜一憂して振り回されるのも、結果的には楽しくてならない。




夕食の時間が早かったせいで、時間はまだ8時前だ。
家まで送っていくというロロノアさんの申し出を断り、駅で別れることにした。
ともに買い物した荷物で両手が塞がっているのに、家まで来てもらっては申し訳ない。
「今日はすごく楽しかったです、ご飯もご馳走様でした」
「こちらこそありがとう、楽しかったよ」
改札の前で向かい合って言葉を交わす。
なんとも他人行儀な、それでいてどこか馴れ馴れしいような、くすぐったい気分だ。
ロロノアさんも一緒のようで、肩に掛けた紙袋の紐を無暗に引っ張って中空に視線を泳がせていた。
「また、誘ってくださいね」
「ああ、今度は映画にでも行こうか」
「楽しみにしています」

二人揃って改札を通り、そのまま別れた。
人目があるから、前みたいにほっぺにちゅーもできないけれど、これはこれでなんだかいい。
今日だけが特別なことじゃなく、こういうことがこの先も何度も繰り返されるのだと、これが普通だと思えてくるのが嬉しい。

サンジは階段を上りホームに上がった。
ロロノアさんは向かい側のホームだ。
大荷物だから目立っている。
他の客たちも大概荷物が多くて電車の中は混むだろうなと想像し、自分もかと思い至った。
線路を隔てて、ロロノアさんの方をチラチラと見る。
ロロノアさんもサンジを見ているが、微妙に視線は合わない。
サンジだって気恥ずかしくて、ガン見できない。
別れるのが名残惜しいのに、早く電車が来てほしいと思うのはなぜだろう。

お互いの電車が、左右から滑り込んできた。
目の前を車体で遮られる直前、ロロノアさんが片手を挙げた。
サンジも、手を挙げて軽く振る。
それだけのことだ。
それだけのことなのに――――
帰りの電車の中で、サンジは戸口に立って窓ガラスに額をくっつけ、込み上げてくる笑みを必死で隠し続けていた。


End




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