バレンタイン



――――去年から今年にかけて「初めて」がたくさんできて、嬉しいです。
サンジからのメールの一文に、ついほっこりと心を和ませてしまう。
ゾロにとっては成り行きのようなものだったが、こともあろうに高校一年生男子とお付き合いすることになってしまった。
とは言え、本当にままごとのような“お付き合い”だ。
デートと称し、休日に連れ立って映画に行ったり買い物に出かけたり。
たまには夕食を作りに来てくれたり。
そう考えると、成人男女の付き合いよりもしかして結構、関係は濃密か?と思わないでもないが、いずれも好意だけで肉体的な触れ合いはなにもない。
まさか四十路を越えてから、こういうお付き合いを始めることになるなど想像もしていなかったが、案外楽しんでいる自分がいる。
こうしてサンジからのメールを読み返して、何とも言えない幸福感に包まれている自覚はあるから。




「…初めての、バレンタインだったんだよな」
フロアに一人きりなのをいいことに、声に出して嘆息した。
今日は2月14日、金曜日。
普通ならば、格好のデート日和と言えるだろう。
仕事帰りにディナーを予約して…と、若いスタッフが浮かれていたのも昨日までのこと。
都内でも積雪がありますとの予報に、「へー、ホワイトバレンタインか〜」などと暢気なことを言っていたのも昨日までの話だ。
今日、本当に都会とは思えないドカ雪に見舞われた街は、すっかり白一色に染まってしまった。
当然のように電車は止まる、タクシーも来ない、交通網大混乱。
というかすでに帰宅困難者続出で、早めに帰したスタッフたちも無事自宅に辿り着けているかどうか危うい。




ほとんど災害と言っていいほどの悪天候だから、仕事相手も機能していないだろうとの判断でゾロのほか、希望者1名だけがオフィスに残った。
他の部署も似たようなもので、廊下にも人気がない。
一緒に残ってくれた部下はいま、決死の覚悟でコンビニまで突入しに行っている。
徒歩5分もかからない場所だが、ちゃんと帰ってこられるか心配だ。




手にしたスマホが軽く振動した。
サンジからのLineに、また表情を和ませて指先を滑らせる。
『そちらは大丈夫ですか?こっちは、せっかくの稼ぎ時なのに予約のキャンセルが相次いで開店休業状態です』
ああそうだろうな、と胸を痛める。
客入りを見越して食材もたくさん仕入れていただろうに。
しかしこればっかりは仕方がない。
『こっちも開店休業状態だが、職場に泊まりになりそうだ』
そう返してから、暗い窓の外を見た。




初めてのバレンタインと言うことで、本当ならゾロは早めに仕事を切り上げてバラティエに食事に行く予定になっていた。
その帰りにサンジの自宅に寄って、恐らくは手作りのチョコレートを貰える手はずになっていたのだろう。
その計画も、朝からじゃんじゃん降り積もる雪でおじゃんだ。
『ジジイは予報を見てたんで、もしかしたらってあんまり食材は増やしてなかったって。こういうとこ、年の甲っていうのかなあ』
ゾロが返信する倍の速さで、サンジからぽんぽんメッセージが入る。
『もう、今日は店を早めに閉めるって言ってる。ロロノアさんも、気を付けて』
『サンジ君もな』
そこまで打ったら、画像が送られてきた。
いつの間に作ったのか、部屋の窓辺らしき場所に小さな雪だるまが映っている。

2体並んだそれは、2ボタンや爪楊枝で目鼻が作られ、なかなか可愛らしい。
「こんなん作れるくらい、降ったのか」
ゾロはクスっと笑ってから、デスク廻りを見回した。
ビル内だから雪とは無縁で、なんら面白味もない殺風景なオフィスだ。
ふと思い立ち、引き出しの中に入れっぱなしになっていたゴルフボールを取り出した。
同僚が、これで掌とか足裏とかマッサージすると健康にいいらしいとか言ってくれた、不要になったものだ。
ちょうど二つあるそれを、ゾロは躊躇いなく接着剤でくっつけて、首の部分に色紙を捻って作ったコヨリをマフラーみたいに巻いた。
油性マジックでぐりぐりと目鼻を描く。
実に可愛くない雪だるまもどきができたが、それの胸元に昼間女子社員からもらったハート形のチョコを貼り付けて写メる。
『Happy Valentine's day』
スマホはカタカナで入力しても英語変換してくれるから便利だ…と思いつつ、画像を添付して送った。




―――なにやってんだ、俺。
人気のないオフィスで疑似雪だるまを作って写メるとか、我ながら痛いと思っていたら衝立の向こうから早足で歩いてくる人がいた。
買い出しに出ていた部下が、雪まみれになってフロアに入ってくる。
「いやー参りました、遭難するかと思った」
真顔でそう言うから、お疲れさんと労いながらさり気なくスマホを机の上に置く。
「コンビニ、なんにもないんですよ。辛うじてカップ麺と乾きものとお握り2個はゲットできました。いまお湯入れますね」
「ありがとう」
給湯室へと足を向けようとしたら、ブブッとスマホが振動した。
画面に表示されたのは、先ほどの雪だるま2体がわずかに身体を傾けて、寄り添うようにくっ付いている画像だ。




『Happy Valentine's day』
躊躇うように語尾に付けられたハートマークを、ゾロは指先でそっと撫でてLineを閉じた。




End





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