■となりのストーカー -13-



「待て、俺の行くとこについて来る気か?」
「そうだ」
なにを当たり前なことを・・・と言わんばかりに、ゾロはきょとんとしている。
「待て、待て待て待て」
サンジは片手で頭を押さえ、もう片方の手のひらをぶんぶん振った。
「待て」
「――――・・・」
ゾロは黙って待っている。
「いやいやいや、なんでそうなる?俺とお前は偶然、このアパートで隣同士になっただけじゃん。ここから出たら、また違う場所をお互い見つけてそれぞれ暮らして行けばいいじゃん」
「そりゃ駄目だ」
ゾロはあっさりと否定した。
「なんで?なんで俺の行くとこついてくんだよ?!」
「そんなもん、放っとける訳ねえだろうが」
思わず叫んだサンジの声に被せるように、ゾロも言い返す。
「お前みたいにお人好し過ぎて危機感もなんもない間抜け野郎が、一人で暮らしてたらろくなことになんねえ」
「だーかーら、お前絶対、俺のこと誤解してる。俺は別にお人好しでも間抜けでもねえぞ、ちゃんと一人で暮らして来てんだ!」
「お前はそのつもりだろうが、傍から見てたら危なっかしいんだよ!放っとけねえんだよ!」
複数のストーカーに囲まれ、あまつさえ部屋に盗聴器まで仕掛けられていたのだ。
その事実をサンジに告げるつもりはないが、ゾロとしては到底看過できない。
「だから、なんでお前がそんなに気にすんだよ」
サンジはなぜだか泣きそうな顔で、くしゃくしゃと前髪を掻き混ぜた。
「別に、たまたま隣同士になっただけで、放っときゃいいだろ俺なんて。お前には、ナミさんや鼻みてえにいい友達がいっぱいいるんだ。お前こそ、ナミさん達に心配かけてたじゃねえか」
「ああ、わかってる」
決して、愛想がいい訳でも気前が良い訳でもない、しかも優しさなんてかけらもないと自覚しているゾロだ。
それでも付き合ってくれる奇特な友人がいるのはありがたい。
どちらかというと人に世話を焼かれてしまう性質だった自分が、放っとけないと思える相手はサンジだけだった。
「俺のことなんて、なんで気にすんだよ。飯を食わせたからか?ずっと俺の飯が、食いたいから?」
突っ込んで聞かれ、ゾロは思わず黙った。
確かに、サンジの飯は美味いしこれからもずっと食べて暮らしたい。
だが、それだけではない気がする。
「飯を食いたいだけなら、店にくりゃいいじゃねえか。俺が作るより美味いモン食えるし、ちょっとはサービスしてやるから――――」
「違う」
ゾロはおもむろに口を開いた。
「お前の飯は美味いしお人好し過ぎて心配で目が離せねえが、お前の傍にいたいのは他に理由がある。好きだからだ」
「―――――・・・」
サンジはぽかんと、目と口を開いた。
対してゾロは、口にしたことでようやく自分の中で腑に落ちた。
「そうだ、俺はお前のことが好きだ。だから気になるし放っておけないし、一緒にいたい。お前が引っ越すなら、引っ越す先についていく」
言いながら、一人でうんうんと頷いている。
なんだ、そういうことだったんだ。
「引っ越す先、二人で決めようぜ」
「ちょ・・・っと待った」
今日何度目かの『待て』を命じ、サンジは混乱のあまり片手で頭を抱えて呻いた。
「いや待って、待ってくれよ。お前、俺のこと好き?お前ホモだったの」
「そうじゃない、が、お前のことを好きなのがホモだってェならそうだ。いまこの瞬間からそうだ」
「堂々と清々しく認めてんじゃねえよ」
サンジは反射的に言い返してから、あああ〜と両手で髪を掻き毟った。
「なんだよ、俺ホモじゃねえよ。レディが大好きなんだよ」
「俺がお前を好きなのは迷惑か?」
「迷惑とか、そういうんじゃなくて・・・」
「迷惑ならもう二度と言わない。だが、お前を想う気持ちは消せない。近付くなってェなら、お前に気付かれない場所でずっとお前のことを見守っていく」
ゾロはそう言って、遅まきながら「ああ」と気付いた。
これこそまさに、サンジを取り巻くその他大勢のストーカー達の仲間入りだ。
思わず遠い目になったが、サンジはサンジで軽くパニックに陥っていた。

「なんで、なんでそんなこと言うんだよ」
「好きだからに決まってっだろ。だが安心しろ、お前に俺のことを無理に好きになれとは言わねえ。無理強いはしたくねえからな」
そんなことを言いつつ、ゾロはなぜか嬉しそうに笑った。
「俺も大概鈍いから、自分の感情が恋愛だと気付いてなかった。だが、いま気付いてさっぱりしたぞ。お前のことが好きだ。多分、最初から一目惚れだった」
「ううううう〜〜〜〜〜〜」
ぐしゃぐしゃに掻き回して乱れた金髪の間から、真っ赤な顔が覗いている。
「最初って、階段のとこで顔合せた、あれ?」
「ああ、目の前をお前が歩いてて、俺が行く先にもずっと歩いてて階段を昇っていた。振り返ったお前と、俺ァ初めて会ったんだ」
ほんの数か月前のことだが、随分と昔のような気もする。
あれからずっと、ゾロの生活はサンジを中心に回っていた。
これからもきっと、ゾロの人生はサンジを中心に回っていく。
「だからはっきり言ってくれ。俺の気持ちは迷惑か?」
今後の身の振り方を決めるためにストレートに尋ねたが、サンジは再び「ぐあああああ」と呻いて髪を掻き混ぜた。
「おい、あんま乱暴にすると禿るぞ」
「禿るかボケェ!」
噛み付くように言い返し、「ああもう」と胡坐を組み変える。
普通、男に告られたら気持ち悪いし嫌だろうに、なにをそんなに戸惑うのだろう。
「迷惑か?」
「何度も聞くなよ」
「答えねェからだ」
「結論を急ぐな」
耳まで赤く染めて、サンジはそっぽを向いてしまった。
嫌なら嫌と拒否すればいいのに、これはもしかして脈ありなのか。

「迷惑じゃねえのか?」
「め、迷惑だよ。野郎に告られるとか」
「じゃあそう言え」
「だから、一般論だって。普通は野郎に告られたら迷惑だろ?」
よくわからない逆ギレに、ゾロは念押しするように言葉を重ねた。
「じゃあ俺は?俺がお前を好きだっつったら、迷惑か」
「―――――・・・」
また黙った。
これはもう、口に出さなくとも答えが見えてしまう。
たっぷり一分ほど見つめ合った。
どちらかというと「睨み合った」と形容すべき姿勢だったが、ゾロの方がふっと表情を緩めて歯を見せる。
「今度のお前の休み、俺も休みを合わせるから二人でアパート探ししようぜ」
「な、なんで・・・」
この期に及んで抵抗を見せつつ、サンジは慌てたように言い添える。
「べ、別に一緒に住むとか言ってねえからな。同じアパートとかなら、まだ譲歩しないでもないから。できたらご近所さん程度で、お隣さんならなおいいけど」
「面倒臭ェな。どうせ一緒に飯食ったりするんなら、部屋代折半した方が経済的だろうが」
「でもな、その、な、まだ心の準備が――――」
頭上から湯気が立ちそうなほど真っ赤になってあわあわしている。
その様子があまりに可愛らしくて、ちょっと可哀想になった。
「俺ァ急がねえよ。今まで通り、一緒に飯食っていろんなこと話せればいい。今日だって、こうしてテントに寝たってなんもしねえ。なんだったら、一緒の部屋で俺だけテント生活したっていい」
おかしな話だが、それはそれで面白いかもしれない。
日常の中の非日常の楽しさを、ゾロは覚えてしまった。
「ねえだろ、それ」
サンジはそう言って、表情を和らげた。

膝を抱えて体育座りをし直し、裸足の足指を曲げ伸ばしする。
「お前の気持ちは嬉しいぜ、俺なんか好いてくれてありがとう。けどな、俺って面倒臭ェぜ」
「知ってる」
「知らねえだろ、なんかムカつくな」
言いながら、抱えた膝頭を擦った。
「帰ってこない親を待ったり、異国で死んだって聞かされたジジイのことを信じられなかったり。俺って、自分でもヤバイんじゃね?ってくらい、面倒臭ェ奴なんだ。だから、わかってっから、自分から親しい人を作らなかった。トモダチでもコイビトでも、大切な人を作ったら、もし、その人が帰ってこなかったら・・・って、考えたら怖ェじゃん」
そう言って、薄ら笑いを浮かべたまま俯く。
「お前のことだってさ、俺、今でもお前がいつか俺の前から消えるか持って思うと怖ェもん。今でもそうだから、この先もっと親しくなったら、きっともっと怖くなる。だから―――」
「そりゃ無用な心配だ」
あっさりと言い切るゾロに、「そんなことない」と目を怒らせた。
「人なんて、いつどうなるかわかんねえんだ」
「そんなもん、みんな一緒だ。それに、お前はそうやっていちいち立ち止まって待たなくていい。俺がお前を追いかけるんだから」
「――――え」
「俺はいつだって、ずっとお前の傍にいる。お前はどんどん先行きゃいいんだ。俺より先に就職してんだし、一流のコックになって、将来は海外進出したりしてよ。好きなように生きりゃいい、だが、俺はお前を逃がす気はねえから、どこにだって追いかけていく」
もはや堂々としたストーカー宣言だが、ゾロはこれこそが自分の生き方なのだと改めて自覚した。
「お前と出会って、お前のためにバイトを励んでたような俺だ。これからはバリバリ働いて、お前に全部金を注ぎ込むぞ。だからお前は、もう待たなくていい」
告白を飛び越してプロポーズ宣言になったが、ゾロにとっては同じことだ。
「俺と一緒に、好きなように生きようぜ」
「――――・・・」
サンジは両手で頭を抱え、膝に顔を埋めてしまった。
ゾロは手を伸ばし、乱れた旋毛を撫でながら梳いてやる。
「返事しろ、しねえと俺の都合のいいように解釈しちまうぞ」
そう言って、身体を起こしてサンジの頭を胸に抱えた。
抗わず、ゾロの腕のなかにすっぽりと収まってしまう。
シャツの胸元がじんわりと温かく染みるのを、ゾロは幸せな心地で感じ取っていた。





「という訳で、いい引っ越し先を斡旋してください」
泣き腫らした目が恥ずかしいと朝から鏡に向かってボヤいていたサンジを職場に送り出し、ゾロはすぐさま叔父の元を訪ねた。
改めて休日に二人で探しに出る気だが、それまでにアパート立ち退きの報告を済ませておかねばならない。
「なんと、俺が知らぬ間にそんな展開になっておったとは!」
ミホークは歯噛みしながら悔しがった。
「認めたくないものだな、若さゆえの勢いというものは」
「あ、キッチン付は必須条件です。なるべくサンジの職場に近いエリアで、俺は多少遠くなっても問題ないんで」
「青きものよ!勝手に話を進めるでない」
憤慨しつつ、律儀にファイルを捲る。
「しかし、あのアパートを譲り受けた時すぐさま取り壊す算段であったから、サンちゃんにそのような過去があったとは知らなかったのはわが生涯最大の不覚」
そう言って書類の一部を指差した。
「あの部屋は確かに、事故物件扱いではあった。だが建物全体があのような欠陥住宅であったし、記録されているのも古く、引き継ぎされるほどでもなかったようだ」
「事故物件って・・・」
ミホークが指さす先に目を落とし、ゾロははっとした。
「これは――――」
「サンちゃんは、何も聞かされていないのだろう。助けたという先代のオーナーが、話さないでよいと判断したのかもしれぬ」

癖のある字で記録されていたのは、餓死寸前の子どもの保護と風呂場で発見された変死体だった。
「憶測でしかないが、サンちゃんが寝ている間に母親は帰宅しており、恐らくは泥酔状態で風呂に入っていたのだな。この夜は酷い嵐で雷が落ち、一時停電したらしい。母親は一旦風呂を出てスイッチを入り切りし、切った状態で風呂に戻ろうと扉を閉め、足元が暗い中、転がっていた石鹸を踏んで滑って頭を打った」
そうしてそのまま、亡くなってしまった。
嵐の中で目を覚ましたサンジは恐ろしさのあまり一人で震えて過ごし、玄関の扉が見える場所から離れなかった。
いつ母が戻るか、いつその扉が開かれるか。
それだけをひたすらに待ち続けた。
閉め切られた風呂場を、覗こうともしなかった。

「そういう、ことか」
ゾロは沈痛な表情で、深く息を吐いた。
いくら待ち続けても、戻ってこないはずだ。
「真実を知った以上、それをサンちゃんに話すかどうかはお前に委ねる」
母に捨てられたという想いがサンジの心の傷になっているのなら、真実を告げるべきかもしれない。
だが、このことを黙っていたオーナ・ゼフの気持ちもわかる気がする。
「―――どうするかは、おいおい考えます」
うむ、とミホークは厳かに頷いた。
「それがよかろう。人生は長い、その時折りにいくつもの岐路があり、縁がある。ことを急がねばならぬ時もあるが、そうでなければ極力ゆったりと構え、泰然として生きよ」
「そうします」
変人で偏屈で変態だが、尊敬し愛すべき叔父だ。
ゾロは素直に礼を言って、頭を下げた。





早速ランチタイムに来てくれたナミ(とウソップ)に、サンジはデレデレしながら水を注いだ。
「ゾロと暮らすことになったんですって?」
いきなりナミから爆弾発言をされて、思わずトレイを取り落としそうになる。
「なんで知ってるの?ってか、あいつもう話したの?」
昨日の今日で、もうこれか。
「聞いてもないのに朝からLINEで惚気られちゃったわよ。でもまあ、あいつが人にここまで執着するなんて初めてのことだから、なんだか嬉しくてね」
「まあな、色々あるだろうけど、悪い奴じゃないから」
ウソップもフォローするようなことを言う。
そう言えば、と遅まきながら思い出してテントを借りた礼を言った。
「アパート壊して、部屋の中でアウトドアか。なかなか楽しそうね」
「どうやってあそこまで壊したんだ。そもそもなんで、ゾロがアパートを壊すようなことになったんだ?」
サンジの素朴な疑問に、ウソップは冷や汗を掻きつつ「さあ?」ととぼけて見せた。
「俺は、テント貸してくれって頼まれただけだし」
「サンジ君は、とんでもないのに見込まれちゃったわね。ゾロは基本、来るもの拒まず去る者追わずって感じだったのに」
「そうなの?俺、地の果てまでも追いかけられる宣言受けたんだけど」
素で返したサンジに、「ああこれはご愁傷さま」と二人して額に手を当てている。
「ってかさ、ぶっちゃけ俺、ゾロのことストーカーじゃねえかって疑ってたんだ」
深刻そうな顔でそう呟くサンジに、ナミとウソップは揃って耳を傾ける。
「出会いからして胡散臭いっていうか。何度も同じ道をウロウロしてる、変な奴がいるなあって思って、追い抜いたらずっと後をつけてくんだ。そんで、振り返ったら同じアパートだって言うし、それが出会い。それから、俺が出かけるタイミングで部屋出てきたり、家に帰って鍵を探そうってタイミングでやっぱり部屋から出てきたり。まるで待ち構えてるみたいで、正直結構、薄気味悪かった」
「あらまあ」
「うーん、それはこう、うーん・・・」
確かに、サンジの身になれば気味悪いだろうが、ゾロの極度の方向音痴と勘の鋭さを知っているナミ達にしてみれば説明が付かないわけでもない。
「まあ、それだけサンジ君にベタ惚れってことよ」
「いざというときゃ頼りになるし、俺らが言うのもなんだが、いい男だぜ」
精一杯のフォローをするウソップが「あ」と窓の外を見た。
「噂をすれば」
「来たわね、ストーカー男」

電柱の後ろに立っているトサカ男に挨拶し、塀の向こうでしゃがんで輪になっているG5を蹴散らして、ゾロが歩いてくる。
バイクに跨ったとびうおライダーズに片手を上げ、すれ違いざまにギンと肩をぶつけて睨み合う。
どれだけ方向音痴でも、ゾロはサンジがいる場所を間違えたりはしない。

「ナミさん、さっきの話、内緒ね」
サンジは慌てて人差し指を唇に当て、ナミとウソップは半笑いで頷いた。



End


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