知音 -1-


空っ風が吹く江戸の町を、下っ引きが土埃を上げながら駆け抜けた。
「てえへんだてえへんだ、てえへんだいっ!」
下っ引きの「てえへんだ」はいつものことだが、とばっちりでぶつかられでもしたら損だから、道行く人は身を引いて場所を譲り、何事かと首を伸ばして見送った。

「朝から失礼いたします」
堀川町の年若い親分は、組屋敷の縁先で畏まって挨拶した。
コーザはぴしりと背筋を伸ばしてすわり、髪結いに預けた頭をあまり動かさぬようにして視線だけ寄越す。
「どうしたコビー」
「実は、堀川通り空島屋のおコニが殺されました」
「なんと」
コーザは驚き、膝の上に乗せた良の手の拳を握った。
空島屋と言えば、妻のおビビがひい屓にしている小間物屋で、おコニとも年が近く親しかったはずだ。
「それはまことか」
「はい、ただ今チョパ庵先生が検分されておりますが、どうやら殺しのようで・・・」
「ううむ」
コーザは難しい顔をして腕を組んだ。
江戸の町も物騒で殺しは珍しくもないが、堅気の娘が殺されたとなるとただ事ではない。
何より、可愛い妻の顔が悲しみに曇るのは胸が痛む。
「現場はどこだ」
「店のすぐ目と鼻の先でした。夜中に通りで斬られて倒れていたのを、明け方通いの奉公人が見つけたってことで」
「辻斬りか?」
「おそらく」
直接おコニと面識はないが、ビビから話を聞く限り、夜半に一人で出歩くような娘とは思わなかった。
「わかった、私もすぐに行く」
「お願いいたします」
事情を察した髪結いは手際よく仕事を終え、コーザは身なりを整えると、悲しい知らせを告げるため妻を呼んだ。





「おコニちゃんが・・・そんなの、信じられません」
ビビは悲しみに染まった顔を袂で覆い、わっと泣き出しそうになるのを堪えてコーザの前に手を着いた。
「お父上と二人暮らしで、それは親思いの優しい娘だったんです。お父様を置いて夜に出歩くような娘ではありません」
「そうか」
「何かの間違いであればと思いますが、もしもおコニちゃんでしたら、どうか・・・どうか」
それ以上言葉にならず、だが湧き出る涙を必死で止めてビビは声を絞り出した。
「お調べ、お願いいたします」
身内のものであろうとなかろうと、コーザは取り調べに差をつけたりする同心ではない。
ビビもそれを承知していて、それでもつい言葉を紡いでしまうのは夫に対する侮辱だとわかっていても抑え切れなかった。
コーザもビビの思い遣りなど重々承知しているから、そんな姿を痛ましいと思いこそすれ腹など立たない。
「わかった、行ってくる」
「行ってらっしゃいませ」
涙に暮れてこれから出かける夫を引き止めないように、ビビは気丈にも笑顔を作りコーザを送り出した。








「まことに、おコニか」
番屋に着くと、戸板に乗せられ筵を掛けられた若い娘の死体があった。
そっと筵を捲れば、まだあどけなさを残した娘がまるで眠っているかのように目を閉じている。
生前はさぞ可憐だったろうと偲ばれる顔立ちだ。
堀川小町と呼ばれ、看板娘だったことも頷ける。
「父親は?」
「あすこです」
奥の板の間に、放心したように腰掛けた男が見えた。
元から細いであろう目を更にショボショボと瞬かせて、肩を落とし憔悴して見える。

「お前が父親か」
「はい、パガヤと申します、すみません」
コーザの姿を見て畏まりながらも、動きは緩慢で精気がない。
「おコニは昨夜、出かけておったのか?」
「いえ、いつもと同じように早い時間に休んだものとばかり思っておりました。まさかこんなことになるとは―――」
はあすみませんと一人呟き、深く俯く。
「おコニは今までも、一人で出歩くことがあったのか?」
「いいえ、そんなことは一度もありませんでした。昨日も、なんでこんなことになったのか・・・」
当惑した顔で、パガヤはすみませんを繰り返す。
どうやら口癖のようだ。
「きちんとした身なりだな、誰かに会うつもりだったのか」
「コーザ様、この刀傷を見てください」
コビーは父親の手前遠慮したのか、控えめに筵を下げた。
「・・・これは」
コーザは眉を寄せ、もっとよく見ようと顔を寄せる。
娘の帯はすっぱりと斜めに切れ、黒ずんだ肉と脂肪の白身までもが露わになっていた。
肋骨は断ち切られている。
「なんという太刀筋」
「これは只者じゃありませんよ、よほど腕の立つ武士でしょう。例えば・・・」
コビーは一旦ためらい、慎重に言葉を続けた。
「例えば、人斬りとか」
うむ、とコーザは口の中で唸った。
人斬りの噂は聞き及んでいる。
金さえ積めば決して狙いを違わず誰でも斬り捨てると言う、影の刺客。
だが何も証拠を残さず所在も不明で、そもそも訴える者がいなかったため表立って調べる事はなかった。
「人斬りが、辻斬りか?」
何やら腑に落ちず首を傾げるコーザの横で、コビーは筵を直した。


「あの、娘を連れて帰ってもよろしいでしょうか。はい」
パガヤがおずおずと申し出る。
「検分は終わったのだな」
「はい、チョパ庵先生から改めて報告してもらいます」
「では連れて帰ってやれ。若い娘子が無惨な姿をいつまでも曝しているのは、親としても忍びなかろう」
「すみません、ありがとうございます」
パガヤは土間に額を擦り付けるように這い伏して、そのままよろよろと立ち上がった。
戸板に乗せて運ばれる娘の後に付き従い、幽鬼のように歩き去っていく。

「あれは、父一人娘一人と言ったか?」
「はい、それにしても随分と・・・」
コビーはそれ以上言うのは憚られたか、言葉を濁す。
「確かに、一人娘を喪ったと言うのに取り乱した風がなかったが、人は哀しみが深すぎるほど呆けてしまって感情がついてこない場合もあるのだ」
「そういう、ものかもしれませんね」
「後から思いつめることがなければよいのだが・・・」
コーザは懐手を組んで思案した。
「手下にしばらく張らせます。どちらにしろ、娘の身の回りを調べなければなりません」
「そうだな、果たして通り魔か怨恨か、それとも痴情の縺れか」
「おコニはあの界隈でも評判の、親思いで気立てのいい娘でした。そんな娘が怨恨や痴情の縺れってことがありますかね」
「しかし、辻斬りに遭うような時刻に表を歩いていたことに変わりはあるまい」
「そこも、調べてみなければならないでしょう」
そこへ、もう一人の岡っ引き、ヘルメッポが顔を出した。
「今、チョパ庵先生から話を聞いてきましたが、これはいよいよ下手人が人斬りの線が濃くなってまいりましたぜ」
「そうか」
「あのような太刀筋は、生半可な武士・・・と失礼。ともかく、よほど場数を踏んでねえとできねえって
話です。しかも若い娘を一刀に切り捨てる非情さも併せ持つなら、まず人斬りしか考えられねえでしょう」
「うむ」
まことにそのような輩が暗躍していたならば、由々しき事態だ。
噂には聞いていたが、実際に被害の訴えがなかったからと今まで放置していた奉行所の責任も重大だと、コーザは気を引き締めた。
「では、まずその人斬りから当たるよりほかあるまい。とは言え、所在も正体も不明ではなかったか」
「へえそれが、最近吉原の売れっ子太夫の馴染みになったと噂が流れております」
「吉原?」
コーザは険しい表情を更に歪めた。
付き合いで何度か足を運んだことはあるが、コーザは遊里が苦手だ。
人形のように着飾った女子達が男に媚を売り、見えぬ場所で汚らわしい行いをしているかと思うと虫唾が走る。

「しかし、吉原の馴染みとはまた剛毅ですね」
コビーがやや尊敬の混じった声を出したから、ギロリと睨む。
「まあ、その太夫に話を聞くのが一番早かろう。なんと言う名だ」
「それがまた、三治太夫だってえから驚きですよ。コーザ様は聞き及びでないですか?」
「知らん」
あっさり言うと、ヘルメッポは元よりの垂れ目をもっと垂れさせた。
「はあやっぱり。堅物の・・・いや、清廉なコーザ様には縁遠い場所ですからご存じないのも無理ないでしょうが。三治太夫は大店戎屋の看板太夫で、実は男なんです」
「は?」
コーザは聞き間違えたかと、ヘルメッポに訝しげな目を向ける。
「男ですが、太夫なんです。しかも金の髪に瑠璃の瞳ってえ、そりゃあとてつもねえ別嬪らしいですよ。ひと目見ただけで寿命が三年延びるってえ評判で。そんな売れっ子太夫の馴染みになるってんだから、人斬りもなかなかどうして・・・」
じろりと睨まれ、ヘルメッポは軽口を止めた。
「ともかく、そういうことで話を聞くなら三治太夫なんですが、それが今申し上げた通り売れっ子で格上でしてね。俺らじゃあ話どころか会わせても貰えないでしょう」
コーザはあからさまに嫌そうな顔をした。
つまりヘルメッポは、自分に行けと言っているのだ。
「そのような場所でふんぞり返っている女のような男など、信用できるのか」
「しかし、今のところ人斬りの手がかりはそこにしかありません」
ヘルメッポの代わりに、コビーが生真面目に答えた。
そう言われれば、仕方がない。
「なんとか伝を探って、吉原に行ってみるか」
「お供します!」
すぐさま申し出たヘルメッポに手を振り、コーザはコビーを見た。
「コビー一人で充分だ。お前はおコニの周辺を当たってくれ」
「へい」
不満そうなヘルメッポを置いて、さてどうしたものかとコーザは懐手を組む。
気は進まないが、吉原の太夫に会って話を聞いてみるより他はあるまい。




戎屋の案内を請け負ったエースは顔馴染みだった。
「まさかお前が、ここにいるとは」
「放蕩息子の道楽だと見逃して、目ぇ瞑っててくれ」
驚き目を丸くするコーザに人差し指を立てて、エースはカラカラと豪快に笑った。
慣れた仕種で大通りを案内して歩く。
「まさかあの堅物のコーザが、吉原に足を向けるなんざなあ」
「俺だって来たことくらいはある」
「遊びに、はないでしょ。今回もお勤めかあ、ご苦労さん」
前を行くエースの背中を見ながら、コビーがそっと囁いた。
「こちらは、コーザ様のお知り合いで?」
「ああ見えて、旗本の三男坊だ」
「・・・なんとまあ」
れっきとした武士の息子が酔狂で吉原の案内人だとは、世も末だとコビーは呆れたため息を押し殺して後に続いた。


紹介された戎屋は、なるほど惣籬の大見世だ。
籬の向こうで媚を売る女達に目もくれず、コーザはエースの背中だけを見てさっさと歩いた。
コビーはともすれば立ち止まりそうになる足をなんとか踏みしめて、必死でコーザの後に着いていくのが精一杯で、耳を掠める女の婀娜っぽい笑い声や白粉の匂いに、普段は隠されている官能が呼び覚まされそうで目眩まで感じた。



茶屋に通されると、エースから案内を引き継いだ振袖新造がしずしずと前に歩み寄った。
なるほど、茶屋で見かけたどの娘も、容姿は元より仕種や立ち居振る舞いがどこか品がよく、見世の格式の高さを窺わせる。
この店の看板太夫が男とはどういう趣向なのか、コーザはいぶかりながら通された二階の奥の間に座した。
コーザとコビーが腰を据えたのを見届け、新造が襖に手をかけそっと引く。
「おいらん、お見えでありんす」
薄暗い部屋の中に、行灯の柔らかな光が満ちていた。
意匠を凝らした調度品に囲まれ、豪華な屏風の前に花魁が座している。
コビーは遊女を見るのは初めてではなかったが、その圧倒的な美しさと存在感に目を瞠った。
まず目を引くのは大きく結われた髪の色だ。
艶かしい黄金色をした髷は、行灯の光を照り返し輝きながら渦巻き、多くの簪や笄で飾られている。
そのどれもが地味な色合いながら品良い品で、かなり値の張るものだと素人目にもわかる。
そして小作りな顔も膝の上で合わせた両の手の甲も、まるで薄闇から浮き出るように白かった。
滑らかな陶器のような肌は作り物めいていて、こちらを見つめる両の目の色が透けて見えた。
尋常ならざる美しさと佇まいに、恐れさえ覚えて思わず平伏する。
その隣でコーザはしゃんと背筋を伸ばし、上座にある太夫をしっかと見据えた。

「三治で、ありんす」
ゆったりと頭を垂れると、白銀の簪がしゃらりとかすかな音を立てる。
なるほど、紅を刷いた艶やかな口元から発せられた声は低く落ち着いていて、それが男のものだと納得できる声音ではある。
だがしかし、その姿は輝くほどに美しいとしか言い様がなく、男か女かという問題ではすでにない。
―――もしかしたら、天女かも
ぼうっと見蕩れるコビーを置いて、コーザはしかめっ面しい表情で切り出した。
「南町のコーザというもの。ちと尋ねたいことがあって参った。仕事の途中に申し訳ない」
「お役目、ご苦労様でおんす」
三治太夫は慇懃な態度で少し首を傾けた。
所作や口調は丁寧だが、どこか冷淡で取り付く島もない。
「早速だが、そなたの馴染みに世間で『人斬り』と呼ばれる者がおると聞いたが、相違ないか?」
単刀直入すぎるコーザの問いに、三治太夫は表情を一つ変えぬまま穏やかに笑んで見せた。
「さて。世間の噂はこの界隈には、あまり流れて来ぃしませんなあ」
「おるのかおらぬのか、どちらだ」
それではいきなり尋問ですよと、コビーはハラハラしながら見守っている。
「人斬りかどうかは知りおせんが、あちきの旦那様はそれぞれ大層な方でおすから、中には腕の立つ御仁もおらっしゃるかもしらんせん」
「つまり、知っているんだな」
訳のわからない言い回しにいい加減イライラきて、コーザは語句を強めた。
「その人斬りは、どのような素性でどこに住んでいるのか、教えて貰おう」
コーザの強い口調に怯むこともなく、太夫は袂で口元を隠して低く笑った。
「あちきは所詮、籠の鳥でありんすよ。通ってくださる旦那様が籠の外でどう羽ばたいておりんすか、一向に知らんせん。あちきにとって一夜限りの逢瀬だけが旦那様のすべて。遊里には夢しかありんせん。現世のことは、あちきには夢でありんす」
「人斬りの氏も素性もわからぬと申すか。しかし、差紙があろう」
「思いつきの名前と、その時の住まいしか書いてありますまい」
コビーが口を挟んだ。
その合間にも、太夫は脇息に身体を凭れさせて、紅羅宇の煙管でゆっくりと煙草を吸い付けている。
その仕種の一つ一つが、気だるげで艶めかしい。

「ならば、人斬りの人相くらいはわかろう。特徴のある顔つきをしているのか、身の丈は?風体は?」
「そうさねえ」
太夫は横を向いて、ふうと白い煙を吐く。
「目が二つに鼻が一つ、口も一つあったでありんすか」
コーザが剣呑に目を眇めるのに、くっくと喉の奥で忍び笑いを漏らした。
「もう一つ、よくわかる特徴を教えてあげなんす。面差しだけで言うなら、旦那とよく似ておりんすよ」
「私と?」
嫌そうに顔を顰めるコーザに、太夫はおかしげに目を細めた。
「目の数と鼻・口の数がおんなじ」
はあ、とコーザは大袈裟にため息をついた。
いかにコーザが武家で同心であろうとも、吉原では分が悪すぎる。
「では、その者の名を教えてはくれぬか」
「名前でありんすか?」
人斬りの名は、世間でも知られている。
なぜに今更、三治太夫の口から聞こうとするのか。
「お前の間夫の名だ。なんて呼んでおる」
「・・・ゾロ、と」
ならば人違いではなかろうと、コーザは見切りをつけた。
このような薄暗い化粧臭い部屋で、妖しめいた百戦錬磨の遊女と長々と話していても、らちは明かない。
それならば、聞き方を少しでも多く走らせた方がましと言うもの。

「これで結構。邪魔したな」
あっさりとコーザが立ち上がったので、太夫はやや拍子抜けしたように顎を引いた。
「もうお帰りですか?ゆっくりしていきんなまし」
「そうはいかん。若い娘が死んでいるのだ、調べを急ぎたい」
太夫がはっきりと眉を顰めた。
「若い、娘さんが?」
「小間物屋の看板娘が斬り殺されたのだ。人斬りにな」
す、と音もなく扇を開き、太夫は口元を隠した。
だが伏せた睫に憂いの色が浮かんでいる。
「お前の間夫は、堅気の娘を斬るような男か」
「いいえ」
はっきりと答え、すぐに取り繕うように妖艶な笑みを浮かべる。
「あちきは何度も、極楽に連れて行かれておりんすが」
ふんと鼻で息を吐いて、コーザは太夫を見下ろした。
「あてにはしておらんが、そのゾロとか言うものが見世に現れたら男衆でも通じて知らせて貰いたい。庇い立てしても、ためにはならんぞ」
それからふと、厳しい顔つきを改めた。
「そなたも、血で汚れた金でなど買われたくはないだろう。旦那衆は引きも切らないようだし、身請けの話も無い訳がない。男を見誤るでないぞ」
「ありがとうおんす」
太夫は素直に頭を下げた。
しゃらりと、涼やかな飾り簪の音が立つ。

今度こそ大股でコーザが部屋を出て行くのに、コビーは膝を曲げたまま小走りで追いかけた。
去り際にちらりと目をやると、三治太夫は上座に座したそのままの姿で手を着いている。
豪華な衣装も煌びやかな装具も、それに包まれた太夫自身も、すべてが作り物のように美しく乱れがない。
夢の名残を目の端に焼き付けるようにして、コビーは廊下に出た。




新造に送られ茶屋を出て、途中でエースから刀を受け取り帯刀してはじめて、ほっと肩の力が抜けた。
緊張を解いたコーザに、エースがにこやかに笑いかける。
「どうだった、三治太夫は」
「すごかったです。あんな人、ほんとに生きてるんでしょうか」
代わりに答えたコビーは、まだ夢を見ているように目元をぼうと潤ませていた。
「コビー親分には、ちょっと早いんじゃないかな」
「そんなことありません。というか、あの花魁は別格ですよ」
すでに、男とか女とかそういう次元のモノではない気がする。
「本当に、あんな人がいるんですねえ。お座敷に呼んで華を添えてとか、そういうものじゃない気がする」
ただの金持ちでな、あの遊女は使いこなせまい。
「で、収穫はあったのか」
「なかったな」
今度はコーザが即答し、不機嫌そうに口をへの字に曲げた。
「確かに、あの遊女が只者でないことはわかったが、人斬り風情にあれが買えるのか?もしかしたら何か縁があるのかもしれないが、問いただしたところでのらりくらりとかわされて、煙に撒かれて仕舞いだ」
「コーザには、苦手な分野かもね。でも、ほんとはサンちゃんすごく健気で優しい、いい子なんだよ」
「お前にかかれば、大概の者はいい子だろうさ」

大門まで送りがてら、エースは袂に腕を引っ込めてひょいひょいと軽い歩調でついてきた。
「ところで、堀川通りの殺しは人斬りが下手人だって?」
「そうだ」
「なんでまた、そう思ったの」
「娘の身体に残った傷だ。前に人斬りの仕事とされた商人の傷と、同じものであったからな」
「・・・それは、疑いようがないね」
そう言いながらも、エースは生真面目な顔つきを作って首を傾げた。
「でも、人斬りが娘を斬るかなあ」
「金のためなら誰でも斬るだろう。所詮、人斬りだ」
コーザはそう言い残し、吉原を出た。
家で待つビビが、無性に恋しくなった。



清掻が鳴り響く小路を虫籠窓から見下ろしながら、サンジは桟敷に肘を着いた。
「それほど、面が俺に似ていたのか?」
奥の座敷から、低い声が響く。
サンジはふっと笑って吸い付けた煙管を置き、蛹から孵るように内掛けを脱ぐ。
「似てるかどうか、お前の目で確かめて見ればよいものを」
「気配は察していたやも知れんな」
緋色の布団の上に、ゾロは手枕をしてゆったりと寝そべっていた。
衣擦れの音をさせて、サンジはするりとその懐に身体を滑り込ませる。
「目と鼻の数以外にも、似たところはあったかもしれない」
「なら、お前の好みと言うところか」
片袖を肌蹴け、剥き出しの肩に彫られた紅蓮の炎を指で辿りながら、サンジは妖艶な笑みを浮かべる。
「生憎、俺の好みは粋で洒脱で金払いのいいお大尽だ。こんな堅物はお前一人で充分さ」
「俺が堅物か?」
面白そうに目を眇めるゾロの腕から脇腹、下腹へと手を這わせ、悪戯っぽく瞳を煌かせる。
「ほら、こんなに・・・」
「この野郎」
綺麗に結われた髷を傾け、白いうなじに手をかける。
唇を吸い柔らかく食めば、細かく震える頤が差し出されるようにゾロの頬を撫でた。

「ゾロ・・・」
「なんだ?」
答える声は、あくまで優しい。
「お前が、娘を斬ったのか?」
サンジの問いに、ゾロは口の端だけ上げて襟元から手を差し込んだ。
「そうなら?どうする」
「・・・・・・」
口調とは裏腹に、平らな胸を乱暴に弄られてサンジは吐息を零しながらゾロの背に腕を回した。

清掻の音色が、遠ざかっていく。



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