知音 -6-


「交差点曲がったか?そうすっと、後は道なりにまっすぐだ。ああ、気を付けて」
そう言って携帯を切り、ゾロは顔を上げた。
「もうそこまで来てるみたいです」
「うし、誰か外出て誘導してやれ。大型用の駐車場は押さえてあるから」
「おいーっす」
スタッフが一人、表に出て行った。
ゾロはその後ろ姿にぺこりと頭を下げる。
「手間取らせてすみません、電車で来ればよかったんですが」
「総勢24人の大所帯だろ、そりゃあバスの一台も貸し切るってもんだ」
すげえよなあとパティが目を丸くしている。
「還暦とか喜寿とかでも、こうやってお祝いしたのかい?」
「喜寿はしましたね、そん時は近所のホテルで宴会場を借りました」
「近場のホテルならそれぞれ集まるのもいいけど、今回はちょっと足を伸ばしてわざわざうちを利用してくれたんだ、しかもバスまで借りて」
ありがてえよなと、スタッフ達の準備にも気合が入る。

「それに、電車だと必ず写メを撮られるんで」
「あー・・・」
サンジは横から、さもありなんと言った風に頷いた。
「今の時代、ブログとかツイッターに即UPされちゃいそうだな」
「下手すると動画撮られてyoutubeに晒されるかもしんねえ」
「それシャレになんねえ」
おお怖いと、顔を見合わせて肩を震わせる二人に、大袈裟だなとカルネが笑う。
「いくら大所帯の親族でも、バラバラに乗ってりゃそんだけ注目浴びねえだろ」
その言葉に、ゾロとサンジはひたりとカルネに視線を合わせた。
が、二人とも何も言わない。

「・・・なんだよ、俺なんか変なこと言ったか?」
「いえ」
「その内分かるよ、うん、その内」
無表情に呟くサンジの背後で、窓越しにマイクロバスが通り過ぎたのが見えた。

「ご到着のようだぞ」
「駐車場からはすぐだからな。お前ら出迎えろ」
まだエプロンを身に付けたままのサンジを、パティがせっつく。
「お前も、今日はお客さん側なんだからとっととそれ外せ」
「同席しねえと失礼だぞ」
そうだそうだとスタッフ達からも声が上がり、サンジは渋々エプロンを外した。
ゾロと二人して、どこにいていいかわからずウロウロと歩き回る。
「てめえらちったあ落ち着け、そこでじっとしてろ」
「う・・・」
「うす」
ゼフに一喝され、戸口の横に並んで立った。

何人もの人影が生垣の向こうから現れ、パティがタイミングよく扉を開く。
「いらっしゃいませ、ようこそバラティエへ」
高らかにそう告げ笑顔を向けると、そのまま固まってしまった。





「こんにちは、この度はお世話になります」
ゾロ父がゆっくりと頭を下げる。
そのまま道を譲るように身体を傾けると、ゾロ母に付き添われたゾロ祖父が入ってきた。
「いつも孫がお世話になっております、本日はよろしくお願いいたします」
矍鑠とした様子で、年を感じさせない綺麗な姿勢で一礼する。
その雰囲気に圧倒され、スタッフ全員が慌てて腰を折った。
ゼフは一歩進み出て、両手を膝に当て深々と頭を下げる。
「この度はおめでとうございます、サンジの祖父です。いつもお世話になっております」
「こちらこそ、ありがとうございます」
再び礼をするゾロ祖父の後ろから、ゾロ伯父が顔を出した。
「やあ、本日はお世話になります」

続いてゾロ叔父が背後から皆を促す。
「入り口が詰まってるぞ、進んだ進んだ」
ゾロ長兄とゾロ次兄が並んで入り、ゾロ姉が華やかな声でサンジに駆け寄った。
「サンちゃんお久しぶり、元気だった」
「お姉さんこそ」
「サンちゃんこんにちはー!」
「ゾロ兄、久しぶりー」
その後、ゾロゾロと子ども達が入ってきた。
兄嫁に抱かれた赤ん坊、よちよち歩きの幼児、元気な小学生、少し照れくさそうな中学生、堂々とした高校生、落ち着いた大学生と社会人。
ゾロの従兄弟連中が最後に入り、改めて確認する。

「全部で24人、ちゃんといるか?」
「ひいふうみい・・・」
「バディ組んどきゃよかったな」
「みんな、家族だけは責任持って確認しろよ」
長兄が頭数を数え、よしと向き直った。
「本日はお世話になります」
「で、どこに座ったらいいんですかね?」
客人を立たせたまま待たせていたことにようやく気付き、パティははっとして身動ぎした。
「あの、こ、ちら・・・でっ―――」
げふっといきなり喉がつまり、真っ赤な顔をして咳き込んだ。
「大丈夫ですか?」
「ゲフッ、いや、あの・・・グフッ、ひうっ・・・うぐぐ」
咳をしながらどんどん呼吸困難になってきて前のめりになるパティに、サンジが慌てて駆け寄った。
「おい、どうし・・・」
言いながら顔を上げ、スタッフの誰とも目が合わないことに気付く。
それぞれがてんでバラバラな方向を見つめながら、必死になにかを耐えていた。
握り締めた拳がぶるぶると震え、首筋の血管が赤く腫れ上がって見える。
これはまずいと咄嗟にゼフへと視線を移し、瞠目した。
ゼフも、目の焦点が合っていない。

「こちらです、ご案内します」
すっかり放っておかれた状態のお客様を誘導すべく、サンジは先に立って案内した。
「お祖父様はどうぞこちらへ」
テーブルを長く形作って設えた場所で、椅子を引く。
まさしくゾロ祖父はお誕生席に。
以降、ゾロ父を先頭に順番に上座に着いて行く。
「さあ、皆さんが着席しましたよ」
わざと弾んだ声を出すサンジに合わせ、ゾロも朗らかにスタッフに呼びかけた。
「それでは、本日はよろしくお願いします」
なんとか取り繕おうとする二人とは裏腹に、スタッフ達は微動だにできない。

蹲って咳き込んでいたパティが、額に青筋を立てながら表情を引き締めた。
すっくと立ち上がり、ひゅうと息を吸い込む。
「・・・や、ろーぉどもぅっ」
見事に声が引っくり返り、それを皮切りにもうダメだ!とどこからか声がした。
そのまま、轟音のような爆笑が店内を満たしてしまった。





「も、申し訳ありません」
もはや、ゼフは平身低頭だ。
さすがにゼフは声を上げて笑いはしなかったものの、スタッフ達が笑いの発作に見舞われている間、ずっと虚空を睨み付けて諌めることができなかった。
いくらゼフでもこれは無理だ仕方がないと、ゾロとサンジが慰めようなら自害しかねない勢いで猛省している。
「大変、失礼なことを―――」
対して、祖父さんは朗らかに笑い飛ばす。
「いやいや、こちらは慣れっこですよ。寧ろよう耐えられた、たいしたもんです」
その物言いに、立ち並ぶスタッフの後方からぶほほっと異音が立った。
途端に、この野郎馬鹿野郎とよってたかって足蹴にされている。
とは言え、足蹴にしている者たちも怒りではない高揚で顔が真っ赤だ。

「私達はもうお互いに慣れて、そう意識はしてないんですけどねえ」
「揃って出歩くのはお盆とお正月くらい、しかも近所ばかりでしたから、周囲も見慣れているし」
「でもやっぱり、授業参観はいつでも言われるよ」
「後で盛り上がるし」
「入学した時点で言われるよなー」
慣れた大人達より、やはり子ども達の方が色々とありそうだ。
それでも、誰もそれを不愉快だと感じてはいない空気がある。
それがゼフ達にとって唯一の救いだ。
そうでなければ失礼過ぎて、顔向けできない。

「私達は却って、一緒に連れ立って歩くのが楽しいんですよ」
そう言うのは、兄弟のお嫁さん達。
「皆さんの反応も、実は楽しみにしてました」
「予想以上にクリアで楽しかったです」
「ねー」
「ねー」
血族以外は暢気なものだ。
しかも面食い一族だからどれも美麗で、大変な目の保養になる。

ゾロ顔+美女と言う極端な集団をざっと見回し、ゼフは今度こそスタッフ達に発破をかけた。
「さあ始めるぞ、野郎ども!」
「おう!」
まるで討ち入りでも始めそうな掛け声と共に、スタッフ達は素早く動き始めた。





作業に入ってしまえば、そこはプロだ。
すぐに雑念を払って料理に打ち込み、手際よく捌いて行く。
「皆さん、乾杯の準備はいいですか?」
ロロノア家の好みは一律で日本酒だったが、祝杯はサンジが選んだワインで行った。
子ども達はフレッシュジュース。
ピカピカに磨かれたグラスを掲げ、おめでとうの合唱と共に軽く合わせる。
「おじいちゃま、おめでとう」
「これからも、長生きしてね」
可愛らしいひ孫の祝福に、ゾロ祖父は好々爺然として目を細めた。

料理の途中からは、サンジの親族としてゼフも着席し親交を深める。
「紹介がまだでしたな、改めて失礼します」
そう言いながら、ゾロ父は自分の正面に手を掲げた。
「向かいにいるのが兄で、本来は跡継ぎの筈でした。私は次男なのですが、兄は仕事の都合でずっと海外に住んでおりまして、あちらで結婚して居も構えましたので私がロロノア家を継ぐことになりまして」
そう言われて改めて見れば、ゾロ伯父の奥さんは少しオリエンタルな顔立ちだった。
息子は3人とも、実に男前なゾロだった。
全員成人していて家庭も持っている。
住んでいる国もバラバラだが、今日は米寿の祝いのために海外から駆けつけたのだと言う。
「続いて、こちらが弟です」
―――もう、見ればわかります。
誰しもが内心で突っ込みたかったが、押し黙った。
正月に会ったときと同じように、ロン毛にジーンズのチョイ悪ゾロの隣には、艶やか美女の奥さんと3人の美人姉妹。
揃いも揃って美しいのに、3姉妹はやはりゾロだった。
「そして私の息子、向かって長男・次男・長女です」
38歳ゾロと35歳ゾロ、34歳ゾロ姉がぺこりと頭を下げる。
それぞれに伴侶がおり、ゾロ兄には息子が3人、ゾロ次兄には息子と娘が1人ずつ、ゾロ姉にも息子が3人だ。
小学生のたかし君とまさお君が、サンジに向かってピースをして見せた。
当然、二人ともチビゾロの笑顔で。
ゾロ次兄の奥さんが抱いている赤ん坊は、眉間に皺を寄せた気難しい表情で眠っていた。

「ぶほっ」
震える手で給仕をし終えたスタッフが、再び怪しい咳き込みを見せる。
どう押さえ込んでいても、ふとした拍子に発作的にツボに入るらしい。
こうなると止まらないので、他のスタッフが飛んできて首根っこを捕まえて控え室に押し込みゲシゲシと足蹴にした。
けれど次のスタッフもすでに腹筋が限界で、取り澄ました表情を保っていても頬は紅潮し小鼻が膨らんでいる。
「我慢してなくていいですよ、寧ろ小出しにして終始ニヤニヤしていた方が長持ちします」
ゾロ祖父がそんなアドバイスまでするから、もう厨房ではあらゆるモノが壊れる音がした。
器物損壊も甚だしいが、どこかでエネルギーを発散させないと耐えられない。
パティなど、先ほどから涙が止まらず号泣状態だ。
そんなスタッフ達を睨み付けるゼフの白目も血走っていて、噛み締め続ける奥歯がギリギリ軋む音がサンジにまで聞こえた。

「でも、本当のところあまりいい気分じゃないんじゃないかと思うんです。その、よく似てらっしゃるお顔、が、注目されるのは」
サンジが言葉を選びながら、つっかえつっかえ話を振った。
「そうでもないよ」
ゾロ父が、にこやかな笑顔でさらりと答える。
大人の風格と言うか、年季の入った渋みと言うか。
惚れ惚れするような男っぷりだ。
「当人である我々は、お互いの顔を見て似ているとはあまり思わないし、生まれた時からこの顔だからたいした感慨も持たないしね」
「ガキん時からおんなじ顔だと言われ続けたけれど、兄弟だからそんなもんだと思っていたね」
ゾロ伯父の言葉に、ゾロ叔父も頷く。
「似てるからって反発も感じなかったし、子ども達だって親子なんだから似るのは当たり前だ」
「父に似てると言われて、特に嫌な気はしないわ」
お互いに顔を見合わせて「ねー」と頷き合う姿には、家族や親族と言うより、本当に“一族”を感じさせる絆があった。
仲がいいとか言うのとはまた違う、同族意識か血族ゆえの結束か。
サンジがそんな様子に戸惑っていると、兄嫁がこっそりと耳打ちしてくれた。
「結局、みんな自分の顔が気に入ってるのよ。ぶっちゃけ、ナルシストなの」
「―――あ」
サンジは口をポカンと開けて、そっと横目でゾロの顔を盗み見た。
ゾロは、なにを今さらと言った風に知らん顔で食事を続けている。
「・・・なるほど」
大いに納得して頷くと、兄嫁も「ねー」としたり顔で微笑んだ。




next