知音 -4-


ナミの流暢な挨拶と、ルフィの「宴だー」の号令?と共にパーティは始まった。
招待客は身内感覚の親しい関係者ばかりのようで、雰囲気は気さくで和やかだ。
遅れてやってきたコビーとヘルメッポは少し気後れしたようだったが、ゾロ達の姿を見て安心したのか、人混みを縫うように軽い足取りで歩み寄る。
「なかなか本格的なパーティですね」
「こういう雰囲気、久しぶりだよなあ」
はしゃいだ声を出す二人とは対照的に、ウソップとカヤは壁際の椅子に座ってすっかり読書に没頭してしまっている。
「サンジ君のお口に合うかしら〜って、こんなとこで読まないでよもう!」
改めて挨拶にやってきたナミに背中をどやされ、ウソップはワタワタと椅子から転げ落ちそうになった。

「ウソップ工房の進捗具合はどう?」
「おう、地元の大工と色々と相談してな、ゆっくり進めてる。移り住むのは来年の春、あったかくなってからって決めたんだ」
「地元の大工って、最近見かけねえおっさんが来てるみてえだけど」
ヘルメッポの指摘に、ウソップはおうと頷いた。
「あのトムズ・ワーカーから独立して新会社立ち上げたってえ新米社長がな、シモツキの棟梁と知り合いでさ。俺も社長とは面識あったからなんて偶然っつって、棟梁通じて仕事頼んだんだ」
「・・・なんか、すげえリーゼントで見た目変わった人っぽいけど」
「見た目どころか中身もぴかイチだぜ。すんげえ設計して、しかもそれがとんでもなく実用的だったりすんだ。なんせトムズ・ワーカーから独立する時『うちの看板名乗るな』と釘刺されたくらい独創的らしいぜ」
「それ、破門って言うんじゃあ・・・」

ウソップとヘルメッポの漫才を聞き流して、ナミはカヤの手から本を取り上げる。
「また持って帰ってゆっくり読んで。勿論ウソップ工房にも置いてよね」
「すごく面白いです、診療所の皆さんにも宣伝しますね」
「待合室や病棟にも置いてくれない?それと和々と産直事務所と・・・そうそう、シモツキ駅にも置いてもらおうっかなあ」
勝手に算段し出したナミに、相変わらずだなとゾロが苦笑する。
「それ全部、寄付だろ」
「馬鹿も休み休み言って。勿論お代は徴収します、お店に置いて貰う分も全部買い取りよ」
「鬼だ・・・鬼がここにいる」
ガクブル震えるコビーの隣で、サンジは本の裏に書かれた定価を見つめ脳内で暗算していた。



「遅れてごめんなさい」
照明が落とされた薄暗い入り口から、すらりとした影が現れる。
ナミが気付き、両手を挙げて駆け寄った。
「ロビン、忙しいところありがとう」
「おめでとうナミ」
長身のナミが見上げるほどに高い、スタイルのいい美女が立っていた。
サンジはすぐさま目をハートにして、くねくねと身をくねらせる。
「なんというゴージャス美女!ナミっすわん、お近づきになりたーい!」
「サンジさん・・・」
「久しぶりに見たな、こういうサンジ」
呆れているウソップ達の視線などものともせず、サンジはくるくる回って女性の横に立った。
「初めまして、シモツキ村からきた貴女のサンジです」
「初めまして」
本当なら頭の中が「???」となるような自己紹介なのに、女性はまったく動じず笑顔で切り替えしている。
只者ではない。
「こちらはニコ・ロビン。出版社の担当さんなの」
「じゃあオハラ社の・・・」
ウソップが言えば、ロビンは視線を移してにこりと微笑んだ。
「ええ。ウソップさんね、初めまして」
さすが出版業界と言うべきか、ウソップは知られているようだった。
ウソップの鼻が普段より数ミリ高く見える。
「この本を出版するように助言してくれたの、ロビンだったのよ。元々お天気キャスターしてた頃からの知り合いで、旅先からメールを送ったりしてたのね。そうしたら、面白いって言ってくれて・・・」
「ナミから送られて来るメールが毎日とても楽しみだったの。このまま埋もれさせておくには勿体ないと思って」
「まさに名作誕生秘話ってとこだな」
ナミは、へーほーと憧憬の眼差しで見つめるコビー達の後ろでビールを呷っているゾロを手招いた。
「こっちが私の友人でゾロ、とその他。みんな田舎で農業をやってるのよ」
「その他かよ!」
一斉に湧き上がったブーイングに、ロビンが肩を揺らす。
「ナミからお話は聞いてるわ、農業の未来を背負って立つ頼もしい若者達って」
「いやあそれほどでも」
途端に相好を崩すヘルメッポの隣で、サンジもでれでれと鼻の下を伸ばしている。
「そして素敵なレストランのコックさんね。素材を活かして素晴らしいお料理を作っていると評判だとか」
「いやーそんなことないよーロビンちゃん」
馴れ馴れしくも「ちゃん」付けだ。
「なにより、ゾロが作る野菜の味がいいんだよ。すっげえ力強くてアクも強くてさ、風味が抜群なんだ」
「そうなの・・・ご馳走様」
ことさら丁寧にそう言われても意味がわかっていないサンジの後ろで、ゾロは軽く額を押さえていた。
その横ではウソップ達がニヤニヤしている。
「ロビンちゃんにもぜひご馳走したいなあ」
「嬉しいわ、機会があったらぜひ」
はしゃぐサンジに呆れつつ、再び輪の中から外れて壁の傍に立つゾロになぜかナミがついてきた。
二人並んで壁に凭れ、軽くグラスを合わせる。

「こうやってゾロと飲むのも久しぶりね」
「主役がこんなとこにいて、いいのかよ」
「ちょっと一休み、よ」
フルートグラスを傾けて、ふうと息を吐く。
「ロビンのこと、どう思った?」
「ああ?」
突拍子もない問いかけに、軽く片目を瞠る。
「別に・・・ああ」
思い付いてグラスを持った手を少し掲げる。
「久しぶり、だな。ああいう顔は」
「あら、あんたが女性の美醜に言及するなんて」
「んな訳ねえだろ」
苦笑して、言葉を選ぶように視線を漂わせながらグラスを顎に当てた。
「んなもんじゃなくて、なんつうんだ。笑ってんのに笑ってねえ、そういう顔だ」
「ああ」
思い当たるのか、ナミはゆっくりと頷いた。
「久しぶりに見た」
「そうね、都会じゃ結構いるもんね」
言ってシャンパンを口に含み、グラスに唇を付けたままふふ、と笑う。
「私、ロビンと同じような顔をしていた人を知ってたわよ」
「あ?」
「サンジ君」
じっと見つめるナミに、ゾロはゆっくりと振り返る。
「以前のサンジ君。あんたと出会う前の彼は、あんな顔していたわ」
「・・・まさか」
笑いかけて、ふと表情を改める。
「そうだったか?」
「そうよ、いっつもニコニコへらへらして愛想の塊みたいだったのに、やっぱり私には笑って見えなかった」
「・・・そうか」
そうだったかと思い出してみても、ゾロにはよくわからなかった。
今のゾロが過去に遡ってサンジを見たら、あるいはわかるのかもしれない。
けれど当時は、随分軽薄っぽい奴だなとしか印象が残っていない。
「サンジ君、変わったわとっても」
「・・・」
「あんたのお陰よ、ありがとう」
驚いてナミの横顔を見る。
ナミは澄ました顔でサンジを見つめていた。
とうのサンジは、カフェのママを紹介されて再び全身をくねらせていた。
傍から見ればアホのタコ踊りにしか見えない間抜けっぷりだ。
「さてっと」
ナミは壁から背中を離し、ゾロに振り返る。
「そろそろ戻りますか。主役は忙しいの」
「おう」
「じゃあね」
「おう」
なんとなく礼の一つも言いたかったが、ここでゾロがナミに礼を言うのもおかしな気がして結局黙っていた。
一人でグラスを傾けていると、店の照明が落とされて突然音楽が鳴り響く。
「ここで特別ゲストの登場です、歌っていただきましょう魂の叫び、ソウルキング!」
おおおと地鳴りのような歓声が沸き起こる。
思わぬ大物ゲストの登場に、ウソップ達は文字通りその場で飛び上がっていた。

「皆さーん、パンツ見せていただいてよろしいでしょうかー!?」
割れんばかりの拍手と、耳を劈くような大音響の伴奏。
照明は色を変えてチカチカと点滅し、その場は一気に興奮の坩堝と化した。
「すげーなあゾロっ!」
いつの間にか、サンジが肩に抱きつくようにしてへばりついていた。
興奮のためか酒に酔ったのか、顔が赤く息も荒い。
柔らかな髪が乱れて、ところどころぽわぽわと逆立って見えた。
「すっげえナミさん、ルフィもすげえ」
「楽しいか?」
「ああもう、最高!」
サンジに肘を掴まれて、前列へと引っ張り出される。
身軽に飛び跳ねるサンジの隣で、ゾロも手を叩いた。
その手の叩き方がおっさん臭いと再び笑い、ウソップやヘルメッポと縺れるように肩を組んで踊っている。
心から笑って、心底はしゃいで。
楽しいと嬉しいと、全身で喜びを表すサンジの姿を見ることの方が、ゾロには楽しかった。



賑やかな特別ゲストで盛り上がり、二次会は隣のゲイバーへと流れた。
久しぶりの都会の空気に弾け過ぎたか、サンジはいつの間にかカウンターに突っ伏して居眠りを始め、ゾロは自力での帰宅は困難と判断してタクシーを呼んだ。
時間的には少し早いが、明日もあることだしとルフィとナミに断りを入れ、担ぎ上げたサンジをタクシーの後部座席に放り込んだ。
「またねサンちゃん、絶対遊びに来てようん」
「おー、ボンちゃんも絶対来いよー」
サンジは寝惚け眼で起き上がり、なぜか意気投合したオカマと窓越しに抱擁を交わしてそのまま座席にひっくり返った。
「お先に」
「おう、気をつけてな」
「おやすみなさい」
ウソップ達に見送られ、会場を後にする。
すでにぐなんぐなんなサンジの身体にシートベルトを巻き付けて、ゾロは座席に深く座って凭れ掛かった。
サンジほどではないが、ゾロも軽くはしゃぐ程度には楽しい夜だった。
たまにはこんな日も悪くないと、一人にやけそうな口元を意識して引き締める。



バラティエに着くと、時間が早いのが幸いしたかまだ階下の明かりが点いていた。
支払いを終えてサンジを抱え、玄関のチャイムを鳴らす。
足の不自由なゼフに鍵を開けて貰えるのかどうか、一瞬迷ったが、すぐにかちゃりとロックを外す音がした。
「おう、お早いお帰りだな」
「ただいま帰りました」
ゾロの背中にぐったりと凭れ掛かったサンジを見上げ、ゼフは太い眉毛を一層顰める。
「・・・たく、酒に飲まれやがってヒヨっこが」
「大丈夫です、ちょっと足に来た程度で」
ほらしゃんとしろとばかりに、後ろ手で背負ったサンジの尻を叩いたが無反応だ。
適当に靴だけ脱がせて、背負ったまま家に上がった。
「風呂はいいだろ、そのまま布団に入れちまえ」
「ええ」
シモツキで、なら一緒に風呂に入って世話が焼けるが、ここではそうもいかない。
ゼフに言われた通り2階へと連れて行き、上着を脱がせベルトを外し、靴下だけ脱がせてそのまま布団の中に入れた。
サンジはくうと一つ大きな息を吐いたが、目を覚ます気配もないまま枕に顔を埋めている。
乱れた前髪をそっと直してやり、ゾロは腰を上げた。
階下に下りれば、台所にゼフの姿があった。
車椅子のタイヤを軋ませながら、茶を煎れてくれている。
「世話掛けたな」
「いえ」
ぺこりと頭を下げテーブルに着き、いただきますと湯飲みに手を伸ばした。
「風呂は沸いてる、俺はもう寝るから後は好きにしろ」
「あの・・・」
行きかけたゼフを、ゾロは躊躇いながら呼び止めた。
「なんだ」
「少しいいですか?」
「手短にしろ、年よりは夜が早えんだ」
不機嫌そうに返事しながらも、車椅子を操ってゾロに向き直る。

「あいつのことですが」
「それしかねえだろ」
ゼフの突っ込みに苦笑しつつ、ゾロは思い切って切り出した。
「突然気絶するようなこと、前からあったんでしょうかね」
「・・・」
ゼフはゾロの顔を凝視し、しばし固まった。
考えているのではなく驚いているのだと、その目の色を見て気付く。
「ないんですか?」
「ちょっと待て、そりゃあなんの話だ」
珍しく狼狽した様子で、片手を宙に挙げる。
「突然、気絶だと?」
「はい」
「なんでだ」
まさかそれを、ゼフから聞かれるとはゾロも想定していなかった。





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