ナスの日(ちびナスver)



「今日の献立、鶏とナスの揚げ煮〜?」
「ナスかよー」
「俺、ナス嫌い」
給食係が配膳を進める中、食べ盛りな中坊達のボヤキが聞こえた。
「なに言ってやがんだてめえら、ナスの旨さがわかんねえとはガキだなあ」
給食当番のサンジは、マスクを顎まで下げて下唇を突き出す。
「ナスは煮てよし焼いてよし、油との相性も抜群だし栄養だって高いんだぞ」
「えー、だってまずい」
「どこがまずいんだよ!」
「まずいって」

机に突っ伏して寝ていたゾロの耳にも、ぎゃあぎゃあ言い合うサンジの声が嫌でも飛び込んできた。
うつらうつらしながら、やけにナスの肩を持つな…と聞き流して、はっと起き上がる。

そう言えば、サンジは祖父に「ちびナス」と呼ばれていたっけか。
小さい頃から見知った仲だが、小学校低学年の時はお互いの家を行き来するほど親しくはなかった。
それがいつの間にか一緒につるむようになり、今では稽古のない日はサンジの家に「帰る」のが日常になってしまっている。
一体なにがきっかけでそうなったのか、ゾロは覚えていない。

ともかく、たまにレストランで手伝いをするサンジを見かけると、オーナーやスタッフ達に「ちびナス」と呼び掛けられていた。
本人はそれがよほど嫌らしく、言われる度に「ちびナス言うな!」と怒鳴り返しているが、大人の男達は意に介さない。
なんとなく、仲がいいもんだ・・・とゾロでさえわかった。

「ナスの良さがわかんねえなんて、ガキんちょとは付き合ってらんねえぜ」
配膳を終えたサンジが、ぶうぶう呟きながらゾロの隣に着席する。
「てめえは、何でも食うよなあ」
「ああ、俺はナスが好きだ」
何の気なしにそう答えたら、周囲の友人たちが「さっすが」「おっとな〜」と囃し立てた。
が、肝心のサンジは何も答えず、唇を尖らせたまま横を向いている。
髪から覗く耳がやけに赤くて、ゾロは変な奴だと改めて思った。



ぐる眉、ダーツ、素敵眉毛、エロコック。
小さな頃は、ぐるぐると呼んでいたっけか。
おかしな呼び名を使うと、その度真っ赤になって怒るから面白かったのだ。
その点は、自分でも少々いじめっ子気質だなと思わないでもない。
サンジが本気で嫌がるならいつでも止めるが、向こうもムキになってゾロにおかしなあだ名を付けるからあいこだと思う。
そうしていつしか、サンジの名前を呼ぶことはなくなった。
もしかしたら最初から、呼んでいなかったのかもしれない。
ともかく今さらだから、この先も多分呼ぶことはないだろう。




学校からの帰り道、いつもサンジはゾロのほんの少し前を歩く。
ゾロが前に立つとどこに帰るかわからないからだと理由付けていたけれど、ゾロはサンジの髪が夕焼けにキラキラ煌くのを見るのが好きだから都合がいい。
今日は少し帰るのが遅くなった。
究極に腹が減っている。
家に着いてからおやつを作るのも面倒だろうし、たまには立ち食いしようぜと誘おうとして立ち止まり考えた。
ぐる眉とか、コックとか。
いつものあだ名じゃない言葉で、呼び止めてみようか。


「ちびナス」
「――――?!」
サンジは弾かれたように振り向いて、真っ赤な顔でゾロを凝視した。
言ったゾロもゾロで、なんだか耳の辺りがかーっと熱くなる。

二人ともしばし無言で、お互いに夕日より赤い顔をして見詰め合っていた。
「・・・悪い」
「いや・・・」
気まずげに視線を逸らし、何事もなかったように再び歩き出す。

“ちびナス”という言葉の響きには、思っていた以上に深い愛情が籠められているのだと。
お互いに気付いてしまった中2の夏。





End