天使の日


ゼフが商店街の慰安旅行で留守だと言うので、泊まりに来た。
「お前も行けばよかったのに」
「どうせジジイばっかりの温泉旅行だ、何が嬉しくて行くんだよ」
ぶちぶち言いながらも、サンジはゾロのためにせっせと夕食を用意してくれている。
ゾロにすれば、晩御飯までサンジの料理が食べられて、しかも朝までゆっくりできるんだからお泊り大歓迎だ。
だが、そう言っていられたのも前回までで。
今日は、と言うか今回は。
お互いに気持ちを告白し合い、晴れて恋人同士になってからの初めてのお泊りだから、いつもとは勝手が違う。
ぶっちゃけ、さきほどから妙に落ち着かなくてソワソワする。

「お味噌汁、お代わりあるぞ」
「貰う」
「ゾロ、魚綺麗に食べるな」
サンジは一見いつも通りだが、妙に世話を焼きたがりいつにもまして口数が多いから、彼なりに緊張しているようだ。
「現国のパガじいが、こないだも廊下でさ・・・」
先々週の話題にまで遡って、なんとか会話を続けている。
が、ゾロがみそ汁を啜っている時にテレビから流れるお笑い番組で馬鹿笑いが響いて、サンジの意識が一瞬逸れた。

「――――――・・・」
「・・・・・」
音声は賑やかなのに、どこか沈黙が重い。

「あ、天使だ」
「は?」
何を言い出すのか、このひよこ頭は。
「あのさ、普通に喋ってる時にふっと会話が途切れて沈黙が流れる時があるんだよ。そういうの、天使が通ったって言うんだぜ」
全然普通じゃないだろうが、と思ったが口に出して突っ込まない。
「だから、今のはきっと天使が通ったんだ」
「へえ・・・」
「だからな、廊下にみんなが集まってる時にさー」
ゾロが、湯呑を前に差し出した。
サンジがそこにお茶を注ぐ。
「―――――」
「―――――」
CMの曲が、二人の間に虚しく流れる。

「今のも、天使か?」
「そうそうそう」
カチャンと音を立てて、急須の蓋が落ちた。
拾おうと手を伸ばしたら、先に蓋に触れたゾロの手に重なった。
ぱっと手を引っ込めて、それからバツが悪そうに意味もなく服で手を拭う。
テレビは再びコントを始めたのに、なんでだか居間の空気は重い。

「お茶、変えるか」
「まだ香りはいいぜ」
「―――――・・・」
「―――――・・・」
今日は天使が多いな、と思ったが口には出さなかった。

「飯食ったら、風呂入ろうぜ」
「あ、ああ」
「久しぶりに、一緒に入るか」
「ひ、さしぶりってっ・・・」
さすがに真っ赤になって、サンジはゾロを振り返った。
「ガキじゃねえんだから、なんだよ一緒に風呂って」
「ああ」
ゾロはずずっと茶を啜った。
「ガキじゃねえから」

「―――――・・・」
「―――――・・・」
「―――――・・・」



たくさんの天使が、息を潜めて見守っている。


End


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