天使の唇 <nekorikaさま>


通学路の途中に出来たカフェ
そこのマスターはまさに天使


日射しを浴びてきらきらと光る、さらさらの金の髪
細く、しなやかなその指
白く、劣情を覚えざるを得ない肢体
まるで透き通った美しい海を思わせるような蒼い瞳
そして店の名前と同じく、天使のそれを思わせる唇・・・・

例え・・・・その唇から流れ出すのが耳を疑うような言葉だったとしても・・・・・
マスターは天使なのである

誰が、何と言おうと・・・・・・




Une levre d'un ange 〜天使の唇〜
− 弥生・三月・夢見月 −






通常一番忙しい時間は、お昼のランチタイム。
それはどこのカフェに共通することだ。
続いて皆が優雅に美味しいお茶とデザート、取りとめのないおしゃべりを楽しむ午後のティータイム。
いつも客足が後を絶たない人気店だとはいえ、それはここ”天使の唇”でも例外ではなかった・・・・・・筈である、多分。


閑話休題・・・・・



見目麗しく、働き者と評判のマスターが一人で切り盛りしていたこのカフェにバイトが入ったのは、そんなに前ではない。
バイトの名はロロノア・ゾロ。
この近くの学校に通う、一男子高校生。
緑の髪に厳つい体つき、鋭い眼光、加えて高校剣道日本一。
そんな御大層な肩書さえ持つ、どう見てもこんなお洒落なカフェには不似合いな彼がここでバイトするに至ったのは当然訳がある。


元々カフェのあった場所はいかにも頑固そうな親父が一人で営む、貧乏且つはらぺこ欠食児童にすこぶる優しい大衆的な食堂だった。
それが彼の突然の現役引退により、店はみるみるうちに以前の面影もないほどお洒落なカフェへと変貌を遂げ。
そのさりげない恩恵に預かっていたゾロは、大切にしていたものにとって変わったような新しい存在が何処か許せなかった。
・・・・・例えそれがこどもじみた、純粋で傲慢な独占欲のようなものだと判っていても。
が、初めてそこに連れて行かれた瞬間・・・・・・そんな考えは空の彼方にまで消し飛んだ。
それはクラスメートであるナミに嵌められた・・・・・というより、自らその仕掛けられた罠にダイビングしていったという方が正しい。

罠の名は・・・恋。
それも世間一般に実ることはないと言われる、”初恋”という類のものだった。

今までの人生において、もてる割には色事に全く興味がなかったゾロに降って湧いた春。
お相手はあの頑固親父の孫であり、店を引き付いだ本人・・・・カフェのマスター、サンジ。
その天使と見まごう美しい外見と、絶品の料理の腕。
そして口は悪いが面倒見のいい性格とで、ゾロの様に彼に惚れる輩は少なくはない・・・・それも男限定で。
まぁ、難を言えば彼もまた立派な男で、しかもちょいと乱暴者だということか。
しかしそんなことは初めて知った、切ない・・・・それでいて猪突猛進の愛の前にしたら些細なことだ。
気がついたらとっととバイト志望に名乗りを上げ、ナミの下心ある助言により見事その座を射止め。
自分と同じ感情を抱きつつ近づいてくる、多くの不穏な輩を彼から排除するという戦いの日々が始まった。

そんなゾロの苦労が報われ、想いが届く日が来るのかどうかは・・・・神のみぞ知る。






「バイトしてもらっててなんだが・・・・・テメェ、今日から試験が終わるまでここ出入り禁止」
そんな台詞を紫煙と共に吐かれたのは、丁度テスト前一週間という時。
バイトを始めて早一ヶ月。
冬の厳しい寒さが少しずつ緩み始めた、やっと仕事にもマスター目当ての男どもへの対応にも慣れてきた頃だった。
普段のバイトは、学校が終了後ダッシュで駆け込み・・・・・閉店までの約五時間、夕飯付き。
それにどうしても部活に行かなければならない時には、その時間はもっと短くなる。
だが今日からのテスト前期間は、部活も全面的に休み。
それ故少しでも長く一緒にいられると、嬉々として店にやってきたゾロを打ちのめすのに件の一言は充分で。
思わず反論に出ようとした目の前に、ぴしりと人差し指が向けられた。
「聞・い・た・ぜ? どうも成績がいまいちかんばしくねぇんだってな。しかも今度の学年末テストで、進級かかってる科目があるっていう話じゃあねぇか」
「うっ、そんな個人情報一体どっから・・・・・」
テストの期間を知っていたのはここが学校最寄りのカフェで、その常連も同じ学校の者が多いということでまだ納得できる。
だが、成績云々は明らかに個人情報の漏えいに値する。
それで試験終了まで出入り禁止になるとしたら・・・なおさらもって、それをばらした人間は許し難い。
目の前の試験より、目の前のマスター・・・・・・と、心の中のベクトルが明らかなゾロに構うことなく、彼は話を続けた。
「『うっ』じゃあねぇ。俺様の情報網甘く見んなよ、テメェのチンけな個人情報なんてだだ漏れなんだよ。大体学生さんの本分はあくまで学業、クラブやバイトにうつつを抜かしての留年なんてもってのほか。もしここでのバイトが原因で留年なんてことになったらテメェの人生は大きく変わっちまうし、俺は親御さんに顔向けできねぇ。・・・という訳だ、OK?」
そうにやりと口端を上げるサンジにがっくりと肩を落とす。
その性格に似合ってなかなかの頑固者のこの男は、一度言い出したことを撤回することはないだろう。
しかもその言い分が、ぐうの音が出ないほど筋が通ってるとなればなおさらだ。
が。
理屈では判っているが、恋する青少年の心はそれだけでは納得が出来ないのもまた事実。
「くそぅ・・・ナミの奴・・・・」
「ぶっぶー残念、ナミさんじゃあありません」
悔し紛れに口から漏れた、恨み節のような一言に素早い返答が返ってきた・・・・しかも否定で。
「じゃあ一体・・・・・・ロビンか? いやもしかしたらウソップの野郎か、ルフィか・・・・・」
情報源としての一番の心当たりをあっさり否定され、思いつく限りの友人の名前を並べる。
自分とこの男の接点を知ってて・・・尚且つそんなことを面白がって言い付ける人間はそうはいない筈だ。
「ちっちっちっ、お生憎様だが全部外れ。そんなことより、帰って真面目に勉強しやがれ。万が一留年なんかしやがったら、未来永劫この店の敷居は跨がせねぇからな」
「で、でも・・・・・バイトいなくて一人で店捌けるんですか?それでなくてもマスター一人で全部やってるのに」
なおも食い下がろうとするゾロに、サンジは自信満々に言い放った。
「見くびんなよ、俺様を誰だと思ってる?テメェがバイトに入るまではきっちり一人でやってたんだ、やれねぇでか。心配ご無用、そんな暇があったら英単語の一つぐれぇ覚えやがれ」
「でも・・・・・・」
それ以上の反論の声を遮る様に、そのままぴっと差し出された右手の人差し指がドアを差す。
「GO HOME・・・・・ロロノア・ゾロ」
店中のお客が二人のやり取りを、固唾を呑んで見守る中。
まるで飼い犬に言い聞かすようなその口調と態度に、ゾロには最早反論の余地も・・・・・選択権もなかった。







それからテスト前一週間、そして土日を挟んでテスト週間一週間の合計二週間、ゾロの苦行の日々が続いた。
フラストレーション解消には無心に竹刀を振り、それでも浮かぶ顔と沸き起こるモノを数学の公式で上書きし・・・・・
頑張った・・・・恐らく彼にしてみれば、史上最高にして最大に。
ぎりぎり欠点避けの点数を狙うという楽な選択肢も一瞬頭を過ったのだが、それは武道の道を嗜む者として敵に対する礼を軽んじてる気がして。
結局オール教科、全くの手抜きなしの全力勝負とあいなった。
そのかいあってか、今まで謎の呪文に等しかった数学や科学も何とか「あれ、もしかしたら出来たんじゃあねぇ?」レベルまでは手ごたえあり。

そしてラスト一科目が何とか終了し、学年末テストは終わりを告げた。



「終わったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーー!!」
答案を集め終わった教師が教室を出ていくと同時に、一斉に沸き起こった歓呼の嵐。
後は野となれ、山となれ。
本日を持って三学期は終了、補習で呼び出されない限りは終業式を除き原則春休みとなるのだ。
当然部活には必要最小限しか出る予定がない。
「うしっ!」
この日を待ちわびた気持ちを小さいガッツポーズで表わし、早々に鞄を片手に席を立とうとしたゾロに何かが・・・・絡みついてきた。
「うわっ、ルフィ・・・・・離しやがれ!!」
「離すんじゃあないわよ、掃除サボってとっととばっくれようとしてる奴なんか」
その後ろで両手を腰に添え、仁王立ちしていたナミから声が飛んだ。
「あんたテスト期間中、ずっとあの店出入り禁止だったんだって?それでここんとこ物騒な殺気をばらまいてたのね。まぁそれも今日で終わり、禁欲生活解消に早くサンジくんに会いたい気持ちは判るんだけど、掃除はちゃんとしましょうね。連帯責任って言葉知ってるかしら?あんたがサボると私たちまで迷惑被るのよ」
「くそっ・・・って、誰が禁欲生活だ!!」
「あ・ん・た。
あら・・・・違ったかしら?
じゃあ・・・・やっと押し倒すのに成功したとでも?」
ほほほと見下す様に高笑いをするナミの肩をそっとロビンが叩いた。
「駄目よ、ナミ・・・・からかっちゃあ。ゾロはまだ絶好調切ない片思い真っ最中なのよ?手出しは勿論のこと、畏れ多くてそんな妄想にも彼を使えないわ。ねぇ、そうよね?」
そんなフォローにも何もならない言葉と、慈愛に満ちた微笑。
ゾロにしてみれば、ある意味こちらはナミよりたちが悪い。
「あら、そんななりして案外へたれなのね。
まぁ相手があのサンジくんなら仕方がないか」
「そうよ、下手に襲って嫌われたら目も当てられないでしょ?」
「確かにそうねぇ」
そうけらけらと高笑いをする魔女二人。
ゾロが落ちた瞬間に居合わせ、本人より先にそれを察した彼女たちにとって、この件は絶好のからかいのネタであり退屈しのぎであることに間違いない。
「なぁなぁゾロ、今日サンジんとこ行くんだろ?俺も連れてってくれよぉ・・・・ゾロがサンジ我慢してるから、俺も我慢だって言われてずっと頑張っていたんだぜ?腹減ったぁー、もう限界だぁー、サンジ食いてぇよぉーーー」
ゾロの体に巻き付いた様にしがみついているルフィが、そんなことはお構いなしとばかりに情けない声を上げた。
「そりゃ俺も食いてぇのは山々だが・・・・って、テメェ今・・・・・・なんてった?」
「おわっ!ぞ・・・ぞ・・・ぞろ・・・く・・・ん・・・?」
一瞬にして立ち上った殺気をもろに感じて、丁度近づいてきたウソップは後ずさりした。
彼の中の危機を感知するアンテナが瞬時に働いたのだ・・・・魔獣注意と。
だがそれを向けられているはずの当のルフィは至って平気な顔。
「あ、悪ぃ、間違えた。“サンジの飯が食いてぇ”だ」

まぁ、サンジも十分美味そうなんだけどよぉ、今は飯が先だ。

そうしししと笑う顔は・・・・・食えない。

「いいか、ルフィ。
あいつの飯は許すが、あいつは食うな」
「食っちゃあ駄目なのか?」
きょとんとした顔で見つめる瞳の何処までが本心で、何処までが意図的なのか。
「あら、駄目よルフィ。
まだゾロだって食べてないのに」
ひらひらと後ろで手を振るナミ。
「ゾロ、まだ食ってねぇのか?
よし判った、そんなら我慢しとく」

だからいっぱい今日は飯食わせてくれ。
あ、勿論ゾロの奢りでな。


口端を微かに上げながらルフィの目がすっと細まり、一瞬その闇の様に黒い瞳がより漆黒に染まった気がした。






そんなこんなでそれぞれの思惑が一致し、結果掃除は異例の速さで終了し。
ルフィと先を争う様に飛び込んだカフェで、ゾロが目にしたのは・・・・・・


「よぉ、やっと試験終わったか?」
外に並ぶ男たちを威嚇しながらかき分け、ドアを開けると・・・・・・ここのとこ焦がれるほどに思い続けていた存在が、いつもの笑顔で振り返った。

”天使っ!!”

それは思わずそんな聞き飽きた単語が、頭の中を飛び回るほどの衝撃。
二週間振りに目にするその笑顔は、勉強勉強で荒んだゾロの目には眩し過ぎた。
「早速で悪ぃんだけど・・・・ちゃっちゃと手伝って・・・・・って、聞いてんのか!!」
「え・・・?」
「テメェ、いい度胸してるじゃあねぇか。ま・さ・か・この状況を見て、お客さん決め込もうって腹じゃあねぇだろうな」
と、いつもより低い声が響いてきた。
これは・・・・そうとう機嫌の悪い証拠である。
瞬時に我に返ったゾロが冷静に店内を見回すと・・・・明らかに男が・・・・多い。
っか、男しかいない。
今の時間は丁度お昼のランチタイムの真っ最中、確かに一番忙しい時間だと認識はしていた。
実際土曜日などにバイトに来るとその忙しさたるや、戦場という表現がぴったりくるほど。
が・・・・・忙しさはともかく、この店内の状況は異様としかいいようがない。

その男たちはゾロが店内に入った途端、一斉に動揺の色を見せたことに当の本人は気付かなかったが。

「ったく、こんなにお洒落なカフェなのになぜか野郎が多いのは判ってたよ。特にこの時間はな。でも・・・ここんとこ特にそれが酷くて、女の子が近寄りもしねぇ。ああああああああ、何で俺がこんな野郎どもの為に・・・・・・・!!俺はレディに喜んでいただけるのなら、人生を捧げても悔いはないっていうのに!!」
例え相手が男でも、食いたい奴には食わせる・・・・
それが信念だった筈の根っからの料理人たる彼がここまで言うとは、状況はよっぽど切羽詰まっていたに違いない。

それにしても・・・・・

「なぁなぁ、サンジィ、いつからこの店は男専用になったんだ?」
ひょっこりとゾロの影から顔を出し、口を挟んだのは空気を読む・・・なんてことはその頭にはない自由人、ルフィだ。
「なってねぇよ!!いつから・・・って・・・・そうだな、十日以上前から・・・かな、こんなに野郎ばっかになったのは。それまでは夕方までだったのに、最近は開店から閉店までこの調子だ」
ぴしっとゾロの眉間に皺が寄った。
「酷くなったのは・・・そうだな〜この一週間ぐらいかなぁ〜」
何処か遠い目で天井を見上げながらサンジは呟いた。
その言葉を聞いて、ゾロの眉間の皺は益々深くなる。
自分が来なくなって増えた野郎の客、試験に入って益々その数が増えたとすると・・・・・・
それはごおぉぉぉぉぉと、背後で燃え盛る炎の音が聞こえそうな勢い。

そして・・・・ある意味、キレた。

「判りました、早速働かせていただきます」
そう言うが早いかゾロは学ランを脱いでルフィに手渡し、店に置いてある自分用のエプロンを手早く身に着けた。
「ちょっと持ってろ、ルフィ。ここは俺がやりますから、マスターは中で・・・・・・」
「あ・・・うん・・・んじゃあ、頼むな・・・」
どことなく漂い始めた不穏な空気に首を傾げながらも、そのままサンジは厨房に引っ込んだ。
その後ろ姿が完全に消えた後、ゾロはキッと店内を見渡し・・・・・・・・今まで背後に燃え盛っていた炎が嘘のように、低く冷たい声で言い放った。
「・・・・ど・う・も。俺がいない間に、皆さんにはマスターが大変お世話になった様で・・・・・・」
店内はまさに灼熱地獄の後に訪れた氷点下の世界。
一人、また一人・・・・恐怖のあまり固まったまま、残っていた食べ物や飲み物を必死で口にして。
震える手でレシートを鷲掴みし、我先にと会計を済ませ逃げる様に去って行った・・・・というのはその時、面白がって全てを見ていたルフィの弁だ。




「ありがとうございましたぁ〜〜〜〜〜って、これで全部片付いたな。ったく、油断も隙もありゃしねぇ。ちょっと来れなかった間にこれかよ」
憎々しそうに最後のお客が消えたドアを見つめるのは、当然ゾロだ。
「ははは、ゾロすっげぇ!!んで、面白かったぁーーーーーーー」
そして誰もいなくなった店内に、ルフィの笑い声が響く。
「もうすぐナミ達もくるだろうし、すいて丁度よかったなぁ。でもみんな悔しがるぞぉ、こんな面白いもん見損ねて」
「何が・・・・面白いって?うわっ、客はどうした?!」
ルフィの笑い声を聞きつけてか、店内の空気を感じ取ってか。
奥から出てきたサンジは空になった店内を見渡し驚きの声を上げたが、ゾロは何食わぬ顔で一言。
「・・・・・帰りました」
「帰ったって・・・・あんだけ全部?一体どういうことだ?テメェ何したんだ?」
「いえ、何にも。ただ挨拶しただけだよな、ルフィ」
涼しい顔でゾロがそう答えると、話を振られたルフィも頷いた。
「おぉ!ちぃーとばかり氷点下だった気がするけどなー、挨拶だ、挨拶」
「氷点下ってなんだよ。それに挨拶って・・・・・・それ、もしかしたら脅迫っていうんじゃあ・・・・・」
おおよその状況を察したサンジが、なおも言葉を続けようとしたその瞬間・・・・・ドアベルがからからと音を立て、来客を告げた。
「こんにちはーーー、そこで男の人がいっぱい泣いてたけど、何かあったの・・・・・って、珍しいーーーv空いてるじゃないv」
「なっみぃすぁぁぁぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜ん!
ろびんつぁぁぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜ん!」
ドアを開けて入ってきたナミとロビンの姿を見るなり、サンジはハートを飛ばしながらくるくると回りその前に立った。
流石女好き、もうその頭からは今まで交わしていた会話は既に抜け落ちているようである。
「いらっしゃいませ、レディ。いくら試験だと判ってるとはいえ君たちに逢えなかった間、悲しみのあまり俺の胸は張り裂けそうだったよ。ささ、どうぞ」
「ありがとう、サンジくん」
あたかも当然のように、にっこりと笑いながら案内された席に着くナミとロビン。
その後ろにこっそりとウソップが続き、ルフィも同じ席に移動した。
「で?ご注文は?」
「そうねぇ、テスト終わってお腹ぺこぺこなの。本日のお勧めランチお願い・・・・みんなもそれでいい?」
「おぉ、でも俺特大の大盛り!!
で、今日は全部ゾロの奢りだ!」
「なにーーーーーーーーーー?!」
「ははは、了解。今日も・・・・だな。おいバイト、とっとと皿全部片づけろよ〜〜〜〜」
サンジが二つ返事で軽やかにステップを踏みながら厨房に消えた頃、ベルは何度も鳴り響きあっという間に店は女の子に占拠された。






結局店の混雑は、ランチからお茶までをゆっくり楽しんだナミ達が帰ってからも続いた。
ディナーの時間が終了し、表のプレートを”CLOSE”にするまで一度も息を継げなかった気さえするほど。
そんなゾロとは対照的に、久しぶりに女の子の客に囲まれたサンジは生き生きとして実に楽しそうだった。
まぁ、それも冷静に考えたら仕方がないことだ。
ウソップ曰く、”最早病的な女性至上主義の男”がゾロがいない二週間、殆ど男の客だけを相手にしてきたのである。
それもこれも・・・・

「あいつら・・・俺がいねぇと知ってやがったな・・・・」

いつもマスター目当ての彼等の前に、鉄壁な壁として立ちふさがるやたら迫力のあるバイト。
その時間は平日は夕方からと限られてはいるが、それでも彼等にしてみれば邪魔者以外の何者でもない。
なんせそいつから発せられる気は常人のそれではなく、その鋭い視線で射抜かれるだけで軽くあの世を垣間見たような恐怖に襲われるのだ。
それ故、時間の許す限りマスターの姿を見ていたい、あわよくば触れ合いたい・・・・という願望を寸のところで押し留めざるを得なくて。
マスターも愛おしいが、自分の身の安全も大事・・・・というのが、彼等の共通した意見だった。
が、その邪魔者の姿が何日も見えないとなれば・・・・・・これ幸いにと、今まで我慢していた分を取り戻そうとするのは当然と言えば当然で。
それでも彼等を追い出した後は、実にあっさりとその事態は収拾した・・・・・・・・・ということは。

「なんか、ネットワーク持っていやがるな」

「誰が何を持ってるって?」
背後から聞こえてきた、覚えのある声にキッと振り向く。
そこには思った通り、ある意味彼等よりたちが悪い人物の姿があった。
ゾロは小さく舌打ちをした後、ここぞとばかりに嫌々教わった営業スマイルを浮かべて・・・・言った。
「本日はもう閉店となりました・・・・・とっととお帰り下さい」
「つれねぇな、ゾロ。それが教師に向かって言う言葉かよ。まぁちーとばかり遅くなった感は歪めねぇが、それもこれも可愛いお前たちの答案とにらめっこしてたせいだ。と、そんなことより・・・・・サンちゃーーーーーーーーーん!」
いつもの食えない笑いを浮かべてそこに佇んでいたのはルフィの兄であり、ゾロの通う高校の教師でもあるエース。
そんな彼は立ち塞がるゾロをさっさと避けて、店のドアを開けた。
ふわりと鼻をくすぐる甘い香り、視界を横切った赤・・・・・それが何か、ましてや何を意味するかゾロには理解できないまま。

「何騒いでんだ・・・・って、エース?」
「遅くなってごめんねー、でもどうしてもこれ渡したくてさ」
じゃーんとエースが差し出したのは真っ赤な薔薇の花束。
「お誕生日おめでとう、サンちゃんv」
「覚えててくれたのか・・・・ありがとう。それにしても野郎が野郎に薔薇の花束かよ」
そんな風に言いながらもサンジは少し赤い顔で薔薇を受け取り、まんざらでもない様子でその甘い芳香をくんくんと嗅ぎ笑顔を見せた。
「うーーーん、やっぱりサンちゃんにはよく似合うや。それに真っ赤な薔薇の花言葉知ってる?」
「いいや?」
キョトンと首を傾げたサンジを見つめた後、エースはそっとその耳元に唇を寄せ囁いた。
「・・・・・・・”あなたを愛しています”」


ゴン。


「痛ってぇーーーーーー!何すんだ!!」
後頭部に感じた尋常でない衝撃に、エースは頭を抱えながら振り返った。
そこにはモップを片手に鬼の形相のゾロが。
「こっちはもうとうに閉店してんだ、用が済んだらとっとと帰りやがれ。掃除の邪魔」
「ゾロっ!」
思わず声を上げたサンジが反論する暇もなく、その手に逢った花束をとっとと取り上げた。
まるでこれ以上触れて欲しくないと言わんばかりに。
「あ、マスターこれ生けときますね」
そんな風に涼しい台詞を吐きながら。
「ほら、早く水につけとないと・・・」
「あ・・・・ああ」
そして浮かべた笑顔。
怒りのあまり、逆にそんな風な慈愛の笑みさえ浮かべているその姿にエースは思わず噴き出した。
「ははは、判った、判った。お前試験も随分頑張ったみてぇだし、今日のとこはこれで退散するよ」
「試験って・・・・・まさか、俺の個人情報漏らしたのって・・・・・」


盲点だった。
てっきり友人の誰かだと思っていた。
それがまさか目の前で笑う教師の仕業だったとは・・・・・


「人聞きが悪いなぁ、誰が誰の個人情報漏らしたって?ただ少しばかりやばいかなぁって、こないだランチに来た時に言っただけじゃあねぇか。独白だよ、ただの呟き。でもまぁそのおかげでお前、ここ出入り禁止になって勉学に集中出来ただろ?まだ全部は採点終わってねぇみてぇだが、職員室では噂になってたぜ?『ロロノアはやれば出来る子』だって」
ふふふという上から目線と、その余裕の笑みが・・・・気に食わない。
そんな彼とは違って、自分はまだ高校生という名のこどもだと見せつけられた気がして。
「テメっ!!」
「おぉ、怖っ!じゃあねぇ〜〜〜サンちゃんーーー今度は飯食わせてねーーーーーーv」
薔薇をゾロに取り上げられたことで空いたサンジの右手を取り、まるで忠誠を誓う騎士の様にすばやくそこに唇を落とし。
ひらひらと手を振りながら、エースは退場した。
それはもう見事としか言いようのない、流れるような一連の動作で。


「二度とくんなーーーーーーーーくそっ、逃げられたか・・・・・」
「『逃げられたか・・・』じゃあねぇ。なに教師に向かって物騒なオーラ振り撒いてんだ、しかも店の中で」
ゴンと頭に走った衝撃は、多分足技が得意な誰かさんの踵落としじゃあないかと思いながらもゾロはエースが消えたドアを睨み続けていた。
本当なら塩ぐらい撒いてやりたいと思いながら。
「まぁ、それでも頑張ったことは認めてやる。お疲れさん、『やれば出来る子のロロノアくん』」
そうにっこりと笑いながら手の中から薔薇の花束を取り上げるサンジの姿を見て、ゾロは大切なことを失念していることに気がついた。
「そういゃあ、あの・・・・・誕生日って・・・・」
「あ?そう、今日。俺の誕生日」
「ふーん、それでエースが・・・・って、なにーーーーーーーーーーーー?!」
「テメェ、うるさい」
ゾロが思わず出した大声にサンジは顔をしかめた。
「今日って、今日って、今日って、今日って・・・・・・」
「だから別にどうでもいいだろ、そんなことは」
「よくありません!!
だって俺・・・・知らなくて・・・・・」
何にも用意出来なかったと、両手を見ながら小さくゾロは呟いた。
「ばーか、テメェになんか何にも期待しちゃあいねぇよ。そんなことよりテスト終わって、何処にも遊びに行かねぇで飛んできてくれただろ?今回はそれで・・・・充分。体払いで勘弁しといてやる」
そうふわりと笑ったサンジの笑顔は、ゾロからしてみれば天使と呼ばれるには十分で。
考えるより先に・・・・・体が動いた。


・・・・・・・初めてそっと触れたその熱は
自分よりほんの少しだけ低く、柔らかく感じた・・・・・


「・・・・・え?何・・・・だ・・・・今の・・・・・」
ばさりと薔薇の花束を落としたのも気がつかずに。
そんな台詞をサンジが口にしたのは、少し赤い顔が目の前から離れて行ってからだった。
「何って・・・・そう、体払いのオマケです」
「オマケ・・・って・・・・あぁぁぁぁぁぁぁーーーーそ、そうだ!薔薇、薔薇・・・・・生けねぇと・・・・・・」
慌てて足元に落とした花束を拾い上げ、あたふたとサンジは奥に引っ込んだ。
それはもう、ぎこちない動きで。
抱えている薔薇の色が映ったような赤い顔をして。
暫くその様子をぽかんと見つめていた視界から彼が消えると、ゾロの口端から自然に笑いが零れた。
いつもなら速攻繰り出される足技とマシンガントークが繰り広げられなかったところをみると、嫌われたわけではなさそうだ。


そしてそんなゾロの様子を知ってか知らずか。
まるで照れ隠しのような、いかにもサンジらしい声が奥から飛んだ。
「飯、そこに置いてあるから残さず食いやがれ!ちゃんと全部食ったら、ご褒美にケーキ出してやるからな!!」

だから・・・一緒に食おう・・・・と。

そう言えば今日はあまりの忙しさで晩飯どころか、昼飯もまだだったと見回すと。
カウンターには二週間ぶりに、自分の為に作られた食事が湯気を立てて待っていた。


・・・・・・そして気がつく。

「あーーー、言い忘れたな」

お誕生日おめでとうございます・・・・って。



今度はちゃんと正面から言えるだろうか
あの蒼い瞳に映りながら

今日という日と
出会えた奇跡に感謝しながら



カフェ   Une levre d'un ange   〜天使の唇〜
そこには本物の天使がいる


END


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